会社員とは何者か? ─会社員小説をめぐって

著者 : 伊井直行
  • 講談社 (2012年4月24日発売)
3.25
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  • Amazon.co.jp ・本 (338ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062176019

作品紹介

源氏鶏太「英語屋さん」、山口瞳「江分利満氏の優雅な生活」、庄野潤三「プールサイド小景」、黒井千次「メカニズムNo.1」、絲山秋子「沖で待つ」、長嶋有「泣かない女はいない」、津村記久子「アレグリアとは仕事はできない」、カフカ「変身」、メルヴィル「バートルビー」ほか。会社員小説から、独自の視点で展開する「会社員論」。誰も気づかなかった「会社員」の謎に迫る、まったく新しい文学論。

会社員とは何者か? ─会社員小説をめぐっての感想・レビュー・書評

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  • タイトルがずいぶん前から気になっていた本。「会社員小説」というカテゴリを現代小説の中に規定し、それに当てはまる作品をクラシックから現代作品まで取り上げた評論。

    「会社員小説」というのは自分の経験からいえば、男子向けの「経済小説」と、女子向けの「お仕事小説」(ただし、どちらも厳密な分類ではないです、念のため)を足したものと考えてよいのだと思う。そして、日本における「給料取り」が確立した時代の、夏目漱石作品の登場人物もこれにあたるという。そう指摘されればたしかにそうだと思う…漱石先生の作品の登場人物たちは、あまり熱心に仕事してる風がないけれども。

    「給料取り」業の側面を描くのか、人間的な面を描くのかで「会社員小説」の切り口もさまざまに分かれるさまが、多くの例を挙げて述べられている。作家ごとに取り上げられかたの多寡があるけれど、中でも、日本の「会社員小説」としては源氏鶏太と黒井千次が大きく取り上げられていた。過去の文学作品を振り返るモードでもないと、黒井作品はともかく、著者もご指摘のとおり、源氏作品はもう誰も読まないだろうと思う。面白くないわけじゃなくて、「古い」と単純に感じる。会社員小説自体が、常に流行りもののカテゴリのひとつでもあるし、その中に取り上げられる「会社員の属する業界・職種」が流行りすたりの決め手のひとつなんだろう。世の中、勤め人が多数派だから、勤め人の属性を持つ読み手をつかみたいと思うのは当然だし、ぐわっと読まれて、「そうそう、私/オレの日常、こんな感じ!」と共感を得たいのは当然だが、そういう「流行」を意識しすぎると、急速に古くなっていくような気がする。庄野潤三の作品などはその古さが出ない面を持っており、その解説が興味深かった。

    後半の「そもそも会社ってなに?」を解説する章は必要だと思ったが、少々だれてきて光速で読み進んでしまった。でも、最後2章の選択は個人的にストライクゾーン。特に最後の章は「これできましたかあっ!」と喜んでしまう作品が出てきて楽しかった。そうそう、究極の勤め人であって勤め人でないあの人って!

    津村記久子・絲山秋子の作品(と、そこに登場する女性の会社員)を解説した部分がシャープで見事。やや無理やりかなあ?と思うところもちらちら見えたけれど、それが評論というジャンルにはお約束の要素でもあるので、許容範囲かと。巻末の注釈も充実しているので、会社員小説総なめにも味見にも使える1冊だと思う。松田青子『スタッキング可能』が評論の対象として間に合っていれば、もっと面白く展開できた部分があったかもしれない。

  • 「どうして平凡な勤め人のことを書いた小説は数が少ないのだろう」

    これは自身けっこう思っていたことである。平凡な勤め人は世の中に相当数いる気がするのに。小説に書かれるのは「恋愛」とか「死」が多く(これは高橋源一郎さんの『ニッポンの小説』の受け売り)それはなぜなのだろうか、と。そのことが「平凡な人」をなんとなく軽視しているような「文学さん」の居丈高な態度を思わせて、たまに「小説ばっかり読んでていいのかなぁ」という気持ちに囚われることがある。そんなことまあ気にしなければいいんですけどね。でも、たまにこういう感情が湧いてきて、全然小説を読まなくても平気な時期というのもあったりする。揺り返しで結局また戻ってくるんですけどね。

    「会社員小説」というものを定義して、「会社員とは何なのか」という問いかけを探る伊井さんの試み。

    庄野潤三『プールサイド小景』
    長嶋有『泣かない女はいない』
    絲山秋子『沖で待つ』
    津村記久子『アレグリアとは仕事はできない』

    上記のような小説を解剖して「会社員」を探る。いずれも好きだったり、読んでみたいとおもう小説ばかりなので楽しく読めた。

    会社にいる時間と私生活の時間。そこが微妙に入り乱れるようなこともあれば、すっぱりと分かれることもある。また、会社での仕事っぷりがどのように描かれるか、といった視点もある。読んでいてわかるのは「何かを書くと別の何かが書かれなくなる」ということ。挙がっている小説について自身振り返ると、「会社」もしくは「お勤め」について何か書こうとすると、そこに特殊な雰囲気が醸成されるような気は確かにする。こういう類の本には珍しい図による説明なんかもあるのだが、それらは直接何かの結論を導こう、という風には使われてはいない。そこがさすがに小説家。軽やかに結論を先送りしながら「会社員小説」を巡る冒険に連れて行かれる。

    「会社員小説」というのは一体どういう層の人が共感するのだろう。『泣かない女はいない』なんて、好きすぎて何度も何度も読んでいる小説だけれども、恋愛小説の要素も強いので、一般には「恋愛小説」として読まれているのかもしれない。「会社員」という要素について深く掘り下げたものを、実際に会社員として日々お勤めをしている人は手に取りにくいのかもしれない。働き盛りの人は忙しいし、小説以外のところに関心が向かう人も多いだろうから。しかし、ここにも出てくる黒井千次さんや坂上弘さんなどは、本格的な「会社員小説」を書いているような気がする。そして、その小説はその「最中」にいる人にはあまり手に取られないのかもしれない、という不思議な関係。本を一番読む(読める)のは学生時代とか若い時ではないか、という気がするが、その時には「会社員小説」で書かれていることが実感として湧かないのではないかとも思う。そういう意味で、こういう小説は時代の証言として貴重なんではないか、という風に思った。なんだかとりとめのないことを書いてしまった。

    光があたりにくいところにはやはり何がしか架け橋が必要で、この本はまさにそんな本ではないかと思う。著者の言葉の裏側にあるものを汲み取ることのできる力に対して敬服の念を抱く。

  • 非常に興味深い「会社員小説」をめぐる文芸評論であり、良い作品紹介となっていると思う。ここで紹介され分析が加えられた作品群を読んでみたい。とりあえず著者の『岩崎彌太郎—「会社」の創造』(講談社現代新書)は注文してみた。

  • 昨年『半沢直樹』から絶賛放映中『ルーズヴェルト・ゲーム』『花咲舞が黙ってない』などなど池井戸潤原作ドラマが話題を浚っておりますが、その登場人物としての「会社員」とは何か?「会社」とは何か?古今東西の「会社員」小説の構造分析から、近現代史を紐解きながら作品内に立ち現われる「会社員」の系譜を追うお手並みは鮮やかの一言。いわゆる自己啓発系のビジネス書とは違う形で「会社員」としてのリアルさを自覚できる名著です。

  • 随分前にReaderで購入したまま積んデータで危うく忘れかけていたのを不意に思い出しようやく読了。
    文芸作品に立ち現れる「会社員」に関する優れた小説論=批評でありながら、「会社員」という属の謎を、近代史を遡りながらネチネチと執拗に紐解いて行く手続きは圧巻で、いわゆる自己啓発系ビジネス書の類だとリアルな生活感情から違和感を持ってしまうような「会社員」たる紳士淑女であれば、自己の出生の秘密を知るためにも読んでおいてもいい良書。

  •  これもまた”郊外”からの関連、興味で読んだのだが、前書きに述べられたように妄想と牽強付会、なるほどそういう読み方もあるのかと関心はするが、またしてもその興味を満たすものではなかった。岩崎弥太郎と三菱の概論がそれに近かったか。機会があれば新書も読みたい。

  • 会社員と小説にはどのような関係性が存在するのか-
    という命題を、いくつかの作品を例に考察した一冊。

    資本主義社会がはじまるとともに、それまで農民と貴族、商人だけだった世界に会社員という異質な存在が生じる(日本で言う明治維新のころ)。ただし、小説の世界では長らく会社生活を描く小説が出てこなかった。夏目漱石『三四郎』のように、どちらかというと社会不適合存在と言われるような人たちがスポットに充てられてきた。その後徐々に注目されるようになるが、それでも会社員の自分と私生活の自分を上手にバランスよく書き終える小説が少なかった。それはなぜか…?

    色々と考察があるのは理解できたが、ゴール設定があいまいだったため、いまいちピンとこない作品だった。でもたまにはこんな作品も読んでもいいかも。星2つ。

  • よくここまで深堀したな〜

  •  著者は<会社という条件の中で生きる人間とその関係を描くことで>成り立っている小説を「会社員小説」と定義する。このカテゴリを見いだしたことは、文学にとってひとつの収穫だとおもう。とくに<企業や業界、そこで働く人々や事件などを扱った小説>である「経済小説」とは明確な線を引いた。この分野において登場人物は、効率的に情報を伝えるために比較的紋切り型に近いキャラクターとして使われるからだという。「会社員小説」は「経済小説」とは違い<人間を描くことが、手段ではなく目的であるような世界>―つまり、近代文学の世界の作品を指すのだとする。
     具体論に入ると、まず取り上げている作品の趣味がいいなぁと感じる。会社員小説の説明に使ったのは「アレグリアとは仕事はできない」(津村記久子)であり、「泣かない女はいない」である。その際の、取り上げ方(スジの紹介の仕方、読みどころの的確さ)もすばらしい。
     さらには、いわゆる「会社員」が出てくる小説ばかりではなく、カフカ「変身」やメルヴィル「バートルビー」までも「会社員小説」というハサミで切っていくことで、あらたな「読み」に挑戦している。刺激的だし、楽しい。あっぱれ、だ。

  • 絲山秋子さんの「沖で待つ」が好きだ。
    芥川賞を受賞されたときの文藝春秋を捨てられずにいる。

    伊井直行さんの本書は、会社員小説の書評を集めたような本である。その中に「沖で待つ」を見つけたときには嬉しかった。解説を読んで、なるほどなと思う。

    いつだったか、駅から会社に向かう道路を歩いているとき、同じ会社の従業員が行列になって歩いている姿を見て、みんないろんな問題抱えているだろうに、毎朝ちゃんと出勤して仕事してえらいなぁとしみじみ感じた。華々しく活躍している一部の人を除き、大抵の会社員は地味に堅実に仕事をこなして、その働きが会社の支えとなっている。会社員小説というのは、そういった会社員に寄り添う存在なのかな、と思う。働く中での良いことも悪いことも小説の中に散りばめて。

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