- Amazon.co.jp ・本 (274ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062176149
作品紹介・あらすじ
血なまぐさい司法権力に人生を変えられた市民の悲しみを描き、死刑判決にいかなる非情や不正が塗り込められてきたかを明かす。元裁判官が「裁きとは」「正義とは」に肉迫する法律ノンフィクション。
感想・レビュー・書評
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冤罪を起こす日本の司法の実態を、「疑わしきは罰せず」の意味と、その履き違えも指摘しながら明らかにする。
有罪とするのであれ無罪とするのであれ、判決は絶対のものだと考える強い性向を持つ裁判所、本当に恐ろしいと思った。 -
罪を犯した/全く覚えがない、いずれの場合も容疑者として逮捕されてから先は絶望的であると感じた。
とにかく嫌疑を晴らすのは難しい。自白の強要や捏造を平気で行う警察や検察、裁く立場にある裁判官の生活感覚の欠如、被告席に立つ人間を見ずに事件だけを淡々と見ているにすぎない法廷の人々のなんとうすら寒いことか。ほんのひとつの事柄だけで死刑と無期の分かれ道になることなど、想像もできない。
そして今もなお冤罪にもかかわらず死刑囚として収監されている人々がいる事実。
職業裁判官ですらほとんど思考が停止している現状から考えると、裁判員制度は本当に大丈夫なんだろうか?と思わざるを得ない。 -
現実の3件の死刑求刑裁判の公判を紹介しながら、現在の司法・裁判の現状を明らかにした本。3件の裁判のうち、1件目は無実の者が死刑囚になってしまったことへの裁判所批判、2件目は死刑判決が重すぎることへの批判、そして3件目は「疑わしきは罰せず」という司法の原則に則って無罪判決をだした後、当該被告が複数の猟奇殺人を犯してしまった事件に対することへの批判である。
著者は元裁判官であるため、それぞれの事件に対する有罪・無罪判断を明確には明らかにしていないが、それぞれの事件を通して、「裁判官が確信をもって事実を認定できない」、つまり「起こったことを目の前でみていない」中で有罪・無罪の判断を「思い切って」せざるを得ない裁判の現状に、課題とそして限界を感じていることがわかる。
数年前から裁判員制度が始まった。当初私はわざわざ市民が他人の裁判に関わることの無意味さを感じていたが、本書を読むと、結局裁判官人であり、また職業としてやっている考えれば、個人的な印象、感情が絡むこともあろうし、自分の裁判官人生を気にすることもあろうし、めんどくさいと思うこともあろうし、そういうことを考えると、裁判員制度も意味があるのかなと思うようになった。
マスコミ、警察、裁判所、政治家、官僚、教師・・・昔は聖職で任せておけばみんな安心だった(と錯覚していた)時代は遠い昔のことだと改めて感じた。
★★なのは、それぞれの事件については詳細が述べられており、読み物としてはそこそこ面白いが、何かビジネスや人生において得るものはなかったので。