雲をつかむ話

著者 :
  • 講談社
3.53
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本棚登録 : 332
感想 : 47
  • Amazon.co.jp ・本 (258ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062176309

作品紹介・あらすじ

「破産出版」という会社、「海老の地下室」というレストラン、「助ける手の家」という宿泊施設…。突然届いた犯人の手紙から、「雲づる式」に明かされるわたしの奇妙な過去。

感想・レビュー・書評

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  • 図書館で表紙の亀たちに目が行き、内容も確かめず思わず借りてしまった一冊。
    まさに私にとっては「雲をつかむ」ような話で、正直あまりよく分からなかった。様々な犯人と出会う話だが、これは多和田さんの体験談なのか?小説なのかエッセイなのか…難しい。紅田(ベニータ)とマヤの話がなかなか怖かった。
    ちなみに表紙の亀たちと内容は全く関係ありませんでした(-_-#)

  • 多和田さんたぶん初読。エッセイかと思い読み始めたがだんだん奇妙な物語がつながっていく。とても面白いのに必ず眠くなって読み終えるのに何日もかかる不思議な体験した。

  • 雲をつかむような話というのは、面白くないんだなと思った。

  • ただようような、透明な文体に惚れました。物語になるようでならないところも、すごくいい。久々に、好きな本に出逢えました❤敬愛する庄野さんにすこし近い気がする。

  • 不思議なあじわい本でした。
    この作者さんのほかの本も読んでみたいです。
    起承転結とか、きっちりとした筋とかそういうことを求めてはダメなんでしょうね。

    獄中から手紙をくれた人はどうなったのか?
    愛憎?なマヤと紅田さんの詳細、
    女医とジョイする関係は結局どうなったのか?とか気になる。

    表現の面白さ、限界にチャレンジ的な面白さを堪能する文章でした。

  • うっかり、紙の端で指を切ってしまった、ような気分になります。

  • 「わたし」が出会った様々な「犯人」たちを描いた小説。
    さすが詩人、独特の(他の誰も真似できない)文章と感覚。なのに共感できる不思議さがたまらない。
    全ての文章を引用したくなる。
    特にフライムートが書いた「あいうえお」についての文章など、忘れがたい。(p21)
    若い人、この本の「マボロシさん」ってだれだかわかったかしら。
    「えっ」とびっくりしながらも納得してしまうラストも素晴らしく、一生忘れられない本になりそう。

  • なんだろう、この浮遊感は。
    この独特のリズム感は、クセになりそう。

    多和田葉子さんの文章は、受験用の現代文でよく目にしてきたけれど、
    ちゃんと1冊通して読むのは初めて。
    読んでみると、内容よりもまず、文章のリズムに身をまかせる、
    という感覚を体感できる。
    内容は、一読してすぐに全貌を理解できる 、というわけにはいかないけれど、
    なぜだかわからないが引き込まれて先を読みたくなるような1冊だった 。
    結末 はなんとなく予想していたとおりだったものの、
    それでがっかりするようなことはなく、
    もう一度はじめからじっくり読みたい、という気にさせるところはすごい。

    本作を手に取ったのは、新聞で著者のインタビューを読んでのこと。
    約25年ドイツ在住で、ドイツ語と日本語の間で翻訳できな言葉があること、
    その差から生じる違和感を追求していった結果を小説にしるしている、
    というような記述があり、
    似たようなバックグラウンドで似たようなことを考えているひとがいるのだなぁ、と興味を持った。

    著者紹介を読むと、各文学賞の受賞歴が非常に多い。
    他の本も読んでみたくなった。

  • 『言葉と歩く日記』を読んで、著者の作品をいろいろ検索して、これを借りてみたが、少し読みはじめて(あ、前に読んだな)と思い出す。思い出したが、「雲をつかむ」ような話につるつると引かれて、再読。

    (2016/3/23了)

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    図書館の面陳の棚でみかけて、ふと借りてみた小説。この人の名前だけは知っていたが、本を読むのは初めてかもしれない。いちど借りてきて、途中まで読んだところで返却期限がきていったん返し、それからまた借りてきて続きを読んだ。

    913なので小説なのだろうが、主人公の「わたし」がなんだか著者のように思えて、読んでいると「実際にこういうことがあった」話のようで、しかし「えそらごと」の話に思える箇所もあり、ふしぎな読後感。しかもタイトルは「雲をつかむ話」だ。捉えどころがないような、たよりないような感触が残るのは、著者のねらいどおりか。

    読みはじめたときに、ちょうど『ライファーズ』や、そこからさかのぼって『アミティ 「脱暴力」への挑戦』、『癒しと和解への旅』などを読んでいたせいか、この小説の「わたし」がひょんなことから出会った男が、その後刑務所に入っていて、その刑務所が刑務所改善促進運動のモデルに選ばれていて、囚人が尊厳をもって扱われている、「もし自分が青少年の時からこんな環境で育っていたら刑務所に入らないですんだだろうという気さえします」(p.16)などと書いた手紙が届く場面で、この刑務所はどんな処遇をしているのだろう、人の命を奪ったというこの男はどのように罪と向きあっているのだろうと思ったりした。

    男は手紙で、刑務所内に図書館があって、そこで自由に本を借りられることが驚きでもあり喜びでもあった、と書く。監獄でただ一つだけ耐えられないことは騒音で、金属のきしむ音、重い扉を閉めて鍵をかける音、人間の出す唸り声や罵り声が聞こえてきて、あるいはいつ聞こえてくるか分からないので心が安まらない、という。

    ▼たった一つ、平和な世界で一人になれるのは、本を読んでいる時だけです。身体は活字でできた壁に暖かく守られ、気持ちは雀のように羽根をはやして、どこまでも自由に飛んでいきます。本を読んでいる間だけは本当に心が静かで、その静けさの中に暖かさが思い出されてくるのです。(p.18)

    この、終身刑を受けているという男の話がところどころで出てきながら、ドイツでの「わたし」の話が続いていく。

    「電話では何度か痛い目に遭っていたので、たとえ面倒でもできる限り郵便で用件をすませようとした」(p.31)というわたし。電話族に対する不信の念は深い。

    ▼それと違って手紙は、人の本性を暴き出す。便箋のデザイン、紙の選び方、文字の配置の仕方、文章、サインの字のバランスやスピード感などから、その人の顔が浮かび上がる。…特に言葉の選び方にそれぞれ、その人と文学との関係が見えてくる。手紙から受けた印象と実際にあってみた感じがずれていたことはないが、電話では反比例の関係にあった。(pp.31-32)

    どんな小説?と聞かれると、まったくもってタイトルどおりの「雲をつかむ話」というくらいしか言えないが、ときどき、どきっとすることが書いてあった。

    まだドイツの永住権をとっていなかったわたしは、年に一度は朝早く真っ暗なうちから外人局の前に並んで滞在許可を延長しなければならなかった。建物は8時に開き、それからわたしの並んでいる列は少しずつ確実に進んでいくが、隣の列はほとんど動かない。その列は、自分の国にパスポートを出してもらえないまま逃げてくるしかなかった無国籍の人たちの列だった。

    ▼どこの国の人間でも滞在許可を延ばし忘れれば不法滞在になり、犯罪者になってしまう。…犯罪者にされるというのはとても簡単なことなのだ。誰にも危害を与えなくとも、生きているということ自体が不法滞在という犯罪になることがある。(p.50)

    「生きているということ自体が」に、胸をつかれる。

    路面電車で、乗車券を持たずに乗っていた青年が、高すぎる切符を買う必要はないと主張するのに出会ったわたし。切符を持っているか、抜き打ち検査に乗り込んできた人間に、高いなら乗るなと言われたその青年は、電車はみんなのものだから乗る権利があると言う。わたしは、その発想に、初めは驚き、そのうち納得できてなるほどと思う。

    ▼それからしばらくの間、路面電車に乗ると、近くにいる人が乗車券を持っているかどうかが気になって仕方がなかった。特にちょっとはずれたことをしている人が気になる。はずれていること自体は許されていても、切符を持っていないという理由で連れ去られて世の中から姿を消してしまうかもしれない。(p.135)

    「はずれていること自体は許されていても」に続く後段に、ぎょっとする。

    (2012/11/20了)

  • みずからに「寄せて」考えることを考える。

    このひとの文章の「くせ」のひとつ(なのかわざとなのかはわからないけれど)に、たぶんだいたいのひとが息継ぎをしたくなるところで読点を打たずにそのままもうひと息ぶん書きついでいってしまう、というのがある。この本にはそんなに出てこないけどそれでも冒頭いくつか目の文章でそれは出てきていて、それでわたしは調子を狂わされてというよりかはまんまと術中にはまって変な呼吸のしかたになってしまったままこの本を読みすすめることになったのだった。そこの文章、引用にひいておくのであとでみておいてほしい。

    さて、これもまたぐらぐらきたぐっときた本である。ちょうどノーベル文学賞が誰にかやーという話になっていた日に買って読んだ。こういうひとにそういう賞はいくとよいのだがー、と思うが果たしてどうだろうか。そこまではないのだろうか(そしてそこまでとはそれこそ果たしてどこまでなのだろうか。謎は深まるばかりである)。

    箱の中に箱が入っていて、そのまた中に箱が入っていて、と続いていく中でさてあの話はどの箱の中に入っていたのだっけかな、と考えるような話は好きである。この本もそういうふうな話の仲間の気もするけど、どうもちがう気もする。あまり焦点があっていないのだ。はなばなしい収束点もない。キイ・ワードに足るであろう「雲」もなんとも心もとない(まあ雲だけに)。それでも箇所箇所で心をぐっともっていかれてしまう。

    みずからに「寄せて」考える瞬間と、「寄せて」しまったわたしたちがみずからに対して(実は)感じている罪悪感、のようなものを見せてくれているのかなあ、と思ってみたりもする。

    とりとめもなさすぎて「まあなんか不思議な話でしたね」という感想で終わるのはとても悔しいのだけれど、いまのところ書けるのここまでぐらいのようだ。またいずれ。

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著者プロフィール

多和田葉子(たわだ・ようこ)
小説家、詩人。1960年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。ハンブルク大学大学院修士課程修了。文学博士(チューリッヒ大学)。
1982年よりドイツに在住し、日本語とドイツ語で作品を手がける。1991年『かかとを失くして』で群像新人文学賞、1993年『犬婿入り』で芥川賞を受賞。2000年『ヒナギクのお茶の場合』で泉鏡花文学賞、2002年『球形時間』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、2003年『容疑者の夜行列車』で伊藤整文学賞、谷崎潤一郎賞、2005年にゲーテ・メダル、2009年に早稲田大学坪内逍遙大賞、2011年『尼僧とキューピッドの弓』で紫式部文学賞、『雪の練習生』で野間文芸賞、2013年『雲をつかむ話』で読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞など受賞多数。2016年にドイツのクライスト賞を日本人で初めて受賞。
著書に『ゴットハルト鉄道』『飛魂』『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』『旅をする裸の眼』『ボルドーの義兄』『献灯使』『百年の散歩』などがある。
本書の続編『星に仄めかされて』は2020年に刊行された。


「2021年 『地球にちりばめられて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

多和田葉子の作品

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