燃焼のための習作

著者 :
  • 講談社
3.60
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本棚登録 : 297
レビュー : 43
  • Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062176613

作品紹介・あらすじ

雷雨がやむまで、もうしばらく――
終わらない謎解き、溶け合う会話、密室の、探偵と助手と依頼人。たくみな仕掛けと愉悦に満ちた小説

感想・レビュー・書評

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  • 「雷雨がやむまでもうしばらく」
    と言って語り続けられる取り止めのない3人の会話。
    安楽椅子探偵の様相もあり、世間話の様でもあり、
    なおかつ、上質なミステリーでもあります。

    飛び立った飛行機が着陸点を見つけられないまま
    高度や見下ろす風景を変化させつつ飛び続けるような、
    そんな感じにも似ています。
    どこに到達できるのか読者は乱気流に揉まれながら
    リアルに雷鳴に脅かされながらも
    読み進めずにはいられません。

    登場人物は枕木さん、熊埜御堂さん、郷子さんの3人だけなのに
    それぞれの話題の中から個性溢れ、謎を抱える人物が登場して
    一時も飽きさせませんでした。

    近頃ミステリーを多く読んできて、純文学よりの本は久しぶり。
    それでもミステリー感覚でのめりこめた本です。
    本を閉じるのももどかしく、再読してしまいました。
    ただし、甘いコーヒーの飲みすぎでお腹いっぱいにはご注意を。

  • 「真実はいつもひとつ」かどうか、考える。

    まあ百歩譲ってそうだとして、でもそれってすっげえでっかいものだったりするような気がするんだけど、だったらどうすんだろうな、と思う。もう見上げるくらいでかいの。ひとつなんだけど、とてもでかくて、よくわかりません、ってなるの。じゃあだめじゃん、ってなる。

    そういうときどうすればいいのかが、この小説には書いてあるような気がするのだ。ずっとずっと話を続けていって、いろんなところから光をあてて(もしくは知らないうちに光があたっていて)、それで見えた部分をまあひとまずの真実としようじゃない、というスタンス。たぶん次の日には、いや、もしかするともう次の瞬間には、なんだかもう別のものに見えちゃってるんだけど、ということも折り込み済みで、というのがあるというのはわりと大事な約束ごとかもだけど。

    (まあ、そういうの置いといて、好みなんです。こういう小説。ずっと雨が降っているのだなんて!)

  • 錯綜?、と捉えてみて、いや断絶か、と思い直す。堀江敏幸の文章には、いつも仕掛けが多いと感じるけれど、この小説の中で張り巡らされる糸は、どこからどこへ渡されたかが解るようなものではない。むしろ張り巡らされるための明確な意図は、敢えて持たされぬまま、言葉の行く先は宙に浮く。登場人物それぞれが、それぞれに問わず語りを繰り返す内に、話の接穂は再び宙から手のひらに落ちてくる。幾つもの物語が絡み合った風であり、それが一つの織物のようでもある。そこに多重構造的な入り組んだ仕組みを見出そうとしても、何がどうなるものでもない。そんな散漫な印象とは裏腹に、不思議と詠み手の意識は発散しつつも完全に霧散することもなく、語りの一つ一つに聞き入ってしまう。必然、言葉を辿る足取りはとてもゆったりとしたものにならざるを得ない。

    ああ、新しい堀江敏幸だ。とは言え、やはり堀江敏幸の文章であることに違いはない。一つ一つの逸話のようなものが、創造ではなく堀江の随筆と同じような味わいを持っているとも、確かに感じる。主人公の友人の一人の文学者風に形容される人物が、堀江敏幸を思い起こさせもするが、むしろ胴回りの伸びきった主人公そのものが、堀江敏幸の志向する本人自身の深い所にある存在の投影とも見える。その口から出てくる言葉はお馴染みのものであるとも思えるのである。その感慨の混在が、この本にもう一つの奥行を与えてもいる。

    推理小説のような展開を一応は辿りつつ、謎解きには(当然のことながら)語りたいことの本質は隠されていない。語ることそのことが最も重要なことなのである。主人公の物語る動機には、作家本人の思いがひょっとしたら重ねられているのかも知れないが、堀江敏幸はそんな一見「無」とも思える文字の羅列から、思いもかけないような「実」を引き出してみせる。全体と要素の関係を常に緊張感を持って読み進めなければならないような思いに縛られる。錯綜するかに見える物語の立体的な構造が、構造物としての面白さを直観的に感じさせつつ、構造物を構成する要素に一つ一つの味わいがある。例えば、安野光雅の旅の絵本に似た、要素と全体の関係性が、ここにはあるようにも感じる。

    それにしても不思議なタイトルの本だ。もちろん、それは作中のある作品のタイトルではあるのだが、その謎めいた言葉の意味は作中できちんと解明されたようには思えない。むしろ「燃焼のための習作」という言葉の響きに、次回作の期待を読み取って欲しいという作家の思いを解き明かすべきなのではないかとすら思えてくる。回送電車のように、この主人公たちはいつかまた新しい依頼人を交えて、次の構造物を見せてくれるのだろうか。そしてその時には、堀江敏幸を思い起こさせる主人公の友人である文学者風の男は登場するのだろうか。

  •  「燃焼のための習作。すみません、もう一度、おっしゃっていただけますか? ねんしょう、は年少組、年中組のねんしょう? いえ、燃やすほうの燃焼です、しゅうさくは、美術で言うところの、エチュード。「燃焼のための習作」です。どういう意味でしょう?さあ、それが、いまだによくわからないんです、と枕木は正直に答えた。」-p.163

     雷鳴が轟く荒天のある日。駅から案外距離のある、「間口の狭い四階建ての、築四十年を超えている縦長のマッチ箱のような」雑居ビルの一室。枕木という男とが探偵のようなことをしているらしいこの事務所に、ふらりと現れた熊埜御堂氏。遅れて登場する枕木の助手、鄕子(さとこ)さんという女性を含め、三人のとりとめもない会話が流れるように続いていく物語。ほとんど全ての台詞が「」ではなく文中にそのまま放り込まれているスタイルが斬新。でもそのせいでしっかり読まないと誰の台詞かすぐに見失う。
     物語の冒頭は、枕木がコーヒーに角砂糖を入れてかき混ぜるシーン。この事務所がなんなのか、枕木とは、鄕子さんとは一体どういった人物なのか、情報がないままどんどん物語が進んでいって、興味をそそられる。気品のある文体にも惹かれる。著者は仏文学者とのこと。なんだかそう言われてみればまさにそんな気がします、という感じ。狭い視点からスタートし、登場人物たちの会話から徐々にいろんな情報を拾い集めていく工程は、夏頃に読んだ「最愛の子ども」を彷彿とさせた。
     楽しんで読んでいたものの中盤を少し過ぎたあたりで急激に飽きがきて、かなり飛ばし読みしてしまった。何もやることがない日に一人で静かな喫茶店なんかに行って、それこそコーヒーを飲みながらじっくり読みたかった。常に誰かがなんらかの音を立ててその存在を主張している自宅で読むには、ちょっと大人しすぎた。

     最後の最後、熊埜御堂氏について保留になっていた謎がついに解ける箇所は、現実味を帯びた哀愁が漂っていてよかった。あるある、あるよねそういうの、っていう。

    「そういうひとことが、いちばんつらいかもしれないね、と枕木は鄕子さんの背中に向けて言った。似たような事例を、たくさん見てきたし、殺してやるとか、死んでやるとか、いままでありがとうとか、あとから分類しやすい台詞じゃなくて、相手のことをよく知っていなければ言えないことが胸に突き刺さるんだ、きっと」-P.216

     それから、この本のフォントが気になる。昔からフォントが好き。学生時代、パソコンでワードをやってもパワーポイントをやっても一番楽しかったのは最後にどのフォントを採択するか決めるときだった。見慣れたゴシック体や明朝体から始まり、見慣れないフォントを選ぶとときどき平仮名が旧字体みたいになったり、漢字が化け文字みたいになったりするのが面白くて、何回も変えて遊んだ。教授によっては論文のフォントを逐一指定してくるような人もいて、世界で一番心が狭いと思った。そんな話はどうでも良くて、とにかくこの本のフォントが好き。明朝系だと思って調べたのだけど、フリーフォントのサイトでは全く同じものを見つけられなかった。気になって気になって仕方ないのでAmazonでフォント字典を検索して、ほしい物リストに入れた。いつ買おう。

     ここまで書いたところでよしお終いにしようと思ったけれど、この物語全体を通して漂う雰囲気はすごく好きだったからどうも勿体無いような気がしてしまって、もう一度本を開いた。読み飛ばした後半部分を中心に再読。午前中でまだ自宅が静かだというのもあって一回目よりはスムーズに世界観に浸ることができて、新たな情報もいくらか収集できた。なんかこうやって一冊の本を何回かかけて少しずつ読み終えていくやり方もいいな、と思ったのでした。

  • どうも私にとって堀江さんは読むタイミングを選ぶ作家さんの様です。
    以前『いつか王子駅で』の感想として「本を読むには、やはりそれに適した時期(というか、読み手の精神状態)があるようです。何度か読みかけては挫折したこの小説なのですが、今度はじっくり楽しみながら読むことができました。」と書いていました。
    今回はそのタイミングでは無いのに無理やり読了したような気がします。
    運河沿いに建つ雑居ビルの中の事務所に嵐で閉じ込めらた三人、探偵のような事をしている中年の男・枕木とその助手の郷子さん、依頼人?の熊埜御堂(くまのみどう)氏。全編、この三人の思いつくままに繋り続ける会話で出来た小説です。
    一気読みする本では無いですが、それにしてもとぎれとぎれに読み過ぎました。おそらく何かの仕掛けがあるのでしょうが、それがつかめぬまま読了。
    いつか読み直せば、また評価が変わる話だと思うのですが。

  • 謎解きを思わせる煽り文句だが、実際は豪雨に閉ざされた事務所内で探偵と助手と依頼人の3人がするすると、お互いが語った言葉から思い出されることを話続けている。手品の旗の様。

  • 雨の降る中の会話に、私も加わっていたっけ、なんて記憶が混同する。
    閉ざされた空間の中で語られる話は、本の中の会話でさえ、蠱惑的。引き込まれる。

  • いくつかの小説賞はとってはいるがまだまだ無名な作家堀江敏幸氏の『燃焼のための習作』を読了。帯に完全にだまされた。『終わらない謎解き、解け合う会話、密室の探偵と助手と依頼人』とあったのでてっきりサスペンスか推理小説かとおもったらところがどっこい全く違い一つの部屋の中でかわされる三人の会話を高密度ですべて収録した形を取る不思議な小説だった。嵐の中事務所に来た依頼人と探偵と途中で事務所に戻ってきた助手の女性とがかわす珍妙なやりとりから三人の人となりが浮かび上がってるという巧みな仕掛けに気付けば面白いし、気付かなければこんなに読みにくい小説は無いかもしれない。好みは分かれるだろうが、密度の濃い読みにくさに耐えられそうな方には是非挑戦してほしい小説だ。

  • 『河岸忘日抄』にちらりと登場する探偵の枕木さんが主人公の小説だった。河岸~は大好きな小説なので、連作のようでおもしろい。ただ、探偵も依頼人(熊埜御堂氏)も出てくるのに、いっこうに事件らしきものが起こらない。雷雨に閉じ込められた事務所でコーヒーをのみつつ小腹がすいたらスパゲティを食べつつ、昔の案件の謎や回想話、友人知人について、記憶をたぐりよせてはただ話しているばかり。なのに、充実。たのしいのである。やがて、空が明るくなってくる頃、熊埜御堂氏は帰っていくのである。

  • この作家の一番の特徴かもしれない、何にもないような、何かある感じがゆるい会話の中で延々続き、最後に急に展開する。それが最も顕著に表れた作品かも。何でも屋の様な探偵と、相談に来た客と、探偵の助手のような女性。嵐の終わりを待つ間の会話で小さな事件?のストーリーが進んでいく。
    少しだらだら感じたので、私のこの作家に対するポイントとしては低め。

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著者プロフィール

一九六四年岐阜県生まれ。小説家、フランス文学者。早稲田大学第一文学部卒業。九九年『おぱらばん』で三島由紀夫賞、二〇〇一年「熊の敷石」で芥川賞、〇三年「スタンス・ドット」で川端康成文学賞、〇四年『雪沼とその周辺』で木山捷平文学賞、谷崎潤一郎賞、〇六年『河岸忘日抄』で読売文学賞、一六年『その姿の消し方』で野間文芸賞。他の著書『オールドレンズの神のもとで』『坂を見あげて』『燃焼のための習作』『なずな』など。

「2019年 『深淵と浮遊 現代作家自己ベストセレクション』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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