大阪アースダイバー

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  • 講談社
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レビュー : 60
  • Amazon.co.jp ・本 (322ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062178129

感想・レビュー・書評

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  • 大阪は水の都である。という一文から始まる司馬遼太郎の小説があったと思う。何だったか思い出せないのだが、
    私事ながら、秋から大阪に単身赴任している。東京と比べると大阪は本当に平べったい。坂がない。地下鉄の出口案内に並ぶのは、橋や堀のつく地名ばかり。高低差を愛でるタモリ氏やスリバチ学会の会員だったらつらい都市だろう。

    東京の地形の記憶を扱った前作のアースダイバーを読んだのは、2006年頃。大阪をテーマにした本書が出版されたことは知っていた。暫く手を出さないでいたのだが、大阪暮らしに慣れる意味でも読んでみた。

    土地勘がない心配は杞憂だった。舞台になるのは殆ど上町台地ばかり、北は大阪城から南は住吉大社近くに繋がる台地。他の場所は昔は海の底だったから、東京版のように彼方此方の場所を尋ねる面白さは少ないと思う。
    大陸系の海民の姫神達、物部氏の本拠に建てられた四天王寺、と大地に残る歴史を中沢氏らしいチョッと気障っぽい語り口で物語る。
    商業は共同体ではなく、「無縁」から生まれたとの記述は、著者の義兄、網野善彦を思い出させる。
    後半は上町台地から西の千日前やミナミのディープな大阪の演芸や処刑場、墓地の記憶。そして差別の原因になった歴史の経緯。

    漫才についての記載。
    「ここから、大阪に独特な言語コミュニケーションの発達が起こった。意味の中身を伝え合うのではなく、意味らしきものを伝えあっている、そのプロセスの方に重点がおかれた。意味の固い層の下を流動している無意識の流れを、ひょっと会話の中に紛れ込ませる技に高い評価を与えた。」
    内田樹さんの「うほほいシネマ倶楽部」にあったポストモダンの説明、ボールに価値はない、パスにこそ価値があるという言説を思い出す。大阪人どうしの会話ってポストモダンなのか?え~!。

    河内の盆踊りでは非業の死を遂げた人の物語や猟奇的大量殺人事件や俊徳丸のような物語が音頭で歌われる。
    東京版のような地形から呼び起こされる物語は少なかったが、なかなかディープな話が多く、満足した。

  • 大阪市東住吉区で生まれ育った私には、とても説得力のある分析だった。筆者の大阪へのシンパシーと造詣の深さがひしひしと感じられた。あとがきの指摘も全く同感。今、大阪は歴史と伝統文化の重みを理解しない某為政者の、学歴では測れない教養と品性の欠如に振り回されがちである。しかし大阪人は賢明にも違和感を感じ始めている。

  • 昔の職場近辺の話が盛りだくさん。へーとかほーとか言いなが一気に読んでしまった。大阪のディープさは古代から脈々と受け継がれている。

  • 大阪は南北を貫く軸に、太陽が通る「東西」の軸をメインにした場所であった。

    ナニワでは信用に対する信仰に支えられた商人たちが活躍し、「有縁社会の中の無縁」を体現しており、ミトコンドリアのように大阪に活気を与えていた。

    四天王寺には聖徳太子伝説が息づき、敗者をも退けない「和」という思想がみられた。

    ミナミは胎蔵界曼荼羅を表している。
    無産者のためのあいりん地区は「アンフラマンス(超薄い)」世界で、静の向こうの師が透けて見える。
    そこでは風俗と共にお笑いが生み出された。

  • 〜というようなことが言えるんじゃないかな。みたいな本。柳田国男だとか荒俣宏、澁澤龍彦の仕事に近い。アカデミックではなくセンスで書いてある。様々な事実を踏まえて感性で融合させている。中沢新一氏が博学で勉強熱心だと認めた上で読み方を間違えなければ面白い読み物。こういう風に歴史を眺めるのは素敵なことではある。歴史の事実の話と言われると疑問符が沢山つく。が、このような試み、読み、知的統合、考察といったものは失われつつある感性の賜物だとも思う。大阪が違って見えてくるという意味では面白い。事実と感性の比重が通常と違うことを注意して読めば面白いと言える。

  • タイムマシンに乗って数千年前から数百年前の大阪に行ってドローンから空撮した映像を見ている気分になる本。アースダイバーというよりバードビューアーか。学問的な裏付けがあるかどうかはともかく、人間の生活・移動の観点から大局的に分析して推論を組み立てていて、とても面白い。

    この本を読み始めたことで、この週末に生駒山と摩耶山の両方に登り、大阪平野を東西それぞれから眺める機会を作れた。

  • 中沢新一による「アースダイバー」第二弾、大阪を舞台にしています。
    大阪に行く機会があったので読んでみましたが、相変わらずぶっ飛んだ世界観で、時空を行き来しているアースダイバーとしての著者の姿がおもしろいです。

    「アースダイバー的見方」という表現も出てきますが、これは地政学と文化人類学を併せたようなものかな、と感じました。
    そのアースダイバー的な見方で、大阪という都市を舞台に、渡来人たちの文化、古代の権力者の墓である古墳とそれを一つの基点にした都市の形成、そして船場で発達した資本主義などが紐解かれ、現在の大阪の姿の底層に潜むものを探ります。
    これを見ると、東京以上に連続性があり、この連続性を持つ都市は日本にほかにあるのかな、と感じました。

    「エピローグにかえて」の章であるように、橋下市長による新自由主義的な発想が広がることへの懸念を示している記述もところどころに見られます。吉本のお笑いにまで、古代の渡来人やアイデンティティを見出そうとするのは、さすがに無理があると感じますが、深い思考のもとに書かれており、とても面白いです。大阪に縁のある方は是非ご一読を。

  • 自分の生活圏、大阪が、それほどに海だったんだ!ということがまず一番のオドロキだった。海民が作った町・・・などなど。歴史を知ると自分の暮らしが豊かになる気がする。この本に出てきた名所を順番に訪ねたい。

  • 「縁(有縁)」と「無縁」という観点から商人の社会とそれ以外の権力社会(大名を頂点にした農耕、封建社会など)をとらえるとスッキリ。大阪に行ったときの違和感のようなものが中沢新一さんのアースダイビングのテクニックで爽快にとき明かされていて目から鱗。想像力で補完されているところが多いから[「アースダイバーの推論」p215など]、魅力的で説得力があっても冷静に読む必要はある。もちろんみんなができるアースダイビングの、中沢さんが大阪にしたらこうですよという一例だ。

    個人的には「死(墓地)」と「セックス」が都市のつくりで密接に結びつく縁があることに前作から惹かれ続けている[p128]。理屈で言われ続けてきてはいるが、地図で、また実地で確認できるのはとても強い。アナロジーではないのだ。

    今回は墓地に加えて、まさに大阪らしいイメージの「笑い」も実は死者の埋葬のときにおこなわれた「笑の儀式」[p57]に関係するという。なんばグランド花月の場所が墓地や死体を焼く場所に近い[p128]。

    また、東西の通りを「デュオニュソス線」と名付ける[p6]ことから始めたり、西洋の概念と積極的に結びつけるのは突飛で滑稽で、別に中沢さんが別の名称を与えればいいのにと思うかもしれないけれど、そこにはやはり意図があるはず(無意識であれ、意識的にであれ)。たとえば、欧米人が読んだときのためとか…。

    これは中沢さんのアースダイビングの一例だから、重要なのはこれを参考に私たちもアースダイビングをすることである。おもにそれは地形、地図、そして歴史を参考に(しかしメインはやはり地図をよくみたり、現場を歩くことだろう)個人意識を超えた「集合的無意識」への通路を開く[p294]ことだ。鳥になって。

  • 大阪の住吉で生まれ育った人間として、面白く読めた。

    けどそれでも行ったことのない場所もたくさんあって、
    まだまだ大阪を知らないなぁと思った。

    その昔、朝鮮半島南部から西日本全体にかけてが
    一つの文化圏だったという概念は僕にとっては新鮮だった。

    でも地理的にも心理的にも感覚的にそれはよくわかる。
    西日本は、心理的には東日本よりも半島や大陸に近い。

    そして政治都市ではない大阪は、「市民」の都市だ。

    独自の価値観とバイタリティに自信を持っていい。

著者プロフィール

一九五〇年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。明治大学野生の科学研究所所長。思想家。著書に、『チベットのモーツァルト』『雪片曲線論』『森のバロック』『カイエ・ソバージュ』シリーズ『アースダイバー』シリーズ『野生の科学』ほか多数

「2019年 『レンマ学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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