それからのエリス いま明らかになる鴎外「舞姫」の面影

著者 :
  • 講談社
4.35
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本棚登録 : 71
レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (370ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062185950

作品紹介・あらすじ

真実を索める者に神は微笑む。別離後、ドイツに帰った「エリス」はどのような人生を送ったのか? その後、鴎外との間にはなんの交渉もなかったのか? ふたたび記録の森をさまよう著者に射した光は、ついに文豪の愛した女性の生身の姿を照らし出す。

 2011年に講談社から刊行された『鴎外の恋─舞姫エリスの真実』は多くの鴎外研究家、ファンに衝撃を与えました。徹底したリサーチの結果、小説『舞姫』のヒロインであるエリスが1866年9月15日にシュチェチン(現在はポーランド領)で生まれ、1898年から1904年まで帽子製作者としてベルリン東地区に在住したことが確認された「エリーゼ・マリー・カロリーネ・ヴィーゲルト」であること、鴎外と知りあった頃は20歳か21歳だったことは、まず間違いありません。従来唱えられてきた「エリス人妻説」「エリスはユダヤ人説」は完全に意味を失ったといえましょう。
 六草さんはその後も入魂の調査を継続。日本からベルリンへ帰る船中での諸事実から「エリス」が二度の大戦の戦禍をくぐり抜け1953年8月4日に没したことまで突き止めました。そしてついにエリーゼ・ヴィーゲルトの風貌に接するときがやってきます。本書は鴎外と別れてからの「エリス」の後半生と人物像についての驚きの新事実に満ちています。

感想・レビュー・書評

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  • 20140302読了
    ついに見つけたエリーゼ、その生涯を追う。●現地の機関の独特なシステム(待ち時間の長さ・開館日の制限等も含め)や、担当者によって対応が違い、人的な当たり外れが大きいという、お国柄なエピソードがつぶさに記録してある。さぞ苦労したのだろうが、その社会に免疫がある’現地在住’はこの調査においてすごく強みだったろうと思う。そして、親身になってくれる人はとっても親身になってくれるというのもお国柄だよね、と前作に引き続き’墓地の彼女’の援助に嬉しくなった。●第3章、本筋からちょっと外れた話がおもしろい。留学生の遺児の話、「独逸日記」に出てきて気になっていたのだ!梅謙次郎が兄の遺児を引き取っていた後日談に、誠実な人もちゃんといたのだとちょっと安心。現存しないと言われていた鴎外3つ目の下宿が特定された。鷗外記念館は鷗外の1つ目の下宿跡ではない。同じ建物内にある下宿跡は、記念館開設当時に入居者があったため借りられなかった。下宿だったところは今も住宅で、個人宅となっている。●エリーゼが38歳で結婚し、1953年に86歳で老人ホームにて亡くなったこと、その夫の墓、鷗外が定期購読していた新聞に夫の死亡広告を「書状に代えて」掲載していたこと、偽名ルーツィを使った理由、エリーゼの血縁者との出会い、エリーゼと夫の写真…。よくぞここまで、と思うほど、愛情をもってエリーゼの人柄にまで迫った本だから、感動さえ覚える。あの激動の時代に、国境を超えた悲恋であり純愛だったんだなぁ…。

  • 昨年、新聞でもその発見が話題になり大きく取り上げられた、舞姫エリスのモデル、エリーゼ・ヴィーゲルトの写真も記憶に新しい。その写真にたどり着くまでの労苦が綴られた本書。
    前作『鴎外の恋 舞姫エリスの真実』に引き続き、著者の地道な現地調査により、その後のエリーゼが明らかにされている。

    相変わらずの、ここまでやるのか!と驚嘆せずにいられないほどの綿密な調査。やはりベルリン在住だからこそできたことだろう。
    そして、100年以上前の個人的なことでもここまで調査できるものなんだ、という驚きも同時にあるのだが。

    鴎外とエリーゼの、ドラマチックな純愛。
    「事実は小説よりも奇なり」とはこういうことか。

  • ○本書で著者は、「舞姫」のヒロイン”エリス”のモデルとなった女性がエリーゼ・ヴィーゲルトさんだということを確信し、彼女の実像に迫るべく教会の記録などの文献を調べ上げます。夫や妹、妹の家族の存在を突きとめ、ついにはエリーゼ本人に繋がりのあった親族の方に会い、エリーゼの写真にたどり着きます。個人情報が守られた現代は、それ以前の近代に比べると情報収集が困難で、資料的には大きな隔たりがあります。それを突き抜けたところがすごいですね(”墓地の彼女”の助力がなかったら著者といえどもあきらめていたことでしょう)。

    ○森鴎外自身の体験を踏まえて書かれた「舞姫」。エリーゼと鴎外らも、あのような形で残酷に引き裂かれたままだったのか。しかも、日本まで鴎外を追いかけてきたのに、結局はドイツへ帰ってゆくエリーゼ。あまりにも気の毒だと思わずにはいられませんでした(その一方で、エリーゼの行動を軽率だとする批判もあるそうですが)。

    ○文献や”墓地の彼女”の助力を得ながら調査を進めてゆく様子は、読んでいて非常に面白いです。そこには、役所ならではの奇妙な習慣(対面しているのに手続きを電話で申請するとか)があったり、ベルリンの森鴎外記念館がじつはまったく関係のない「他人の家」なのに看板が放置されていたり、ぼくのように鴎外に詳しくない人間でも「おいおいそれはどうなの」とつっこみたくなるエピソードがたくさんあります。もちろん、鴎外がお好きな方にはそれ以上の重大な事実が隠されているに違いありません。ここでは書きませんが、決して悪い結末ではなかったとぼくは思います。いろいろなしがらみのなかで力強く生きた鴎外とエリーゼ、こういう愛の形が現実にあったのだと、そして鴎外が最期に石見人として亡くなっていったことを思うと、感動を覚えずにはいられませんでした。

  • 大学時代、森鷗外ゼミに入り、数々の作品を読み、最終的にはグループでまだ書き下し文になっていなかったドイツから帰りの船旅を記した「還東日乗」を基に鷗外の心情を表した論文を発表した。雅文体も漢文をベースにした格調高いと言われている文章も、はたまた家の重圧、軍医と文学の二足の草鞋、諦念等々二十歳そこそこも若造にわかるわけない。それでも文学散歩と称して谷根千辺りを観潮楼後の鷗外記念館、「雁」の舞台になった不忍池-無縁坂、水月ホテル鷗外荘を見て回った。卒業してからも松本清張や森まゆみが鷗外について書けばフォローしてきたし、左遷先の小倉での新事実、果てはタイムスリップしたり、探偵になった鷗外ともお付き合いさせていただいていました。
    しかし、今回まさか「舞姫」のエリスにお会いできるとは思ってもいませんでした。ワクワク、ドキドキであっという間に読み終えてしまいました。思うに調査自体は本当に地味で根気のいる作業だったのでしょうが私たち鷗外ファンにとっては画期的なことではないでしょうか。本当に有り難う、そしてご苦労様でしたと言いたい。

  • ふむ

  • (縲取悽縺ョ髮題ェ後??201401縲擾シ夂エ?逕ー鬆?ク?驛弱?縲檎ァ√?繝吶せ繝?縲?

  • エリーゼの写真をみて「あらららら・・・」。まさにそんな感じ。

  • 『舞姫』はたぶん教科書に出ていたのを読んだくらいの知識と興味しかなくて、明治のエリートってホント鼻持ちならないわ!ぐらいの感想しかなかったんだけど、こんなに奥が深いというかああ本当に実在の人だったんだあ・・・と驚くと同時に、ここまで丹念に調べていった著者に感動。

  • (2014.05.13読了)(2014.05.02借入)
    副題「いま明らかになる鴎外「舞姫」の面影」
    森鷗外の『舞姫』は、実際にあった出来事をもとに書かれたと言われます。作品の中の主人公豊太郎は、森鷗外自身で、ヒロインエリスは、森鷗外が留学先のドイツから帰国したのちに後を追うようにやって来た女性ということです。
    そのような女性がいたことは、森鷗外の身内や知人が書き残したものからわかるそうです。
    その女性は誰か?ということを特定しようとした著作がいくつかあります。
    「鴎外の恋人」今野勉著、日本放送出版協会、2010.11.20
    上記の本を読んだときは、これで舞姫エリスは。解明されたと思ったのですが、その後に出た下記の本によって覆されてしまいました。
    「鴎外の恋 舞姫エリスの真実」六草いちか著、講談社、2011.03.08
    森鷗外を追って日本にやって来た女性が、乗ったと思われる船の乗客名簿が英字新聞に掲載されているのが見つかり、さらにドイツのベルリンに残されていた住所録から特定できたということでした。ドイツに住んでいる著者による粘り強い調査によって判明しました。
    女性の父親、母親についても名前や生年月日、出身地などが判明しました。
    今回読んだ本は、その女性が、ドイツのベルリンに帰ってきた後、どこに住んだのか? 結婚したのか? いつごろ亡くなったのか? 身内はいないのか? 森鷗外の子どもを産んだという説があるけどどうだったのか? などを調査した結果の報告です。
    調査の進展に添って書いてありますので、著者と一緒になってハラハラドキドキしながら読めます。調査が進展すると、ついうれしくなり、調査が進展しないと、残念でたまりません。
    エリーゼ・ヴィーゲルトは、38歳で結婚していました。子どもはいなかったようです。旦那さんは、ユダヤ人だったようです。ナチスのユダヤ人弾圧が始まる前に亡くなっていたようです。(1918年12月31日、55歳)
    エリーゼ・ヴィーゲルトによる夫の死亡広告は、森鷗外がドイツから取り寄せて購読していた新聞に掲載されていたので、森鷗外はそれを知っていたのではないかということです。
    また、森鷗外が軍医として従軍している間、鴎外の母親が毎月ドイツに送金していたという記録が母親の日記から読み取れるので、エリーゼが鴎外の子どもを産んで育てている養育費ではないかという仮説を立てて、調べてみたけれど、子どもがいたかどうかの確認はできなかったようです。
    エリーゼの身内については、エリーゼの妹の孫にたどりつき、エリーゼの写真を見たり、自筆のハガキを確認することができました。
    一冊のノンフィクション作品として読んでも、結構面白い作品と思います。

    【目次】
    序章 続きのはじまり
    第一章 エリーゼは鴎外の子を産んだのか
    第二章 ままならぬ思い
    第三章 ベルリン余話
    第四章 うしろ姿が見えてきた
    第五章 あともう一歩
    第六章 その面影に
    終章 つらいことより喜びを
    主要参考文献
    あとがき

    ●個人情報保護法(57頁)
    ドイツの個人情報保護法では、市民の個人データは、出生記録は百十年以上、結婚記録は八十年以上、死亡記録は三十年以上古い記録であれば公開してよいことになっている。
    ●戸籍役場(57頁)
    年間手数料を支払ったことだし、この一年、しっかり利用させていただこう。そう思い、さっそく予約を願い出ると、閲覧の申し込みは手紙か電話でと、職員は領収書に番号を書き添えてくれた。聞くとこの職員の直通番号だという。面と向かっては申請できず、電話回線を通さなければならないとは不思議な感じがしたが、それが「しきたり」らしかった。
    ●賤しい女(125頁)
    「賤しい女」とは、働く女たちのことだ。親の資産や夫の収入で優雅に生活するのではない、自ら職業をもち収入を得る女性たちはみんな、当時の上流階級の尺度では「賤女」なのだ。
    ●結婚(176頁)
    エリーゼは三十八歳で結婚した。
    結婚の日:1905年7月15日
    夫:マックス・ベルンハルド
    1864年10月11日生まれ
    ●死亡届(191頁)
    エリーゼ・ベルンハルド 旧姓ヴィーゲルト
    没年月日:1953年8月4日 86歳
    ●鴎外の子ども(216頁)
    鴎外には、於菟、茉莉、不律、杏奴、類の五人の子があり、それぞれが手記を書いてる(不律は幼少で死亡)。

    ☆関連図書(既読)
    「鴎外の「舞姫」」角川書店編、角川ソフィア文庫、2006.04.25
    「口語訳即興詩人」アンデルセン著・文語訳森鷗外・口語訳安野光雅、山川出版社、2010.11.30
    「鴎外の恋人」今野勉著、日本放送出版協会、2010.11.20
    「鴎外の恋 舞姫エリスの真実」六草いちか著、講談社、2011.03.08
    (2014年5月13日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    真実を索める者に神は微笑む。別離後、ドイツに帰った「エリス」はどのような人生を送ったのか?その後、鴎外との間にはなんの交渉もなかったのか?…。ふたたび記録の森をさまよう著者に射した光は、ついに文豪の愛した女性の生身の姿を照らし出す。

  •  作品は、現実とは違う。
     だけど、エリスと巡り会えた瞬間は、現実が、作品を超えた。

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著者プロフィール

作家。1962年、大阪府吹田市生まれ。88年からドイツ・ ベルリン在住。主な著作に、森鷗外の名作『舞姫』のヒロイン、エリスのモデルとなった女性を探し、文学界の積年の謎を解明した『鷗外の恋 舞姫エリスの真実』『それからのエリス──いま明らかになる鷗外「舞姫」の面影』(ともに講談社)がある。

「2017年 『いのちの証言』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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