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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784062187565
作品紹介・あらすじ
12世紀頃に、知性をもつ宇宙人が地球にやってきて、その後の人類の運命について予想したならば、中国こそが近代化を主導すると断定したであろう。なぜなら、当時、経済・政治・軍事、あらゆる点においてもっとも発展した地域であったから。にもかかわらず、数百年後の世界を見れば、主導権を握ったのは、中国ではなく、ヨーロッパとアメリカを中心とした西洋となってしまった。どうしてなのか。その原因を中国社会の特異性、インドのカースト社会、仏教と一神教との相違など、精緻な思想で読み解く。イエスの誕生を根底に置いた西洋文明の成長を描いた「古代篇」「中世篇」に続く第三弾。
みんなの感想まとめ
多様な視点から非西洋社会の成り立ちを深く探求する本作は、中国とインドを中心に、なぜ西洋が近代化を先導したのかという根本的な疑問に挑みます。特に、中国の皇帝制度や儒教の影響、インドのカースト制度を通じて...
感想・レビュー・書評
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「世界史の哲学」は、<世界史>のダイナミズムを「理論」モデルとして摘出する壮大な冒険のことだ。
大澤のこの壮大な試みは、真木悠介が1970年代に構想した壮麗な「比較社会学」体系の重要な一部を成す。
真木が「時間の社会学」で初めて開示してみせた「比較社会学」という領域を徹底的に切り拓こうというのがこの大澤のプロジェクトだ。
そのプロジェクトを同時代人として目撃できる喜びを感じる。
「東洋編」のテーマは「贈与」だ。
「贈与」という社会的に行為を通じて、アジアの二大大国、中国とインドという、似て非なる社会の分析枠組みを作り出していく。
「大澤贈与論」が生み出されてゆく過程をワクワクしながら楽しむことが出来る。
贈与論に立脚して、国家発生のメカニズムを解明することで、中国の皇帝権(現代中国の共産党一党独裁権を含む)の発生機制を明らかにしてゆく。
これはヴェーバーによる「プロ倫」論理モデルの確立に匹敵するような大澤贈与論という理論モデルの確立だ。
それは、社会契約論をはるかに超える、国家発生理論だと言える。
問題提起は、ジャレド•ダイアモンド「銃•病原菌•鉄」の問いの射程の狭さに起因している。
確かにダイアモンドは、アメリカ大陸がユーラシア大陸に対して非対称である謎の解明を行ってみせた。
しかし、同じユーラシア大陸内の非対称(中国•インドvs.西洋)の謎は放置されたままではないか、というのだ。
そのユーラシア大陸内の非対称の謎の解明を行ったのが本書だ。
しかし、東西の非対称を論じる前に、大きな壁がある。
それは、中国、インドを同じ「東」としてくくれるのか、という問いに答えなければならない、ということだ。
全く異なる社会構造を持つように見える二つの大国、中国とインド。
その両者をくくる理論こそ「贈与論」だ、というのが著者の主張なのだ。
結論だけ述べておけば、贈与の原理を徹底的に活用したのが中国(の皇帝権)で、その原理の活用を拒否したのがインド(のカースト制)だということになる。
贈与に段階を設定すると、最高度の段階にまで行ったのが中国で、段階の途中に止まったのがインドだと言うのだ。
そのことを、大澤は上手い比喩で喩えている。
ゾル(液体状、豆乳)とゲル(半固体状、豆腐)の比喩だ。
中国はゾルとゲルを極端に繰り返す社会だ。
皇帝権がボルトの役割を果たす時、つまり、贈与の原理を最高度に活用した時、中国社会はゲルとして安定を保つが、いったんボルトが外れるや、途轍もないゾル状態=無秩序状態に陥る。
一方、インドは、常にゾルとゲルの中間の状態を保っている。それは、放っておけば、贈与の原理でゲル化する社会を、カーストというシステムが、ゲル化を阻害するからだ。
このように、全く異なるように見える中国とインドが、贈与論によって、一望のもとに捉えることが可能となるのだ。
そして、この贈与論は原始的な国家形成理論ともなる。
収奪の権限と安全の保障の間の取り引きが社会契約の起源だとするホッブスの理論は、原始的な国家形成の理論とは言えない。
この理論が適用できるのは、周囲に侵略的な国家が存在している環境を前提としたときのみだからだ。
大澤贈与理論のみが原始的な国家形成のメカニズムを説明し得るのだ。
どういうことか?
大澤真幸理論では、国家形成を二つのステージ(原始的な国家形成と競合的な国家形成の二ステージ)に分離する必要がないのだ。
共同体の間にある贈与の絡み合いの中から皇帝という権力の中心が析出されるメカニズムを説明することが可能だからだ。
大澤は橋爪大三郎、宮台真司と「ふしぎな中国」という対談集を出している。
そこでさまざまに論じられる中国の「不思議さ」を、本書では贈与論という切り口で、深掘りしてみせる。
当然そこでは、大澤「第三者の審級」理論が重要な役割を果たす。
中国が大きな脅威となり、グローバル•サウスの雄としてインドが存在感を増す現在、二つの特異な社会を論理的に把握することは喫緊の課題だと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
歴史
哲学 -
僕の場合、この本を読むにあたって「否定・抑圧されたものの回復」という視点を持って読み進めてみました。そういう読み方をしても読むに耐えうる作品です。
一つ気になったのがノーム・チョムスキーの考えとの比較をした場合です。
中国の皇帝が天命または民衆の合意によって承認されているという視点、特に毛沢東についての記述で彼は文字とかスローガンを使うのが非常に巧みだったとあります。それを読んで毛沢東はプロパガンダ・システムだったのではないかという疑問を抱きます。マニュファクチュアリング・コンセント(合意の捏造)という視点をチョムスキーは言っています。中国は文字(漢字)により統一され平原で伝達もスムーズにいくという地形だとあります。中国が天命によって皇帝という格差の体系(僕は格差とは否定・抑圧されたものがあると思っています)が承認されているという神話が結局、合意の捏造でしかないのではないかということです。
そういった視点が大澤さんの視点から比較的欠落しているような印象を持ちました。大澤さんともあろう人がその視点を考えなかったわけではないと思いますが、マニュファクチュアリングコンセントを正当化することになってしまわないようにそのあたり明確にしておいた方がいいのではないかと思いました。
なかなかボリュームがあり読みごたえがありました。一読してみる価値はありますので皆さんどうぞ読んでみてください。 -
んーーー。何ナノ、このどうでもいい話の連続。
インド文明と中国文明の対比は、少しおもしろかったけど。
キリスト教と仏教の対比はバカバカしかった。
曼荼羅の話もくだらなかった。
すごく分厚い本だけど、中身は薄っぺらい。 -
中国とインドを非西洋社会と位置付け、その性質成り立ちを社会科学的に解明しようとする。
根本的疑問として、ジャレド・ダイアモンド同様の西洋がなぜ先に近代化し世界に価値観を拡散することになったかである。
中国は儒教をベースに、天を戴いた天子がその権威を名誉として広大な範囲に贈与して治める。そのツールは法家の思想だったり、贈与の経路としては科挙による官僚制、朝貢がある。天の意向にあった天子とは、堯などの過去の理想的な天子でありその点では一神教と似るし、特に天子とキリストは現世界に現れた神の代理としてのポジションが被ることになる。しかし中国は易姓革命により現実の天子は覆されてきた。
インドは中国とは異なるシステムで中国からの影響は皆無である。ジャーティー/ヴァルナにより贈与はあくまで小集団間に分断され、各集団は通婚できないなど大きな集団は形成されにくい。実際にインド亜大陸が統一されたのはイギリスによってである。
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