私の記憶が消えないうちに デコ 最後の上海バンスキング

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 29
感想 : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062191104

作品紹介・あらすじ

性格派女優であり恋多き女・吉田日出子は、いま深刻な障害にとりつかれている。記憶が去ってゆくという症状に。
その発症以前から、最後の一冊としてライター・小峰敦子さんに語っていた女優の一生。
現在、生まれ育った家で同居する母・正子さんは、医師にして三度結婚した豪傑。戦前のフランス・パスツール研究所へ留学し、パリで岡本太郎や早川雪州と交流も持った。
おもしろエピソード満載の自伝エッセイ。
吉田日出子が、2012年11月、観客の前で歌う最後となるであろう舞台(新宿領山泊公演)での熱唱、ミュージカル『上海バンスキング』の劇中歌、「ウエルカム上海」
Youtubeにて公開中!

http://youtu.be/qvWGEwzFtZo

感想・レビュー・書評

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  • ★▼「私の記憶が消えないうちに」吉田日出子。講談社。2014年。今は歌舞伎など広範囲の演出家として名高い串田和美さんが率いた劇団、「オンシアター自由劇場」の看板女優だった吉田日出子さんの語りおろし自伝。2007年くらいからだったか、「高次脳機能障害」(だったと思う)という脳の障害を負って、記憶が時折なくなっていくという症状と闘っていることがタイトルにもなっています。

    ▼どうしてだったのか分かりませんが、1994年前後に「もッと泣いてよフラッパー」と「上海バンスキング」を渋谷のシアターコクーンで観劇しました。そのほかにもその頃にはいくつか(本当にひどい話ですが、食べ物を万引きして食べながらでも)なけなしのお金をはたいて演劇を観に行って、多くの舞台がもう本当に幸せな記憶として残っているんですが。その中でも、「もっと泣いてよフラッパー」と「上海バンスキング」は本当に衝撃だったんです。オモシロかった。そして感動した。笑った。泣けた。
     人生の演劇体験の、ここまでのぶっちぎりの1位2位。というかもう、人生全体の体験でもトップクラスというくらい、全身全霊で魅了されました。そしてそのど真ん中でギラギラと、きらきらと、燦然と輝いていたのが吉田日出子さん。
     もうこればかりは演劇体験の切ないトコロなんですが、あの輝きを(僕はそのかなり終盤をわずか2度見ただけなんですが)観たか観てないかで、もうなんというか分かち合えるものが分断されてしまう。

    ▼映画「社葬」や、「男はつらいよ・寅次郎の告白」は、実は個人的には「吉田日出子さんが観れる」という楽しみの体験だったり。吉田日出子さんのファンか?と言われるとYESというのはちょっと違和感があるし、なんというか、吉田日出子さんという個人が良い人なのか悪い人なのか、そんなことは分かりません。(この本を読んだ限り、まあかなりエゴの強い(笑)、そして決して誰にでも優しいタイプの人ではなかったように推察されますが(笑))
     ただただ、「うわー、人生ってこんなに素敵な、陶然とするもの、わくわくと感動と出会えるんだ!しかもナマで、温度や空間を共有して、出会えるんだ!」という舞台の中央で。眩しいくらいに演じて歌って踊っていたんですね。それだけで、うーん、上手く言えませんが、道ばたのお地蔵さんに手を合わせるような、そんな感謝の思いを、自分が死ぬまで忘れることは決してない。…と思える人物です。(なんだかそれはそれで、言われた吉田日出子さんとしては表現者としてもの凄く”本望”なのではという気がしますが(笑))

    ▼そんな思いがあって読んだわけなので、そんな思いが無い人が読んだら(ま、無い人は読まない気がしますが)どう思えるのかは分かりません。
     個人的にはオモシロく怒濤に読み終えました。60年代からの演劇、小演劇の世界の”空気感”の変遷としてもオモシロかったです。

    ▼あくまでネットで分かることで言うと2021年現在77歳でご存命とのこと。本当に「いるだけ」でいいからまたお芝居を観てみたいなあ、と思いました。

    ▼あと、1988年に公開された、串田和美監督、吉田日出子主演の映画版「上海バンスキング」。あのDVDを買えるのなら、うーん、2万円くらい出してもいいのだけれども。劇場公開時に駆け付けて観ました。
    そして今、記憶が蘇って。そうか、まず高校生のときにあの映画を劇場で観たんだ。そして大感動して、演劇を観に行ったんだ。

  •  
    ── 吉田 日出子《私の記憶が消えないうちに
    デコ 最後の上海バンスキング 20141128 講談社》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4062191105
     
     高橋家の崩壊 ~ 酒と女と音楽 ~
     
    …… 1967(克典 3歳)にピアノの英才教育を施す。
     高橋 勝司 克典の父 192.‥‥ ‥‥ 19‥‥‥ 77 /特攻隊から音楽家に
    ♀高橋 □□ 克典の母 1930‥‥ ‥‥ /1974“家庭崩壊”2019 施設に入居
    /青山学院大学教授/孫も青山学院初等部へ。
    https://pinky-media.jp/I0009678
     
    ♀吉田 日出子  女優 19440107 石川 /籍=平松 [AB]
    ── 《上海バンスキング 19790125 六本木自由劇場》
    ── 《男はつらいよ 寅次郎の告白 19911223 松竹》
    /1995 高橋 克典との交際発覚/2007 アルツハイマー 2010 舞台復帰
     
     高橋 克典   俳優 19641215 横浜 /175cm [O]
    /1993 歌手デビュー 1994 俳優
     
    ♀中西 ハンナ モデル 19‥‥‥ 天草 /2004 高橋 克典と結婚。
    /父がドイツ人のハーフ、実家は寿司屋/20090227 長男出産。
    https://ameblo.jp/takahashi-katsunori/
     
    ── 高橋 克典《徹子の部屋 20190902 12:00-12:30 テレビ朝日》
    …… 告白…小学3年で見た“家庭崩壊”。44歳の時に誕生した愛息が
    10歳になり、子育てに積極的に参加するイクメンとして有名だが、祖父
    が多額の借金を負い、豊かな生活から一転…現在89歳になる母を施設に
    入居させるまでの葛藤や複雑な想いも明かす。
    https://twilog.org/awalibrary/search?word=%E9%AB%98%E6%A9%8B%20%E5%85%8B%E5%85%B8&ao=a
     
    https://twitter.com/awalibrary/status/1168367645596385280
     
    (20190902)
     

  • 吉田日出子さん。

    先日ふと、近ごろ見かけないけどどうしているんだろう?と思って・・・ま、TVも舞台も見ていないオレが見かけないもないもんだけど、ちらっと調べてみたら、高次脳機能障害を患っていて、せりふを覚えるのもままならない状態なのだという。

    で、その辺の経緯や、自由劇場を含めた来し方を語った本が出ているというのを知って、一も二もなく買ってみた。

    生まれや生い立ち。学校生活。お母さんや姉妹とのエピソード。演劇、そして自由劇場との出会い。周囲の名だたる演出家・役者さんたちから得た薫陶や刺激の数々。歌。(医師であるお母さんのインタビューも素敵だ) 時に破天荒で、トンデモで(浮き名も流した)、自分の想いに真っ直ぐで・・・。

    面白うてやがてちょっぴり哀しい、でも飽くまでも明日を夢見ることは忘れない、まさに自由劇場のお芝居を地で行くようなデコさんの一代記であった。

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著者プロフィール

女優 1944年金沢市生まれ。彫刻家だった父は、日出子の生後1ヵ月で出征し、戦死した。医師だった母が東京・赤羽で開業、その後再婚し、三人姉妹の次女として育つ。都立北園高校卒業後、1962年俳優座養成所へ。そこで、のちに六本木のビルの地下で劇団をともにする串田和美、斎藤憐らと知り合う。
1966年、串田らと「アンダーグラウンドシアター自由劇場」を旗上げ(75年から「オンシアター自由劇場」と改称)。79年、いまや伝説となった『上海バンスキング』が初演となり、その主役・正岡まどかを演じ小劇場のヒロインから全国的な人気女優となる。同作で紀伊國屋演劇賞を受賞。
自由劇場での代表作に、『もっと泣いてよフラッパー』黄昏のボードビル』などがある。1986年、菊田一夫演劇賞。
独特な存在感から舞台以外の映画、テレビドラマにも多数出演。89年、日本アカデミー賞助演女優賞を受賞。

「2014年 『私の記憶が消えないうちに デコ 最後の上海バンスキング』 で使われていた紹介文から引用しています。」

吉田日出子の作品

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