献灯使

著者 :
  • 講談社
3.47
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本棚登録 : 448
レビュー : 73
  • Amazon.co.jp ・本 (274ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062191920

作品紹介・あらすじ

大災厄に見舞われた後、外来語も自動車もインターネットも無くなった鎖国状態の日本で、死を奪われた世代の老人義郎には、体が弱く美しい曾孫、無名をめぐる心配事が尽きない。やがて少年となった無名は「献灯使」として海外へ旅立つ運命に……。
圧倒的な言葉の力で夢幻能のように描かれる’’超現実”の日本。
人間中心主義や進化の意味を問う、未曾有の傑作近未来小説。

感想・レビュー・書評

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  • 表題作が読みたくてとりあえず群像8月号を借りてきて読んだ。
    多和田葉子さんは初めて。

    近未来小説だとかSFだとかそう言った括りには収まりきれない作品だった。
    明らかに私達の見ていた世界は3.11以降変わってしまったのだ。
    だからこの作品に描かれる世界を一笑に付すことができない。

    鎖国政策を続ける日本では政府も警察も民営化され、私達が現在享受している便利な物は何もかも過去のものとなっている。
    老人たちは百歳を続けても健康を保ち、子供たちは歩くことすらままならない程弱体化している。
    老人は世の中を憂い涙を流し、子供たちは現実を淡々と受け止める。

    空恐ろしい世界だ。
    これは退化なのか進化なのか。
    そこに希望はあるのかないのか。
    これが私達の目指している未来の姿なのか。

    この小説を読み肝に銘じる。
    あの恐怖を忘れるなと。
    たった3年前の出来事なのに忘れてしまいそうな自分がいる。
    原発再稼働を許していいのか、原発を輸出する国であって良いのか。
    もう一度あの恐怖と立ち向かって考える良い機会になった。

  • 全米図書賞の翻訳小説部門を受賞したとの報を聞いて読んだ。何とも不思議な物語、100歳過ぎの死ねない世代のひい祖父さん義郎とすべての子供が保育環境の庇護が必要な世代の曾孫の無名2人が暮らす時代は自国が抱える問題が世界中に広がらないように各々が自国で解決する時代。つまり鎖国時代となり日本では外国語ご法度でいっぱい言葉遊びが出てくる。何故にそんな時代になったかは明確に書かれていないけど大地震と原発がベースにあることを思わせる。ほかの四短編も地震と原発が縦糸の作品です。ハッピー好きな国アメリカで受賞したことも興味深いですね♪

  • 3.11を経た多和田さんが想像した近未来は
    たっぷりの皮肉と言葉遊び、静かな怒りで一杯のコップから今にも水がこぼれ落ちそうな不安定な世界でした。

    全米図書賞は伊達じゃない。

  • 多和田葉子は、ベルリン在住歴の作家・詩人である。日本語だけでなく、ドイツ語でも著作を行う。各国語の翻訳書も出ている。
    昨年、米国図書賞翻訳賞に、「献灯使」の英語訳"The Emissary"が選ばれた(→)のは記憶に新しいところである。
    本書はこの表題作のほか、短編4つを収める。

    全般に、言葉に対する鋭敏な感覚を感じさせる。と同時に、作品世界には終末感が漂う。
    「献灯使」では、老人は年を取りながらも死ぬこともなく、逆に若者は、鳥のようであったり、咀嚼もままならなかったり、ひ弱で異形な体を持つ。大きな災厄に見舞われた日本は外界から切り離され、外来語も禁止されている。老人の義明は作家である。ひ孫の無名の病弱さを案じつつ、その面倒を見て暮らしている。
    閉じた世界はこのまま滅びてしまうのか。もしかしたら日本を救うかもしれない1つの策がある。異形の子供を「献灯使」として外国に送り、健康状態を研究してもらい、また外国の事情も探ろうというのだ。かつて無名の担任であった教師は、彼に白羽の矢を立てるのだが。
    崩壊寸前の世界と、使用を禁じられ変質していく言葉が、不思議に共鳴する。
    透明で静かな、けれども不穏な世界。

    表題作でも感じられるが、他の4編も色濃く大震災の影響を映す。
    「不死の島」では2011年の後、クーデターが起こり、さらに大災害に見舞われている。
    「彼岸」では、人々は大陸に向けて脱出を試みる。
    最後の「動物たちのバベル」は戯曲で、もはや日本に留まらず、人間が滅び、動物たちだけが残っている。
    いずれもどこか寓話的である。

    2作目の「韋駄天どこまでも」は、やはり終末世界を感じさせるが、ちょっと風変わりで、漢字へのこだわりを感じさせる。
    「趣味」をもたなければどんな魅惑の「味」も「未」だ「口」に入らぬうちに人生を走り抜くための「走」力を抜き「取」られて漏水する
    とか
    (夫は)「品」格のある男だった。「山」が好きで病気知らずだったのに、いつの間にか胃「癌」にかかっていた。
    (「」内は原文では太字)という具合。主人公の「東田一子」は、趣味の教室で「束田十子」と知り合うのだが、この2人が災厄の中、ひととき愛し合うことになる。漢字を使った交合シーンが妙に迫力があってエロティックである。

    世界観はSF的でもあるが、詩人の鋭敏さを湛える。ときに難解ではあるが、どこか滅びの美しさも見せる。
    揺らぐ世界は、もちろん、大震災の影響ではあるのだろうが、ひょっとしたら、異国に長く暮らす著者が、日本語を失いそうになる不安もいささか映し込んでいるのではなかろうか。そう思うと、「献灯使」の英訳は相当に困難だったのではないか。余力があれば、いつか英訳版も鑑賞してみたいところだが。

    世界を構築するものは、あるいは言葉なのか。
    詩人が織りなす、稀有な独自の世界である。

  • 中編「献灯使」他4編の短編を収録。一貫したテーマがある。現代社会が喚起する近未来への不安、どうにもこうにも抗い切れぬ悲しみが全体を覆い、読み終えた今も私の心臓音は警鐘の如くドクドク鳴り響く。このクソッタレの世界に生まれ落ちた子供たち、それは退化なのか進化なのか、適応力を持たぬ身体で適応していく。諦念を超えた適応は小さな魂の悲しみを当り前のものへと認識し、私はこの悲しみを消化しきれずしこりとして体内に留める。容易く切除できる代物ではない。然りながら作者が試みる流動体で流線形の言語の柔軟性が微かな兆しを灯す。言葉は生き続ける。

  • 日本の未来に起こりうるかもしれないディストピア小説。
    もしくは、誰かが見た夢の話か。
    今の日本を揶揄するような、シニカルでペーソス溢れる。
    詩人でもあるからか、言葉遊びやひとつひとつを
    比喩される文体が私は美しいと思う。
    多和田氏の紡がられる世界観に絡めとられた。
    地球は丸い、でも世界は丸くない。
    無名は、神に捧げる供物となるのか、神の子になるのか。「不死の島」は「献灯使」の世界を遠い異国から語る。
    連作短編集の趣き。
    読み返す度に感じる心が揺れるような作品だ。
    他の作品も読んでみたい作家に、新年早々出会えた。

  • 「口ばかり開けていると日が暮れて、いくら大きく目を開いても何も見えない夜が来ますよ。闇の中で花が見えますか」
    (P.169)

  • 著者のようにドイツで(非漢字圏で)生活していると、漢字自体をおもしろく眺めながら作文する、という感覚になるのだろうか。そこのところはおもしろかった。内容についてはピンとこなかった、としか言いようがない。

  • 新しく生まれてくる若者のほうが精神的にも体力的にも圧倒的にひ弱で守られなければならない存在。そんな未来。
    海外在住でドイツ語にも精通している作者だからか言語感覚が特有でまるで大人が読む絵本のような感じがする。

  •  ごく当たり前の日常に見えたものが、実は、いくつものプリズムや虫眼鏡を超えた後のようにゆがみ崩れていた。
     しかしながら、そもそも、日常なんていうものは、どんなに非日常な状態となっても続いていくのかもしれない。
     足下が揺らいでも、それでいい。生きているんだから、と思える。

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著者プロフィール

多和田葉子(たわだ ようこ)
1960年、東京都生まれの小説家、詩人。早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業後、西ドイツ・ハンブルクの書籍取次会社に入社。ハンブルク大学大学院修士課程修了。長年ドイツに暮らし日本語・ドイツ語で執筆する。著作は各国で翻訳されており、世界的に評価が高い。
’91年「かかとを失くして」で第’34回群像新人文学賞。’93年「犬婿入り」で芥川賞受賞。’96年、ドイツ語での文学活動に対しシャミッソー文学賞を授与される。’11年、『雪の練習生』で野間文芸賞、’13年、『雲をつかむ話』で読売文学賞と、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
世界的な賞も数々獲得している。2016年ドイツの文学賞「クライスト賞」を日本人として初めて受賞。そして2018年『献灯使』がアメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞」翻訳文学部門を受賞している。

献灯使のその他の作品

献灯使 (講談社文庫) Kindle版 献灯使 (講談社文庫) 多和田葉子
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