パノララ

  • 講談社 (2015年1月15日発売)
3.45
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Amazon.co.jp ・本 (450ページ) / ISBN・EAN: 9784062192255

作品紹介・あらすじ

二八歳の田中真紀子は、友人のイチローから誘われ、彼の家に間借りすることになった。その家は建て増しに建て増しをを重ねた奇妙な家で、真紀子はガレージの上にある赤い小屋に住むことに。イチロー父は全裸で現れるし、女優の母、無職の姉、モテ系女子の妹も一癖ある人ばかり。そんなある日、イチローは、自分はおなじ一日が二回繰り返されることがあると真紀子に打ち明けるのだった。


二八歳の「わたし」(田中真紀子)は、友人のイチローから誘われ、彼の家に間借りすることにした。その家は変な家で、コンクリート三階建て(本館)、黄色い木造二階建て、鉄骨ガレージの三棟が無理やり接合され、私の部屋はガレージのうえにある赤い小屋。イチロー父の将春は全裸で現れるし、母で女優のみすず、姉の文、妹の絵波と、家族も一癖ある人ばかり。そんなある日、イチローは、自分はおなじ一日が2回繰り返されることがたまにある、と私に打ち明けるのであった。

みんなの感想まとめ

さまざまな人間関係や複雑な家族の形が描かれる物語で、主人公の田中真紀子は友人のイチローの家に間借りすることになります。奇妙な構造の木村家には、全裸の父、女優の母、性格も異なる兄弟姉妹が住んでおり、彼ら...

感想・レビュー・書評

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  • 友人のイチローに誘われて彼の実家の木村家に間借りすることになった田中真紀子。
    三棟をつなぎ合わせたようないびつな形のへんてこな構えの家。
    そこに住む家族は、全裸で人前に出る父 将春、将春に溺愛されながら家に寄り付かない女優の母 親 みすず、三人の子供たちイチロー、文、絵波はみんな父親が違うし、性格もバラバラなへんてこな家族。

    つねに相手の言動を気にし喜怒哀楽を表に出せない真紀子。過干渉の母親から逃げ続けながらも自分をここまで育ててくれた親をないがしろにして逃げているのだという罪悪感が張り付いている。

    真紀子の母親はなんとなく自分の母親と似ているところがあって、自分の記憶の底の思い出がいくつも呼び戻されて胸をしめつけられるようだった。
    木村家で育ったら違った自分になっていたんじゃないか。


    真紀子の母親と対局に描かれているのが、無頓着なみすず。
    『生んだし、育てたし、なにかを無理にやれともやるなとも言ったことはないし、これ以上何をすればいいの?』

    真紀子と絵波が通う映画サークルもまた木村家の対局として描かれている。
    異分子や期待に応えることが出来ない人は排除される気持ち悪さ。

    『何かを、批判することからはじめるのってだめなのよね。なにかの否定が根拠なものなんて、結局たいしたことないのよ』

    悪夢的な一日を何度も繰り返し抜け出せない真紀子は「ここから出たい。どんな明日でもかまわないから、とにかく次の時間に進みたい。」と願う。

    『わたしはなんでここにいるのだろう、と思う。ここで、ずっと中途半端な愛想笑いをして、その日その日の仕事をこなすのが精一杯で、いつまであの部屋に住み続けるんだろう。』と考えていた真紀子が物語最後には
    『ここで、やっていく。わたしはここで、明日もその次の日も。』と考えるようになる。

    血縁も複雑で雑多な言葉や考えや行動がにぎやかに交錯する木村家での時間が真紀子の心を優しく揺らし力を与えてくれたように、私の心も優しく揺さぶり一歩踏み出す勇気を与えてくれる。

  • つぎはぎだらけの木村家に間借りすることになった真紀子。
    その木村家の人々はちょっと風変わり。
    特殊な能力?を持った3兄弟(女男女)に、すぐ脱ぐ?奥さまだけを愛するお父さん、女子高生のような接し方をしてくる女優のお母さん。
    主人公の牧子も、両親との暮らしがトラウマとなり、自分の気持ちを伝えることを憚る性格。
    木村家の人たちと関わり、新しい出会いもあり、真紀子は両親と向き合い、少しだけ前に進むようになる。

    初読みの作家さん。
    出会えて良かった。
    すっごく好きでした。
    不思議な感じなのだけど、普通っぽくて、この何でもない感じが良かった。

    ちょっと前の、大好きだったドラマ『すいか』に似ていた?
    何となくですが。

  • 柴崎友香さんの小説を読むのは初めてでした。芥川賞作家の作品というと、純文学・難解というイメージで敬遠していましたが、本書はとても読みやすかったです。「パノララ」という言葉はその響きの通りパノラマから来ています。パノラマ写真の仕組みのようにつなぎ目が消えたりゆがんだり、そういうことが現実の生活の中にもあるんじゃないかと思える作品です。一見恵まれているような人達でも、それぞれが満たされないものや重いものを抱えて生きている様子が描かれていて、自分と重ね合わせてしまう箇所もありました。著者の他の作品も読んでみたいと思います。

  • 主人公,少し変わった作りの家に住み始めたと思ったら,そこの家族はそれぞれ変わっていた.言いたいことが言えない真紀子は,母とうまくいかず逃げるようにして東京に出てきたわけだが,イチロー一家と接触するうちに少しずつ変わっていく.そういうところがとてもうまく書かれていた,そのうえ何だかわからない繰り返す時間というかパラレルワールドに突入して最後はハラハラドキドキ一気読みだった.

  • 東京。家。家族。映画。女優。時間。
    益田ミリさんの『今日の人生』にて。
    増築をくり返す家。
    不思議な話だった。何かを変えられたような、何も変わらなかったような。絶望のような救いのような。

  • 『わたしには一日は一回ずつしかないけれど、イチローには一日がもう一回あるときがあって、二回目の一日を体験しているときに二回目だということはイチローにはわかっていて、わたしが撮った写真にイチローが写っていない理由がそれがイチローにとって二度目の一日だったからだとしたら、写真を撮ったわたしも二度目のわたしだったということで、だけどわたした一回目を覚えていないから、いまここにいるわたしは一回目のわたしとは別のわたしなのか、一回目のことは忘れて二回目のことしか覚えていないわたしなのか、というようなことを考えたのだった』

    柴崎友香の小説をずっと読み続けてきたけれど、この小説はこれまでの小説とは随分違うとも思うし、やっぱり柴崎友香の小説だなとも思う。

    何やら非日常的な出来事に満ちているのは、一見するとこれまでの作品とは大きく異なっているようにも思えるけれど、それは見方や捉え方次第であると柴崎友香がずっと主張してきたことの延長であるとも思う。何気ない日常と片付けがちな時間の中に、ぎゅっと詰まっているものがあり、いくつもの思いがある。それがこの作家の常々描いてきたことだった。それを何も起こらない小説と片付けてしまう見方もあるけれど、大袈裟なエピソードの方が嘘臭い。

    それでも、例えばワープは初期の作品でも時々ごく普通のことのように挿入されていた出来事だった。それを特筆すべきことと捉えるか、あるいは自分が意識していない間にある地点から別の地点へ異動することはワープみたいなものだと考えるか。要する相対的な所要時間に差はあれど、誰でも日常的にワープしているとも言える訳で、それはきっと時間というものに縛られた現代的な感覚なのだろうなと整理することもできる。何も飛行機や新幹線のような現代的な移動手段が問題なのではない。例えば片道30分の通学路を歩いていも、その到達点の遠さを忘れる為に色々なことを考えながら歩けば、あっと言う間に家にワープする。もちろん、客観的には連続した時空間を移動しているだけだけれど、自分の意識する世界の中でそれはワープしたのと同じこと。そういう趣旨のことを作家も語っていた記憶もある。多分、そこに通低するのは、世界は常に自分の意識の中で再構築されるもの、という思いであるとも思う。そう作家が意識していないとしても。

    一方で、これまで余り取り上げて来なかったものは、自分の意識の中だけでは解決しないもの、自己と非自己との関係性、というものだ。これまでもオムニバス的に同時進行する世界が交錯するような、いわば複数の自意識が織り成す関係については強い拘りがあったとは思う。けれど、川上弘美がこの頃繰り返し取り上げる母と娘のような関係性についてここまで正面から取り上げたことはなかったと思う。その解っているけれど向き合いたくない主題が、居候する各々がパラレルな時間軸で同居する家族の傍らでじっくりと重力を増してゆく。最後にはシュヴァルツシルト半径の内側に落ち込んで二度と戻れないかと思う程に自意識の意味が失われる世界に落ちてゆく。絶ち切ろうともがいてもそもそも物理的ではない繋がりは、どこまでも伸びて来て、自意識を絡めとる。これは柴崎友香の描くものとしては珍しいものだと思う。在りたい自分と他人の認識する自分。その差に誰しもが悩み、苦しむ。きっとその最たる関係が母子なのだろう。作家は幾つかの母と子の関係を描きながら、主人公の母子関係に戻ってくる。その下敷きになっているものが、柴崎友香自身の母子関係であるのか否かに関心が無いこともないけれど、どこまでも自意識が再構築する世界から作家が一歩踏み出したのだとしたら、その事の方が重要だろう。

    きっとここから変わっていくのだろうという予感が強く沸き上がる。

  • 随所にパノララが散りばめられていた。
    特に後半の真紀子の一日が繰り返されるシーンでは、真紀子の中での記憶もどんどんずれていき、もはや何が真実で誤りなのかも分からない状況へと陥る。
    人間の記憶って、結局その人がどんな人生を送ってきていて、何に気を取られていて、何に注意が向けられるかによって大きく変わるもの。その人の記憶もそうだし、他人と同じ場で同じ経験をしているようでも、一人ひとりの記憶は違っていて、そうなると経験も違ったものになる。
    真紀子が同じ一日を繰り返すたびに、真紀子の中に入って行く感覚になった。真紀子の深層心理が繰り返される一日の内容の変化の中で浮き彫りになる。それはしかし、母の傍で疲れと共に眠る中での微睡で繰り返される悪夢だったのかもしれない。

    以下、引用

    一人で電車に乗ると、外は完全に夜で、明るいあいだに見た今日の光景が映像の中の経験のような気もしたし、ずいぶん前のできごとのような気もした。ーP27

    今、撮影しているこの真ん中から、パノラマ写真を撮ったらおもしろいのにな。絵波もわたしも、ほかの人たちも生身の人間で、ここにある机も椅子も機材も確かに存在して、紛れもない現実の空間を撮影しているのに、現実からはどこかがずれた風景。絵波の思う通りに作られた、だけど現実の、少しずつずれていくシーン。人間の記憶も、そんなふうに頭の中で切り貼りして組み立てられている、とパノラマ写真を見ていると思う。ーP312

    わたしは一度目と同じ位置に立って、同じ光景を見ているのだが、視界に入っているものを、よりはっきりと確認することはできた。一度目は意識しているところだけが「見えている」状態だったのが、今は視界の全体を、注意すればそこになにがあるかを確認することはできるようだ。普段は見ているようで見ていないものだ、と実感する。
    複数の人が同じ場所にいたはずなのに、あとから記憶が一致しないなんてことはよくあるし、音だって考え事をしていてまったく耳に入っていないこともある。ーP168

    絵波は、ほおづえをついて、眠そうな顔だった。わたしは立ち上がって、首からぶら下げていたデジタルカメラを構え、パノラマ写真を撮った。三百六十度は撮れないから、自分の体を回転させて、三周分撮影した。シャッターを押しながら、どんな写真ができあがるかを想像する。想像したのとは違う写真が、きっとモニターには表示されるだろう。現実に違いないのに、少しずつずれて、欠けたり、重なったりしている風景。今この同じ場所で、同じ瞬間に、わたしと絵波が見ている風景を画像にして並べたら、それぞれ別のところがずれた、違う場所みたいなパノラマになっているだろう。ーP421

  • 時には日常からはみ出して生きるのは大事。ループから抜け出す為にも。難癖ある人達ばかりだが愛おしさを感じる場面もあった。
    初めて読む作家で新鮮さはありました。

  • のめり込めなかった

  • 良かったな。この著者のSFというか、トンデモ設定の作品ははじめて読んだ。
    ムカつく女をきっちりムカつくように描いてるところと、絶対関西住めないな…と思うのは毎回同じ。

  • 不思議な小説。母が重いという話か?
    いつも仮想敵を必要としてるっていうか、あの映画はくだらない、あのやり方はダメだ、ってすぐ言うでしょ。なにかを批判することからはじめるのって、だめなのよね。今までいっしょに仕事してきた人たちを振り返っても、だいたいそう。なにかの否定が根拠なものなんて、結局たいしたことないのよ。…みすず
    誰かにわかってもらいたいって思うのは、仕方ねえ。さびしいからな。けど、さびしいだろ、お前の気持ちはわかるよ、って向こうから近づいてきたときは、ろくなことにならないんだ…将春

  • 180925*読了
    一見、平凡なアラサー女子の話なんだけど、知り合いの家に間借りすることになって、その家が風変わりなばっかりに、いろんなことに巻き込まれていく、という話。
    特にお父さん。こんな変わった人って現実にいるのかな?いたら危ないよなー。笑
    主人公の真紀子がパノラマ写真を撮ることが趣味のようになって、やたらとパノラマ写真を撮る。それが5歳児の言い間違いでパノララになる。でも、パノラマ写真に込められた意味があまり伝わってこなかったように思います。
    終盤で真紀子がイチローと同じように1日を繰り返しまくるのも、なぜ?という感じだし。
    少し超常現象が混じっているし、非現実的な部分もあるんだけれども、全体としては平凡な日常。平凡と非凡は紙一重なのかな。

  • 長いけどぐいぐい読めた。
    装丁は単行本のほうが好き。

  • 疎外感ね

  • Twitter文学賞2位

  • 最後斜め読みになってしまった。
    よくわからない系。
    知り合いの家に間借りして、生活するOLのはなし

  • ワンルームの更新料が払えない真紀子は、友人のイチローから自宅のひと部屋を貸すと誘われ、間借りすることになった。
    奇妙な外観の家に着くと、イチローの父は全裸で現れる。
    女優の母、姉、妹も少し変わっていた。

  • あの「田中真紀子」と同姓同名の主人公田中真紀子が、男友達の一人であるイチローの家に間借りすることになったら、そこは一風変わってるけど、楽しい家族でした、という話かなと思ったら‥。
    家族、仕事、ハラスメント‥諸々。登場人物の誰もが色々な苦悩や喜びを内面に秘めながら生きている。自分の記憶だって頭の中で切り貼りされたパノラマ写真みたいなものかもね?
    同じ毎日を延々繰り返す。その場所から一歩踏み出すのは、ほんのちょっとしたきっかけかも。

  • 2015 8/6

  • 何か強い力に引っ張られるみたいな、不思議な魅力に満ちた作品。登場人物たちの圧倒的な存在感。それぞれが持つ複雑な人生背景。抗いきれない定めのような不安に満ち溢れた自分の存在意義。それでも、何かあるはずだ、筆者が言わんとするものがあるはずだ、と感じながら読んだ。才能溢れる若手の作家の今後に期待しています。

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著者プロフィール

柴崎 友香(しばさき・ともか):1973年大阪生まれ。2000年に第一作『きょうのできごと』を上梓(2004年に映画化)。2007年に『その街の今は』で藝術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞、2010年に『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞(2018年に映画化)、2014年『春の庭』で芥川賞を受賞。他の小説作品に『続きと始まり』『待ち遠しい』『千の扉』『パノララ』『わたしがいなかった街で』『ビリジアン』『虹色と幸運』、エッセイに『大阪』(岸政彦との共著)『よう知らんけど日記』など著書多数。

「2024年 『百年と一日』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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