九年前の祈り

著者 :
  • 講談社
2.73
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本棚登録 : 946
感想 : 130
  • Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062192927

作品紹介・あらすじ

九年前の祈りは第152回芥川龍之介賞を受賞している作品です。朝日新聞をはじめとして各新聞でも講評が高く評価されています。幼い息子を連れて小さな集落に戻ってきたシングルマザーが主人公です。自分の故郷で主人公の女性が親友や人々との関わりの中で成長していく姿を丁寧に描いています。タイトルの9年間は必要な時間だったのでしょう。

感想・レビュー・書評

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  • 正式に籍を入れていなかったカナダ人の男に去られシングルマザーとして郷里の大分に帰ったさなえ。まだ幼い息子の希敏(けびん)はハーフゆえ天使のような外見ながら、母親であるさなえとすら意思の疎通が難しく、突然ミミズのようにのたくって泣き叫ぶ。温厚な元教師の父、迷信深いけれど現実的な母、閉鎖的なムラ社会。その中でだたでさえ難しい息子を育てる苦しみ。さなえが思い出すのは、9年前に町の企画で一緒にカナダ旅行に行った数人のおばちゃんたち、そのなかでも陽気で優しかった「みっちゃん姉」のこと。当時まだ若く未婚だったさなえには理解できていなかったが、みっちゃん姉はやはり障害を持つ息子の子育てのことで苦労していたのだった。

    世代に関係なくいつの時代も子育ては大変だし、結局時代が変わっても同じことの繰り返しなのだということが、進歩がないという嘆きよりも逆に、これはもう仕方ないこと、私だけの不幸ではない、という妙な安心感につながっているような印象を受けた。個人的にはさなえの母親や、かつて一緒に旅行にいったおばちゃんたちの独特のパワフルさが、いきいきしていて良いと思った。さなえの母はとくに、自分の母親と重ねてしまった。娘を傷つけたいという悪気はまったくないのだろうけれど、母親という生き物のいや~な部分をたっぷり持ちつつ、それなりに娘や孫を愛していないわけではなくて、ときにその限りない現実主義に救われもする。けれどふとした言葉の端にやっぱり「娘の幸せが気に食わない」潜在意識下の同族嫌悪がにじみ出る感じ。

    表題作以外の短編も同じ場所を舞台にしていて、登場人物も関連している。他作品もすべて読むことで世界観が深まるのは良かった。単品としてはラストの「悪の花」が一番好みだったかな。なんだろう、近所の誰の事も幾つになっても「○○兄」「○○姉」と呼び合うところとか含め、ちょっと中上健次の路地的な雰囲気があった気がする。

    ※収録
    九年前の祈り/ウミガメの夜/お見舞い/悪の花

  • 読み進めていくと薄く剥いだ断片が降り積もって、全体が見えて来る独特の感覚(見えないままのところも割とあって、それもそれでいい)。
    現実から少しだけはみ出しているところも素直に受け入れられた。
    収録作が全て緩く繋がって、他の作品の別の面が見られるのも良かったなぁ。

  • 芥川賞受賞作でありながら、なかなか読むチャンスに恵まれずようやく今頃になって読了。
    大分方言が出て来るので、人物がリアルに動き出す。
    発達障害?の子供を育てる中で、過去の記憶と現在の葛藤が
    交錯していく。
    記憶から今を生きて行く術を見いだせているのかどうか。

  • 腐敗から生じた毒がさなえの体を通して息子に伝わったのか。ひきちぎられたミミズ。激しく身をよじらせるミミズ。背後には悲しみが立っている。悲しみが行う慰めは、さすられる者とそれに気づいてしまった者の心の痛みを増すだけ。心はひどく落ち着かない。なのに太陽の光を浴びる建物もその上に広がる青い空も美しい。逡巡に苛まれながらも気づいたときには悲しみは後ろにはなかった。悲しみは聞きたくなければ聞かなければいい。相手にされなければ悲しみの方から去っていく。

  • だいぶ前に朝日新聞の書評欄で出会って以来、小野先生のファンだ。
    書評や、「私の三冊」などのフィーリングが、僕にピッタリだったから。
    その後も、今も放送されている(ちょうど今夜からだ!)放送大学(BS231)の「世界文学への招待」でクレオール文学について紹介してもらったりと、先生にはなにかとお世話になってきた。

    本書のページを開いたとき、真っ先に小野先生のサインが目に飛び込んできた。
    以前、何かの講演会の時に、サインしてもらったのだった。
    なぜもっと早く読まなかったのか、つくづく悔やまれる。/

    表題作のほか、『ウミガメの夜』、『お見舞い』、『悪の花』の四作からなる、作者の故郷、大分県の田舎を舞台にした連作小説集。

    『九年前の祈り』:
    同棲していた外国人に去られ、意のままにならない幼な子を抱えたさなえは、故郷に帰る。
    さなえは、ある日、九年前のカナダ旅行で知り合ったみっちゃん姉(ねえ)の子供の見舞いに行く途中で、厄除けの貝を拾いに文島に立ち寄るが、そこで白昼夢に囚われる。

    外国人の同棲相手との間に生まれた自閉症(と思われる)子供を持つシングルマザー、さなえの生きることの苦しさが哀切なまでに描かれている。
    それと同時に、険しい山路で、ふと出会う草花のようなちいさな救いも描かれており、まさに、芥川賞にふさわしい作品だ。


    《しかしもう鬱陶しいだの面倒くさいだの言っていられない状況だった。経済的にも心理的にも母子二人だけで東京で暮らすという選択肢はなかった。故郷のこの町まで新幹線と在来線の特急を使ってもゆうに九時間はかかる。でも飛行機なら、羽田ー大分間はたった一時間四十分のフライトだ。
    なのに、全然楽ではなかった。離陸は無事に乗り切った。すぐに希敏(引用者注:ケビン)はうとうとし出し、そのうちに寝息を立てて眠りに落ちた。しかし途中で目覚め、スイッチが入ってしまった。体を激しく痙攣させて大声で泣き叫んだ。まるで不当なひどい仕打ちを受けているかのように。そんなとき息子は引きちぎられてのたうち回るミミズのようになった。周囲から向けられる視線で肌が焼けるように痛かった。》(『九年前の祈り』)


    《長い桟橋の側面に船は接岸した。船長は船から降りると、手際よく舫(もや)い綱をかけ、日だまりで煙草に火をつけた。さなえも外に出て一服したくなった。
    窓の外に、港へと続く道を、ゆっくりと自転車を漕ぎながら通り過ぎて行く老いた漁師の姿が見えた。船長が手を上げて挨拶した。大きな陰のなかに深く沈み込んで眠りこける山の草木や家々が見る夢のなかを、それらの夢を縫い合わせる糸となって漁師が進んでいるように見えた。》(同上)/


    あえて、無い物ねだりを言わせてもらうならば、さなえを追いつめた悪意があまり書きこまれていないのが、やや物足りないような気がした。
    もちろん、世間が押しあててくるスティグマは、すでに彼女の脳裡に十分刷り込まれているはずだから、そうした描写が少ないからといって、彼女の苦しみが分からないという訳ではない。
    だが、仏の姿は、地獄の底で出会ってこそ、もっともまぶしく光り輝くのではないだろうか?
    彼女を、禍々しい白昼夢を見ざるを得ないほどに追いこんだ何かが、もう少し書かれていたらと思った。/



    『悪の花』:
    離縁されて集落に戻っていた千代子は、十九のとき一回り以上歳上の男の後添えとなるが、子宝に恵まれず、離縁される。

    《千代子は十九のときに祖父が見つけてきた相手と結婚した。となりの集落に暮らす一回り以上も歳上の男だった。
    (略)結婚して一年が経ち三年が過ぎたが、子に恵まれなかった。夫は優しかったが、七年が過ぎたころに夫の老母からそれとなく離縁をほのめかされた。長男である夫の家族が必要としているのは跡取りになる子供だった。子供が産めない女など用がないのだ。そもそも千代子は夫にとって二度目の妻だった。最初の妻もまた子供ができないからといって千代子と同じように離縁されていた。》(『悪の花』)/

    表題作では隠されていた悪の花は、やはりこの村にも咲いていた。
    『九年前の祈り』単独ではなく連作として読むと、これらの作品が何ひとつ揺るがせにしない、目配りの行き届いた作品だということが分かる。
    人々や村の貌が、シワの一本一本まで丹念に描かれている。

    小野先生の小説は、今まで、毎日新聞・大分版に連載中の『踏み跡にたたずんで』しか読んでいなかったが、今回ようやく、芥川賞受賞作である本書が読めた。
    小野先生は、まるでサーガのように、生まれ故郷、大分の片田舎を舞台にした小説をたくさん書いている。
    誰が見ても、地味過ぎる作品群だ。
    だが、いつか僕は、それらすべてを読んでみたい。/

  • 4つに区切られているが、ひとつにつながっている物語。
    芥川賞受賞作品ということだが、情景描写、心情描写がわかりにくくて、長くて、非常に読みにくい。
    設定は地方都市の過疎の村。出てくる人物は、老若男女幅広くいるので、彼らのさまざまな歴史を感じられる。
    全体的に暗いが、ところどころ叙情的な場面もある。
    そこの部分はよかったと思う。

  • CL 2021.3.20-2021.3.22

  • シングルマザーとして息子と一緒に両親の住む田舎に出戻ってきたさなえ。

    みっちゃん姉の息子さんが病気で入院していると聞いて
    蘇る昔、集落の人たちと海外に行った時のことと
    そこで出会った別れた夫のカナダ人、
    ガイコクの教会で、祈りを捧げていたみっちゃん姉の姿。

    田舎ゆえの狭い価値観と母の偏見や嫌味に耐えながら
    普通の子とは違う息子の希敏を現実を見ることが怖くて
    それでも生きていかなければならないこと。

    みっちゃん姉の息子、タイコーのこと。
    集落でトシが幼い頃から慕っていた日高誠は
    周囲から煙たがれるマコ兄となり今でも世話をしていること。

    別れた両親の都合で祖父母の元で過ごした日々。
    今は東京で入院中の母を置いて再びこの地にやってきた日高誠の息子の大学生。

    後半のお話の方が印象に残って面白かったなー。
    最初に兄へ、って闘病していたお兄さんが関係するのね。

  • 全部が繋がってた
    それにしても、暗い

    早くひっくり返してやれよ!!って思う

  • 小野さんの作品の中では何だかんだ一番読みやすかった。
    4つの話が少しずつ前の章と繋がっているところがよかった
    タイコーってのがみっちゃん姉の息子だったんだね。

    毎回ながら性表現が生々しいし、家庭環境が複雑な登場人物が多かった。

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著者プロフィール

作家、仏語文学研究者、早稲田大学教授。1970年、大分県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学。パリ第8大学文学博士。立教大学教授を経て、2019年より早稲田大学文化構想学部教授。「水に埋もれる墓」(2001)で朝日新人文学賞、『にぎやかな湾に背負われた船』(2002)で三島由紀夫賞、『九年前の祈り』(2014)で芥川賞を受賞。近著に『踏み跡にたたずんで』『ヨロコビ・ムカエル?』など。主な訳書に、マリー・ンディアイ『ロジー・カルプ』『三人の逞しい女』、アミン・マアルーフ『アイデンティティが人を殺す』、アキール・シャルマ『ファミリー・ライフ』など。2018年よりNHK「日曜美術館」のキャスターを務める。

「2021年 『歓待する文学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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