典獄と934人のメロス

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 24
  • Amazon.co.jp ・本 (362ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062196758

作品紹介・あらすじ

一瞬にして帝都を地獄に変えた関東大震災。横浜刑務所の強固な外塀は全壊、さらに直後に発生した大規模火災が迫ってきた。はからずも自由を得た囚人に与えられた時間は24時間! 帰還の約束を果たすため身代わりになった少女は、大火災と余震が襲い流言飛語が飛び交う治安騒擾の悪路40キロを走る……これは、刑務所長がまだ典獄とよばれていた時代、関東大震災の渦中に、究極の絆を結んだ人々の奇跡の物語である。

著者・坂本敏夫からのメッセージ

私が横浜刑務所に人知れぬ謎があると知ったのは、昭和四十六年十二月のことだった。当時の刑務所長・倉見慶記を訪ねたときに彼は私にこう言った。
「関東大震災と第二次世界大戦中の記録すべてがなくなっている。戦争関係のものは、本省の行刑局長ら高官が戦犯としてGHQから逮捕されるのを免れるために、全刑務所に焼却等の処分を命じて証拠を隠滅したものだ。戦争の記録がないのはわかるが、関東大震災当時の記録がないのは合点がいかない。一人職員を紹介するから話を聞いてみるか」
そうして倉見が紹介してくれたのが、横浜拘置支所の刑務官・山岸妙子だった。本書に登場する福田サキの長女である。
そして翌昭和四十七年二月、妙子の母・つまりサキ本人を横浜の自宅に訪ねた。老齢のサキは物静かだったが、穏やかな笑みを浮かべて、刑務所に駆け込んだ体験を語ってくれた。

平成六年三月、私は刑務官を辞職した。小説家になりたいという長年の夢を叶えようと勉強をはじめたのだ。本書の上梓までにじつに三〇年余かかった。つまり私のライフワークとなったのである。

感想・レビュー・書評

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  • 椎名典獄の責任感と深い愛が,囚人との信頼関係を築いていき,それによって起こされた行動一つ一つに深く心打たれました。
    その絆は,周りの人々にも好転していき,椎名典獄の人柄が周りの人の考えをも公明正大へ導いているのだと思った。

    椎名典獄は終生寡黙を通し,誤解されたまま,真実が伝えられる事はなかったが,こうして今になって書物に寄って世に出た事も,椎名典獄の人徳によるものかもしれない。
    過去を今に正しく伝えられた良い本で,多くの人に知ってもらいたいと思いました。


    〈信頼し信じ切ることだ〉
    椎名典獄に出会い,心を入れ替えた佐藤部長の言葉

  • 関東大震災は流言飛語が飛び交った。その最大のものは朝鮮人が井戸に毒を投げ込んでいるというものだったが他にもあった。横浜刑務所の典獄(当時は刑務所長をこういった)椎名は法律に則り、震災の日に24時間を限度に囚人たちを解放した。囚人たちはその24時間である者は街に出たり、ある者は実家に帰ったりと思い思いの行動を取りつつ、犯罪は侵さず皆24時間後には戻るべく集合を努力したが、彼らが婦女子を犯したり強盗をしているというような流言もまたあった。その流言が現在も信じられていたりもするのだが、著者によってそれは否定される。どころか本当に皆頑張ったのだ。主人公の囚人はそもそもが無実のものだが、40km離れた自宅の様子を見に行く。そしてそこで震災で倒れた近所宅の手伝いをするために残る決心をするのだが、それだと24時間後の集合に間に合わない。そこで妹が手紙を携え、横浜刑務所に向かうのである。14の子だ。危ないようと読んでてほんとにハラハラするのだが、なんとか近くまで行ったところで男たちにレイプされそうになる。しかしそこを囚人たちによって救われるのである。いや事実ですよみんな。囚人たちはその後も、椎名典獄の指示で、船から救援物資の荷揚げで大活躍をした。そんな話があったなんて、とほんとに驚きとともに感動必至のノンフィクションである。

  • 関東大震災で、関東一帯が大きな被害を受けた、ということは情報として走っていましたが、具体的に横浜がどれほどの被害を受けたのか、また「脱獄囚が略奪や暴行などをして治安を紊乱した」という流言については承知していませんでした。関東大震災のデマ被害としては朝鮮人への虐殺行為が大きく取り上げられますが、脱獄囚に関する流言飛語の裏側に、どのようなドラマがあったのか、ということがつまびらかにされた作品です。

    昨今のコロナ騒動もそうですが、非常時にこそ人間としての在り方(「品性」や「人格」ということでしょうか)が問われることになります。命令によって動くのではなく、人道にのっとって行動することの価値を改めて感じることができました。震災の被害を受け、壁が崩壊した刑務所において、囚人をどのように扱うか。力で押さえつけることは反発しか生まず、彼らを信じ、人として尊重して扱うことを通して囚人と看守の間に信頼関係が生まれ、秩序ある救助行動が展開されました。

    史実をもとにした、とはいえ「美談」に仕上げようと捜索しているところも多々あるでしょうし、男同士の「ねたみ」に端を発する対立などドロドロした社会ドラマのようなシーンもあります。しかしこれらの点が作品の”味”となり、小説としての「読みやすさ」を作り出していることは確かです。

    太宰治の「走れメロス」はとても有名な作品ですし、中学・高校の授業でも取り上げられる題材だと思います。それらの話の後に、この作品を(実際にあったこととして)読むことで、「どう生きるべきか」をより深く考えることができるかもしれません。

  • あえて汚名を被った横浜刑務所典獄椎名通蔵.彼の佇まい生き方,こういう立派な良い意味での武士の風格を持った典獄に感動しました.歴史に隠されてしまった真実が坂本氏のこの本によって明らかにされたのも良かったですが,人間の信頼に応える力の素晴らしさに改めて気付かされました.多くの人々にもっと読まれてほしい本です.

  • 史実を元にした小説。
    こんな風に歴史は曲げられるのか。
    全体としては文章が硬かったけど、すごい話で一気に読んでしまった。
    地図が欲しかったなあ。
    それと、途中で出てくる様々な数字。表で入れてくれるとわかりやすかった。
    年表も。

  • 関東大震災が起こった当時の横浜刑務所での刑務所長(典獄)と囚人とそれを取り巻く家族や市民の物語。相当な惨状だった横浜で、椎名典獄の『君子は民を利せんと欲す』という信念と、人を助けたいという囚人や家族の気持ちが徐々に浸透していき、最後には一致団結しこの難局を乗り越えようとする。性善の物語で気持ちよく読めるだろう。少し小さい部分が気になった。朝鮮人が毒を入れたなどの流言蜚語、それに対し毅然と立ち向かった人も居たこと、その責任を政府は横浜刑務所に押しつけようとしたこと、関東大震災で助かった命なのに戦死されたことなど、歴史は声なき弱者の上にあるんだなと思った。

  • 関東大震災の発生で横浜刑務所から一時的に囚人解放を決断した椎名典獄と囚人達。人として扱われると心が育つのだろうか。30年調べ続けた筆者のおかげで当時を知る事が出来た。映像化してもらいたい

  • 明治は遠くなりにけり
    このような精神的な支柱を持った人の割合が、現在よりも遥かに多かったのだろう!
    教育の大切さを改めて感じる!

  • よかった。

     太宰治の『走れメロス』は有名です。この本によると、934人のメロスがいた。
     この本の背景は、関東大震災が発生した1923年9月1日、横浜刑務所。当時そこにいは1131人の囚人が収容されてた。
     この大震災で横浜刑務所の外塀は崩壊し、火災も発生。食糧もままならない。囚人の避難も不可能。
     横浜刑務所の典獄(現在の刑務所長)、椎名通蔵(当時36歳)は、そういう状況を考え、24時間に限り囚人を解放することにした。この解放は監獄法で定められていた。
     かくして、震災による死者と近くに家族のいない者、怪我で動けない者等を除いた934人が解放された。

     934人が解放されてから、戻ってくるまで。そして、戻って来てからの事が書かれている。
     
     934人が皆残らず還ってきたのは、ただただ、椎名通蔵に対する信頼故だと思う。

     椎名通蔵は「囚人に鎖と縄は必要ない。刑は応報・報復ではなく教育であるべきで、その根底に信頼がなければならないと考え実践してきた。」

     信頼すること、そして、信頼されているという事実が如何に人にとって大切なことか、ひしひしと伝わってくる。

  • 関東大震災で壊滅的打撃を受けた横浜刑務所。周囲より火の手も上がり、囚人の安全確保が困難な状況下で、典獄(刑務所長)の椎名通蔵は、英断をもって、監獄法の規定に基づく二十四時間に限って囚人を解放する措置をとった。解放囚の数934人。囚人の過半は、家族の安否を確かめた後、期限までに何とか戻ってきたが、行方不明家族を探し回ってすぐには戻らなかった者もいた(二百四〇名)。ただ、最終的には、解放囚全員が戻り、逃走者ゼロという奇跡を生んだ。

    本書は、元刑務官の著者が、歴史に埋もれた史実を30年にわたって丹念に調べあげ、明らかにした、貴重なノンフィクション小説。

    感動的だったのは、椎名典獄の愛情溢れる扱いに囚人達が見事に応えて最後まで規律を乱さなかったこと、解放囚福田達也の妹サキが、兄の代理として溝村(相模原)から横浜刑務所まで極限状態の中を歩き通したこと(走れメロス!)、そして、支援物資の荷下ろしや瓦礫の除去などの復旧作業に囚人達が率先して従事し、称賛を浴びたことなど。

    (実際には起こっていない)横浜刑務所の囚人解放による混乱と略奪が、流言蜚語に基づく朝鮮人虐殺の原因として政治利用されてしまい、横浜刑務所の奇跡が世に知られることなく歴史に埋もれてしまったのはあまりにも残念(ただ、吉村昭「関東大震災」で、流言に基づく朝鮮人虐殺が如何に深刻な社会問題だったか知ったため、当時としてはこれもやむを得ない政治措置だったのかも、と納得できなくもない)。

    本書は、多くの囚人が、何らかの不幸な事情があって犯罪を犯してしまったものの、根は善良な人たちである事を教えてくれる(むしろ本書では、椎名典獄を陥れようと画策した司法省の永峰書記官の方が、余程腹黒い悪人として描かれている)。中には救いようのないサイコパスのような社会不適合者もいると思うけれども…。

    椎名典獄の、家訓「小人は己を利せんと欲し、君子は民を利せんと欲す」を実践した生き方には、ただただ頭が下がる。

    史実に基づいたドラマだけに、読み応え十分だった。

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著者プロフィール

1947年生まれ。法政大学中退。67年大阪刑務所刑務官に採用される。以後、神戸刑務所、大阪刑務所係長、法務省事務官、東京拘置所、黒羽刑務所などで課長を歴任。94年広島拘置所総務部長を最後に退官。著書に『死刑執行人の記録』(光人社)、『刑務所のすべて』(文春文庫)、『誰が永山則夫を殺したのか』(幻冬舎)などがある

「2015年 『典獄と934人のメロス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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