室町耽美抄 花鏡

著者 :
  • 講談社
3.25
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本棚登録 : 55
レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (410ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062197380

作品紹介・あらすじ

『闇鴉』/アニメでも有名な一休禅師の苛烈な生涯。後小松帝の落胤とも噂された一休は、わずか6歳で母と別れ安国寺に預けられる。噂のせいで上輩にいじめられるなどして騒動を起こし、安国寺を放下させられる。17歳で謙翁宗為という禅師に私淑し、求道に目覚めていく。だが、師父は老境に入り、入寂の時を迎える。絶食断水のまま座禅をつづける師父。思いもよらぬ入寂の姿に遭遇してしまった一休は、入水自殺を図る。だが、覚悟が足りずに生き残り、こんどは華叟大師のもとで修業をはじめる。修行をするうちに大師から「一休」の道号を授かり、さらに悟りを開くが印可状は辞退し、野に下るのだった……。表題作のほかに、能楽を大成した世阿弥を描く『風花』/能楽の本質に迫った金春禅竹を描く『花鏡』/わび茶の祖・村田珠光を描いた『侘茶』など、全部で中編4編を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 表現がはなはだ陳腐

  • 第二次讀這個作者的書,沒有讓我失望。四個短篇第一個是世阿弥元清的故事,當然因為才剛讀完杉本苑子的關係,覺得沒那麼出色。但第二個金春氏信就開始覺得還不錯,也和第一個扣在一起互相呼應(最後二跟三跟四也都可以扣再一起)。第二個故事最讓我印象深刻的是,世阿弥的最秘傳竟是莫忘初衷。

    第三個故事是一休宗純,一開始因為和早雲立志傳裡的禪宗修行有點重複,加上公案的難解,我有點興致索然(這種對中國禪的狂和摸不著頭緒的對話的模仿好像有點過頭,公案就像格物,真的可以致悟否,我是有點懷疑,公案書裡面選的當然都是比較特異的對話才值得一筆,普通的應該不會被記載?我也不太了解中國禪,只是我的猜測,只是覺得日本禪對本家的模仿好像又太過頭了)。周建被霸凌反擊之後踢出安國寺(跟卡通不一樣....),先到建仁寺去學詩,但受不了禪宗的不平等身分制(畢竟是官寺,然後又有很多武家子弟都會來)再離開,之後到壬生探訪清叟師仁就開始有趣了(沒想到維摩詰經如此有趣~~),然後去西山的謙翁宗為門下,老師是破戒僧,不忌葷食,不假惺惺只吃一點點(目玉粥..),也自力度日,他覺得那些禪宗的清規讓那些禪僧都只是被圈在籠子的雞(說起來其實這些人並未自立度日),而且他還讓周建每天可以問他一個問題公開討論(比起獨參,這個應該對初階者更有益吧)。三年後老師身體變很差決意入寂,授予法名宗純,要他去華叟宗曇門下受正規的禪宗公案訓練。接下來文章就開始鬼氣逼人,老師的入寂和宗純偷偷地守望沒想到誤擊老師首級,最後甚至失魂落魄地入水,不過在那之後他還是照老師吩咐去堅田,也因為烏鴉(老師?)頓悟,說到現在是有漏路到無漏路上的"一休み",拋下我執的話被風吹被雨淋都無礙的,無的境界。華叟就授予他一休名號。最後他去跟恩師報告他的開悟,帶著老師的顱首去仙洞御所"殺父"。這一部分真的寫得很有力道,當時的狂已經可以看出這是日後的一休和尚的初完成版了。後半和結局一氣呵成,作詰的部分也寫得很有勁道,甚為出色。

    第四個故事是對茶很有興趣的淨土僧珠光,自學道可以喝出不同地點的茶味,後來參加第一次的「淋汗茶湯」(周待客人風呂和茶。這真的只有日本人才會有的創意)之後,益發想在茶的路上精進,於是便出奔想改宗禪宗,但被父親勘當。於是身無分文的他去投金春帳下三年,最後因為每阿彌的介紹入會所當同朋眾助手看到很多好東西,也曾去大德寺修行,希望可以在茶中找到禪的開悟。後來投入一休禪師門下繼續努力精進茶道,但是依然找不到開悟,直到某一天被森侍者染指,倉皇逃出,之後和老師見面時的茶,一休說「これまでそなたの茶には、さまざまな念が渦巻き過ぎており、それが飲むものを辟易させるところがあった。恐らく、茶について知り尽くした智慧が、そのようにさせてしまうのであろう。苦労のすべてをわかってほしいと願うあまり、様々な念を込め過ぎ、その雑念が雑味ともなる。茶碗の中には、有漏路(うろじ。漏とは仏語で煩悩を意味し、有漏とは煩悩から逃れられない状態)しかないといことだ。されど、それは茶を服す方には、何等の関係がない。すっきりとした、澄み切った茶を服し、何の外連のない己になりたいのだ。それが禅といえば、儂はさような茶を待っていた。」「そして、本日の茶は、詫びの心だけが込められた一心の茶であった。一心しか感じぬ茶は、侘しくもあるが、雑念の茶よりはるかに豊饒でもある」。一休接著說,森侍者的觀音力正是她的才能,儘管周遭認為一休破戒,但他認為他只不過就是追求這觀音力的包覆。這個契機讓珠光開悟,展開他一心的侘び茶(看不見的森侍者喝了珠光的和解茶說"本日は珠光様が緑色に光って見えまする"這句話實在太有意思了)。他開始考案露地,也在老師的建議之下開始在茶室的床之間掛墨跡。這篇也寫得很有意思。

    這位作者的內容真的很有意思,從這四篇短篇可以隱約感到,除了很像考證資料般穩紮穩打的記述以外,他的個人色彩和文學性,讓他作品確實有獨特的味道和構成,第三、四篇一休和珠光都是頓悟前的部分,作者只剪出這個部分來撰寫,但選擇眼和構成相當不錯,並且藉由篇篇連貫填補上一篇謙切斷的後續,個人覺得他這個手法和裁切的選擇相當巧妙(當主角還沒成為大家之前應該比較難寫),剎車也煞得極其有技巧。假以時日,說不定可以成為很有個性的大家?再多讀幾本或許就會有定論。

  • 耽美抄、と言う割にそこまで耽美ではないような。男同士いちゃいちゃすれば耽美になるわけではないのです。こう、むせかえるような熱というかなんというか、そんなのがあまり感じられなかった。
    「風花」うーん。楽しみにしてたんだけど、世阿弥はやっぱり華の碑文のあの超然とした人間離れした人が好きだな。公方様の奥方たちに嫌がらせされて、その鬱屈した気持ちを女狂ものなどの能に宿らせる…というのは世阿弥のイメージではなかった。激昂して息子に手を上げるあたりもどうかな、と思ってしまう。流罪にされた理由も納得いかなかった。
    なんとなく論文読んでるみたいになってしまったのも残念だ。
    「花鏡」重箱の隅つついてすみません。世阿弥の次男元能は出家してたはず。水晶うんぬんのところは良かったのだけど。
    しかし世阿弥もまさか後世で自分の書いた秘伝書がたくさん印刷されて出回ってるとは思わないだろうな。
    「闇鴉」これは結構好きだった。やっぱり論文を読んでる気分だったけれど。
    「詫茶」いきなりファンタジー的になったのでびっくりしてしまった。これはありなのかなぁ。

  • 日本文化の源流を築いた室町時代を代表する四名の巨人たちを主人公にした短編集。どの作品も甲乙つけ難い味わいを醸し出している。
    ほぼ同時代に、能、禅宗、茶の世界に審美眼を備えた傑出した人物が登場してくるが、その時代の雰囲気が連作短編のなかに生き生きと描かれている。

  • 短編集。一休さんの反省を描いたお話が印象に残った。この時代のお坊さんって、大変だったんだなぁ…。いまはどんな感じなんだろう。この時代よりは楽になってるのかな。

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著者プロフィール

作家

「2018年 『我、六道を懼れず[立国篇](下)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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