- 講談社 (2015年10月29日発売)
本棚登録 : 302人
感想 : 49件
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (370ページ) / ISBN・EAN: 9784062197762
作品紹介・あらすじ
元治2年(1865)如月、清太郎の師匠で、義父でもある三代豊国の七七日法要が営まれる。
三代は当代きっての花形絵師。歌川広重、歌川国芳と並んで「歌川の三羽烏」と呼ばれた。
すでに広重、国芳を亡くし、歌川の大看板・豊国が亡くなったいま、誰が歌川を率いるのか。版元や絵師、公演者たちなど集まった弔問客たちの関心はそのことに集中した。
清太郎には義弟の久太郎と、弟弟子の八十八がいた。久太郎は清太郎と同じく、門人から婿養子なった弟弟子。
そして八十八は、清太郎より歳が一回りも下の弟弟子。粗野で童のような男だが、才能にあふれている。八十八が弟子入りしてすぐに三代はその才能を認め、挿絵を大抜擢で任せたりしたものだ。
かたや清太郎が三代に褒められたのは、生真面目さしか覚えがない。その上、版元たちからは、三代の通り名「大坊主」を文字って、「小坊主」と呼ばれる始末。
いったい、誰が「豊国」を継げようものか。清太郎は、苦い振る舞い酒を口へ運んだ──。
黒船騒ぎから12年が経ち、京の都には尊王攘夷の嵐。将軍さまは京に行ったきりと、徳川の世は翳りはじめていた。時代のうねりの中で、絵師たちは何を見、何を描き、何を残そうとしたのか!
みんなの感想まとめ
時代の変遷とともに揺れ動く浮世絵の世界を描いた物語は、主人公清太郎の葛藤と矜持を深く掘り下げています。四代目豊国としての重責を背負い、才能に恵まれた弟弟子八十八との対比を通じて、彼の内面の苦悩が鮮やか...
感想・レビュー・書評
-
タイトル『ヨイ豊』の意味を知った時、とても哀しくなった。でも、四代目豊国を可哀想な人だとは思わない。八十八の才能に嫉妬し、師匠の三代目豊国に及ばないのを自覚しながらも歌川の画風を守り、錦絵と向き合い続けた絵師としての矜持に胸が熱くなった。移り変わる浮世を描く筈の絵師が時代の波にのまれ、江戸から東京へと変わると共に姿を消してしまうのが惜しい。明治維新の政府が早くから浮世絵の価値を認め、現在もっと絵が残っていたかもしれないと思うと残念でならない。
詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
私の好きな芸術もの。歌川と言う大名跡の後継に相応しのか否か。弟弟子の奔放な絵に対しての自らの引け目、葛藤が余す所なく描かれていた。江戸最後の絵師の物語。
-
浮世絵は刷るもので、売れなくなったら版木を掘りなおす、という当然のことにすらこの本を読むまで思い至りませんでした。時代を写した現在残る浮世絵がどれほど貴重かあらためて思いを馳せました。幕末、明治と移ろいゆく時代。浮世絵を守ること、襲名を受けること。主人公清太郎の前にそびえたつ努力では越えられない壁がとても切ないです。どんなに蔑まれても信じるところを貫き通し、最後にわかる表題の意味はグサリと胸に突き刺さります。私にとって決して読みやすい本ではありませんでしたがいまだ余韻が冷めません。読んで良かったです。
-
二代目歌川豊国の娘婿である清太郎(二代目国貞)を中心に描かれたお話。
時代背景や絵についての情報が多くなるほどと勉強になる。しかし登場人物が生きていないというか...熱中して読むことはできなかった。
自分の才能に悩み、代々の豊国との比較に苦しみ、弟子の才能に悔しさを感じる、と書かれているのだが、ぺたーっと文章で書かれてるだけでそれらの苦悩が立体的に表現できていないように感じた。 -
第154回直木賞候補作。
江戸から明治に移り変わる激動期。江戸庶民工芸のひとつ「浮世絵」が時代から失われていく過程を抒情豊かに描いています。
四代目歌川豊国と弟弟子八十八の奮闘と奔走が涙を誘います。
感動しました。
現代にも浮世絵や歌川の名は広く知られていますよ、大丈夫ですよ、と当時の彼らに伝えたい。
浮世絵や歌舞伎など江戸文化の推移とともに、当時の時代背景が分かりやすく描かれていて、時代物としてもとても面白かったです。 -
直木賞候補作品だったので、内容も知らずに図書館で予約w
人気作品は、忘れた頃にやってくる~~www
なんと!浮世絵師 歌川一門の話?面白そう~~~!!!
三代歌川豊国没後、三代の娘婿で真面目な凡才清太郎と破天荒な天才弟弟子八十八やそれを取り囲む人々の絡み合いが非常に面白い!
そして、幕末の移り変わり激しい世の中で、時代の流れに逆行し、必死に浮世絵を守ろうとする清太郎が泣かせる。
もうねー、なんか、江戸はいいなぁ!!って感じw
そう、やはり世も人もこの小説も、粋なのである~~!!! -
-
最初は、似たような名前が複数出てくることから、通勤電車なので少量を分けて読んでいる身としては、少しとっつきにくくはあったが、後半に入って名前に親しみが出ると、一気にのめりこんでいった。幕末を町人の視点で描いた作品。江戸っ子の矜持や、江戸時代数百年の中で自然に根付いた文化の美しさを感じることができた。
後半は、やや涙目になるシーンも。。 -
天賦の才には恵まれなくても、ひたすら三代歌川豊国を敬い、そして江戸絵を慕う清太郎の終生を描く。実直さを評価され、師匠に引き立てられるも兄弟子からやっかみを買う。さりとて弟弟子である八十八の才能には及ばず、自身が抱く妬みと期待に苛まれる。そんな絵師の物語は、どこか釈然としないまま展開する長編に、正直焦れる。蔦屋さん、ここではシビアな中にも情のある商人としてご登場だ。浮世絵とは絵師、彫師、摺師たち合作の職人芸であるが、しょせん大衆向け大量摺りの雑駁画に過ぎぬのか。ときに西洋にかぶれ、幕府の築いた文化を蔑んだばかりに、日本固有の多くのワザとモノとを失う。もうひとつ、ココロも。いやあ、惜しい。
-
「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞」展を見た直後、タイムリーに読了。
物語は、歌川広重、歌川国芳、三代豊国が亡くなった後から明治にかけての豊国一門の話。
豊国の名前を継ぐ事の重さに苦しみ、弟子の才能を目の当たりにして妬ましく思うとともにその先を楽しみに思う清太郎。
前半は物語があまり進まなかったけど、最後は良かった。
挿絵に浮世絵が入っていると、もっと良かったな。
江戸が終わり、機械化の波に押されて職人の技術が消えていくのが悲しかった。 -
結構評判良さそうだったんで読んでみたけど、うーん、そうでもなかったかなー。
でもまぁかなりボリュームある本を最後まで読ませるんだから、悪くはないか。
浮世絵師と一言に言っても、すごく大勢いて、しかも何代目、という風に続いてて、今の歌舞伎のような感じかな。
絵師として悩み、苦しみ、また楽しみ、幕末の動乱に巻き込まれながら精一杯生き抜く人々。
一人一人の絵を見てみたいという気になった。 -
元治元年、三代目歌川豊国(初代国定)没。タイトルの『ヨイ豊』は、三代の娘婿・清太郎(二代国定、後に四代豊国)のこと。カバーや見返しの絵の作者。卒中で倒れ、手が震え絵が描けなくなる。明治期、西洋の文化がもてはやされる中、江戸の錦絵はすたれていく。豊国の画風を錦絵を遺したい、清太郎の思いは、弟弟子のハ十八(国周)や弟子の雅之助らに引き継がれていく。
-
今まで浮世絵には一度も興味を持てなかったのに。
この本を読んだら、絵師の生きる姿をこの目で見てきたように近くに感じて、何とも情が湧いた。絵を見て彼達が生きた時代に思い馳せたい。
江戸に華開き、明治に散った浮世絵の文化。
絵師を廃業した雅之助が海を渡り、外つ国で残そうとした錦絵。
今年、再び海を渡り、アメリカ•ボストン美術館より舞い戻る。『俺たちの国芳、わたしの国貞』展。壮大な浪漫だ。
できることなら、爛熟期、俊傑がまみえる時代の話も書いて欲しい。 -
栄華を極めたら花はあっという間に散ってゆく。
その瞬間に居合わせれる哀しみと幸せ。 -
江戸から明治へ、時代の変遷に伴う価値観や産業の変化の中で消えゆく浮世絵。まさにグローバリゼーション化の真っ只中にいる現在、身をつまされます。こっちの方が先日読んだ直木賞受賞作よりも、楽しめました。
-
直木賞候補作。(受賞は『つまをめとらば』)
江戸時代の浮世絵師 歌川広重、国芳、豊国の大所が亡くなり、弟子たちが歌川をどう継いで守っていくのかというストーリーではあるのだが、清太郎のストーリーでもないし、八十八でもない。いざこざがありながらも代替わりをしていく様を軸としたかったのか、幕末における絵師の思いを書きたかったのか、焦点がぼやけていて最後までフラフラした落ち着かない感じだった。
この本が好きな人におすすめの本
著者プロフィール
梶よう子の作品
