父・伊藤律 ある家族の「戦後」

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (258ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062201858

作品紹介・あらすじ

本書は30年の空白を経てふたたび結びついた家族の名誉回復、雪冤の記録であると同時に、「戦後」という時代の鮮烈な一断面を示すものです。
 伊藤律(1913~1989)は戦中・戦後の共産党史において重要な人物であると同時に謎に包まれた存在でもありました。「ゾルゲ事件」で処刑されたリヒアルト・ゾルゲと尾崎秀実逮捕の端緒をつくった男、徳田球一の懐刀として中国に密航し北京機関で辣腕をふるった男、共産党組織を敵に売り渡した革命の裏切り者……すなわち「生きているユダ」「革命を売る男」。
 しかし、それらは日本共産党中央や、尾崎秀樹、松本清張などが誤った情報にもとづいて貼ったレッテルでした。冤罪だったのです。
 伊藤律没後、21世紀の入って事実は次々と明らかにされました。ソ連邦の解体で極秘資料に光があてられ、仲間を売っていたのはじつは野坂参三のほうであったことが明らかにされるとともに、ゾルゲ事件の解明にも新たな進展がもたらされました。そしてもっとも多くの人に知られ、伊藤のイメージ定着に影響の大きかった松本清張『日本の黒い霧』(文春文庫)所収の「革命を売る男 伊藤律」の内容の問題点を版元の文藝春秋は認め、以下の対応を示すにいたりました。
・現行の文庫本は回収する
・新たな版では作品の歴史的位置づけ、時代の制約について、伊藤律回想録や朝日新聞の記事などから引用、スパイではないという証拠が出てきているという説明をし、伊藤律の冤罪を証明した『偽りの烙印』や『伊藤律回想録』等を参照してほしいという断り書きを添付する。
 事実上の訂正と言ってもよいこの措置は各メディアに大きく報道されました。

 名誉回復のために伊藤の妻と子どもは活動しつづけました。著者は北京まで父を迎えに行き、没するまで生活をともにしました。その母(伊藤の妻)は党籍を離れぬまま活動を続け、夫の冤罪を信じつづけてきました。それがどれほど苦しいことであったか、信念の行動であったかは、ある世代以上の人には容易に推察できることでしょう。
 本書はイデオロギーと家族の絆が織りなすドラマでもあります。

感想・レビュー・書評

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  • 戦中・戦前の日本共産党の重要人物でありながら、ゾルゲ事件で
    逮捕・処刑されたリヒャルト・ゾルゲと尾崎秀実の逮捕の端緒を
    つくったとされた伊藤律。

    「生きているユダ」「革命を売る男」のレッテルを貼られ、日本
    共産党からは公に死亡説が流された。

    幼い頃のおぼろげな記憶の中で、突然行方をくらませた父。
    その父・伊藤律が中国で生きていた。伊藤律の次男である著者が、
    30年ぶりの父の帰国、父不在の期間の家族の生活、父を信じ、
    著者と兄を支え続けた母に対する思いを綴ったのが本書だ。

    編集部のアドバイスを受けて書かれたのだろうが、構成・文章共に
    上手く、テンポよく読み進められた。

    伊藤律帰国にあたっての日本共産党の対応はとことん酷い。父の帰国
    に際し、真っ先に党に相談しようとした著者だが母の助言を受け入れ
    中国大使館に足を運んだことが幸いした。

    党から死んだと言われていた父が生きて中国の病院にいる。生きて
    いることだけで家族にとっては奇跡のような出来事だろう。なのに
    日本共産党は著者の母親の自宅まで乗り込んで家族を恫喝する。

    しかも最高幹部である野坂参三のご登場である。野坂達、当時の
    執行部にとっては相当に伊藤律の帰国は都合が悪かったのだろうと
    想像がつく。党は伊藤律に「スパイ」のレッテルを貼ったのに、
    後に野坂参三こそがスパイだったと判明したのだから。

    日本共産党の非人道的な対応も印象深いが、著者の母であり伊藤律
    の妻であるキミさんの芯の強さに脱帽する。自分自身も共産党員で
    あり、律出奔後も離婚することなく家族の生活を守り、律帰国に
    際しての党の恫喝にも動じなかった人だ。

    30年振りの帰国を果たした伊藤律は9年を家族と共に過ごし、彼岸
    へと旅立った。その間、家族は律に振り回されることも度々だったが、
    人生の最後だけでも家族の元に帰ることが出来て本当に良かったと
    感じた。

    尚、律の死後になるがゾルゲ事件の研究も進み、伊藤律スパイ説は
    既に覆されている。名誉回復がなされたことは喜ばしいが、日本共産
    党が家族に謝罪したとは寡聞にして知らない。

  • 一気読みした。著者の感情を抑えながらも冷静に父母の姿を語る筆致にこころが震えた。人は理論では動かず、最後は感情で動くもの。過酷な運命を真摯に生きてこられたのは著者の父母の人柄であり、その信頼感で支えてくれた人達がいたからだと述懐。戦争はかくも人々を狂わす。どんな時代になっても自分の目で見て考えることが必要なのだということを実感した。曇らぬ目を持つためにも開かれたこころで情報を得ることが必要だと改めて感じる。

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著者プロフィール

1961年神戸で生まれ、横浜で育つ。ひまわり幼稚園、東戸塚小学校、栄光学園中学高等学校、一橋大学、日本カトリック神学院卒。一般企業社員、カトリック学校教諭、無職を経て、2010年よりカトリック東京教区司祭。

「2023年 『ぐうたら神父の山日誌』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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