日曜日の人々

著者 :
  • 講談社
3.26
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本棚登録 : 194
レビュー : 24
  • Amazon.co.jp ・本 (162ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062207089

作品紹介・あらすじ

「他者に何かを伝えることが、救いになるんじゃないかな」。死に惹かれる心に静かに寄り添う、傑作青春小説。

感想・レビュー・書評

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  • 読むのが楽しみだった高椅弘希さんの最新作。
    自殺したイトコの奈々から、郵便で届いたいくつかの原稿。そこには奈々の心の澱みや叫びが綴られていた。
    奈々はどうして自殺したのか?直前まであんなに明るく笑っていたのに?
    それらを受け取った航は、奈々が出入りしその原稿を発表していたと思われる608号室の”朝の会”を見学し、奈々と同様に精神を病んだ人々との交流を始める。

    終始薄暗い。そしてまるで608号室に押し込められているかのような篭った息苦しさを感じた。でもそれは私にとってものすごく好きな世界。
    リストカット、摂食障害、OD、不眠症、窃盗癖。ここに出てくるのはそういうメンヘラオンパレード。死にたい人たち。
    物語の終盤で西野先生が言った「それも言葉だと思っている。」というセリフがやけにしっくりきました。
    ”朝の会”で作文を発表することによる表現療法と、なんら変わりはない、感情を表現する一種の方策なんだ。リストカットも、過食も、窃盗も、なんでも。
    それでも死んでいく人と、死にたいけどそれでも生きたい人と、私には違いは分からないけれど、そういう感情の表現方法を否定したくはない。そこから生み出され会報”日曜日の人々”に収載されていく、まるで人生の小品のような彼らの言葉を聞き逃したくないと思う。

    吉村さんが遺言のように発表した手紙もそのまま引用したい。
    >僕が朝の会で学んだこと、それは、人間が個人で抱え込める感情には限界がある、ということだ。人間は感情を犬のように飼い慣らすことはできない。飽和した感情は暴力を伴って内外へ向けられる。外側へ向いた場合それは殺傷という形を取るだろうかーー、内側へ向けられた場合それは例外なく自傷という形を取る。僕の独断を述べるならば、拒食も過食も不眠も自傷の一種だ。症状ではなく言葉で伝える、それが朝の会であったように思う。

    もし私が”朝の会”に出席したら、なにを話すだろう。なにを話したいだろう。
    結局そんなことばかり考えてしまっていた。

  • 二重式のようになっていて、この本が航自身の「朝の会」の発表という形をとっているのかな…と思いつつ読む。「朝の会」とはセルフケアグループ(自助グループ)REM(レム)で行われる一次情報を発信し共有するミーティングのこと。〈否定しない、追求しない、口外しない〉がルールとなっている。傷つけられたらその傷が深いほど自分を傷つけてしまう。

    航、奈々。磯部、吉村、ビスコ、ひなの。様々な人物が登場するが皆それぞれ訳ありである。不眠、過食・拒食、虐待、依存症、クレプト…などなど。ある一定のことを経験してリミッターが振り切れてしまうと、垣根がなくなり、障害でも病気でも症状でも地続きになってしまうのはどうしてだろう…。奈々の件で明らかになったように、根幹には〈見放さないで・見捨てないで〉という寂しさが詰まっているからからなのかもしれない。あちこちに穴がぼこぼこと存在しているかのような作品でした。(なので何となく『ノルウエィの森』の直子を思い出してしまった…)

    とても重い。気持ちのいい明るい話ではないけれど私は好きです。日曜日の朝に読み始めたら目が離せなくなってしまい、一気に読み終えてしまいました。ぐいぐいと引きずり込まれてしまいました。読んだ後、マイナス方面に引っ張られるので気をつけないといけない。(ナナに共鳴してしまい正直かなりしんどい…)


    高橋弘希さんの本を読むと、いつも文章がきれいで夢中になってしまう。決して好きなジャンルではないのに。ハッとさせられる言葉が本の中に詰まっている。この本は私にとっては引きつけられる言葉が多く含まれていた。

    響いた言葉は…

    「奈々も吉村もビスコもひなのも、結局は子供だったんだ。大人になれないから死者やら病者やら犯罪者になる。」(116ページ)
    “他者に何かを伝えることが救いになるんじゃないかな。”(146ページ)

    気持ちが鷲掴みされてしまいました。最後の方は賛否両論あるようですが、私はホッとしました。現実はこうはいかないよ!って思うけど、物語の中に救いがあってよかったなぁ…と安堵しました。『朝顔の日』でも『スイミングスクール』に収められている『短冊流し』でも同じく、状況は絶望的に近いんだけど、小春日和の陽射しのように優しさを感じてしまう。内容はすさまじく重いので万人受けはしない内容ですが透明度の高い文章なので読みやすい。この人の書く作品の中でこれが一番だと思った.。

  • 心が弱っているときに読んだら、もっていかれてしまうかもしれない。と不安になった。
    流し読みをしていたせいか、もっていかれずにすんだ。
    私はまだ大丈夫ということかしら?
    この本を読んで、自分確認をするのもよいかもしれない。

  • ……なぜこんなに巧いのか。
    「指の骨」を読んだ時と同様、終始浮かんで来たのがこんな疑問。見事な細密画を見せられたような驚きがあった。
    筆者は「死体」にまつわるものが好きなのか、その描写は圧倒的だった。しかし一つ気が付いたけれど、登場人物の性格がひどく希薄で、みな生きながら死んでいるように見えるのは、果たして主題が原因だろうか!?

  • 『…心も体も、意識も言葉も、暗闇に塗り潰されてしまうから…』

    高橋さんの小説は絵画的だ。
    幾層にも塗り重ねながらも、ひとつひとつの色をほどくように浮かび上がらせる。
    死の中に溶けて見えなくなってしまっている生を見つけ出す。

    死は怖いから目をつむったまま向こう側にいこうとする人たち。ハッとさせられる。

    淡々と紡がれる言葉が所々、ものすごく美しく強烈で、他にないこの作者独特の世界を創る。

  • 指の骨にも言えるけれど、この作者はどうしてこんなに緻密に物事を描写できるんだろう?普通、書き手と登場人物の間には少なからず距離があるものだと思うけれど、まるで本人が体験したことを綴ってるような。とんでもなくリアル。読んでる途中、何度もこれはフィクションなんだって確認しなければ、この世界に引きずられてしまう危うさ。

  • 死にたいときに読むと引っ張られて危険、というレビューが散見されたけど、惹かれるというより、描写があんまりリアルなので手記のようだった 著者一度死んだことあるのかとさえ、ドキュメンタリーっぽさがあった。

  • 重いテーマだが暗くなりすぎず、しっかりとした描写はあらためて筆力の高さを感じさせる。リアリティ溢れる表現は緻密な取材の賜物なのか。

  • 傷を抱えて生きるとはこういうことか
    欠落を抱えて生きるとはこういうことか

    言葉になる前の言葉で溢れたこの小説は、読むものの心を切り裂く
    でもたぶん、この作品の登場人はたちは誰よりも生に真剣なんだ
    誰よりも生きてるんだ

    高橋弘希先生の作品だと、送り火の方が作品としてのクオリティは断然高いと思う。でも僕はこっちの方が断然好きだ。多分こういうものが読みたくて、僕は小説を読む

  • 高橋さんは上っ面だけの文章が多い。他で見かけた良さげな文章の引用みたいな、中身のない文章。そういうのをやめたらもっと良さが出るのに、と思う。無理して文学っぽくしなくていいと思う。
    本の内容は精神疾患の自殺者の話。関わったゆえに健康な人がどんどん壊れて自殺にまで行ってしまうという話。私は20年以上摂食障害だし、自分を傷つける行動も自殺未遂も経験があるので、内容はよく書けていると思う。

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著者プロフィール

「指の骨」で新潮新人賞を受賞しデビュー。若手作家の描いた現代の「野火」として注目を集める。同作にて芥川賞候補、三島賞候補。「日曜日の人々(サンデー・ピープル)」で野間文芸新人賞受賞、「送り火」で芥川賞受賞。

「2019年 『日曜日の人々』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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