【第158回 直木賞受賞作】銀河鉄道の父

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 292
  • Amazon.co.jp ・本 (418ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062207508

作品紹介・あらすじ

明治29年(1896年)、岩手県花巻に生まれた宮沢賢治は、昭和8年(1933年)に亡くなるまで、主に東京と花巻を行き来しながら多数の詩や童話を創作した。
賢治の生家は祖父の代から富裕な質屋であり、長男である彼は本来なら家を継ぐ立場だが、賢治は学問の道を進み、後には教師や技師として地元に貢献しながら、創作に情熱を注ぎ続けた。
地元の名士であり、熱心な浄土真宗信者でもあった賢治の父・政次郎は、このユニークな息子をいかに育て上げたのか。
父の信念とは異なる信仰への目覚めや最愛の妹トシとの死別など、決して長くはないが紆余曲折に満ちた宮沢賢治の生涯を、父・政次郎の視点から描く、気鋭作家の意欲作。

感想・レビュー・書評

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  • 30年近く前、初めて賢治の故郷・花巻を旅したとき、最初に尋ねたのは賢治の生家だった。写真を撮っていると、木戸を開けて背の高いおじいさんが出てきた。一目で賢治の弟の宮沢清六さんだと分かった(のっぺりとした面長の顔で、賢治の面影があった)。
    「何をしているのですか?」
    「‥‥(すみません)」
    「何処から来たのですか?」
    「岡山県です」怖かった。
    でも写真を撮っているのを咎めることもなく、
    「この道を真っ直ぐ行って左に曲がると、羅須地人協会の跡があるから行ってみると良い」と言ってくれた。
    と、いうことをこの小説を読んでありありと思い出した。清六さんは賢治の父、政次郎に瓜二つだったのかものかもしれない。穏やかで物事を全て見通して、しかも厳しい。(清六さんの本については「兄のトランク(ちくま文庫)」を2013年11月に書評した)

    父親から見た長男・賢治像。
    だからか、中学時代のヤンチャも、入院の時の初恋も、農学校時代の友情も、この小説には一切出てこない。でも知らなかったことも出てきた。人造宝石は聞いたことがあったが、製飴工場経営を夢想していたなんて初めて知った。父親からしたら、穀潰しのニートにしか見えなかったかもしれない。もとより、にわかファンならばいざ知らず、賢治ファンならば賢治が聖人君子ではないことは周知のことである。賢治も自覚している。だからこそ「おれはひとりの修羅なのだ」と謳ったのだ。そして妹のトシだけには見えていた。賢治の才能が。同時にその純粋性が天才なのだということも、トシともに私たちも知っている。ハッキリわかっていなかったのは、やはり政次郎なのだろう。でも、政次郎は私たちには及びもつかないほどに息子を愛していた。生涯かけて賢治を支援したのは確かなのだから、愛していたのはやはり小説的フィクションではなく真実なのだろうと思う。

    写真を撮っていた時、生垣の向こうのあの二階で賢治は最期を迎えたのだろうか、と想像していた(実際は戦災で焼けたらしい)。最期のとき、忘れられないやりとりがある。父親に遺言は無いか、と聞かれて賢治は「法華経訳本を一千部刷ってみんなに渡して欲しい」と伝える。それを聞いて政次郎は
    「えらいやつだ、お前は」
    と云ったというのだ。
    賢治は清六さんに
    「おらもとうとう、お父さんに、ほめられたもな」
    と呟いたという。
    この最後のやりとりは、小説でも私の知っている通りに描かれる。私は、小学校の時に「伝記宮沢賢治」を読んで以来40数年間ずっと思っていた。賢治にとって、父親とはそれほどまでに「大きな壁」だったのか?と。
    ところが、である。小説では、政次郎は(嘘だ)と心の中で抗議する。(とうとうどころの話ではない。これまで何度ほめたことか)。ここが、直木賞を獲ったこの小説の肝である。最初から壁なんてなかった。父親はいつでもお前(賢治)を認めていたし、愛していたんだ、と。それが父親なんだ、と。
    私は思う。それは政次郎さん、あなたの思い込みです。初めての童話集を褒めたのは、貴方の夢の中だったんじゃないですか?賢治がどうして『春と修羅』出版に関しては、貴方の援助ではなく、知人からの借金で出版したのか。トシとの最期のやり取りは、アレはあれで真実だった。でも貴方は必ず横槍を入れるから貴方の知らない所で無理して出版したのです。その他いろいろ。賢治にとって、貴方はずっと「怖い」存在だったんです。最期の最期に法華経の頒布に貴方は賛成した。それは賢治にとって、無常の喜びだったはずです。「いい気持ちだ」それが賢治の最期の言葉でした。父と子は、古今東西こういう関係を持つのかもしれない。


    • しずくさん
      宮沢清六さんにお会いになられただなんて何とも羨ましいこと! この本をきっかけに門井さんを読めるようになりました。大好きな一作です。
      宮沢清六さんにお会いになられただなんて何とも羨ましいこと! この本をきっかけに門井さんを読めるようになりました。大好きな一作です。
      2020/01/18
    • kuma0504さん
      しずくさん、ありがとうございます!この30年間で何人かに話したり、ブログで書いたりもしているのですが、初めて「羨ましい」という言葉を頂きまし...
      しずくさん、ありがとうございます!この30年間で何人かに話したり、ブログで書いたりもしているのですが、初めて「羨ましい」という言葉を頂きました。
      周りの反応はそれが何なの?というものなんです。
      もっとも、私が「逢った」のは正味30秒ほどだろうし、しかも嫌われた可能性が高い!それでも賢治ファンとしたら、「羨ましいだろ?」と、人生の密かな自慢になる出来事なんです。ありがとうございました!
      2020/01/18
  • 第158回直木賞受賞作品
    一度図書館で予約待ちをしたのですが、なかなか順番がこないので、あきらめて、今回はすぐに借りられてやっと読むことができました。
    宮沢賢治の詩集を最近読み返したばかりだったので、場面場面で作品が浮かび大変身近に感じられる作品となりました。
    賢治は放蕩息子であったとか、働き者ではなかったとかいう話を何かで読み、詩人童話作家としての宮沢賢治のイメージが崩れるのではないかとも思いましたが、杞憂でした。
    例えば、妹トシの病に倒れた場面では「永訣の朝」が、自身が結核を疑われ静養しているときに「雨ニモマケズ」が書かれたことも初めて知り、泣けました。

    賢治は父の政次郎の信仰していた浄土真宗を攻撃し、日蓮に帰依しましたが、賢治には、父に反抗する、しなければならない、もっともな理由がありました。幼いころから神童と呼ばれ、父の期待が大きすぎたのです。賢治は放蕩息子ではありませんでした。
    p269より
    自分は父のようになりたいが、今後もなれる見込みはない。みじんもない。それが賢治の結論だった。自分は質屋の才がなく、世わたりの才がなく、強い性格がなく、おそらく長い寿命がない。ことに寿命については親戚じゅうの知るところだから嫁の来手がない。あってもきちんと暮らせない。すなわち子供を生むことができない。
    自分が父になれないというのは情況的な比喩であると同時に、物理的な事実だった。それでも父になりたいなら、自分には、もはやひとつしか方法がない。その方法こそが、(子供のかわりに童話を生む)このことだった。

    賢治は神童と呼ばれるほどの秀才でありながら、質屋を営むということが性に合っていなかったのです。そして早逝した妹のトシと同じように体が弱かった。ただの道楽息子ではありません。こころの中でいつも葛藤していたのだと思います。
    賢治が生前、自費出版した『春と修羅』は世の中にとって早すぎる作品だったので、売れなかったのではないかと思いました。賢治が弟の清六に託したトランクいっぱいの作品が、その死後になって高村光太郎、草野心平、横光利一らにより全集刊行の運びとなったのは本当に良かったと思いました。

    「雨ニモマケズ/風ニモマケズ/雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ(中略)サウイウモノニ/ワタシハナリタイ」この詩は賢治の魂の叫びの詩だと思いました。

    • やまさん
      まことさん
      おはようございます。
      「うちの旦那が甘ちゃんで」にコメントを追加しました。
      やま
      まことさん
      おはようございます。
      「うちの旦那が甘ちゃんで」にコメントを追加しました。
      やま
      2019/11/13
    • まことさん
      やまさん♪
      こんにちは。
      お知らせありがとうございます♪
      コメントは拝見しました。
      ご丁寧にありがとうございます。読みやすそうな本で...
      やまさん♪
      こんにちは。
      お知らせありがとうございます♪
      コメントは拝見しました。
      ご丁寧にありがとうございます。読みやすそうな本ですね!
      私は、たいてい毎日タイムラインはみているので、コメントは大体見逃さないでみていると思います。でもわざわざありがとうございました(*^^*)
      2019/11/13
  • 宮沢賢治の生涯を父の目線から描いた本作。
    正直、この本を読むまで宮沢賢治がどんな人生を歩んだのか考えたことすらなかった。
    教科書に載っていたいくつかの作品と、個人的には「銀河鉄道の夜」を読んだことがあるだけだ。
    原文のままだと子どもだった私には難解に思え、大人になると童話作品に興味を持てずにいた。

    これだけ有名な作家なのになぜここまで興味を持てなかったのか考えてみると、勝手に描いていた賢治像のせいかもしれない。
    貧しい農民のために尽力した聖人君子のような人。
    これが私の賢治に対するイメージである。
    「雨ニモマケズ」ってなんだか説教臭い。そんな思いで敬遠していたのかもしれない。

    で、この本。
    いやまるで違うじゃないか!
    金持ちのボンボンで苦労知らずな我儘息子。
    勉強はできるけれど、自活できない脛かじり。
    生涯モラトリアムだったんじゃないかと思うほどひどい。
    そんなダメ息子の才能を信じ、支え続けた父がすごい。
    フィクションの部分が多いにしても、生前まるで本が売れなかったにもかかわらず作品を創作し続けることができたのは、まぎれもなく父親の経済力あってのことだろう。

    こんな賢治の姿を知ってがっかりしたかというと、まったくそうではなかった。
    聖人君子だった賢治が一気に身近な人間としての賢治となった。
    さまざまな葛藤を抱えながら生きた賢治、その生々しい姿を想像しながら改めて「雨ニモマケズ」を読んだ。
    やだ、「雨ニモマケズ」読んで涙出ちゃったの初めてよ。
    そうか、そうだったんだ。そう言うことなのねって勝手に解釈して納得。

    この本一冊で宮沢賢治を分かったつもりにはならないけど、もっと読みたいと思う気持ちが俄然出てきた。
    さて、何から読もうか・・・。
    門井慶喜さん、ありがとう。こんなに分かりやすく小説にしてくれてありがとう。感謝です。

    • nejidonさん
      vilureefさん、こんにちは♪
      またお会いできて嬉しいです!!!
      ところで、珍しい選択だわと思いながら読みました。
      そうかー、そう...
      vilureefさん、こんにちは♪
      またお会いできて嬉しいです!!!
      ところで、珍しい選択だわと思いながら読みました。
      そうかー、そういう訳だったのですね。
      思い込みあるある、ですね。
      確かに宮沢賢治は一部のコアなファンの方に過剰に神格化されていて、正直な感想を述べにくい部分があります。
      特に現国の教師の中にファンが多くて、それでよけいに困ります(笑)。
      どうしてこんなこと書くかなぁ、意地悪だなぁというような作品もたくさんあるのです。
      (私はそれで、宮沢賢治よりは新美南吉の方が好きなのですよ。)
      作品からすると、かなり偏屈なお坊ちゃんではなかったかと、秘かに思っておりましたわよ。
      vilureefさんの見方を変えたこの本を、ぜひ読んでみたいものです。
      2017/12/01
    • vilureefさん
      nejidonさん、こんにちは(^.^)
      コメントありがとうございます。

      私のような者が宮沢賢治について語るなんておこがましいんです...
      nejidonさん、こんにちは(^.^)
      コメントありがとうございます。

      私のような者が宮沢賢治について語るなんておこがましいんですが…(^_^;)
      逆に何も知らないからこそ良かったのかもしれませんね。興味を持つきっかけになったので。

      新美南吉!彼こそ童話作家ですよね!
      ごんぎつねと手袋…くらいしか知らないなぁなんて思っていたのですが知らぬ間に読んでいますね。
      つい最近息子に赤いろうそく読み聞かせしました。二人でほっこりしましたよ。
      nejidonのおっしゃることよくわかりますよ。

      宮沢賢治は子供目線の童話作家というより、文学者ですよね。たまたま表現する場所が童話だったという感じで。
      付け焼き刃で語っても説得力ないですが(笑)

      nejidonさんの感想も聞きたいです。
      楽しみにしていますね♪
      2017/12/02
  • 面白いタイトルが効いてますね。
    宮沢賢治の生涯を、主に父親の視点から、描いてあります。
    さまざまな問題に直面しつつ、いつしか才能を開花させていった息子。

    明治ですからねえ‥
    真面目一方の堅物だった祖父の喜助が興した質屋と古着屋が成功し、地元の名士となった宮沢家。
    父親の政次郎は、喜助の「質屋に学問はいらね」という方針で、小学校までしか行かせてもらえなかった。
    成績は良く、教養もあり、浄土真宗の信仰に熱心で、年に一度夏には勉強会を主催していたんですね。
    講師を招いて数日温泉に滞在してもらい、聴衆の滞在費まで費用のほとんどを負担していたとは太っ腹。

    あいにく長男の賢治は、質屋には向かない性質だったのです。
    政次郎は呆れたり不安になったり、それでも感情は溺愛に近い。
    今の基準から言えば古くて頑固で横暴な夫で父親かもしれませんが、当時としてはむしろ甘いところもあるぐらい?
    賢治が重病の時は二度も自ら病院に泊まり込んで看病して、周囲を驚かせることに。
    進学を認め、何かとお金を出してやります。
    賢治は才能の片鱗を見せつつ、若い頃は甘やかされたぼんぼん、って感じで、「雨ニモマケズ」のイメージと大違い。
    それに、作家になろうとも考えていなかったんですね。

    妹のトシも優秀で、日本女子大を出て、母校の女学校の教員もしていたそう。
    トシは賢治の作った話を聞くのが大好きで、賢治も話して聞かせるのが楽しく、父親の目には仲が良すぎると映るほどだった。
    いや、創作したものを喜んでくれる存在というのは、何より貴重ですからね。
    トシが就職した後、孤独になった賢治は父への反発もあってか?父とは違う宗教へ。
    日蓮宗にはまって経文を唱えながら町を歩くほどになり、かと思うと突然、東京へ行ってしまうのだが。
    8ヶ月後、トシが結核になったと知って、すぐ戻ってきた賢治。
    大きな荷物は、東京で一人、書き溜めた原稿だった‥

    農学校に就職して、わかりやすい講義が生徒に好評だったという頃には、だいぶ大人になっていたのでは。
    自費出版をした後、教職を辞めて、田んぼの中の離れに住み、畑仕事もして自立しようとした。
    肥料の相談などの指導も、無料で試みていた。
    その頃には、雨ニモマケズのような理想を抱いていたのでしょう。
    ただ身体が余り丈夫でないことを考えると、野良仕事をしつつ粗食というのは無理だったのかも‥

    奇矯にも見える行動をとる賢治ですが、ワガママとはちょっと違うんじゃないかな‥
    めったにないほどの才能を抱えた人間には、やむにやまれぬものが内面にあるような気もします。
    それが形となって奔出するまで、色々なことがあるのはどうしようもないのかも。

    一部は賢治の視点から、偉大な父を超えられない重圧なども、描かれます。
    家族の葛藤がトシの病気中に激しいせめぎ合いになるあたり、息を呑むような迫力。
    どこまでが史実あるいは通説で、どこが想像を膨らませたものなのか、わかりませんが‥
    どちらかと言えば抑えた状況描写の中に、生々しい感情が力強く描かれていて、引き込まれました。

    第158回直木賞受賞作☆

  • 158回の直木賞受賞作。

    この時、もう一冊受賞した作品があったけれども、私はずっとこちらが読みたくて仕方なかった。TVで朗読された文章を聞いて、読みたい!と忘れられなかった1冊。今日、朝から読み始め16時40分読了。息もつかせず読んだ。

    なんという純愛だろう。
    政次郎も賢治も、そして、トシも。
    こんなにも父というのは、愛の深いものなのだろうか。今際の際に、やっと父に褒めてもらえたと慨嘆する賢治。何度も褒めたのにと、声にも出せない父の思い。宮沢賢治の人生を思う時、結核の影が去り得ないので、病臥の場面はまことにつらいのだけれど、この作品、最初から最後まで、とても清冽な空気を持っている。

    お父さん、私はあなたになりたかった。

    その、賢治の痛いほどの思い。お前はよくやったと言ってほしいという願いは、愛憎半ばする親を持ち、さんざん悩んだ子供としては、男女の差を超えて非常によく分かる。だから思うのだ。賢治さんは愛されていたなあと。雪や氷が融け出すような、山の奥から下り来る透明な水のような…。溢れるような政次郎の、父としての愛。愛さずにはいられない、その衝動の熱さ。優しさ、細やかさ…。

    賢治の死後になって文名が高まり、弟の清六氏による回顧録も残っているけれど。もう少し報われるのが早かったなら…と、せつなくなる。それでもおそらく親というものは、『うちの子は、誰にも負けとりゃあせん』というのもよく解っており、同じだけの重さで、自分と同じ道を歩かせ護ってやりたいと思う時、『ありゃあモノにはならぁせん』とも、見抜いてしまう。手厳しくしすぎるのも捻じくれるし、甘すぎるのもまた困る。その匙加減の揺れを、親も子も感じながら、親子を不器用にやってゆくのだろう。

    2001年に宝塚の星組で、『イーハトーヴ 夢』という舞台が上演され、その折、夢輝のあさん演ずる賢治と、久城彬さん演じる政次郎の、賢治臨終の場面が素晴らしく、この小説にもある、「やっと褒めて頂ける者になった」と涙する場面が、非常に印象に残っている。その時からの、父親から見た宮沢賢治は、どんなだったのだろう…という心がかりに、一つの納得ゆく解答を出していただいたようで、舞台と小説は関係ないのだが、非常に満足だった。

    小説で、雪を踏むように、そくそくと父と子、兄と妹を丹念に描くと、こんなにも胸打たれるのだなんて。

    政次郎の子育ては、まさに作中にある通り、『女は花をあたためるように。男は霜を踏むように』育てよというのを、通しぬいたのだ。霜を踏むとは酷薄なようであるが、足下の霜の砕ける感触を知るのは、誰あろう、父その人だけである。繊細さ、脆さ、キラキラと冷気に煌く透明さ…その全てを呑んで、子どもたちを慈しんだ。

    賢治の作品で好きなのは、『雪渡り』なのだけれど、この主人公たちが遊ぶ雪原の、なんときれいなこと。当作『銀河鉄道の父』を読んでから、賢治の作品を読んで、振り返ると、むしろ父は、賢治の草稿を読む時、霜よりも、真白い新雪を踏むような、柔らかく、踏み固めれば芯があり、どこにもない跡をつけては、またいつのまにかまっさらになる雪野原を、きっと感じていたのではないか。それはあたかも、多くの人が読んでも、賢治の作品が、いつも光を放つ、真新しいものであること、そのもののように。

    こんなにも夢中になって、こんなにも惹かれながら読んでしまうから、読書はやめられない。小説だから、全てが事実ではないだろう。でも、今読み終えたばかりの感動が、全てを凌駕する。ああ、読んでよかった…!

  • 宮沢賢治の父目線による賢治の生涯。
    この時代の父がこんなにも我が子を激愛し甘やかしていたことに驚いた。
    だから夢見がちで現実の厳しさを省みない、世間知らずのボンボンに育つんだよ…。
    賢治と言えば「雨ニモ負ケズ…」を地でいく人だと思い込んでいたので少しショック。
    そして一番印象深いのは最愛の妹トシとの仲睦まじいやり取り。
    賢治に多大なる影響を与えたトシは、気が強く思ったことをハッキリ言う賢い女性でこれまた驚いた。
    そして『永訣の朝』のエピソードにはやはり泣ける。
    病気で寝込むトシに自作の童話を聴かせる心優しい賢治。
    それと対比するかのような父との確執。
    常に父を意識せざるを得ない苦悩と、いつまでたっても自立できない焦りが大きな壁となる。
    けれど最後は農民達に「先生、先生」と慕われ、子供達に自作の詩や童話を嬉しそうに語る姿には父も誇らしく思っただろう。

    最後まで賢治に尽くした父。
    未完成の『銀河鉄道の夜』の結末をあの世で賢治に教えてもらったのだろうか。
    宮沢賢治の作品を改めて読み直してみたくなった。

  • これは困った、、、読めば読むほどに
    宮沢賢治という作家のことが
    ちょっとずつ嫌いになってしまいそうなのだ。

    あの雨にも風にも負けないで
    一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べていた宮沢賢治が、
    まさかのお金持ちのボンボンだったなんて!
    家業の質屋も継がないで、親のスネを齧っていたなんて、、、ショック!
    でも、でもですよ
    良く考えたら賢治は一言も『そういう生活をしてました』なんて書いてはいないのである。
    『そういう者に、私はなりたい』と言っているのだ。
    どこの世界に、わざわざ貧しい食生活を希望する貧乏人がいようか。
    金持ちの恵まれた階級だったからこそ
    貧しくとも清らかな心と暮らしに憧れたのだ、賢治さんは。

    大人になることを恐れ、グダグダと親のお金を当てにして夢のようなことばかり言っている賢治の姿に少々イラッとするものの
    物語を包むユーモアたっぷりの文章が、優しく賢治と賢治をついつい甘やかしてしまう父を描いていました。
    面白かったです♪

  • もともと雨ニモマケズは好きで和室に飾ってあり、時々読んだりしていたけれど、この詩がどういう状況でどんな風にして生まれたのか、それが知れて嬉しい。

    宮沢賢治本人ではなく父親の政次郎が主人公の小説だけど、賢治の生まれた時から死後まで側で見続けてきた者として細かく描かれている。
    大正時代、令和の今から思えば随分昔の事だけど、政次郎や賢治やトシがすぐ近くに居るような、時代の隔たりが無いような感覚で素直に読んだ。
    とても良かった。読んで良かったです。

  • 宮沢賢治の著作は、結構たくさん読んだつもりだ(といっても新潮文庫で出てる4冊の他は短編いくつかだけど)(そもそも早逝されてるから作品数自体がそれほど多くない)けれど、宮沢賢治自身がどういう人物であったかというのは、抽象的なイメージしか持っていない。作品から感じる自然や動物、鉱石、天体などへの偏愛、東北の、朴訥とした、実直な人柄、自己犠牲的宗教観などなど、どちらかというとクリーンで美化されたイメージ。

    たとえば太宰のように多くの女性と浮名を流しあげく心中、三島のようにナルシズム全開で死に方までド派手、のようなスキャンダラスな話題がない。賢治は独身だったし、自殺でもないし、おそらく生前から作家として成功したわけではなかったから、そもそも文壇での交友や、ゴシップとは無縁だったというのもあるだろう。

    なので私はこの本を読んで、え、そんな人だったんだ、とちょっと驚いた。全然イメージと違う!というのではない。おそらく私が持っているようなイメージは晩年のほんの数年に培われたもので、その完成形にいたるまでの、賢治の成長過程を知らなかっただけだ。

    本書はそんな賢治を見守る父の視点での物語。賢治自身の気持ちについてあまり深く描写されないため、どうしてもお父さんに肩入れして読んでしまった。裕福な家で金銭的に不自由なく育ち自立できず幾つになっても父親に金の無心をするダメ長男。それでも父は、我が子が愛しくて仕方ない。しかし賢治が生まれた明治29年はまだ家父長制の強い時代。父は明治生まれだが祖父は天保生まれで明治維新も見てきている。

    父・政次郎自身もまたその家父長制に縛られ、家業の質屋を継ぐために、進学を諦めた過去がある。家の中ではとにかくお父さんが偉く、男尊女卑。でもそれはけしてこのお父さんが特別いばっていたわけではなく、そういう時代だった。政次郎本人も、かなり無理をして厳格な父、一家の主とはかくあるべしということを意識した行動をとらざるを得ない。

    父とはかくあるべし、という「スタイル」に固執する気持ちと、純粋に賢治が可愛く入院すれば自ら看病せずにはいられないほど大切に思う気持ちの、板挟みになる政次郎。なんというか、宮沢家のみならず、「家父長制度の近代化」というような裏テーマを個人的には感じた。

    賢治の誕生から死(父より先に)まで、37年分の読み応え。けして聖人君子ではない人間・宮沢賢治の姿がそこにある。父と息子の確執は、男性読者のほうが思い当たること、グッとくる部分は多いのではなかろうか。(私自身は女性だから、少し他人事的に読んだ)

    タイトルが良いですね。「銀河鉄道(の夜を書いた賢治)の父」という意味かなと思い読み始めたのだけれど、途中、独身を貫いた賢治が「子供(わらす)のかわりに、童話を生む」と考え、それが活字になったらその読者もまた、「おらの、わらす」と考えるくだりで、ああ「銀河鉄道(の夜という作品)の父=賢治自身」の物語であることも同時に表しているタイトルなのだなと気づいた。

  • 門井慶喜さんの本は2冊目。

    【銀河鉄道の父】は第158回直木賞受賞作。

    この本の主人公は宮沢賢治の父、政次郎です。
    宮沢賢治ではなく、なぜ父を主人公にしたのだろう?
    そんな疑問を持ちつつ、読み始めました。

    読み進めるうちに、宮沢賢治のことをほとんど知らなかった自分自身に驚愕!

    小学校の教科書にも載っていた宮沢賢治。

    中学、高校時代も宮沢賢治の作品を読みました。

    高校時代によく読んでいた「○○文庫の100冊」の中には、必ずと言っていいほど、宮沢賢治の作品が入っていました。

    『注文の多い料理店』
    『セロ弾きのゴーシュ』
    『風の又三郎』
    『銀河鉄道の夜』

    等々。

    そしてなんといっても『雨ニモマケズ』
    これは小学校の国語の教科書に載っていたように記憶しています。

    宮沢賢治は、貧しさにも負けず、清廉潔白な生き方を貫き、37歳という若さで亡くなった。
    『雨にもマケズ』から私の中では勝手にこんなイメージが出来上がっていたように思います。

    しかし…
    【銀河鉄道の父】を読んで、目からうろこがポロポロ。
    その勝手なイメージはガラガラと音を立てて崩れ去りました。

    賢治の父である正次郎から見た宮沢賢治に驚きの連続でした。
    読後に、ネットで調べてみると、この本に書かれているエピソードの数々と同様のことが書かれていました。

    宮沢賢治は裕福な家庭に生まれ、父の愛情を一身に受けていました。
    その愛あればこそ、後世に残る作品が生み出されたのですね。

    賢治の父はすごい人だ!
    賢治のために持てるすべての愛で、支え続けた人です。

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著者プロフィール

1971年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。16年『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、同年、咲くやこの花賞(文芸その他部門)を受賞。18年『銀河鉄道の父』で直木賞受賞。他の作品に『東京帝大叡古教授』『家康、江戸を建てる』『屋根をかける人』『自由は死せず』『東京、はじまる』などがある。

「2020年 『銀閣の人』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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