叢書 東アジアの近現代史 第3巻 日本人の朝鮮観はいかにして形成されたか (叢書東アジアの近現代史)

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  • 講談社
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感想 : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (338ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062207928

作品紹介・あらすじ

近代における日本と朝鮮半島は、日本の植民地化、そして敗戦、朝鮮戦争と続く歴史のうちに、複雑な関係を形成してきました。
それについては、『朝鮮半島のナショナリズム』と題して、本叢書第4巻で、詳述します。
本巻は、それでは、近世から近代にかけて、日朝の関係はどうだったのか。そして、日本人は、どのように朝鮮観を形成していったのか。
始まりは、ここでも、豊臣秀吉の朝鮮出兵に求められます。
そして、『鎖国」下で、日朝はどのように交流していたのか。

朝鮮通信使の往来は有名ですが、船舶の漂流による漂流民の扱いをめぐっても、交流していました。

そのような歴史の中で、「竹島」の問題が浮上します。「竹島」は、歴史から明らかになることが極めて多いのです。

また、近代日本の朝鮮人蔑視という問題もあります。
近世、近代を通して、日朝関係史だからこそ、明確に理解できる問題の本質を明らかにしていきます。

感想・レビュー・書評

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  • 歴史

  •  予想よりも各論が細かく、また朝鮮との関わりが拡大していく19世紀後半以降の記述が少なく、自分の期待とはやや違った。ただ、神功皇后の三韓征伐又は壬辰倭乱から一貫して蔑視、といった単純なものではないことは分かった。江戸時代の演劇では壬辰倭乱を否定的に捉えるのが前提であったようだ。

  • 「叢書 東アジアの近現代史」の第3巻。江戸時代の日朝関係史を中心に16世紀末から20世紀初頭にかけての時期を対象として、日本人の朝鮮観がどのように現れ、推移してきたかを叙述。日本人の朝鮮観を固定的なものとして捉えるのではなく変化する(忘却されて再発見される)ものとして把握し、また地域的な偏差をともなうものとして把握している。
    江戸時代から近代初頭にかけての日本と朝鮮の関わり、また、日本人の朝鮮観がどういうものであったかについてこれまで十分に知らなかったので、本書の内容は、とても(知的に)面白かった。特に、17世紀から19世紀にかけて、中国(清)・朝鮮・日本及び琉球との間に漂流民の相互無償送還制度が整備され、民衆にも浸透していた(漂着した朝鮮人漁民も「長崎」という言葉を出せば、帰国できることを認識していた等)ということに関心を持った。薩摩藩士安田義方の朝鮮漂着時の現地の人々との交流も興味深いものだった。
    日本と朝鮮との交流、日本人の朝鮮観などについて、現在の視点から固定的に考えることの浅はかさを感じた。また、現在の自分達の物の見方・考えの一面性を認識するのに、歴史を振り返るということが重要であることを感じた。
    元禄竹島一件等についても詳しく検討されており、現代の竹島問題を考える上でも参考になる内容だと思う。

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著者プロフィール

1958年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程中退。博士(文学)。現在、名古屋大学教授。専攻は、近世日朝関係史、日本近世史。主な著著に、『近世日本と朝鮮漂流民』(臨川書店)、『大君外交と「武威」』(名古屋大学出版会)、『薩摩藩士朝鮮漂流日記』(講談社選書メチエ)、『竹島問題とは何か』(名古屋大学出版会)、『竹島――もうひとつの日朝関係史』(中公新書)など多数。

「2017年 『叢書 東アジアの近現代史 第3巻 日本人の朝鮮観はいかにして形成されたか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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