「国境なき医師団」を見に行く

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  • Amazon.co.jp ・本 (394ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062208413

作品紹介・あらすじ

「彼らは困難を前にするとたいてい笑う。そして目を輝かせる。そうやって壁を突破するしかないことを、彼らは世界のどん底を見て知っているのだ。」
大地震に見舞われたハイチで小さな命を救う産科救急センター、中東・アフリカから難民が流れ込むギリシャで行われる、暴力と拷問被害者への治療、フィリピンのスラムで女性を苦しめる性暴力と望まぬ出産を防ぐための性教育、南スーダンからの難民が半年で80万人流入したウガンダでの緊急支援――。
『想像ラジオ』で東日本大震災の死者に心を寄せた作家・いとうせいこうが、「国境なき医師団」の活動に同行し、世界の現場をルポ。作家の目で見た世界の今と人間の希望とは?

感想・レビュー・書評

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  • 2021年2冊目。実は実態を知らないこの組織について渾身のレポで語られている。小説のような言い回しが読みやすいので情景を思い描きやすく、要所要所の喩えもうまい。筆者の体験を本の中で追体験することで、自分が同じ立場ならどうしていられるだろうかとふと考えさせられてしまう文章力に頭が下がる。私があなたで、あなたが私。世界に別角度から光を当てた良書だ。他二冊くらい関連本があるようなので、機会があればぜひ読みたい。

  • 旅行記の成分も濃い、組織と各地の実情を伝えるルポ。
    対象地域はハイチ(130p)、ギリシャ(120p)、フィリピン(90p)、ウガンダ(70p)の四か所。

    一人称は俺。事実をたどる箇所は淡々と述べながら、人との触れ合いや要所で読み手の感情を揺さぶることを意識したと思われる抒情的、主観的な側面をもつ文章。「ミュージシャンのオレが世界の現状を見に行ったら驚いたぜ。みんな聞いてくれよ」的なノリを含むのですが、著者に教養があることは透けて見えるためチグハグな印象を受けました。個人的に、お膳立てされたルポや旅行記を読んでも入り込めず、本書についてはテレビの体験型番組も連想しました。扱っている内容そのものはシリアスで、社会的意義の大きい活動です。

  • 「たまたま彼らだった私」への想像力

    今朝、一服吸おうとバルコニーに出た途端立っていられないくらいの大きな揺れがあり慌てて部屋に戻る。さいわい揺れは10数秒ほどでおさまり小さな食器や置物が倒れる程度で安堵したが、23年前の阪神淡路大震災の恐怖を思い出してしばらく動悸が止まらなかった。TVニュースを見ると、大阪北部が震源で壁の崩壊などで数名死者も出ている。平穏な日常がいつ暗転するかもわからない人の世の無常。そして、今を生きることが大事だと、あらためて思う。

    人の世の不条理は自然の災害だけではない。我々が生きるこの地球には、内乱や戦争で家や土地を亡くし家族を虐殺され難民になっている人たちが何百万人も存在する。着の身着のままで何百キロも歩いて紛争地を脱出する彼らを襲うのは、レイプなど性被害や病気、溺死など不条理な苦難の数々。

    そういう難民の人たちをできるだけサポートしようと多くのNPOグループが世界中で活動している。「国境なき医師団(MSF )」もそんなNPO団体のひとつである。作家のいとうせいこう氏がハイチ、ギリシャ、フィリピン、ウガンダでの国境なき医師団の活動を現地取材レポートした『「国境なき医師団」を見に行く』を読んだ。

    パリに本部があり世界数箇所に支部を置いて活動するMSFのスタッフは医者、看護師、助産師など医療従事者だけでなく物資搬送担当、電気技術者、建設技術者、ドライバーなど職務も国籍も多岐にわたるが、一般社会で仕事をすれば恵まれた生活を送れるスキルも意欲もすぐれた人たちである。一般社会で味わえる恵まれた生活をひとまずヨコに置き、彼らは過酷で危険な地で難民をサポートして活き活きと生きている。

    なぜ彼らはそのような生き方ができるのか?

    『「彼らがあなたであってもよかった世界」
    もし日本が国際紛争に巻き込まれ、東京が戦火に包まれれば・・・
    明日、俺が彼らのようになっても不思議ではないのだ。だからこそ、MSFのスタッフは彼らを大切にするのだとわかった気がした。スタッフの持つ深い「敬意」は「たまたま彼らだった私」の苦難へ頭を垂れる態度だったのである。・・・それは「「たまたま彼らだった私」への想像力なのだった。上から下へ与えるようなものではない。きわめて水平的に、まるで他者を自己としてみるような態度だ。・・・時間と空間さえずれていれば、難民は俺であり、俺は難民なのだった。』

    『前に、苦難をこうむる彼らは俺だと書いた。そう考えると、自然に彼らのために何かをしたくなるのだった。今回の「彼ら」はMSF側の人間のことだった。
    彼らMSFのスタッフたちもまた、自分たちと「苦難をこうむる人々」を区別していなかった。つまりそれぞれが交換可能で、彼は俺で、俺が彼らで、彼らは彼らなのだ。
    「たまたま彼らだった私」への想像力が、彼らをの行動の原動力である。』

    そう、難民は「たまたま彼らだった私」なのだ。そういう他者に対する想像力こそが、人と人を結びつけ寛容で平和な社会を築く第一歩である。そのような想像力が持てれば他者に共感することもできる。

    『彼らは水を待ち、食料を待ち、心理ケアを待ち、愛するものに会える日を待っている。
    そして何より、「共感」を待っているのだった。自分の人生の状況に、解決よりまず先に「共感」して欲しいのだ。』

    想像力と共感そして仲間。

    『みんな普通の人間だった。それが力を合わせて難局に挑んでいる。挑んではうまく行かず立ち止まり、しかし目標を高く持って諦めずにいる。・・・彼らは困難を前にするとたいてい笑う。そして目を輝かせる。そうやって壁を突破するしかないことを、彼らは世界のどん底を見て知っているのだと俺は思っている。』

    『生きがいのある人たちだった。その分、満足はしていなかった。世の不条理に下を向くことも出来たが、なぜかそれをしなかった。おそらく仲間がいるからだ。下を向いていればその時間が無駄になる。我々は出来ることをするだけだ。そういう先人からの教訓みたいなものが、彼ら自身を救っているように思った。』

    『この国(難民が生きる地)が平和で、人が豊かに暮らせるといい。と、俺はごくごく単純な願いを持った。そして、願いが単純であることを嘲笑させたくないと思った。達成は実に難しく、人が苦しみ続けることを、俺は「国教なき医師団」の活動を見ることで身にしみて知っていた。以下の事実を教えてくれたすべての人に俺は感謝する。人生はシンプルだが、それを生きることは日々難しい。けれど人間には仲間がいる。互い互いに共感する力を持っている。それが素晴らしい。』

    普通の人間でも想像力をもち共感し仲間がいれば、お互いに助け合い寛容で平和な世界を目指すことができる。それを偽善だ理想論だと嘲笑することはたやすい。しかし、こうして「眼前のリアルな困難から目をそむけず、無力であるという人間存在の条件を受け止めながら、しかし未来がよりよくなるという信念の方向へと活動を続けている」人たちが世界のあちこちで現実に活動している。

    毎日タバコを吸いコーヒーを飲み晩酌し本を読み昼寝し、奥方のご機嫌さえ麗しければ世はこともなしでゆるゆると生きている私でも、この本を読むと少しは想像力と共感をもつことができる。国境なき医師団には年一回、ここに書くのも恥ずかしいが大海の一滴ほどのサポートをしている。齢70歳で過酷な地域へ行き体を張ったボランティアサポートができないのは歯がゆいが、大海の一滴を今年からせめて二滴にしようと思う。私のこの拙文で、たった一人でも難民の人たちへの想像力、共感を持っていただけたら嬉しい。そして、できればこの本を読んでいただきたい。

  • 「国境なき医師団」という団体名は、もちろん聞いたことがあるが、組織の詳細な活動内容まではほとんど知らなかった。
    ハイチ、フィリピン、ギリシャ、ウガンダでの素人目線の現地取材のレポート。ゆえにわかりやすい。
    世界のあちらこちらで紛争が起こり、その犠牲になるのはいつも弱い立場の人々。その人たちのために働く「国境なき医師団」の姿に感銘を受ける。

  • MSF(国境なき医師団)の理念と具体的な活動内容、活動に賛同し関わっている人たちを、もっと日本で知られるようにしたいと現地取材に行き、Webで連載していたのをまとめたもの。上から目線で正義を振りかざすことも変にへりくだって褒め称えることも慎重に避けて、どこまでもあくまでもご自身に素直に正直に潔く綴っておられます。MSFの取材をするということは裏返すとこの世界の現状を取材するということに自然となっており、特に近年の独裁政権や紛争により増え続ける難民の状況について、真摯に向き合っっておられました。とてもいい作品です。読んで良かった。

  • 国境なき医師団の実際の活動を広報を通して見に行った本。
    私は一章終わって続きを読むのをやめた。
    国境なき医師団、MSF、の活動や概念、スタッフの人々は素晴らしいし、活動の内容について知ることもできた。

    しかし文章が読みにくい。
    自身を小説家と称しているからか、
    ルポなのにも関わらずストーリー性を作り出したり、
    変な時系列だったりする。

    また、自分が感動することに酔っていると感じ取れる記述が多い。また文中の「俺が」と連呼するのが気になった。

    申し訳ないが、他のノンフィクション作家やルポライターの本の方が数倍面白く、また勉強になる。

  • 国境なき医師団のハイチ・ギリシャ・フィリピン・ウガンダでの活動を取材した記録。

    世界各国から善意の元に人が集まり、"自分だったかもしれない他人"のために働く。
    そういう"共感性"に基づいた善意は正義だし、それこそ人類が身につけるべき道徳観なんだろうな。

    すごく理想的なマインドセットで、こういう環境で働けたらすごく幸せそうだと思ったし、社会全体がこういう雰囲気に包まれればいいのにと強く感じ、小さな行動を起こす気にさせてくれた。

    自己の生活の飽くなき向上よりも、全ての人が等しく権利を享受できるようになるために働きたい。

    有意義な発見が3つ。
    1.難民問題は思っていた以上にヤバい。そして難民問題と性暴力の問題は分かち難く並存してる。
    日本も、多少生活に影響があったとしてもグローバルな倫理的に受け入れor中継地としての役割を果たすべきだと思う。

    2.メンタルケアの重要性。
    病気であったり、生活が脅かされている人はもちろん、そのケアに当たる人にとっても重要。
    自分が風邪を引いた時に家族がそばにいてくれたらどんなに心が癒されるか、育児や介護をワンオペでやってる人たちの心の疲弊を考えても、もっとそこに目を向けるべき。

    3.善なる行動に出る、というのは思ってる以上に世界ではスタンダードな常識。
    ボランティアや慈善活動にしろ寄付にしろ、日本は相当後進的だし根づいていないっぽい(私も含め)。
    ハリウッドスターやビルゲイツを見習って?慈善活動がもっともっとイケてる行いだって周知させる必要があるなと。

    ちなみに、国境なき医師団の活動資金の95%は寄付で賄われているらしい。
    そして、医療関係者でなくても仕事はあるし、関わり方は様々。

    こういう活動に従事した後、社会にきちんと受け入れられる(再就職がしやすくなる)風土を育てていくことがまず課題だと思った。


  • 自分の人生を振り返ってみたとき、どう考えても、親や友達や学校の先生や神様やその他いろんな人や環境から自分がもらってきたものの量は、自分が何かの対価として支払ったものの量よりも圧倒的に多いよなぁ、っていうか、いつも与えてもらってばっかりだったよなぁ、と思う今日このごろ。
    数年前から、その罪悪感を払しょくするために、つまり、言い換えれば、感謝の気持ちを表すために、毎年年末に、「世界の子供へのお年玉」という名目で、夫婦ふたりそれぞれ、お年玉くらいの金額をカード払いで、その時目についた団体にものすごーく適当に寄付しています。
    セーブ・ザ・チルドレンとかプランジャパンとか国連WFPとか、送り先を選ぶ理由は特になくて、ただ「子供」とか「教育」とか付くようなプロジェクトにランダムに寄付してたんですが、ここ数年、寄付時に入力する項目が比較的少なくて楽、というそんな理由から(笑)「国境なき医師団」への寄付が続いています。
    で、お金を送る以上、どんな活動をしているかくらいは知っておきたいなぁ~、と思うのですが、寄付後に送られてくるパンフなどを見ていると、なぜか自分が偽善者めいた気分になるというか、ちょっと辛くなる。あんなハシタ金で、このパンフを満足気に見る私っていかがなものか、などと考えてしまう。

    本屋でこの本を見かけ、いとうせいこうさんのレポートなら辛くならないかも、と思って読んでみました。活動じたいは本当に興味があるので。
    いとうさんは「ボタニカル・ライフ」以来、すっかり信頼している人ですし。

    非常に分かりやすかったです。興味深かった。
    世界のニュースを見ていても、近年、特に存在感を増している人道支援団体って感じ(国連とかは逆に力を失っている印象)でしたが、やはり目的が明確なだけに資金も集まりやすいのか、資金力はけっこうある団体なんだな、と思った。(もちろん、いくらあっても足りないだろうけど)
    働いている人たちは、イメージどおりで、特に意外性はなかったな。
    あと、いとうさんが繰り返し書いている「偽善」という概念に対する考えには非常に共感した。

    ただ、最初のハイチ編は「ボタニカル・ライフ」の時の雰囲気を残してユーモアたっぷりだったけど、だんだん、ちょっと、なんだか、うーん、笑いを取る余裕がなくなって尻すぼみ、という印象だった。

  • 内容(「BOOK」データベースより)
    生きることは難しい。けれど人間には仲間がいる。大地震後のハイチで、ギリシャの難民キャンプで、マニラのスラムで、ウガンダの国境地帯で―。日本の小説家がとらえた、世界の“リアル”と人間の“希望”。

    いとうせいこう氏の敗北からの記録だと、誤解を恐れずに言いたいです。50才オーバーで様々な事に触れ見識も豊かで、社会的な地位も非常に高い。そんな男が「国境なき医師団」を見に行った記録ですが、冒頭のハイチ篇のなんと自信無く心縮こまる卑屈な文章で有る事か。貧困や戦争に立ち向かう光り輝く彼らや、それでもどんどん増え続ける不条理に対し、自分の卑小さでおろおろするいとうせいこう氏。その姿が次第に回を重ねるごとに力溢れ、指先に足先にジンジンと血潮が通い、その表情も(文章なので見えませんが)目も輝きを増していくのが見てとれるようでした。
    支援される彼らも、支援する彼らも、そしてそれを「見ている」俺も、誰も彼もが、入れ替わっていたかもしれない。そう繰り返す氏の文章は、次第に彼らの存在に対して胸を張って、最終的にウガンダでの取材で爆発するような熱さを放ちます。
    そこには取材する意味を見つけた訳では無く、ありのままの自分では何も出来ない事を卑屈になるのではなく、皆の仲間になって共感の輪に入りたいという終わりの無い旅を始めたように見えました。

  • セイコーさんのクスッと笑える文章もありながら、何度も何度も泣いてしまっていた。今目の前に居る難民の彼らは私で、私は彼らだったかもしれない。いつだってそうなのに日々の生活に揉まれると忘れてしまうことをこの本を読んで思い知らされる。国境なき医師団たちの「いま自分ができることをするだけ」という姿勢はそれだけで目の前の人を救うんだな。今日本で審議されてる入管法改正案も、そのまま進めてしまっていいのだろうか。実際に世界で起きてることをこの改正案を進めようとしてる人たちに知ってもらいたい。

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著者プロフィール

1961年生まれ。編集者を経て、作家、クリエイターとして、活字・映像・音楽・テレビ・舞台など、様々な分野で活躍。1988年、小説『ノーライフキング』(河出文庫)で作家デビュー。『ボタニカル・ライフ―植物生活―』(新潮文庫)で第15回講談社エッセイ賞受賞。『想像ラジオ』(河出文庫)で第35回野間文芸新人賞を受賞。近著に『「国境なき医師団」になろう!』(講談社現代新書)など。

「2020年 『ど忘れ書道』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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