「国境なき医師団」を見に行く

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レビュー : 39
  • Amazon.co.jp ・本 (394ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062208413

作品紹介・あらすじ

「彼らは困難を前にするとたいてい笑う。そして目を輝かせる。そうやって壁を突破するしかないことを、彼らは世界のどん底を見て知っているのだ。」
大地震に見舞われたハイチで小さな命を救う産科救急センター、中東・アフリカから難民が流れ込むギリシャで行われる、暴力と拷問被害者への治療、フィリピンのスラムで女性を苦しめる性暴力と望まぬ出産を防ぐための性教育、南スーダンからの難民が半年で80万人流入したウガンダでの緊急支援――。
『想像ラジオ』で東日本大震災の死者に心を寄せた作家・いとうせいこうが、「国境なき医師団」の活動に同行し、世界の現場をルポ。作家の目で見た世界の今と人間の希望とは?

感想・レビュー・書評

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  • MSF(国境なき医師団)の理念と具体的な活動内容、活動に賛同し関わっている人たちを、もっと日本で知られるようにしたいと現地取材に行き、Webで連載していたのをまとめたもの。上から目線で正義を振りかざすことも変にへりくだって褒め称えることも慎重に避けて、どこまでもあくまでもご自身に素直に正直に潔く綴っておられます。MSFの取材をするということは裏返すとこの世界の現状を取材するということに自然となっており、特に近年の独裁政権や紛争により増え続ける難民の状況について、真摯に向き合っっておられました。とてもいい作品です。読んで良かった。

  • 「たまたま彼らだった私」への想像力

    今朝、一服吸おうとバルコニーに出た途端立っていられないくらいの大きな揺れがあり慌てて部屋に戻る。さいわい揺れは10数秒ほどでおさまり小さな食器や置物が倒れる程度で安堵したが、23年前の阪神淡路大震災の恐怖を思い出してしばらく動悸が止まらなかった。TVニュースを見ると、大阪北部が震源で壁の崩壊などで数名死者も出ている。平穏な日常がいつ暗転するかもわからない人の世の無常。そして、今を生きることが大事だと、あらためて思う。

    人の世の不条理は自然の災害だけではない。我々が生きるこの地球には、内乱や戦争で家や土地を亡くし家族を虐殺され難民になっている人たちが何百万人も存在する。着の身着のままで何百キロも歩いて紛争地を脱出する彼らを襲うのは、レイプなど性被害や病気、溺死など不条理な苦難の数々。

    そういう難民の人たちをできるだけサポートしようと多くのNPOグループが世界中で活動している。「国境なき医師団(MSF )」もそんなNPO団体のひとつである。作家のいとうせいこう氏がハイチ、ギリシャ、フィリピン、ウガンダでの国境なき医師団の活動を現地取材レポートした『「国境なき医師団」を見に行く』を読んだ。

    パリに本部があり世界数箇所に支部を置いて活動するMSFのスタッフは医者、看護師、助産師など医療従事者だけでなく物資搬送担当、電気技術者、建設技術者、ドライバーなど職務も国籍も多岐にわたるが、一般社会で仕事をすれば恵まれた生活を送れるスキルも意欲もすぐれた人たちである。一般社会で味わえる恵まれた生活をひとまずヨコに置き、彼らは過酷で危険な地で難民をサポートして活き活きと生きている。

    なぜ彼らはそのような生き方ができるのか?

    『「彼らがあなたであってもよかった世界」
    もし日本が国際紛争に巻き込まれ、東京が戦火に包まれれば・・・
    明日、俺が彼らのようになっても不思議ではないのだ。だからこそ、MSFのスタッフは彼らを大切にするのだとわかった気がした。スタッフの持つ深い「敬意」は「たまたま彼らだった私」の苦難へ頭を垂れる態度だったのである。・・・それは「「たまたま彼らだった私」への想像力なのだった。上から下へ与えるようなものではない。きわめて水平的に、まるで他者を自己としてみるような態度だ。・・・時間と空間さえずれていれば、難民は俺であり、俺は難民なのだった。』

    『前に、苦難をこうむる彼らは俺だと書いた。そう考えると、自然に彼らのために何かをしたくなるのだった。今回の「彼ら」はMSF側の人間のことだった。
    彼らMSFのスタッフたちもまた、自分たちと「苦難をこうむる人々」を区別していなかった。つまりそれぞれが交換可能で、彼は俺で、俺が彼らで、彼らは彼らなのだ。
    「たまたま彼らだった私」への想像力が、彼らをの行動の原動力である。』

    そう、難民は「たまたま彼らだった私」なのだ。そういう他者に対する想像力こそが、人と人を結びつけ寛容で平和な社会を築く第一歩である。そのような想像力が持てれば他者に共感することもできる。

    『彼らは水を待ち、食料を待ち、心理ケアを待ち、愛するものに会える日を待っている。
    そして何より、「共感」を待っているのだった。自分の人生の状況に、解決よりまず先に「共感」して欲しいのだ。』

    想像力と共感そして仲間。

    『みんな普通の人間だった。それが力を合わせて難局に挑んでいる。挑んではうまく行かず立ち止まり、しかし目標を高く持って諦めずにいる。・・・彼らは困難を前にするとたいてい笑う。そして目を輝かせる。そうやって壁を突破するしかないことを、彼らは世界のどん底を見て知っているのだと俺は思っている。』

    『生きがいのある人たちだった。その分、満足はしていなかった。世の不条理に下を向くことも出来たが、なぜかそれをしなかった。おそらく仲間がいるからだ。下を向いていればその時間が無駄になる。我々は出来ることをするだけだ。そういう先人からの教訓みたいなものが、彼ら自身を救っているように思った。』

    『この国(難民が生きる地)が平和で、人が豊かに暮らせるといい。と、俺はごくごく単純な願いを持った。そして、願いが単純であることを嘲笑させたくないと思った。達成は実に難しく、人が苦しみ続けることを、俺は「国教なき医師団」の活動を見ることで身にしみて知っていた。以下の事実を教えてくれたすべての人に俺は感謝する。人生はシンプルだが、それを生きることは日々難しい。けれど人間には仲間がいる。互い互いに共感する力を持っている。それが素晴らしい。』

    普通の人間でも想像力をもち共感し仲間がいれば、お互いに助け合い寛容で平和な世界を目指すことができる。それを偽善だ理想論だと嘲笑することはたやすい。しかし、こうして「眼前のリアルな困難から目をそむけず、無力であるという人間存在の条件を受け止めながら、しかし未来がよりよくなるという信念の方向へと活動を続けている」人たちが世界のあちこちで現実に活動している。

    毎日タバコを吸いコーヒーを飲み晩酌し本を読み昼寝し、奥方のご機嫌さえ麗しければ世はこともなしでゆるゆると生きている私でも、この本を読むと少しは想像力と共感をもつことができる。国境なき医師団には年一回、ここに書くのも恥ずかしいが大海の一滴ほどのサポートをしている。齢70歳で過酷な地域へ行き体を張ったボランティアサポートができないのは歯がゆいが、大海の一滴を今年からせめて二滴にしようと思う。私のこの拙文で、たった一人でも難民の人たちへの想像力、共感を持っていただけたら嬉しい。そして、できればこの本を読んでいただきたい。

  • 内容(「BOOK」データベースより)
    生きることは難しい。けれど人間には仲間がいる。大地震後のハイチで、ギリシャの難民キャンプで、マニラのスラムで、ウガンダの国境地帯で―。日本の小説家がとらえた、世界の“リアル”と人間の“希望”。

    いとうせいこう氏の敗北からの記録だと、誤解を恐れずに言いたいです。50才オーバーで様々な事に触れ見識も豊かで、社会的な地位も非常に高い。そんな男が「国境なき医師団」を見に行った記録ですが、冒頭のハイチ篇のなんと自信無く心縮こまる卑屈な文章で有る事か。貧困や戦争に立ち向かう光り輝く彼らや、それでもどんどん増え続ける不条理に対し、自分の卑小さでおろおろするいとうせいこう氏。その姿が次第に回を重ねるごとに力溢れ、指先に足先にジンジンと血潮が通い、その表情も(文章なので見えませんが)目も輝きを増していくのが見てとれるようでした。
    支援される彼らも、支援する彼らも、そしてそれを「見ている」俺も、誰も彼もが、入れ替わっていたかもしれない。そう繰り返す氏の文章は、次第に彼らの存在に対して胸を張って、最終的にウガンダでの取材で爆発するような熱さを放ちます。
    そこには取材する意味を見つけた訳では無く、ありのままの自分では何も出来ない事を卑屈になるのではなく、皆の仲間になって共感の輪に入りたいという終わりの無い旅を始めたように見えました。

  • 「いとうせいこう」 さん
    「国境なき医師団」
    どちらも
    興味深く思う人と単語なので
    迷わず 手に取ってみた

    MEDECINS SANS FRONTIERES
    略してMSF、邦訳は「国境なき医師団」
    当たり前のことですが
    様々な国の方が
    このMSFに所属しておられる

    いとうせいこうさんが
    訪れた国は
    「ハイチ」「ギリシャ」「フイリピン」「ウガンダ」
    の国々

    そこで
    出逢った 難民の人たち スラムの人たち
    そしていうまでもなくMSFの人たち

    さまざまな事情が語られ
    さまざまな人たちのこれまでが語られ
    さまざまな人たちの思いが語られ
    さまざまな人たちの理由が語られ
    さまざまな人たちのこれからが語られる

    MSFのお一人
    アメリカ人のレベッカさんの言葉
    「わたしの地図は
     どうしてもアメリカ中心なの。
     あなたなら日本中心ね。
     わたしはクリスマスイブにラオスで
     そんな話をしてみんなで笑ったわ。 
     六か国の人間が集まっていてね。
     フランスからしか見ていなかった人間、
     ラオスからしか見ていなかった人間と、
     それぞれにこりかたまった視点で
     生きてきたとわかったんです」

    これに対する
    「では地図はどこから見られるべきか」
    (いとうせいこう さんの)その答えの一行が
    興味深い。

    それは、ぜひ本書にて。

  • ハイチ、ギリシャ、フィリピン、ウガンダでの国境なき医師団(MSF)の活動を取材したルポである。この狭い日本にいる私は知らない事ばかりだ。特に難民の問題は、想像を超える。こうした問題は、確かに知っていた。ソファでだらしなく横になって見ていたテレビを通して。私には対岸の火事だった。でもこれからも対岸の火事で済むのだろうか。我々が難民となるかもしれないし、多くの難民を受け入れることになるかもしれない。

  • いとうせいこうの国境なき医師団取材記。
    ハイチ、ギリシャ、フィリピン、ウガンダへの取材記が章別に載っている。
    簡単なMSFの仕組みや、現地での行動(点呼をとる、誰がどこにいるかを随時確認するなど)、各国で出会ったMSFメンバーの話など、全く知らない人目線で書かれているので、NGOの活動を全く知らない人が読んでもわかりやすいと思う。

    ハイチは主に大地震後のスラム地区で活動。
    ギリシャには、シリアなどからの難民が集まってきているが、トルコーEU協定に基づきEUに到着した難民はトルコに移送され、その後第三国定住できるというルールができたが、必ずしもそうなるわけではなく、動かずにギリシャにとどまる難民を支援している。
    ギリシャは先進国なので、医薬品が先進国値段になってしまい予算が足りずに思うように活動できないということに驚いた。
    よく考えたらそうだよね。大抵は途上国での活動だから考えたことなかったけど、こういうレアケースにも対応しているんだよね。
    フィリピンのマニラのスラム地区での活動は、本来の緊急活動ではなく、長期的に進めていくMSFでは珍しい活動。
    主に避妊や妊娠の仕組みについて知らない貧困層が、知識がないまま妊娠してしまい、中絶も許されず(教会や地域の人の「雰囲気」で中絶できない。日本の周りの目を気にすると同じ)産んでしまい、さらに貧困に陥るという現状に対し、性教育や家族計画について教えている。
    フィリピンはもう途上国ではないので、その中にスラムがあっても周りからは気づかれずに、支援が後になったり、緊急ではないので、成果が出るのに時間がかかったりするようだ。
    ウガンダには、南スーダンでの紛争で発生した難民たちが大量に押し寄せ、すでに受け入れ上限人数を超えている。
    キャンプは巨大なものとなり、一つの町として国連やほかのNGOと連携を取り運営されている。
    目の前で家族を殺されても埋葬すらできずそのままにして逃げてくるしかなかったり、逃げる途中でも家族と離れ離れになり暴力を受け、なんとか命からがら逃れてきたり、壮絶な体験をして、キャンプの病院で知り合った人たち同士が寄り添って生きている。
    「家族ではないけど、家族のように寄り添っているんです」と言った3人の10代〜20代の少女たちの言葉を訳したMSFの広報の人が泣いてしまい、即座に謝っていたが、この場面に私もいたらきっと泣いてしまっていただろう。
    しかし、MSFメンバーは難民たちにも敬意を持って接している。
    難民だから可愛そうとか、下に見たりすることは一切ない。誰でも難民になりえるし、自分もそうなる可能性もある。「難民」と言っても、その前日までは各国でそれぞれの人生を歩んでいた一人の人間なのだし。

    日本では特に支援の仕事は未だに金持ちの道楽ボランティアだと思われ、そういう活動をして帰国しても仕事がない。
    せめて、支援の仕事についてもっと当たり前にみんなに知ってもらい、それに対する理解だけでも広まるといいと思う。

  • 「紛争や災害によって難民になってしまった人達を医療の点から助ける団体」としてなんとなくしか知らなかった『国境なき医師団』。いとうせいこうさんが、そんなわたしと同じ目線で取材してくれている。想像以上の仕事の種類の多さやその仕事に携わる人の多さにまず驚き、想像以上の難民の方々の被害に驚く。そしてそれは自分の事ともなりうることだと気づかされる。

  • この本では、ハイチ、フィリピン、ギリシャ、ウガンダでの「国境なき医師団」の活動について書かれています。

    シリアで国境なき医師団の施設が空爆され、スタッフや患者が犠牲になったのは記憶に新しい。その空爆のことに言及しての、著者の言葉に心から共感しました。

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     善意を差し出して他人のためになろうとする者の命、人生、生活、子どもの頃からの個人史、息づかい、家族との関係、まなざし、口調、そしてこれからの日々を短い爆撃で消してしまう権利が誰にあるというのか。

     圧倒的に弱い立場にある患者たちのそれらも。
     俺はこの非道な行為をしつくこく非難する。
     
     死は数字ではない。(P42)
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     紛争が世界のあちらこちらで起こり、その犠牲になるのは弱い立場の人たち。その人たちのために働く人々の姿に感銘を受けると共に、一方で、そういった事実をほとんど知らなかった自分を情けなく感じました。
     自分に何かができるわけではないけれど、でも、せめて「知る」ことはぐらいは、そして思いをはせることはしていきたいと思いました。
     

  • 貧困層に蔓延する病気や、難民たちのサポートなど、正直できることは限られていて終わりがないし、事態が劇的に良くなることはない。

    やっていることが正しいのか、とか、意味があるのか、とか、悩んだらキリがないだろうな。
    自分で納得するとか自分で満足する基準を設けないと絶望感に打ちのめされそうな仕事だと思う。

    そういう現実や、とはいえ高い理想や正義感に動かされて働く人たちの姿に心を動かされる。

    現地の人をきちんとリスペクトしたうえでジャーナリストとしての好奇心を持って入っていくせいこうさんが素晴らしい。

  • ノンフィクション
    社会

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著者プロフィール

いとう せいこう
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。『ノーライフキング』でデビュー。『ボタニカル・ライフ ―植物生活―』で第15回講談社エッセイ賞受賞。『想像ラジオ』が三島賞、芥川賞候補となり、第35回野間文芸新人賞を受賞。他の著書に『ノーライフキング』『鼻に挟み撃ち』『我々の恋愛』『どんぶらこ』『「国境なき医師団」を見に行く』『小説禁止令に賛同する』など。

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