藤田嗣治の少女

著者 :
制作 : 会田 誠 
  • 講談社
3.20
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本棚登録 : 38
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (96ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062209595

作品紹介・あらすじ

藤田嗣治の「少女」を会田誠が語る! 生涯で描いたたくさんの少女画から、会田誠が選んだ85点を掲載。秋田、ランス訪問記も。

感想・レビュー・書評

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  • ボリューム自体は少ないので、この一冊は藤田嗣治と彼の描く少女について会田誠が自論を交えながらわかりやすく砕けた表現で解説してくれる本、という感じ。最後の学芸員の音ゆみ子さんの解説は少し難しいが、より理解を深めてくれる。藤田嗣治がとても努力家だったこと、そして人間らしい失敗を重ねつつもチャーミングに絵画に生きたことがよくわかる本。レイアウトや字体などのデザインも可愛らしい。

  • 【投票者イチオシ】藤田作品は、美術館で見るだけでは今一つ統一感がないように見える。本書はそこの概観と、会田誠の解説に面白みがあるため。https://opac.lib.hit-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/1001133542/?lang=0

  • 「日本と言う国は不思議だね。大きな金はとれなくても、細々とした金をいくつもいくつも稼いでいると、結構、相当な金額になるのだね。だから日本じゃたいした芸術家が出ないんだよ。」

    アートよりサブカルが優位な状況は戦前から変わっていない。

  • 此方は豪華本らしい、、、

    講談社のPR(版元ドットコム)
    藤田嗣治の「少女」を会田誠が語る! 生涯で描いたたくさんの少女画から、会田誠が選んだ85点を掲載。秋田、ランス訪問記も。
    http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784062209595

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著者プロフィール

1886年、東京都新宿区新小川町の陸軍軍医の家に生まれる。1913年、渡仏。パリのモンパルナスでピカソやヴァン・ドンゲン、モディリアーニらエコール・ド・パリの画家たちと交流。手製のなめらかなカンヴァスの上に、面相筆と墨で細い輪郭線を引き、繊細な陰影を施した裸婦像は、「乳白色の肌」と呼ばれ絶賛された。1919年にはサロン・ドートンヌ会員推挙。作品はパリで大人気となった。1929年、凱旋帰国展のため16年ぶりに一時帰国。1933年以降は日本を活動の拠点とする。日中戦争がはじまると、祖国への貢献を願い大画面の戦争画の制作に没頭するが、戦後は画壇から戦争協力者として批判を浴び、その責任をとる形で日本を離れる。再びパリに暮らし始め、日本には戻らないと決めたフジタは、1955年にフランス国籍を取得。1959年、72歳の時にランスの大聖堂でカトリックの洗礼を受け、レオナールという洗礼名を与えられます。最晩年には、ランスに感謝を示したいと礼拝堂「シャぺル・ノートル=ダム・ド・ラ・ペ(通称シャペル・フジタ)」の建設を志し、完成から2年後に没した。

「2021年 『フジタ 色彩への旅』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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