- Amazon.co.jp ・本 (303ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062565752
感想・レビュー・書評
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原題『いい娘は天国へいくが、生意気な娘はどこへでもいける』は思わず手が伸びる素敵なタイトル。初めの章が良い。
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男と女がそんなに画一的に分けられる考え方を持っているわけではないと思ったが、一理ある話だった。
好かれようとして、自分で気苦労を重ねて、結果を得られず、不満を並べるという状態は、方法として間違っていることに気付いた。好き好んで嫌われる必要はないけど、嫌われても気にもかけないというのが大事な姿勢なんだな。
自分としては、最初の一ページのプラトンの格言だけでもかなり価値があった。 -
友人のすすめで読み始めた本です。ドイツのベストセラーということなんですが、おぉ!と感じることが多い本です。
現代の女性は確かに自由に生きていると思います。かく言う私もそうです。
でも、何か違う、って思うことがありませんか?そう思った方には是非手にとって欲しい一冊だと思います。
会議の席上で、周りは皆男性。自分も然るべきポストに着いているけれど、会議後には自分だけお茶を片付ける。
お茶汲みの人に任せずに、片付けてしまう。
家政婦を雇っても、ついつい片付けてから出かけてしまう。
いい子でいたい、好かれたい、愛されたい。この「愛されたい」という気持ちは女性に強いそうです。
(それで「父親が決める娘の愛され度」みたいな本も多数出版されてるんじゃないでしょうか(苦笑)そんな簡単には決まらん、と声を大にしていいたい)
窮屈な人生は安定を保証する―たとえば恋人や夫が片づけをしてくれなくても。約束を守ってくれなくても。
そんな些細なことで目くじらを立ててはいけない、と長年教え込まれれば、嫌でも覚えてしまうことでしょう。
「ちょっとした」「些細な」ことでしょうか?本当は?
じゃあ、尽くして同調して微笑んでいて、「つまらない」と言われたらどうすればいいのでしょうか?
私は何も常に強気で反発精神旺盛であることが素晴らしい!とは言いません。それではいくらなんでもちょっと
問題です。人に合わせることが出来る必要だって勿論あります。
合わせてはいけないのは「都合のいい」要求です。
人に流されてあわせるのは従属ですが、相手の立場も自分の立場も考えてあわせるのは思いやり。
モナリザではなく「私」の顔で笑おうじゃありませんか!
(2004年1月17日)