- Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062581929
作品紹介・あらすじ
すべての哲学はカントに流れ入り、カントから再び流れ出す。西洋哲学二千年の伝統を破壊した衝撃の書『純粋理性批判』。「私」「世界」「神」の考察から、「時間」「空間」の構造、形而上学の運命まで、あらゆる思考の極限を究めた哲学史上最大の金字塔を、やさしく、ヴィヴィッドに読みつくす。
感想・レビュー・書評
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常識では,正しい認識とは,事物の姿を主観を交えずありのままにうけとること,と思われている。しかし,カントが『純粋理性批判』で明らかにしたのは,<あるがままの事物>をとらえられると考えるのはおろかな妄想にすぎず,認識は徹頭徹尾,主観的な条件で成立しており,そのことによってのみ,認識は客観性を有する,という主張なのである。つまり,素朴にありのままを認識しようとすれば,それは主観的なものとなり,逆に,世界は主観による構成物だと考えることで,初めて客観的認識が成立する,というパラドキシカルな主張こそ,『純粋理性批判』の根源的テーマなのである。(p.11)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
カント二冊目。相変わらず難しくて文字の上を目が滑る滑るorz けれどそれなりに分かりやすく、所々砕けた文章で書いてくれているので読むこと自体は苦ではありませんでした。
個人的に後半(特に第三章)が難しかった;;
「時間・空間や因果関係などのカテゴリーは、人間の認識の成立の条件、つまり、現象の成立の条件なのであって、物そのものの成立の条件では決してないのである」という文章にはっとさせられました。まさにコペルニクス的転回! -
世界は主観による構成物だと考えることで、初めて客観的認識が成立する、という主張。
自分が十年以上前に、Newtonで「完全な客観性など存在しない」といった趣旨の対談を読んだ時の衝撃を思い出しました。
あれはここにリンクしていたんだ。
本の内容も興味深く、引き込まれました。
価値のある一冊です。 -
哲学なので簡単には理解できない
しかし、物事を注意深く観察して考えていくことは必要であると考える -
カント思想の入門書として、純粋理性批判においてポイントとなる主張が噛み砕いて解説されている本。噛み砕いて、と言っても完全に理解することは難しかったが、カントの主張の変遷や、他哲学者からの批判も含めて知ることでカントがどういった視点で人間の物事に対する認識を捉えていたか多少なりともイメージがついた。
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読みたいと思っている本にカントの哲学の内容が含まれていて理解しづらかったため、勉強のために読んだ本。
でもこの本もやっぱり言ってることは難しくて、何度も繰り返し読まないと理解出来なかった(多分全部は理解出来てない)。
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もう20年前の出版だが、既に30刷近くの再版がなされている。相当に売れていると言っていい。理由はもちろんわかりやすさにあるのだが、前書きにもあるように、それは本書が網羅的であることを諦め、「認識の客観性はいかに担保されるか」にテーマを絞って「純粋理性批判」を紹介しているからだろう。ほんの200ページほどの容量で噛んで含めるように「批判」のエッセンスが説かれており、僕のような素人には本当にありがたい。一方で実際に「批判」を読んだときにこの本で扱われていない部分で躓いたらどうしよう、とも不安になる。なんせこの本を読む前に手にとってあえなく挫折した「カントの読み方(中島義道・著、ちくま新書)」は本書とアプローチが全く異なっておりひたすら難解だった。ということは当然ではあるが「批判」の読み方も千差万別であり、この本通りの読み方が僕にできるかどうかも全く保証されていない、ということなのだろう。まあ読む前にごちゃごちゃいう前にとにかく読んでみるしかないのだが(以上、「批判」を読む前のメモより。実際に読み始めるとこの本を再び参照するということはなかった)。
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難解で知られる「純粋理性批判」だが、これを読まずに、哲学は語ることができない、というようなものらしい。というわけで、カントの入門書とかも読んだりしたけど、結局、よくわからなくて、とてもよめそうにもないな〜と思っていた。
最近、「世界哲学史6」でカントに関する解説を読んで、やっと何を問題にしているのかがうっすらわかる気がして、この入門書を読んでみた。
読み進めていくうちにだんだん難しくなる感じはあるものの、これはかなりわかりやすいのではないだろうか?
細かいロジックはわからなくても、カントがなにを問題にしていたのかは、とてもよくわかった。そして、苦節10年、悩みに悩んで、問題への答えを見つけたと思いきや、まだまだ、悩むは続いていく。
そして、ヘーゲルやハイデカーのカント批判の論点。なるほど〜。
真理とはなにか?それを知ることは可能なのか?という哲学上の最難問にチャレンジしていたのだな〜。それは、いわゆる形而上学、哲学の中心的な課題なんだな。
が、実は、そういう問いに、私は、あんまり関心がないんだな〜と再確認。わたしは、より人間の行動とか政治に関係する哲学のほうに興味があるんだな。
カントだったら、純粋理性批判は、この本をもって、読んだことにして、実践理性批判と判断力批判を読みたいかな? -
「1+1はなぜ2なのか?」という著者の疑問の出発点は、超越論的分析論への興味関心に帰着しているようで、そこに記述がフォーカスされている印象がある。よって、著者の好みが色濃く反映されており『純粋理性批判』の入門書としては偏りがあるように思える。が、1章の「建築現場」はカントの「沈黙の10年」に着目し、結論ありきで書かれているという批判がある『純粋理性批判』へ至る思考プロセスを解明しようという研究がなされており、注目に値する。