愛と経済のロゴス カイエ・ソバージュ(3) (講談社選書メチエ)

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  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062582605

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  • 中沢新一 「 カイエソバージュ 3 」資本主義を贈与と交換の原理により説明した本。志賀直哉「小僧の神様」をテキストに モースの贈与概念に 純粋贈与を加えて 富(価値)の増殖概念を解き明かした

    資本主義
    *贈与型の共同体を解体した社会様式=交換の原理により贈与の原理を無力化
    *資本家の貨幣増殖=労働者の不払剰余労働

    純粋贈与
    *極限の贈与が純粋贈与
    *純粋贈与とは 自然 の別名
    *贈り物と返礼の円環の外にある
    *贈与の見返りは求めない
    *贈与の原理が純粋贈与に触れるたびに霊力が増殖

    富の変態
    *コルヌコピア=無から有が創造、富を生み出す
    *富の源泉は自然や神など社会の外部→富の源泉が社会の内部へ=人間化

    フィジオクラシー(重農主義)
    *貨幣そのものは富ではない=貨幣から増殖は受けない
    *労働の贈与と純粋贈与する大地との出会いにより 純生産は出現

  • 1巻で定常社会、2巻で定常社会から王、すなわち国家の誕生と進んできたカイエ・ソバージュ、3巻目は、資本主義の誕生ということになる。

    2巻から、話が進みすぎじゃないの、という気もするが、とりあえず読んでみる。

    モースの「贈与論」を起点に、ケネー、マルクスと進んでいく流れは、人類学側から経済にアプローチする場合、「まあ、そうだろうな」という展開だろうか。と、偉そうなことを言うほど、その辺の本を読んだ訳ではないが、栗本慎一郎や今村 仁司を昔読んだときと同じような感じの議論である。

    中沢氏は、さらにそこにラカンを援用しながら、資本主義の精神とキリスト教の三味一体説との類似性を指摘する。このへんが、この本のハイライトかな?

    前の2冊が、さまざまな神話や風習の分析が沢山入っていて楽しかったのに対して、3巻目は、やや理論的な印象であった。冒頭の志賀直哉の「小僧の神様」の分析は、なかなか面白かったが。

    順序的には、第4巻の「神の発明」のほうが、先にきて、そこから資本主義が誕生する言う流れでも良かったのではないか、とも思うが、そこは、「起承転結」の「転」というところで、すこしムードを変えてみようということなのかな。

    あるいは、全体の真ん中なので、ここいらで理論を整理して、次なる飛躍に備えようということだろうか。

    第4巻の「神の発明」に期待して、満足度は、3つとしておく。

  • 交換と贈与について学べるよ。 今の交換社会に互酬の概念を 織り込んでいければいいね。 マオリ族のハウがいいなー。

  • 2007-05-08

    ラボの先輩と「手作り工芸品」と「ダイソーみたいな大量生産品」との価値をどう見出すか,または存在するか,
    また価値付けていけるかという議論の中で,

    貨幣に交換しうる市場経済に乗るグローバルな使用価値や貴重価値ではなく,おばあちゃんの形見とか,
    結婚指輪みたいな手作り品のもつ非均一性,ローカルな希少性が持つ「替えられぬ価値」
    を金銭的尺度の元で切り捨てることなく流通させることが必要だろうとか,主張していると,

    先輩が「これ読んでみたら」と渡してくれた.

    贈与論です.

    本書では,交換・贈与・純粋贈与というものを区別し,純粋贈与(与えるのみ,見返りが徹底して存在しない.)
    に神聖が見出されやすいことを指摘されている.

    確かに「贈与」という行為は面白いなあ と思う.

    贈与が一方的であるというのは,法的には正しいが,社会的には誤りだ.(特に日本では)

    お中元でもお歳暮でもお祝いでも,「お返し」はほとんど必ず存在する.だから現代人は「面倒くさい」と言うわけで,バレンタインでも
    「結局,交換になるだけやん.じゃ,相殺で,なしで.」となるわけだが,

    その相互行為に時間的なずれがあり,相手がくれるものの価値が前もっては見えない(情報の不完全さ=リスクの存在)構造が入ることで,
    そこにはやっぱり,同時に等価物を「交換」することとは,心理的・社会的に全く異なる次元が現れてくる.

    もらった側にとっては,それが高島屋ギフトならギフト価格はすぐに分かるので等価なものを渡せばいいが,「手作り品」をもらった場合,
    等価な返礼など出来るだろうか?

    ブランド品的に市場の中で価値を見出された工芸品は良いが,
    それ以外の市場で貴重価値が認められなかった手作り工芸品が生きる道として,交換に基づく市場経済への参戦を放棄し,
    贈与に徹することでニッチとしての,その真の価値が見出されていくんじゃないだろうか.

    と,思ったりした.



    ちなみに,英米法では「約因」(見返りみたいなもん?)てのが契約には必要らしく,贈与みたい片務契約は有効じゃないとか・・・・.
    さらに.ちなみに,贈与物や行為にたいして,「借り」を感じすぎてしまうのが日本人で,
    それが日本人がうつ病にかかりやすい原因だという議論もあります.

  • 読了。

    【借り本】
    カイエ・ソバージュ3 愛と経済のロゴス / 中沢新一

    大学でカイエ・ソバージュの講義をまとめた本の第三弾。

    愛と経済のロゴス
    愛と経済は一見背反してるようだけれどがっちり繋がってますよというお話ですが、難しい話でございました。

    経済の原理は交換と贈与と純粋贈与の3つからなり、交換は貨幣に置き換わるよく知る部分でここには人とものとは切り離されていてつながりはない。
    贈与は贈り物等で人とものとの間に思いがつながっている。贈り贈られがある。
    純粋贈与は見返りのない善意の贈与。自然になる山菜のような大地からの贈り物ってところかな。
    あるいは神からの贈り物
    この3つである。
    贈与と純粋贈与とに愛が絡むのだろう...
    たぶん…w

    マルクスの話はもちろん、後半ハイデガーの話とか出てきて、哲学入門でさらっとかじったことあるけどもう難しいよね...

    勉強になったのかならなかったのか...
    私にはまだレベルが足りないようです。
    全体像はぼやけて見えてる気はしますが...
    でもなぜキリスト教のもとで資本主義が発生というか発展したのかはうっすらわかった気がしますね。

    勉強になりました。

  • 2巻よりおもしろかったなー。

  •  グローバル経済という一元的な価値観に基づいて社会が形成され、私たちは翻弄され、もう耐えられなくなってきているといっていいだろう。そんななか、贈与、純粋贈与という最古の思想から出発して共同体のあり方オイコノモスを考えなおすきっかけを与えてくれる。

  • お金では買えない価値がある。これこそが、資本主義が見失ってきたものの一つだろう。友達が、「コンビニには愛は売っていない」と嘆いていた一面を思いだした。この文章には、現代の資本主義が見失ってきた、根本が表現されていると思った。人と人が繋がるためには、相手を想いやる心が大切である。しかし、現代の世界で起こっているのは、関係性の「物化」だ。今や親友までもが、自分のステータスの指標にまで成り下がってしまった。いわゆる、親友とは「ブランド」と同じということだ。つまり、親友という存在を持って関係していくという意志ではなく、持って喜んだという完結である。労働者が汗水垂らして生み出すのが、人への想いではなく、あくまでも商品であるという、こういうことが資本主義の問題を増やし、人を病ませていく。ここで大切なのは、給料をもらうことではなくて、給料をもらうことによって、必要とされ、人と繋がっているという充足感である。

  • 第1巻で加速し、第2巻で浮遊し、この第3巻では、本来並んで語れることの少ない現世の2大キーワード「愛」と「経済」をひとつにした巨大クラウドに突入! いやあ、大胆な試みです。面白い。
    「交換」という方法だけが支配する世界では、人が、気持ちが阻害されてしまう。おカネを稼ぐために経済社会のシステムに埋没し、労働のリアルな幸福感を得ることができにくい、かなしき状況はここ何十年か続いていて、もう限界だろうと、多くの日本人が思っているのではないでしょうか?
    では、どうしたらよいのか?
    そのひとつの答えとして、古来にあった「贈与」あるいは「純粋贈与」という方法の存在を提示してくれています。

    そして、もうひとつ重要な提言として、神話が語るところによると「適切な質問をしない」(問いを発しない、および、尋ね方が間違っている)ことは滅びに加担するのと同じこと、という言葉も重みがありました。

    気づき、適切に発言していく、そろそろそういう責任が私たちに課せられていることを諭してくれるナイスな本。

  • 中沢新一のカイエ・ソバージュ 第三巻。

    まずは気になったところを羅列。

    序章より
    ・経済の深層部分で「愛」と融合しあっている。

    第一章より
    ・経済の基本であるのは「交換」「贈与」「純粋贈与」。三つは相互に結びついている。ラカンは「ボロメオの結び目」と呼んだ。
    ・贈与は中間的対象。交換はモノと人格を分離する。

    第三章より
    ・ラスコーなどの壁面に描かれた動物」などは「無からの有の創造」を思考したという、純粋贈与の形を感じていたのではないか。
    ・洞窟の奥に描かれたパイソンの横に倒れているペニスがエレクトしている男性はシャーマンだったのではないか。いわゆる「ドラックパーティー」に使われていて二酸化炭素中毒により「死」と隣り合わせの状態を描いていたのでは。
    ・洞窟壁画は芸術の始まりと捉えられてきたが、抽象思考の始まりの場所であったのではないか。
    ・考古学的発掘品をみると、たとえばパイソンの角に13本の刻み目が彫りこんである。それは月の満ち欠けを表わしていてカレンダーとして使っていたのではないか。
    ・豊穣の女神を表わす、山羊の角を杯とする聖杯「コルヌコピア」は無から有を創造するように現実の富を生み出す能力を表わしている。

    第四章より
    ・贈与と交換は社会を流動させる。
    ・鍛冶と音楽と貨幣は深い関連をもつ。神話では鍛冶屋は音楽家として描かれる。これは叩くとこに由来している。そして金属は貨幣に関連している。

    第五章より
    ・労働の贈与と純粋贈与する大地が交じり合い、純生産は生まれる。人の繊細な技術によって、大地は悦楽し、増殖が起こり、剰余価値が発生する。

    第六章より
    ・資本主義において価値の増殖は表象の「トリック」によってつくられる。
    ・資本主義の価値増殖は「笑い」の生理作用と似ている。
    ・幼児が母親の乳房から養分を取る悦楽の中にも贈与的なつながりがみえる。
    ・マルクスは経済活動を通して贈与の原理を働かせて愛の関係を生まれることを望んでいた。

    第七章より
    ・経済の基本、価値の増殖の関係はキリスト教の三位一体の図式と同じ。
    ・クリスマスにはいろいろなタイプの精霊がでてくるため、資本の増殖と霊の増殖を一緒にお祝いできる。クリスマスこそわれわれの夢を実現しているのではないか。
    ・現代は何でも経済の影響化にある。その時代で生きている私たちは「荒廃」している現代の意味を考えなければならない。


    この書はタイトルがまずいい。
    「愛」と「経済」と一見結びつかない二つがテーマとなっている。
    しかし本書にてその二つは見事に結びつく。
    中沢新一流経済学書は世の中の経済の流れを教えてくれるのではない。
    経済の誕生とそこに生きている私たちの意味を提議してくれている。大変興味深く読ませていただいた。
    世の中にある「モノ」に意味のないものなんてない。
    すべてに意味・理由があり、それらは繋がっているのだ。

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著者プロフィール

中沢新一(なかざわ・しんいち)
1950年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。現在、明治大学野生の科学研究所所長。思想家。
著書に『アースダイバー』(桑原武夫学芸賞)、『大阪アースダイバー』、『カイエ・ソバージュ』(小林秀雄賞)、『チベットのモーツァルト』(サントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞)『哲学の東北』(斎藤緑雨賞)など多数ある。

「2018年 『精霊の王』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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