近代日本の右翼思想 (講談社選書メチエ)

著者 : 片山杜秀
  • 講談社 (2007年9月11日発売)
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  • レビュー :8
  • Amazon.co.jp ・本 (252ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062583961

近代日本の右翼思想 (講談社選書メチエ)の感想・レビュー・書評

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  • 日露戦争後の超国家主義を社会に出現したアノミー状況の変革を目指すある種の革命思想と捉える橋川文三の観点を基本的な軸として、右翼思想とその運動が挫折する過程を追う。過去を理想化し、そこに反り返って動くすなわち反動としての右翼は必然的に日本の「素晴らしい過去」を体現する天皇に行き着く。しかし天皇は肯定すべき過去であると同時に、その過去と連続していながらしかし否定すべき現在を体現してもいる。この矛盾にぶち当たった右翼は自ら変革する道を諦め、すべてを天皇に任せる。この思想を代表するのが安岡正篤だ。天皇を手段として右から革命を起こそうとした北一輝が2.26事件で刑死したのち、彼の思想は政府中枢を中心に一段と訴求力を強めていく。この時代の知識階級の支配的エートスであった教養主義の人格主義に影響を受けた安岡は個々の心の中にある「本当の自分」=真我こそ重要であると説く。この真我は国家や社会などの団体生活においてはすなわち天皇である。人が真我に目覚め最高道徳に支配される社会を作るには天皇に直面しなければならない。これ以外はすべて偽りである。天皇の意向なしに革命を起こすことはあり得ず、革命の主体はただ天皇だけである。こうした論理から、ともかくここに右翼自らが変革の主体となる道は潰える。すべては天皇に任されるのである。次に右翼は現在を至上化する。素晴らしい過去を体現する天皇は現在においても変わらず存在する、だから現在も素晴らしいという理路を通るのである。この時間意識には「歴史」は存在しない。過去も未来もなく、ただ「中今」すなわち「永遠の今」(丸山)がある。今がなしくずし的に連なる時間意識の中で、「歴史的思考」は拒絶される。ただ今をあるがままに受け入れること。今を楽観的に信頼し寄りかかること。理性によって観念された世界は偽りであり、手ざわりのある現在だけが拠り所となる。ここに理性とそれを司る脳が拒絶され、その代わりに身体が持ち出される。『ドクラ・マグラ』の主人公アンポンタン・ポカン君よろしく脳を否定した右翼は身体を美化し始める。だがいくら身体を美うしたところで個々の身体は有限である。すなわち死を免れることはできない。そこでどうせ死ぬのだから国防のために潔く死のうという考えが出てくる。理性を否定した果ての身体論はこうして「死の哲学」に結びつく。

  • いまの日本が気に入らないから変えてしまおうと思う。
    変える力は歴史や伝統にあると思い過去に遡る。
    と、そこには「天皇」がいる。よし!これだ!と思いつつも、天皇はいまに現前している。もう現前しているのならじつは日本はもう立派な美しい国じゃないの、と思う。

    じゃ・・、変えようと余計なこと考えないほうがいいんじゃないか。
    で、変えることを諦めればいまのあるがままを受け入れたくなるわけで。
    んで、あるがまま受け入れて余計なこと考えないならば、頭は必要なくね?。頭が必要ないならからだだけが残る。からだの姿形だけでも美しくしようと思う。でも死ぬときは死ぬ。そんなときは美しい姿形をした国を守るために潔く死にましょう。

    こうした幾重にねじれた思いと思想の絡まりを個々の思想家と内容を紹介しつつ近代日本の右翼思想の歩みを描いた内容。
    出てくる思想家は多岐に渡る。
    大川周明。石原莞爾「世界最終戦論」、北一輝の「日本改造法案大綱」。安岡正篤と大正教養主義。権藤成卿の自治主義や三井甲之の「たなすゑのみち」。佐藤通次の身体論。
    全く共通項や関係のない思想家や思想同士が結びつき絡み合い縺れあい捻じれあう。これらが「天皇」という接着剤でくっ付き。ときに円滑油のような働きをしつつ、ひとつの渦となって日露以後から大正・昭和、1945年8月15日を向えるまでの時代に作用してしまった。

    躓きとしての「天皇」。そのパラドックスと右翼思想の流れをつぶさに記述した著者の手腕。お見事です。

  • 変革の必要を感じながら、正しい変革の力は天皇に代表される日本の伝統にあると思い、その天皇が現在日本に現前しているのだから立派な美しい国だと思い、では変える必要はなく、変な知識などに目を曇らさずありのままの日本を感じることが大切だと、いつの間にか反知性的な流れに陥った戦前の右翼思想をてさばきよく解説していて大変示唆に富んでいた。単に戦前の潮流を批判するのではなく、こうした反知性的な衝動が現代にいたってもいつでも噴出する恐れがあることを鋭く警告している。

  • 和図書 311.3/Ka84
    資料ID 2013104048

  • 丸山真男から一歩も進んでいない思想研究の貧困差に呆れ、途中で読むのを辞めた

  • 再読。
    大正・昭和前期の右翼思想、その思想的な流れを辿った一冊です。
    といっても教科書的な羅列ではありません。自らの理想理念に従い世の中を「革命」しようとしていた右翼思想、なぜそれが現状肯定、ついには身体賛美へと変じていったかを解き明かしています。

    文章も論理も非常に明晰、引用傍証も充実しており、読み進めるにつれて頭の中身が綺麗に整理されていきます。西田幾多郎から右翼思想への流れなど、目から鱗が落ちるような指摘も満載。読んだ後で誰かに語りたくなること請け合いです。

    むろん、著者の議論を頭から信じることは危険でしょう。これ一冊で満足するのではなく、多方面の資料や、それこそ教科書を当たってみる必要があると思われます。

    とはいえ、刺激に富む一冊であるのは確か。お勧めします。

  • いまいち内容が頭に入ってこなかった。

    意外に呼吸法のくだりが一番納得してしまった。

    そこで日本人は無理やり骨盤を起こし、腹式呼吸に向かったのだが、西洋人のように骨盤が起きていないのだから、腹式呼吸は上手にできない。浅い胸式呼吸になってしまう。こうして、近代の日本人は、呼吸が少なく、浅く、短く、乱れがちで、精神集中できず、肝もすわらず、上がり性になり、重心も定まらなくなった。

    呼吸法ってやっぱり大事なんだろうか。大事なんだろうな。これは科学的でなくてもなんか納得してしまう。

  • 左翼を「急進的な未来の即座の実現を求める」勢力、右翼を「過去に反り返って現在から切り離されたさまざまな過去のイメージを持ち出し現在の変革を叫ぶ」が、「過去に分け入ってその果てに天皇を見いだし、その天皇が相変わらずちゃんといる現在が悪いはずがないと思い直し、ついには天皇がいつも現前している今このときはつねに素晴らしいと感じるようになり、現在ありのままを絶対化して、常識的な漸進主義すら現在を変改しようとするのだから認められなくなり…」という勢力だとまずは大きく分けて、そこから様々な右翼の形態と変遷を整理している本。「時間」(現在への自己充足の日本的表現としての中今)と「天皇」(革命的大カリスマが同時に打倒するべき現秩序の代表者)についての右翼、そして超国家主義者(著者は大正という特殊な時代の産物としている)の取り扱い方を中心にして考察している。最後の「身体」に関する説明もユニークだし、終盤に向かうにつれ著者も意図していないだろうけど笑いをとるようなトンデモ右翼が出てくる。次回に続くーという感じではあったがよく勉強になった。けっこう楽しそうな結社もあり、意外。

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