日米同盟はいかに作られたか 「安保体制」の転換点1951‐1964 (講談社選書メチエ 509)

  • 講談社 (2011年9月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784062585125

みんなの感想まとめ

日米安保体制の形成とその運用に関する深い分析が行われている本書は、特に池田勇人内閣期の外交史を中心に据えています。著者は、池田政権が「イコール・パートナーシップ」を実現し、対アジア外交における日本の独...

感想・レビュー・書評

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  •  書名はこうだが、中身は狭義の日米安保よりも幅広く、また扱う時代は1960年以降の池田政権が中心である。吉田政権から岸政権までの安保条約調印と改定で「独立の完成」が実現。続く池田政権では、日米が「イコール・パートナーシップ」になったこと、また日本では対中脅威認識が米国のそれよりも低かったため米国の軍備増強要求を丸飲みしたわけではないが、それでも一定の防衛力整備に努めたこと。そして、日本の対西欧外交は安保闘争を経ての安保上の必要性もあったこと、東南アジアへの経済援助は反共外交、日米同盟の「負担分担」でもあったことが述べられている。
     安保体制というと吉田・岸両政権が語られることが多いように思うが、池田政権時の経済援助までその文脈でとらえる見方は新鮮だった。また、昭和天皇の反共意識、日米安保支持までちらっと触れられている(実際にどの程度影響力があったかには議論があろうが)。
     米国で、日本の防衛力や海外派遣を禁じる憲法(改憲が困難なことも含め)、積極的な外交はしたがらない「臆病な巨人」日本への不満があったことが折に触れ出てくるが、少なくとも戦後日本の憲法と安保路線の骨格を作ったのは米国なのに、そりゃないよ、と思わなくもない。

  • 教科書的な理解が得られる上、他の類書とくらべ格別に読みやすい文体。
    メインは池田勇人、つまりは安保が成立した後の運用についての駆け引きで、安保成立までの吉田~岸は前書き的な扱い。

    とりあえずまだ途中だけど、↓のあたりの綾がすっきり整理された。
    ■日米安保があるから、日本は武装の必要がなかった
    →戦後の反戦感情と東西冷戦という2つの難題を解消する冴えたやり方だった
    (当初は安保で相互軍備が要求されたが、「基地の提供」が日本の軍備を代替するっていうロジックをマッカーサーJr.が捻り出した)
    →冷戦下で必要だったはずの国防費を「所得倍増」に振り向けられた

  •  池田勇人内閣期の外交史を軸に日米安保体制の定着過程を分析。池田の「反共」・大国主義傾向を重視している点、対アジア外交における相対的独自性(対米協調の枠内ではあるが)を明らかにしている点が注意を引く。

  • 日本政府にとっても共産主義の脅威は他人事ではなかった。
    講和条約が発効されれば、日本占領という役目を終えた米占領軍は撤退するのが原則であった。
    池田政権の目を西欧にむけさせた最大の要因は安保闘争であった。池田政権は当初から対西欧外交に注力する方針を明示する。
    アメリカも日本の億秒な態度に不満を募らせていた。
    池田政権は国際政治における軍事力の重要性を十分に理解していた。

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