穢れと神国の中世 (講談社選書メチエ)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 30
レビュー : 2
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062585484

作品紹介・あらすじ

列島に共通して見られる、出産と死を「穢」とみなす民俗習慣。その起源の探求は九〜十世紀に制定された『延喜式』に行き当たる。その他数多くの史料を、当時の息づかいがわかるように参照し、「穢」という不可思議な意識と社会秩序感覚が生み出された過程を明らかにする。さらに、神国という"われわれ"意識、つまり国家意識の萌芽を見出さんとする挑戦的な歴史学の試み。

感想・レビュー・書評

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  • 日本史では切っても切り離せない穢れ思想。
    そもそも、穢れの話をするなら、まずはその対極にある清浄なるものはどういうことなのか。そこから始まったのでとても読みやすかった。
    中世の事案を通して展開されて行くのですが、いわゆる年表にのるような事件などの裏側では(むしろ、そここそが日常だが)どのような対応がなされていたのか、ということを探ることができます。

    いわゆる鎌倉時代の朝幕関係における、穢れという価値観から見る関係性の変化。
    やはり、承久の乱というのは、この点においても、前後で変化があったことを学びました。

  • 穢の中心が天皇ではなくて神もしくは神域(寺)であることを明らかにしている前半はとても分かりやすかった。天皇があくまでも神官であり、穢れる対象は神である、というのは中世史の他の本でも誤解しているものが多いように思う。天皇の相対化は中世日本の一大特徴でもあるので、その意味でもクリアなロジックに説得された感じを受けた。
     後半は日本人の中における穢への対処方法を通じて、東西日本ではなく、日本と外延部との境界が形成されていくことを明らかにしている。特に、穢多と呼ばれる人々が、自らを「外来の因習に染まって穢れた」とする通念に注目している。これは面白いけど更なる議論の余地ありか。
    中世における三国が震旦天竺本朝であることを考えると、この「穢れの起源」と朝鮮半島との関係というのももっと掘り下げても良かったのかもしれないが、掘り下げない方が良かったのかもしれない(笑)いや、しかし穢れている「そと」がどのように認識されていたのか、と云う点は、別の本で知る必要がありそうだ。
     また、東西日本における穢れ意識の差と、外国との間の境界線と、いずれが強固であったかと言えば外国との境界線であるのは判るけれども、だからと言って東日本と西日本で同じ清浄不浄のルールに従っているというわけでもないような気がするんだけど、その辺は判りやすさ優先か?もう少し専門的に調べないと何とも言えなそう。

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