平泉 北方王国の夢

  • 講談社 (2014年12月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784062585910

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  • 980~1020年代:桓武平氏や陸奥平氏、藤原秀郷といった有力な軍事貴族が鎮守府将軍・陸奥守に任じられる。板東の「兵」を奥羽に派遣。兵と軍事貴族の抗争が頻発。
    1028年:平忠常の乱を経て鎮守府将軍の任命中止。
    1051年:北方交易の主導権を握る安倍氏と陸奥守の対立激化から、前九年の役が勃発。源頼義は独力で戦争勝利の道を開けず、隣国出羽の清原氏の力を借りて決着をつけた。
    1083年:源義家が陸奥守に就任。義家は奥六郡を分割し、清原氏に分け与えたが、これが清原氏の分裂を招く(後三年の役)。奥州藤原氏の政権成立へ。荘園・公領の年貢を中央政府に納めることは請け負うが、中央政府の介入は断固として断るという姿勢。
    1099年:陸奥守が鎮守府将軍を兼任。中央政府は軍事貴族を陸奥守・鎮守府将軍に任命し、奥羽・出羽と蝦夷を支配しようとする政策を放棄。河内源氏は奥羽から切り離され、都では伊勢平氏が登用される。藤原清衡による鎮守府と秋田城の管轄が事実上承認される。
    ・奥州藤原氏の平泉政権は、南北奥羽・蝦夷を支配する政権だった。アイヌの首長層が握る交易品の生産・集荷を間接的に支配(支配-従属関係ではなく、平和で対等な関係)。
    ・1179年:平氏の軍事クーデター。清盛は後白河法皇を幽閉。これに対して以仁王は清盛追討を呼びかける令旨を東海・東山の源氏に発する。
    ・1189年:奥州藤原氏滅亡。奥州藤原氏に代わり、鎌倉幕府が軍事力を掌握する唯一の軍事部門であり、蝦夷の担い手となる。

  •  近年の相次ぐ遺跡・遺物発掘(2011年世界遺産登録)でその歴史像が塗り替えられつつある奥州藤原氏時代の平泉に関する概論書。平泉政権を「東北の地方政権」の枠を超えた「日本国」から相対的に独立した地域王権として位置付け、その独自の宗教秩序(国家鎮護の顕密体制の拒否)や北方・中国大陸との交易ネットワークの存在を明らかにしている。平泉・奥州藤原氏研究の最新成果を知る上で非常に有用である。

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著者プロフィール

一九五〇年生まれ。東北大学大学院文学研究科博士課程後期単位取得退学。現在、弘前大学教育学部教授。専攻は日本中世史。主な著書に、『平泉』(岩波新書)、『奥州藤原三代』(山川出版社)、共編著に『北の内海世界』『北の環日本海世界』(いずれも山川出版社)、『十和田湖が語る古代北奥の謎』(校倉書房)、『北の防御性集落と激動の時代』(同成社)がある。

「2014年 『平泉 北方王国の夢』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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