- 講談社 (2016年8月11日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784062586320
作品紹介・あらすじ
丸山眞男(1914-96年)は、戦後日本を代表する知識人である。その政治的著作は敗戦直後から多大な影響力をもち、丸山は「戦後民主主義」の象徴となった。本書は、その全主要著作を通覧し、解説する絶好の概説書である。しかし、丸山を生涯にわたって貫く原理である「丸山眞男の哲学」を発見し、それを前提に著作を読んでいく中で、本書は驚愕の結論に到達する。──丸山眞男は、1960年にはすでに「敗北」していた。
丸山眞男(1914-96年)は、戦後日本を代表する政治学者として名を轟かせ、今も多くの人に読み継がれている。日本が敗戦を迎えた直後に発表した論文「超国家主義の論理と心理」で天皇制の精神構造を批判して華々しく論壇に登場した丸山は、「戦後民主主義」を象徴する存在となった。
本書は、没後20年を迎えた不世出の学者の全容を、これまでになかった視角から解き明かそうとする野心作である。
本書のキーワードとなるのは「丸山眞男の哲学」である。政治学の著作で知られる丸山だが、その本領は日本思想史にあった。一見、直接の関係を見出しにくい両者を一貫して支える丸山の原理を、著者は「哲学」という言葉で表現し、追求していく。
その原理を踏まえながら、丸山の代表的な著作を通覧していく本書は、最良の入門書・概説書としても読むことができるが、そうして愚直に作品を「読む」ことで明らかになる結論は、まさに驚愕をもたらすものである。──政治学者としての丸山眞男は、1960年にはすでに「敗北」していた。
戦死者の亡霊がそこかしこに漂っているのを意識しながら戦後を開始した丸山は、やがて日本が目覚ましい復興と成長を遂げ、さまざまな意味で余裕を獲得した結果、人々の関心が経済や私生活に移っていくにつれて、闘志や焦燥感を失っていった。その結果、政治的な言論活動に対する意欲を失い、40代半ばにして半ば隠遁するように日本思想史研究に沈潜していく。しかし、それはひとり丸山の「敗北」であるだけでなく、ほかでもない「戦後民主主義」の「敗北」である、それが著者の結論となる。
戦後70年を迎えた日本は、憲法改正が現実味を帯びた話題になっているように、「戦後」や「戦後民主主義」を振り返らざるをえない状況に置かれている。丸山の歩みと「敗北」を知ることは、まさしく「戦後日本」の起源と歴史を知ることである。それは、いまだ現在進行形の「戦後」を生きていく上で不可欠な思索のきっかけになることだろう。
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
戦後日本の政治思想を語る上で欠かせない存在である丸山眞男の全貌を探求する本書は、彼の著作を通じて「丸山の哲学」を明らかにし、その核心に迫ります。著者は、丸山が戦後の日本社会でどのように思想を展開し、時...
感想・レビュー・書評
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タイトルに惹かれて手に取った。丸山眞男の思想的展開の概説書としてコンパクトにまとまっているとは思うが、とくに目新しい指摘はない。筆者は、戦時下の丸山における「近代」観の変質を「転向」と呼んでいるが、むしろ議論における重心の移動と見た方が適切ではないか。新しいことを言いたい、大向こうにアピールしたいという思いが議論の強度を弱めているように感じられる。
また、21世紀に書かれた本として、丸山のナショナリズムが無自覚なコロニアリズムに支えられていることへの問題意識が欠けているのは致命的ではないか。結果、丸山の思考を現在の言葉に置き換えるだけにとどまり、テクストと緊張感のある対話ができていない、という印象を受けた。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
丸山の哲学を福澤諭吉流の「相対の哲学」と位置づけて、その弱点に迫る事により「敗北」を明らかにしようとする試みではあるが、思想内容そのものにアプローチするというよりも人物像に還元してしまっている。よって、評伝としては読みやすいかもしれないが、思想研究にはなっていない事に留意する必要がある。
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戦後史のなかで、丸山眞男の政治思想および日本思想史における仕事がどのような意義を果たしてきたのかという問題を論じた本です。
著者は、丸山の福沢諭吉研究を手がかりにして、丸山が論じている福沢の思想的方法が、丸山自身の仕事にも見いだすことができると主張しています。その方法とは、状況認識にもとづいて社会という舞台での役割を演じるというものであり、著者はこの方法を「丸山の哲学」と呼びます。本書はまず、戦前の丸山が「近代の超克」の議論に対してどのように向きあっていたのかを明らかにし、つづいて戦後史の歩みのなかで丸山が、いわば逆風に向かって凧を上げるというしかたで、社会の動向や風潮に逆行してみずからの論考を提出してきたことを明らかにするとともに、政治の時代の終わりを迎え「無思想の時代」に入ったことで、そうした丸山の方法が通用しなくなっていったことを、「丸山眞男の敗北」というかたちでえがき出そうとしています。
著者は、丸山の戦争体験を参照しつつ、丸山の思想には自分たちが戦争で多くの死者を出したという「当事者意識」が欠けていたと批判しています。こうした著者の発想は、加藤典洋の『敗戦後論』(ちくま学芸文庫)の考えを引き継ぐもので、戦後の日本が繁栄のなかで「無思想」へと埋没していったことを、改めて思想の問題としてとりあげる必要があると主張しています。
時代のなかで丸山眞男の仕事の意義を論じたものとしては、水谷三公『丸山真男』(2004年、ちくま新書)や竹内洋『丸山眞男の時代―大学・知識人・ジャーナリズム』(2005年、中公新書)などがありますが、本書は丸山のいわゆる「本店」の仕事も含めて、丸山の仕事を時代状況のなかに位置づける試みといってよいのではないかと思います。 -
現代において戦後というものをどう考えていけばいいのだろうか?という疑問に突き動かされて本書と巡り合いました。
丸山眞男の思想の内容については良く知らない状態で読み始めましたが、本書は平易な文章でその概説をしているため非常に入り口として役立つものでした。
結論として丸山眞男の思想が枠に囚われた思想であり、現代において既に敗北しているという論述がなされており、その論旨も納得いくものです。
それを踏まえた上で、本書を入り口として丸山眞男の著作を今読むことにどのような意義が出てくるのか不明瞭になってしまい、「丸山眞男思想の入門書」として本書を読んだ人はその入り口で心を折られてしまいかねないとも感じられました。
著者プロフィール
伊東祐吏の作品
