- 本 ・本 (344ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062586702
作品紹介・あらすじ
千葉雅也氏、推薦!!
今、世界中で注目される哲学者マルクス・ガブリエル。その名を一躍有名にしたベストセラー、待望の邦訳!
20世紀後半に一世を風靡した「ポストモダン」と呼ばれる潮流以降、思想界には多くの人の注目を浴びるような動きは長らく不在だったと言わざるをえません。
そんな中、21世紀の哲学として俄然注目されているのが、新たな実在論の潮流です。中でもカンタン・メイヤスーは「思弁的実在論」を主張し、思想界をリードする存在になっています。それは「人間が不在であっても実在する世界」という問いを投げかけ、多くの議論を巻き起こしましたが、その背景にはグローバル化が進んで国家や個人の意味が失われつつある一方で、人工知能の劇的な発展を受けて「人間」の意味そのものが問われつつある状況があるでしょう。
こうした新たな問いを多くの人に知らしめたのが、本書にほかなりません。「新しい実在論」を説く著者ガブリエルは1980年生まれ。2009年に史上最年少でボン大学教授に就任したことも話題になりましたが、2013年に発表された本書がベストセラーになったことで、一躍、世界的スターになりました。
本書のタイトルにもなっている「なぜ世界は存在しないのか」という挑発的な問いを前にしたとき、何を思うでしょうか。世界が存在するのは当たり前? でも、そのとき言われる「世界」とは何を指しているのでしょう? 「構築主義」を標的に据えて展開される本書は、日常的な出来事、テレビ番組や映画の話など、豊富な具体例をまじえながら、一般の人に向けて書かれたものです。先行きが不安な現在だからこそ、少し足を止めて「世界」について考えてみることには、とても大きな意味があることでしょう。
「です、ます」調の親しみやすい日本語になった今注目の書を、ぜひ手にしてみてください!
【目次】
哲学を新たに考える
I これはそもそも何なのか、この世界とは?
II 存在するとはどのようなことか
III なぜ世界は存在しないのか
IV 自然科学の世界像
V 宗教の意味
VI 芸術の意味
VII エンドロール──テレビジョン
訳者あとがき
原註
用語集
作品名索引
人名索引
感想・レビュー・書評
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勿体ない読み方だったかも知れないが、理解を放棄したというか、言葉遊びに付いていけなくなった。一旦離れて、ならばAIはどう答えるかと問う。返答は以下だ。
ー 「世界が存在しない」という観点は、哲学的な複雑さを含んでいます。通常、我々が「世界」と指すものは、私たちの存在する物理的な現実や宇宙を指します。存在に関する問いに対する答えは、哲学的・宗教的な信念、科学的な視点などによって異なります。
つまり、視点によって異なる。それは、一人一人の解釈や信仰により異なるという事であり、共通する事実は無いという事。現前に世界はある。しかし、それが存在しない場合、これは、「知覚」と「空想」を分けて考える必要がある。知覚する世界は間違いなくある。しかし、解釈上の脳内世界は、あったりなかったりする、という事。
難しく言うと、本書では下記の通り述べられる。
ー 私たちは他でもない自らの生存への理解、関心ゆえに自分自身を特別視していて、人間とその生活世界と何か特別なもののように考える傲慢な幻想にふけっているに過ぎない。関連性のある粒子の集積を同定する。どんな考えであっても、それが脳の状態である以上、脳のニューロンの状態といった形で現れる。素粒子の配置関係に他ならないというのが唯物論だとすれば、考えの正しさそれ自体は素粒子ではない。
世界とは何か。目の前の「りんご」や「木」が例題に用いられがち。それを指し示す他人を含めた景色を例題にしてみる。下等な動物は、その指の動きを見る。人間は、示す方向を見る。そして、他人の意図を読み取ろうとする。我々は、その景色全体を文章からメタ認知する。では、この例題の世界とは。その景色こそが意味の場だとして、その登場人物の脳内も含む「世界観の切り抜き方」で気難しい用語を当て嵌めた言語ゲームだという気がする。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
読んだ動機はタイトル、宗教や芸術などを扱う章に興味があったこと、パラパラめくってみて理解しやすさにもある程度配慮されているように見受けられたこと、千葉雅也さん推薦となっていたことなどです。
大まかな流れとしては、Ⅰ~Ⅲ章で「世界」と「存在」を定義したうえで「なぜ世界は存在しないか」を説明し、Ⅳ章以降ではその点を踏まえて、自然科学、宗教、芸術などについての論を進めたうえで、人間がどのような存在であるかについて語られています。
以降は、自分なりの理解や要約、気になった箇所などを列挙します。
・すべてを包摂するような何か(=世界 =超対象)は存在しない
・自然科学を絶対とする唯物論による、近代以降の新たな一元論と、それによるニヒリズムを否定
・著者は、観察者も対象自体も、ともに存在するという立場をとる
・「存在する」とは意味の場に現象すること(存在≒意味)
・フェティシズムは、何らかの対象をいっさいのものの根源と同一化する
・世界宗教はフェティシズムに逆行する傾向にあり、そこでの「神」は無限性の理念
・完全な無神論はむしろ少数派で、社会の現実は無宗教には程遠い
・美術館では芸術作品を解釈することに努めなければならない
・哲学、芸術、旅行において、なじみのない物事に触れる驚きを体験することにより、意味に直面する
・すべてを包摂する自己完結した心理がないことを認めるところに、民主制はある
・人生の意味とは、尽きることのない意味に取り組み続けること
<まとめ>
現在の科学の神格化(フェティッシュ化)は非科学的であり、すべてを一元的に説明する規則や公式(=世界)などは存在しない。そして人間とは結局、精神のなかを生き、意味を問いつづける存在である。
読んで良かったと思います。個人的には「Ⅴ.宗教の意味」がもっとも腹に落ちました。 -
世界が注目するマルクス・ガブリエルの代表的著作。
「世界が存在しない」理由を、形而上学と構築主義との対比を軸に論理展開され、そもそも「世界」とはという見方や考え方から、勉強になった。
「世界は存在せず、無数の意味の場が存在する」というのが本書の主張。斬新ではあるが、今の科学ならそう考えるしかない、という妥協が感じられ、いまいち腑に落ちづらかった。 -
哲学初心者ですが、世界で爆発的に売れたということで手に取りました。難しい個所も多くすべてを理解したわけではありませんが、本書の核となる「新しい実在論」の骨子は理解できました。これについてはかなり丁寧に説明されているので哲学初心者でもガブリエル氏の主張は理解できると思います(同意するかはまた別問題だと思いますが)。形而上学での存在の扱いをテーゼ、構築主義による考え方をアンチテーゼとするならば、そのジンテーゼとして「新しい実在論」が提示されていると解釈しました。
本書の前半では存在するとはどういうことなのか、ということで新しい実在論についての説明が続きますが、個人的に興味深かったのは後半部分です。後半では自然科学の世界観、宗教の世界観、そして芸術の意味について「新しい存在論」的視点から解説をしていますが、目から鱗が多数あり、宗教編にいたってはこれだけで本1冊にまとめてほしいというくらい面白い内容でした。宗教編を読んでいるときにふと密教が思い浮かんだのですが、密教では、宇宙の摂理としての大日如来がいるという点でガブリエル氏の主張と相容れませんが、無数の意味の場に我々が存在しているという主張は、まさに曼荼羅図で表現されていることです(我々は仏にもなれるし魔にもなれる)。物事は無限の視点から見ることができること、無限の意味の場に表象されること、人生とは意味の場を創造し通り抜けていくことだ、という著者の主張を、まさに本書を読みながら「体験」することができました。 -
新進気鋭の哲学者マルクス・ガブリエルによる「新しい実在論」の解説書。物理的な宇宙は存在するが、それが即ち「世界」ではない。私たちは物理的でない意味合いも当たり前に実感し存在することを感覚的に理解できるのだから。「世界」とは物理的な意味合いもその他の意味合いもすべて含んだものであるはずだがそのようなすべてを包含する視点は存在しえない、というような話。めちゃくちゃ屁理屈言ってるようにも感じるが、ものすごく当たり前の感覚のことを言っているようにも感じる。ですます調の訳も含めて哲学書にしてはかなり読みやすい。
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タイトルに興味があって読んだのではなく、現代の哲学界で天才と言われるマルクスガブリエルさんがこんなにも若い方だったということに驚いて読んだ。
ある程度哲学の本は読んで少しわかったつもりになっていたけれど、まだまだ分からない難しいことが多かった。
世界が存在しない理論についてもなんとなくそうなのかとくらいにしか理解できなかったけれど、読んでいてとても腑に落ちたことがあった。
世の中には無数の意味の場があって、しかもそれらが互いに独立しているわけでもなく、独立していないわけでもなく、複雑に絡み合って存在していると。
最近はすべてを自然科学で説明しようとする傾向があるけれど、それも一つの意味の場にすぎない。宗教を信じる人、国家という概念を信じる人、自然科学を信じる人、そこになんの違いがあるのだろうか。
個人的には、医療や科学技術を信じられず自然主義の人たちのことがなかなか理解できなかったけれど、この言葉を聞いて、すごく納得した。
自分自身、何か一つの真理で世界をとらえようとしていたけれど、そんなことは不可能なのだと理解できた。
すべてを包摂する意味の場は存在しないのだ。 -
新進気鋭の哲学者ガブリエルの著作の翻訳ということで期待を込めて手に取った。実存主義、対象と自己の関係を解きほぐす。科学と哲学の関係は長年疑問だったので、印象に残る。理論を詰めるとこうなるという哲学の世界で、脳の裏側を使う感覚を久々に覚えた。良書
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哲学の本としては、異例に評判になっているらしい。
「現代思想」の本としては、わりと読みやすいかな。
ある意味、当たり前のことを言っている感じもする。
この本が評価されるということは、これまでの哲学が極論というか、話を必要以上に難しくしすぎていたということか?
ポストモダーン思想をある程度読んだ人には、この「新しい実在論」は、ちょっとしたコロンブスの卵に思えるかもしれないが、あまり哲学を読んでない人、つまり「素朴な実在論者」にとっては、この本自体が「ポストモダーン」な相対主義の本に思えるかもしれない。
だって、普通の人は、目の前の「現実」がもしかすると本当は存在しなくて自分の心が「構築」したものかも?とか思わない。「形而上学」を知らなくても、何らかの統一的な「実体」や「本質」がどこかにあるんだろうと無意識に想定して生きている。それを深く考えるかどうかは別として。
「世界は存在しない」というのは、そういう全てを統合する何か、つまり「世界」は存在しないということ。
一方、「世界」以外のものは何でも「存在する」。それぞれ、いろいろな文脈のなかで正しかったり、意味がなかったりを判定することもできる。
これって、やっぱ、一種のポストモダーン、あるいはポスト・ポストモダーンだよね。
私も、ポストモダーンな「構築主義」がもたらす「相対主義」は、何らかの形で「科学的」「実在的」「自然的」なもの、あるいは日常の素朴な「現実感」と統合「されなければならない」と思う。
これは論理的というより、人間が幸せに生きるための要請。
この「新しい実在論」は、そうした試みの一つかな。
とはいえ、「世界が存在しない」という論証は、やや強引な感じも。わからなくもないのだが、ある種の「神の存在証明」的なロジックに似ているな。
そう、ここで、「実在論」と対応しているのは、「観念論」ではなくて、「唯名論」。中世の「普遍論争」が戻ってきたような。
個人的には、前半のそういった哲学論、存在論より、後半の自然科学、宗教、芸術、テレビドラマを論じたところのほうが、面白かった。
「科学」や「宗教」などについて、普遍的に何でも統一的に理解することはできないという視点で批判するとこは、一見、ポストモダーン思想にも近いのだが、それぞれの文脈の中で意味があるという「存在」を認めると、なんか元気がでてくる感じはある。
この本が、本当のところ、どの程度、新しいのかはよくわからないけど、比較的読みやすい哲学書としてはいいと思った。 -
『感想』
〇哲学の専門書にしては現代のものということもあり読みやすい。ただし読めるスピードと理解する力は私にとってかなり差があり、難しい。
〇これで難しいと言っていたら、哲学書は読めないだろうな。私には専門書ではなく解説書でやさしく解説してもらわなければならないレベルだということがよくわかる。
〇説明にたとえ話が出てきたり、ユーモアを交えている部分が多々あるが、日本での生活情報の中にないようなものばかり(これは日本に住んでいないのだから当然だが)で、理解の足しにはならない部分が多かった。
〇この本誰か優しく解説してくれないかな。ネット上ではそれを載せている人がいて参考になった。
著者プロフィール
マルクス・ガブリエルの作品





