敗者の贈物: 特殊慰安施設RAAをめぐる占領史の側面 (講談社文庫 と 17-2)

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  • Amazon.co.jp ・本 (339ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062631358

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  • 敗戦後、日本は占領時代を迎える。
    昨日まで鬼畜米英と呼んでいた連合軍が「占領者」としてやってくる。敵に占領されるとは具体的にどういう社会になることなのか、国民には皆目わからなかった。
    「男は皆去勢され、女は犯される」といった極端な風評も流れた。
    内閣は人心不安を煽る流言を止めようと躍起になったが、役所ですら、女子に疎開を勧める事例もあり、混乱は収まらなかった。

    そうした中、「国策」として生まれたのがRAA(Recreation and Amusement Association)だった。連合軍兵士を対象とする慰安所である。
    戦闘に従事し、「女っ気」に飢えている兵士たちに慰安婦をあてがい、一般女性が強姦等の被害に遭うのを防ぐ、「防波堤」であることを目していた。連合軍(米軍)との親善を図りつつ、日本国民の人心も安定させようとしたわけだ。
    このあたりの理屈が、わかったようなわからないような感じがするのだが、当時の常識としては比較的すんなりと呑み込めるものだったということか、あるいは戦後の混乱のどさくさもあったものか、ともかくも国策としてことは始動する。
    本書はこのRAA成立から崩壊までを、文書や当事者の証言から再構成していくノンフィクションである。

    初版は1977年だが、当時の世評は必ずしも芳しくなく、いまになって敢えて国家の恥部を掘り起こすのかという声も聞かれた。85年の文庫化の際には、当初の「敗者の贈物」というタイトルをいくぶんマイルドな印象を与える「マッカーサーの二つの帽子」に改題、その後、95年の重版にあたって原題に戻している。
    そうした経緯からも多くの人が直視したい事柄ではなかったということにはなるだろう。

    目的は「治安」であるため、旗振り役は警視総監だが、警察関係者が実務を取り仕切ったわけではもちろんない。通達が出て、業者が集められ、慰安施設の運営を命ぜられるわけだが、このとき、表だって上に立たされたのは売春業者ではなく、料理飲食組合だった。これには理由があり、国家を守るために行う事業であり、金儲けのためではないという建前があったためだ。売春業者が取り仕切っては生々しすぎる、というところだろう。警察としては売春はそれまでも見て見ぬふりの相手だったため、命令は口頭で、書面は残すなとされたという。このあたりもことの微妙さ・特殊さを窺わせる。

    連合国側にも思惑はあった。マッカーサー元帥は、若い兵士たちに性的な欲求を抑えることは困難だとわかっていた。但しワシントンの目もあり、売春に厳しい米国世論の批判は避けなければならない。だが日本に性急に米側から「モラル」を押しつける形を取るのは喜ばしくない。
    もう1つ、実際上、大きな問題があった。「性病」である。兵士罹患者をゼロにすることはなかなかに困難だった。考えようによっては売春施設を認め、その中で働く者の性病検査・管理をしっかりしておく方が、対策としては有効かもしれなかった。

    花柳界のものでも、米兵を相手にするには不安もあった。何せ「鬼畜」と呼ばれてきた相手である。「事務員」と偽って募集を掛けたという話もある。だが、戦後、誰しもが飢えていた。糊口を凌がねばならなかった。
    春をひさぐほか、米兵相手のキャバレーやビアホールもでき、ダンサーやウェイトレスの需要も生じた。当初は何らかの水商売経験者が多かったが、戦争で身寄りをなくした一般女性たちも参入してくる。ダンスをすれば腹が減る。追加の米の配給を要求するなど、女たちもそれなりの強さを見せた。したたかでなければ生き延びてはいけなかった。
    一方で、性感染症に蝕まれ、若くして死ぬ女性も少なくはなかったようだ。後の方でちらりと証言が出てくるが、花柳病で体を壊すとはこういうことかと胸に迫るものがある。

    当初の目的である「防波堤」としての役目は果たせたのか、評価はなかなか難しそうだ。兵士による強姦事件は散発した。性病もRAAがあったために管理できたかというとそうともいえない。ペニシリンもまだ貴重である時代、根本的解決は難しかった。
    時代が進み、占領時代が終わりを迎えるにつれ、RAAもその歴史を閉じる。
    それは、敗戦国と戦勝国、戦時と戦後をつなぐ、一種の緩衝地帯であったのかもしれない。

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