アンダーグラウンド (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 4572
レビュー : 351
  • Amazon.co.jp ・本 (780ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062639972

作品紹介・あらすじ

1995年3月20日の朝、東京の地下でほんとうに何が起こったのか。同年1月の阪神大震災につづいて日本中を震撼させたオウム真理教団による地下鉄サリン事件。この事件を境に日本人はどこへ行こうとしているのか、62人の関係者にインタビューを重ね、村上春樹が真相に迫るノンフィクション書き下ろし。

感想・レビュー・書評

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  • 730ページもある分厚い本だがあっという間に読めてしまった。最初のインタビュイーの女性が語る、地面に仰向けのまま口にスプーンを突っ込まれた人々というショッキングな事件の光景がずっと後を引く。
    冒頭部分では高橋さんという東京メトロの職員の死が何人ものインタビュイーの口から多角的に語られる。ある人にとって高橋さんは赤の他人だが、ある人にとっては同じ釜の飯を食べた同僚だった。彼らの体験談の中で高橋さんは様々な視点で描写される。
    サリン事件の実際を知る上でも新鮮な体験を得られる本書だが、毎日の通勤で通り過ぎる人々の個人像を詳細に見せて貰ったのが一番の収穫だった。特に上記の高橋さんについては、なんというか高橋さんを主人公に添えたノンフィクションの三人称小説のような雰囲気があった。世界が人のつながりによって三次元的に構成されているのを実感する。
    そして、それぞれ異なった人生を送る人々の体験談がモザイク状に集まって、サリン事件の混乱、恐怖、諦念、怒りを伝えてくる。すごく面白い本だった。

  • おぞましい気持ちを何度も覚えた。

    地下鉄サリン事件という一つの出来事を見つめる、六十二人の双眸から辿り着く闇に。

    六十二の語り始めはどれも違うのに、三月二十日という一つの点に集約されてゆき、本当にあっけなく非日常に変わってしまう。
    そうして、それまでとは異質な日常に戻っていく姿に、何も言葉が出ない。

    加害者たちは人間として同じ土台に立ってはいない、と語る人がいた。
    人間は、時として人間でなくなることが出来るのかもしれない。だとしたら、彼等は一体何だったのだろう。

    読んでいるだけで、無味無臭の恐怖が起きる。
    たまたま、電車の中で読んだのだけど、この空間が惨状に変わるのか、と悲しい想像をしてしまった。

    村上春樹が、こうした形で本を出したことは、本当に大きいと思う。
    他の文庫本なんかを探しても、見つからない本もたくさんある。2014年現在、事件はそういう局面を迎えているのだろう。

    「日本のような安全国家」が、こうして嘲笑われるように堕ちていく様子を、私はもう何度目の当たりにしただろう。
    そうして、この嘲笑は現在進行形であり、明日はどうなるかなんて、分からない。

    けれど、可能性をなくしていくことならば、人間には、出来る。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「本当にあっけなく非日常に変わってしまう。」
      何か起こったら、生き残る自信がないので、普段から身辺を片付けています(積読は全然減ってません...
      「本当にあっけなく非日常に変わってしまう。」
      何か起こったら、生き残る自信がないので、普段から身辺を片付けています(積読は全然減ってませんが)。。。
      2014/05/01
  • 地下鉄サリン事件発生から九ヶ月後から約一年をかけて、被害者や遺族など62名に対して著者が行った膨大なインタビューを丹念にまとめたルポ。事件の貴重な記録になっている。

    そう言えば自分も本事件後の現場を目撃してたんだっけ。なので、本書は当時のことをおぼろげに思い出しながら読んだ。もちろん、知らないことだらけだった。

    何だか、改めて地下鉄サリン事件を疑似体験しているようで、今朝も通勤で地下鉄に乗っていて臭いが気になった。

    タイトルの「アンダーグラウンド」は、文字通りの地下空間の他、各人が心に抱えている闇の部分をも意味しているとのこと。更に、著者にとっては、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」に登場する邪悪な生き物「やみくろ」が棲息する地底世界=我々が持っている根元的な恐怖を連想させる言葉でもあるのだという。

    被害者探しやインタビューは、高橋秀実氏等が協力しているとのこと。

    最後の章で著者は、「過去を外に向かって明確にしたがらない」、「身内の恥はさらしたくない」日本の組織体質を痛烈に批判している。この悪しき体質、どう変えていけばいいんだろうなあ。

  • 2015年にこの本を手にとって、でも最初のひとり目のインタビューを読んで、もうそこでそれ以上読み進めることができなかった。すごく怖くて、すごく苦しくなって、どうしても読めなかった。

    当時東京に引っ越したばかり。精神的にもすごく不安だった気持ちを覚えてる。そんな時に神保町の古本屋で出会ったハードカバーのアンダーグラウンド。ビニールにかけられて古本だけど綺麗だった。1000円で買ったのを覚えてる。

    いきなり自分の住んでいる場所の近くの駅から話が始まった。その駅名が妙にリアルで生々しかった。これがフィクションじゃない、わたしが今日も使ったあの路線で起きた話なんだ。怖くて怖くて、読めなかった。

    こんなことが起こったなんて。

    この本を手にとってからしばらく、本当に2,3ヶ月くらい、ずっとトラウマで一人でその駅を歩くのがすごく怖かった。

    事件が起こった当時、6歳だったわたしは事件のあった日のことは全く覚えていない。大人になってから少しずつ知っていった。でも、意識的に触れることに避けていた。でも、知っておかなければならない類のことだとも本能的に思っていた。

    そしてようやく。東京から物理的に離れた場所に来て。あの時から4年経って、ようやく読むことができた。昔のように恐ろしいほど感情移入してしまうこともなく、しっかり、事実を事実として自分の中に受け入れながら読み進められた。

    世の中の現実世界のシステムに適応できない人たちが選ぶ別のシステムとしての宗教。現実社会に適合できずこぼれ落ちていく人たちにとって、宗教がセーフティネットなんだとしたら。彼らが夢見たその場所が、とんでもない悪夢に変換していくかもしれないという危険性を、誰が事前に予測できただろう。
    今、彼らを受け入れる器となる安心安全な場所は、あるんだろうか。

    「あなたの見ている夢は、本当にあなたの夢なのだろうか?」村上春樹のあとがきの言葉に、ドキッとする。

    当たり前って、本当に当たり前じゃない。今の自分をもっと大切にしたい。わたしの物語と、わたしの夢を生きないとだめだ。こんなにいろんな感情が渦巻いているのに、こんなにも陳腐な言葉でしか表現できないのが悔しい。

  • 人は社会の中にある諸々のシステムに併せて生きている。けれどそのシステムにあまりにも生きづらさを感じると、違うシステムを求める。それが世界を破壊しようとするオウムというしすてむ。 2010.11.28

  • 1995年3月20日に一体現場では何が起こっていたのか。
    オウム真理教が引き起こした地下鉄サリン事件の被害者(遺族)62人に村上春樹がインタビューし、それをまとめた証言本。
    しばらく積ん読のままだったけれど、今が読む時かな…と思い。
    自分は知っているつもりになっていたけれど、何も知らなかったのだなぁと思わされた。

    777ページにもわたる読み応えのある本の中身は、被害が軽く済んで自ら証言できる被害者の談もあれば、重い後遺症を負ってしまった被害者の家族が語ったものもあり、そして最後の方は、不幸にも命を落としてしまった被害者の遺族の話も収録されている。
    (合間には、オウム事件に関わった医師や弁護士などの話も)
    そして最後は、著者の村上春樹による、オウム真理教(とこの事件)に対する見解(長めのあとがきのようなもの)が。

    当たり前のことなのだけど、被害者それぞれにひとつの人生があり、家族があり、ドラマがある。それなのに被害者は「不幸にも被害に遭ってしまった人たち」と一括りにされがちで、なぜか事件を引き起こした人たちの人生の方がピックアップされて報道される。
    そこに違和感を覚えた著者が書くと決めた本なのだけど、シンプルに読んで良かったと思う。
    被害者たちがどんな風に生きてきて、どんな仕事をしていて、どんな家族がいて、そして“その日”はどんな行動を取ったのか。
    読んでいくと偶然なのか分からないけれど、“その日”は普段とは違う行動をしていて被害に遭われている人が結構多い。普段とは違う時間に家を出ていたり、たまたま忘れ物をして家に戻ったりして、いつもの電車とは別のものに乗って…という。乗る車両がたまたまいつもと違っていた、という人も多い。
    それによって被害が軽くなった人もいれば、逆に重くなった(と予想できる)人もいて、人の運命ってなんだろうとつくづく考えてしまった。

    全ての証言者の証言を照らし合わせるとおそらく矛盾している点もあるのだろうけど、それはそれぞれが感じたことや記憶であって、きっと全てが真実なのだと思う。
    意外なほど、危機を感じる雰囲気ではなかった、ということも分かる。「何かあったのかな?」と駅や電車の中を歩いているうちに毒ガスを吸ってしまった人がとても多い。倒れている被害者を見ても、貧血かてんかんかと思った人たちが多かったようで。
    分からないままに被害が拡大してしまう。恐ろしい毒ガスであることが、リアルに伝わってくる。
    喉に違和感を覚えて、咳が出てきて、鼻水が止まらなくなって、目が暗くなって(縮瞳により)という症状が出た人が多いようで、その後、視力や記憶力の低下という後遺症や、悪夢を見る、眠れない、などの後遺症を負った人も多い。それも“軽い”と言える被害者の枠の中の話で、よくよく考えてみると全然軽くない。
    そして23年が過ぎた今、サリン被害者の癌罹患者率がとても高いということもわかっている(これは本書ではなく別所で読んだ)。それも後遺症と呼べるならば、やはり被害はとても長く深いと言っていいと思う。

    どの犯人がどの電車に乗ってどの辺りでサリンの袋に穴を開けて(失敗した実行犯もいたが)ということも詳しく書かれている。
    この人たちも洗脳さえされなければ、優秀と言える一般人の一部だったのにな、とつくづく思う。

    当時私は中学生だった。「すごい事件が起きてしまった」とは感じたものの、田舎に住む中学生にとってはどこか遠くて現実感に欠けるところもあった事件(地下鉄が身近じゃないせいもあるかもしれない)。
    無知とは恐ろしい。こうして知る機会を持たせてくれた本があることに感謝したいと思う。

  • 村上嫌いがこれならいけるだろうと思って読んだ村上ノンフィクション。しかしやはりだめだ。全てがナルシシズムにしか見えないのである。世の中を無視して「自分の物語」を構築し始めた人が危ないことになっていると思う、世の中がおかしいと嘆くのは結構だ。しかしじゃあ代替案の探索、提出をすべきだと思うし、結局単なる自己愛に酔いしれているだけに見える。彼の文章が流行したからこそ、日本にはこのような人が蔓延したのではないかと思わざるをえない。

  • 何とも言えない無力感を感じずにはいられない。
    阪神・淡路大震災とオウムについては、現実でありながら傍観している自分を奇妙なまでに冷静に眺めていたような記憶があるが、この被害者の方々の語りを読むと気の毒さを感じるとともにどうしようもない、どうすべきかも分からない今だもって継続している冷徹な事実に止まってしまう。要するに消化し切れていないということです、恥ずかしながら。
    日本社会に生きるのであれば、見過ごすべきでない重要な作品の一つかと思います、当方は。

  • 1995年の春に発生したオウム真理教による地下鉄サリン事件、村上春樹自身がこの62人の被害者に行ったインタビューに基づきまとめられたノンフィクション。台風が吹き荒れる休日を利用して一気に読了したが、読んでいて本当に何度も涙が込み上げてきた。こうした作品が書物という形で残されることは、遠い未来にこの時代を研究しようとする人々にとって第一級の資料的価値があるはずで、今後も読み継がれていくべきだと強く感じる。

    村上春樹自身が最終章の「目じるしのない悪夢」で語っているように、本書は「何の落ち度もない市井の人々にテロを仕掛けた狂信的なオウム信者」という図式的な物語を拒否するところから始まっている。そうした物語から零れ落ちてしまう、個々の人々にスポットライトを当てて、大きな物語には決して回収されない固有の物語を描き出す。

    ある存在を自分たちにとって異質なものとして明確な線引きを行い排除することは容易い。しかし「狂信的な~」というような線引きによって得られるものは、「自分たちは彼らとは違う、だから彼らを排除さえすれば安心だ」という暫定的な安心感でしかないのではないか。むしろそのような図式化された物語を否定し、どのような構造・メカニズムが背後に潜んでいるのかという省察こそが不可欠なはずで、村上春樹はそうした思いから62人のインタビューという方法論でその点に踏み込んでいったのだと思う。結果、いったい何がオウム真理教という存在を生み出してしまったのかという問に対する答えが本書から導出されるわけではないけれど、それでもその答えを探すために、本作品を作り上げた村上春樹の倫理感のようなものに強く感銘を受けた。

    また、地下鉄サリン事件は自分が10歳くらいの事件であり、その被害の大きさはテレビニュース等で把握はしていたものの、個々の被害者にどのような傷を残したのか、という点までは全然理解できていなかった。本書を読んだ実感として、62人の多くの人に共通しているのは、無差別テロというこの事件が残した精神的なダメージの大きさである。本事件によるPTSD患者を多く診察した精神科医のインタビューでそのあたりも細かく書かれているが、決して一人で無理をしようとせずに的確な治療を受けることの必要性など、精神的な傷がどれほどまでに深刻なものなのかということが明らかになった点も、本書の大きな意義であるように思う。

    文庫版で777ページと長く、内容的にも決して読み進めるのが楽な本ではないが、現代社会を考える上でも多くの人に読んで欲しいと強く思った1冊だった。

  • 『約束された場所で-underground 2』と合わせて、私にとても多くのことを考えさせてくれた本です。

    地下鉄サリン事件とは一体何だったのだろう、あれから私たちはどこへ向かおうとしているのだろう、本を読み返す度に深く考えさせられます。
    また、村上春樹さんがインタビューアーであったからこそ、62人のインタビュイーの方々もこれだけの内容を語ることが出来たのではないか、そんな風に感じました。

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。2019年8月7日発売の『文学界』でロングインタビュー「暗闇の中のランタンのように」掲載。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月末に刊行予定。

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