密やかな結晶 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
3.83
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本棚登録 : 2381
レビュー : 319
  • Amazon.co.jp ・本 (402ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062645690

作品紹介・あらすじ

記憶狩りによって消滅が静かにすすむ島の生活。人は何をなくしたのかさえ思い出せない。何かをなくした小説ばかり書いているわたしも、言葉を、自分自身を確実に失っていった。有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、現代の消滅、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。

感想・レビュー・書評

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  • ただただ、涙がこぼれました。

    小川洋子さんの小説を読むのは実は初めてなのだけれど、こんなに悲しくも美しい物語を書く作家さんだったのですね。本当に今まで読んでいなかったことを後悔しました。

    この本を手に取ったのはニューヨークタイムズの記事(2019.8.12付)でこの『密やかな結晶』(英語題名“The Memory Police”)が英訳されてアメリカで発売されるという記事を読んで興味が出たからでした。
    この記事には小川洋子さんのインタビューも載っていて「自分の作ったその世界を覗き見るようにして観察し、その世界に住む人たちの様子をすくい取って文章にする」というような方法で小説を書いているということをおっしゃっていてそのことにもすごく惹かれたのが本書を選んだ理由の一つでした。

    この物語は、ある島での出来事を描いています。
    その島では一定の期間がくると『物』が『消滅』する、つまり無くなっていくのです。
    『物』というのは、その存在そのものではなく概念としての意味です。あるときは『帽子』、そしてあるときは『鳥』、そして『バラ』と次々に『物』が無くなってゆきます。
    島の住民たちは『消滅』が起きると、住民達はあくまでも自発的にその無くなった『物』を燃やしたり、川に流したり、海に捨てたりします。そしてその『物』が何であったかという記憶も徐々に無くしていきます。
    そう、彼らは何が無くなったのかすら忘れてしまうのです。
    『消滅』が起こった後は『秘密警察(これが英訳では“Memory Police”と訳されているのです)』が各住民の家を回り、消滅すべき物がちゃんと無くなっているかを確認していくのです。

    住民の中には、記憶を保ったままの人もいます。そういった人は秘密警察に連行され、二度と戻ってきません。
    本書の主人公である小説家の『わたし』は、母親が記憶を保ったままでいられた人物の一人で『わたし』は母親から子供の頃にいろいろと消滅してしまった物のことを教えてもらっていました。しかし、ある時、母親は秘密警察に連れて行かれ、それ以後二度と生きて会うことはありませんでした。
    そんな過去を持った『わたし』は自分の小説の担当編集者R氏が記憶を保ったままでいられる人物であることを知り、彼を秘密警察から守るために『わたし』のおじいさんと一緒に自宅を改造して秘密の小部屋を作り、R氏を小部屋の中に匿うことにしたのです。R氏は物ごとを忘れませんが『わたし』やおじいさんは次々と物ごと忘れてゆきます。R氏は『わたし』やおじさんに消滅した物の存在を思い出せようとするのですが、その物の概念すら忘れてしまった『わたし』やおじさんには、R氏の言っていることもよく理解できなくなっていきます。否応なく物は『消滅』していき、そしてこの島に最後に残ったものとは・・・。

    なんという物語なのでしょう。
    このあらすじだけ読むと、小川洋子さんが高校生の時に大きな影響を受けたという『アンネの日記』にでてくるようなナチスのゲシュタポや第二次大戦中の日本の特高警察のような思想狩りを想像しますが、この本に登場する住民達は政治的な意図や弾圧された人々というような感覚はありません。あくまでも淡々と『消滅』を受け入れていきます。

    そこには、諦めというか達観というか、すべてをありのままに受け入れる人々の脆さと矮小さが強調されます。あまりにも大きな渦のなかでは人はあらがうことができないのです。しかも、無くした物の記憶さえも消えてしまうのですからあらがう術も無いのです。

    小川洋子さんの美しい文体で紡ぎ出されるこの無情の美は、小説家である「わたし」が本文中で書いている小説『あるタイピスト女性のお話』の結末とともに、この物語の美しさは永遠にこの本のなかに閉じ込められるのです。

    本当に儚くて、哀しくて、美しい物語でした。
    私の読書歴のなかでこのような哀しく美しい物語を読んだのは初めてと言っても良いくらい感動しました。

    あらゆる物が溢れ、そして知らぬ間に『物』がうち捨てられる時代となった現代。
    こういった時代だからこそ、全ての『物』の本質が今まで以上に問われているのだと思います。
    本書はもう25年も前の小説ですが、まさに今の時代を生きる人々に「本当に大切なものとはなにか」ということを私たちに問いかけているような、そんな小説でした。

    この本はこの先も自分の心のなかでずっと大切にしていきたい一冊になると思います。
    次は、小川洋子さんの代表作であり、やはり『記憶』を題材にした『博士の愛した数式』を読んでみたいと思います。

    • fukuさん
      この作品は私も大好きです。
      最初に読んだ小川作品は「薬指の標本」でそちらもかなり衝撃を受けましたが、この作品はまた違った雰囲気で、どんどん...
      この作品は私も大好きです。
      最初に読んだ小川作品は「薬指の標本」でそちらもかなり衝撃を受けましたが、この作品はまた違った雰囲気で、どんどん失くなっていくのにどんどん広がっていくような、なんだか不思議な感覚に陥ったのを覚えています。
      2019/09/25
    • kazzu008さん
      fukuさん、こんにちは!
      fukuさん、いつも「いいね」していただいきありがとうございます。そしてfukuさんの興味深い本のレビューもい...
      fukuさん、こんにちは!
      fukuさん、いつも「いいね」していただいきありがとうございます。そしてfukuさんの興味深い本のレビューもいつも楽しく読ませてもらっています。

      この本は本当に素晴らしい作品でした。fukuさんのおっしゃる「どんどん広がっていく」という感じ分かる気がします。哀しいのだけれど、逆に自由になっていくような、そんな感じが確かに不思議でした。

      小川さんの「薬指の標本」も評価が高いですよね。この本もぜひ読んでみたいと思います。
      fukuさん、興味深い本の推薦ありがとうございます。
      今後ともよろしくお願いします。ありがとうございました!
      2019/09/25
  • 圧倒的な美を感じる。

    記憶、消滅、喪失が描かれたこの物語は断然、静寂無音の夜が似合う。
    毎晩、小川さんの紡ぎ出す言葉たちに取り囲まれ、圧倒的な美に心はのみ込まれた。どんな瞬間も丁寧に掬い取られ丁寧に言葉に姿を変えて心に届けられる。そしてしっかりと心でキャッチした瞬間、キュッとくる。これを味わうたびになんとも言えない恍惚感を覚える。

    朝起きたら何かが喪われてる世界。記憶からも消滅する世界。
    それが誰かにとってはとても大切なモノかもしれない哀しみ、そしてその分、残されたモノを心に記憶に濃密に閉じ込め慈しむ大切さを感じられた。

    きっと人は永遠に誰かの記憶に閉じ込められていたい…そんなことを思うと言葉にならない気持ちで心が締めつけられる。

    文句なしに好きな小川さんの作品だ。

    • くるたんさん
      kanegonさん♪
      そう、文句なしの満点です(≧∇≦)
      良い時間を味わえました(*≧∀≦*)
      kanegonさん♪
      そう、文句なしの満点です(≧∇≦)
      良い時間を味わえました(*≧∀≦*)
      2019/10/04
    • けいたんさん
      グッモーニン(^-^)/

      この本、本棚に眠っているかもꉂꉂ(ᵔᗜᵔ*)
      私は新刊が気になるんだけど、この前読んだ小川洋子さんちょっ...
      グッモーニン(^-^)/

      この本、本棚に眠っているかもꉂꉂ(ᵔᗜᵔ*)
      私は新刊が気になるんだけど、この前読んだ小川洋子さんちょっときつかったから迷い中。
      この作品は小川洋子さんらしい感じだね。
      楽しめそう♪探してみよう。
      2019/10/07
    • くるたんさん
      けいたん♪おはよー♪♪

      わかる、小川作品って合うのもあるし合わないのもあるかな。って、そんなに読んでないけど(*∩ω∩)
      これはとても好き...
      けいたん♪おはよー♪♪

      わかる、小川作品って合うのもあるし合わないのもあるかな。って、そんなに読んでないけど(*∩ω∩)
      これはとても好きな世界だったからオススメ♡
      架空の設定がまたなんとも良い雰囲気、世界だったよ♡
      2019/10/07
  • 淡々とした狂気というか
    静かな文体に闇と優しさが溢れているというか。

    少しづつ読み進めて 不思議な世界にどっぷり浸らせてもらった。

    起こっていることは恐ろしいのだけれど 現実的な恐怖を感じない そこはかとない 静かな 死

    そう この本は 死者と記憶のものがたり。

    昔 アイデンティティとは 脳か体か記憶かと考えるゼミに所属していた私にとって

    消滅していく世界と それに抗う、記憶を無くさない人々との対峙の表現は とても興味深く面白かった。

    この世界観をこの設定を 見事に表現した作者にただただ脱帽。違う本も読んでみる。

  • 小川洋子さんの長編では今のところこの作品が一番好きです。何度読んでも、この静かで脆く不安な世界もとても好きです。
    少しずつ、人々は何かを失っていき、何をなくしたのかも忘れてしまう島。鳥が消滅したときは鳥を放し、バラが消滅したときはバラを摘んで川に流し、小説が消滅したときは本や図書館を焼く…記憶を保ち、消滅したものを持ったままだと記憶狩りに連行されるとはいえ、狂気も感じます。カレンダーが消滅して、冬が終わらないところもなんだか好きです。
    今回は、おじいさんがとても優しく心強く感じられたので地震からの展開には泣いてしまいました。
    ものの記憶も、自分の身体の記憶も失っていく主人公と、記憶を失わない編集者のR氏がわかりあえないところもせつなかったです。
    主人公の消滅が穏やかなものだったので、自分の消滅もこんな甘美すら感じるものだったらいいなと思いました。

  • 大好きなバンドが解散した時に、そのバンドのボーカルの人が「終わりの物語」としてこの本をお勧めされていたので読みました。

    最初は「忘れる」人たちの「忘れる」という感覚を掴むのに時間がかかります。

    私個人はベルベットという単語の意味を知らず、なんだろう?と調べたら生地の種類のうちの一つという事を知りました。そのあと本を閉じ家事などをしていると「ベルベット」という言葉を思い出すことが出来ず、なんだっけ?なんだっけ?というとてももどかしい状態になりました。私は思い出せない単語が生地の種類だということを覚えていたので「ベルベット」という文字にまたたどり着くことが出来ました。けれども、この本の主人公たちは「消滅」が起きた瞬間その言葉が持つ「意味」も「言葉自体」も少しづつ無くして、思い出せなくなっていくのです。

    私は「ベルベット」の文字がどうしても自分の力では思い出せないあのもどかしさを無知のお陰で体験し、本来体験できない「忘れる人たち」の心情のかけらを感じ「忘れる人」「忘れない人」両方の気持ちを噛み締めながらこの本を読めました。

    基本的に自分は楽観的な人間なので、「きっといつか彼が隠し部屋から出てきて、主人公といっしょに秘密警察と戦うのだろう」という話を想像をしていたのですが、彼はいつまでたっても隠し部屋から出られず、この物語はふさわしいラストシーンが訪れます。それが本当に静かで、泣けてしまいました。読破して一週間が経ちますが、ふとしたときにこの話の主人公のした事、思ったこと、それを見ていた彼の事を考えてまた泣けてしまうのです。

    主人公は作家なのですが、作中作もとても素晴らしいです。是非読んでください。私もこの本はもう一度読み直すと思いますし、小川洋子さんの他の作品もきっと読んでいくのだろうと思います。

  • 小川さんの作品は博士の愛した数式以来二作目。
    読む前は筒井康隆さんの「残像に口紅を」みたいなものを想像していたけれど、印象は全然違う。
    とある島で暮らす小説家の女性が主人公。
    島ではある日突然消失がやってきて記憶が曖昧になり、やがて思い出も消えていく。。。
    全体的に漂う物悲しさ、独特の物だと思う。
    メタ小説でもあるのでそこも気になる要因。
    島以外の世界はどうなっているのだろう、sさんのその後、色々気になる終わり方なのでその後は想像でしかない。
    読んだ人それぞれ受け取る物が違って、その後も想像も違う。
    もっと他の作品も沢山読んでみたくなった。

  • 初めて読んだのが冬の終わりの昼下がり。
    一人暮らしの部屋で、コタツに潜り込んで。

    夢中で読み進めて、ラスト近くにふと顔を上げたら、窓の外は真っ白。
    いつの間にか雪が降り積もり、あたり一面が白い世界。

    しばらく小説の中にいるような不思議な気分に。
    本を開く度に、その時の気分が蘇ってくる1冊です。

    • yurinippoさん
      私もこの本大好きです!
      実は「本まっち柏」で買った「少女七竃と…」にどんぐり屋さんのカードが挟まっていまして。なんだか嬉しくてフォローさせて...
      私もこの本大好きです!
      実は「本まっち柏」で買った「少女七竃と…」にどんぐり屋さんのカードが挟まっていまして。なんだか嬉しくてフォローさせていただきますね。
      2012/05/25
  • 読めば読むほど切なくて、読みおわるとぽかんとする話
    流れに逆らうこと、逆らわないこと、どっちが幸せなんだろうかとか考えながら読みました

  • 美しく、不可解。
    消滅という圧倒的に理解を超えた事象を
    どう捉えていいかずっとわからないまま
    わたしが消えてしまうところまでたどり着いた。

    石原さとみちゃんの舞台を観て
    よくわからないまま原作を読んだけど
    さらに迷い込んで浮遊してしまった気持ち。

    感じたいろいろな気持ちを
    今すぐ言葉にできないけど、
    この物語をきっとずっと覚えている。

  • 消滅は、すべて言葉に依存している。漠然とした概念が消えていく訳ではなく、例えば「鳥」や「フェリー」「左足」など、あるひとつの単語で表されるものが島から消えていく。つまり島で起こる消滅とは言葉を失っていくこと、と捉えることができる。言葉を失うにつれ主人公とR氏のコミュニケーションは難航する。そして人間の言葉が記憶の架け橋であることから、それらを記録する媒体である書物を焼くと人間を焼くことになる、という途中の話にも繋がる。このことに気付いたとき、ものの消失に抵抗できず最終的に何も持たず、何も伝えられなくなった人間が消える、という結末に納得がいった。言葉はきっと人が人である為に必要なもので、失うと人間として成り立たなくなる。ただ、消滅の島で人々が本当に失っていったものは、自分の中の言葉や記憶=意思、だったのではないかと思った。秘密警察や隠し部屋での生活はナチスのユダヤ人迫害を連想させるが、『アンネの日記』のアンネ・フランクは最後まで言葉を失わなかったので私たちに記録を残すことができた。同様にこの物語の主人公も小説の執筆によって、自らの消失に抗おうとした。記憶の消えないR氏に完遂した小説の原稿が渡り、それが隠し部屋に残され、主人公の試みは達成されたと言えるのかもしれない。しかしここで注意しなければいけないのは、これらの試みはあくまでもR氏の為に、彼の指示に従って行ったものであるということ。肝心の当人はその意義について、本当の意味では理解ができぬまま消えていった。主人公の心の中からは、とっくに小説が失われているから。以前小説家であった彼女が望んでいない訳はないだろうが、自身はそれすらも明確には分からなかった。この点でアンネが意思を持って綴った日記とは少し形が違うと思った。言葉を持たず、意味も分からず、ただ残すという行為は、主人公にとって意味のあるものだったのか。R氏とのコミュニケーションという形以外では、わたしはYESとは言い切れないと思った。辛辣だし、ロマンティックじゃない意見だけど、ただ想いを伝えられなくなることと、自分の中の意思を失うことは、違う。少なくともわたしは、喋れなくなったとしても自分の意思は失いたくない。また、彼女の最後は死ではなくあくまでも消滅だった。主人公は隠し部屋の中で他の消滅した物と共に存在し続ける。だけど、口の消失と共にすべての言葉と意思を失った彼女はきっともう生きていけない。人間にとって必要なものは何だろう。ただ呼吸をすること、ではないのかもしれない。生きているだけでいい、というのはどの状態を指すのか。人の記憶から消えて、誰にも迷惑をかけずに消えるように死んで生きたいと考えたことがあるけど、この物語の結末を見て、消えるように死んで生きたいと願うその意思すらも持てなくなるのは理想とは違うような気がした。どのみち死んだら一緒なんだけど。そこに美しさを求めるのは人間の本能なのではないかと思う。おじいさんの死と主人公の消滅の対比がこの辺りの事を描いてる気がする。整理できたらまた言葉にしたい。なんだか矛盾だらけの無茶苦茶な考察だけど、そもそも生死の話や喪失についてなど一生完璧な答えなんか出ないよ、というところで落ち着いた。

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著者プロフィール

小川 洋子(おがわ ようこ)
1962年、岡山県生まれ。高校時代に文芸を志し、早稲田大学第一文学部文芸専修入学。在学中から文芸賞に応募。卒業後一般企業に就職したが、1986年の結婚を機に退職、小説家の道に進む。
1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』読売文学賞、本屋大賞、2006年『ミーナの行進』谷崎潤一郎賞、2012年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞、2013年早稲田大学坪内逍遙大賞をそれぞれ受賞。芥川賞、太宰治賞、読売文学賞、河合隼雄物語賞などの選考委員を務める。
『博士の愛した数式』は映画化され、大ヒットとなった。受賞作以外の代表作として、『薬指の標本』『人質の朗読会』『猫を抱いて象と泳ぐ』。

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