現代中国の禁書 民主、性、反日

著者 : 鈴木孝昌
  • 講談社 (2005年6月21日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (219ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062723244

現代中国の禁書 民主、性、反日の感想・レビュー・書評

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  • 2005年刊行。著者は東京新聞中国総局長。

     言論の自由。表現行為の自由の一類型を構成するそれは、悪政を暴き、真実を白日の下にさらし、情報受領者の判断の材料や議論の進展に寄与しうるものだ。
     近世から近代、そして現代にかけ、徐々にかような権利を獲得してきたのだが、今もってなお、その福利を享受し得ない地域・国家は存在する。その代表が中華人民共和国であるが、本書は同国において検閲・発禁処分を受け、さらに情報発信を制限された7人の人物に焦点を当て、同国のとんでもない実態を暴くとともに、表現の自由の意義を世に提起する。

     ここで上がる禁書本のうち、個人的には「中国農民調査」のみ読破で、その余は知らない本・論考が多いが、とりあえず、第二次天安門事件批判が大っぴらにできるかどうかがメルクマールかな、という印象である。
     勿論、前提として大躍進と文革批判は言わずもがなだが……。

     とはいえ、よその国のマイナスをあげつらってばかりではおれまいというのが現状か。

  • わりと最近(2005年)の出版なのに、もう遅れている気がしてしまう。主にチベットとウイグルに関して、その後の動きが目まぐるしすぎるからだろう(もっとも、党中央部の対応方針は一切動いておらず、むしろ文革時代に逆行しているようにさえ見えるのだが)。
    また、本書では出版当時の事情に照らして、陳夫妻、李鋭のインタビュー箇所、当初の胡錦濤政権の方針などから、中国が表現の自由化へと歩み出す希望的観測が述べられているのだが、実際の歴史の進行はこの希望とは裏腹に、検閲(禁書)の強化と拡大に進んでおり、じつに残念極まりない。
    ところで、P. ルジャンドルは全世界規模での検閲強化の傾向を正確に予想していたように思われる。一体どうしてだろう…?(がんばって、彼の『検閲官の愛』を読むかな…)

  • 中国においてどこまで、言論の自由があるのか、非常に興味深いテーマですが、著者が中国の禁書となった本の著者たちにこのようなインタビューをすることが出来、写真・経歴まで明らかにされているというのは十分に驚かされます。反日のインターネット・サイトを運営している若者・盧雲飛は昨年来のサッカー・アジア杯、反日デモなどの呼び掛けの背景を見ることが出来ましたが、「普通の日本人は嫌いではない」と語る意外と冷静な人物だったことは驚きです。プログで赤裸々に性生活を明らかにしている女性・木子美も日本女性以上です。反体制・焦国標も、農民調査をする陳桂棣・呉春桃夫妻、親日・馬立誠など実に様々な人達が一旦出版・ネット掲載などをしながら、禁書・封鎖扱いされながらも泳がされて政府批判をしている姿を見ていると、極めて自由だとされる日本と実際にどれほどのの違いがあるのだろうか?と疑問を感じなかったように思います。

  • [ 内容 ]
    反日中国、暴走する愛国主義の実像とは?苛烈な言論統制に挑み、葬られた中国民衆の声!
    反日デモ、農民暴動、SARS騒動、エロチシズム…中国当局がひた隠すマル禁タブーのすべて。

    [ 目次 ]
    第1章 中国当局も恐れる反日の仕掛け人
    第2章 「売国奴」の汚名を着た親日ジャーナリスト
    第3章 九億農民のために闘う
    第4章 SARS禍から人類を救った一言居士
    第5章 体制の変革者か堕落した娼婦か
    第6章 毛沢東の再来を許すな
    第7章 共産党専政に挑む「確信犯」
    第8章 迷走する胡錦涛の言論政策

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    [ 参考となる書評 ]

  • ・8/24 読了.やはり思ったとおりだというのがこの本を読んだ感想だった.どこかずれていて誤解が生じている間は、相互理解など不可能だという確信を得た.

  • 中国における役人や党幹部の腐敗には目に余るものがある。官僚の腐敗は、この国のそれより惨い。その大きな原因の一つは社会的監視の不十分にあり、「言論や報道の自由」が制約されている点にある。また、先般の反日感情の盛り上がりも、情報についての政府の管理が大いに関係している。ネットの言論など、警察権力が本気になれば、その出所が信書より効率的に掴み易いのだから、どのようにでも当局は処理できる。■国家権力の意向が、かの国ではネット上では十二分に反映されていた事を決定的に暴き出した。
     ■本書は、北京駐在の経験を持つ新聞記者が、執筆者に直接会って最近発生した7件のさまざまな位相にある発禁処分等を取り上げている。現代中国の国家権力の言論統制の実態が内部から見て取れるように仕組まれている。
     ■特に焦眉だったのは「中国農民調査」の章の農民の声だ。不自由な体制下での人々の「声なき喘ぎ」や、国家権力を利用する農民中間層の狡猾な虚偽報告と下層農民の「声」が上層部に伝わらないやり場のない苛立ちが活写される。
     ■望むのは、官僚肥大の国家弛緩を述べてもらいたかった。この国に日本の行政の請願のたらい回し、それによる正当なる請願事項の諦め、情報隠し国家での報道管制の空ろな言論と類似した状況も同じ位相に新中間層的「思考」によって緩んではいるがほぼ同じ発想にある問題意識で述べてもらいたかったが・・・。
     ■とまれ、現代中国の裏側を詳しく知るには、中々の好著。


     ■「権力は民のために使い、利は民のために謀る、情は民のために結ぶ。」孫文の三民主義にちなんだ胡錦濤の「新三民主義」である。
     ■この実施が胡錦濤政権に出来ているなどとは筆者には思えないのだ。■以下各論と引用。
     「愛国者同盟網」総編集長 盧雲飛(ろうんひ)
     いうまでもなく、反日運動の旗手であり、今年の「反日暴動」にネット上で、大きな「活躍」をした人物、である。どだい、「政治」に直接参加するもので、「市民」としての「価値観」など、もろくも崩れるのが、権力的組織と個人に拮抗関係で、個人の「思想」など解体される。■盧雲飛(ろうんひ)は、天安門事件の権力側の惨たらしい「人民」側に対する惨殺と圧制を共産党による「報道」完成によって知る由もない単なる、小「市民」である。いや中産階級といったほうがいい「価値観」の持ち主であり、靖国参拝についての反対論者でもあるが、これが、また、中国政府の靖国反対の典型論−−−日本の軍国主義化論−−−の繰り返しである。■政府権力にいい威容に使われ捨てられる回し者でしかなかろう。 また、日本は中国に対して謝罪もしていないなどいう言辞をもてあそんでいるが、これなど、日本では朝日新聞系の無認識言論人の穿く言辞とまったく一致するデマである。「日本はすでに中国に21回も謝罪している」とし過去の侵略戦争に対する日本の謝罪問題は「解決済み」とし未来志向の日中関係を築こうという「対日関係新思考」は、2002年12月に改革派の雑誌「戦略と管理」に発表した、盧雲飛(ろうんひ)と同じ中国人の馬立誠(ばりつせい)の正当な対日認識とは、開きすぎている珍「思考」である。■盧雲飛(ろうんひ)などの若年者は、過去の自国の歪んだ「歴史」について酷くあまりに無認識である。 
     ■SARS禍から人類を救った一言居士 人民解放軍301病院医師 蒋彦永(しょうげんえい) 「SARSはすでに有効に抑制された。中国で仕事をすること、生活すること、旅行に訪れること、いずれも安全だ。マスクをしていようと、していまいといずれも安全だ」 二〇〇三年四月三日、中国国務院の記者会見で、張文康衛生相が堂々と発表したこの「安全宣言」は中国共産党の歴史にも長く刻まれる名言となるだろう。政府の閣僚が内外記者の集まる公式記者会見の場で、でたらめな情報を発表し、多くの人民の生命を危険にさらした記録として。 前年末から「謎の肺炎」として広東省を中心に不気味な広がりを見せていたSARS (新型肺炎)。張文康は四月三日現在の北京における「患者数は十二人、死者は三人」と発表し、首都の安全を宣言していた。 だが、当時すでに広東省などで感染は急速に拡大。香港では広東省から来た患者が宿泊したホテルで集団感染が発生し、パニックを引き起こしていた。さらに香港を訪れた観光客を通じ、カナダ、米国、シンガポールにも感染が広がった。航空機や列車など移動手段が便利になった中国では人の移動によって感染は容易に地域を越えて拡大する。後に分かったことだが、二月に広東省を訪れて感染した女性が山西省の自宅で発病し、高度な治療を求めて北京の病院に入院。三月一日に北京の患者第二号となった。さらにその病院で医師や看護師、他の患者らへの集団感染が・・・。」以上引用 ■SARSの感染情報さえ、報道管制する国としてのいい例だ。中国共産党の宣言に信頼性など、まったく認めてはいけないとさえ思えてしまう。
    ■「対日関係新思考」 馬立誠(ば りつせい) 共産党独裁の中国にも、このような人物がおり、馬の「対日関係の新思考」中国政府が貫けば中国は経済を媒介とした巨大な帝国になるのではないか、日ごろ馬鹿にしてる「友好」もありだよななどと軽率にも考えた。一方、こんな発展的なことを、中国政府が許すわけないだろうという思いもあった。後者の思いが、予想以上に早く政府内部で展開したようだ。 馬は、胡錦濤体制に向かいれられなかった。あそこの国は、異論を正当に向かい入れる「民主と自由」など期待できないの、だ。こちらの日本より酷い国なのだろう。「愛国者同盟網」総編集長 盧雲飛(ろうんひ)のサイトさえ削除されたり、再開設されたりという次第で、中国共産党の権力の意向が終始することに終わっている。
     馬は「日本はすでに中国に21回も謝罪している」とし過去の侵略戦争に対する日本の謝罪問題は「解決済み」とし未来志向の日中関係を築こうという「対日関係新思考は、2002年12月に改革派の雑誌「戦略と管理」に発表された。その時期は、反日系の江沢民から胡錦濤の第四世代指導部へと交代した時期であった。その著作は、当然、党の意向を受けたものと見られ、当時は胡錦濤指導部が未来志向の対日関係を目指すサインを送ったとも受け止められた。「近年わが国で出版された多くの書も、日本は基本的に民主、法治の体制を完成させたと肯定している。政府の政策は多方面からの監督やチェックを受けている。想像するような「軍部」はもう存在しない。歴史的に見ても、敗戦国に正常な国家に戻る機会を永遠に与えないわけにはいかない。日本が将来、政治大国、軍事大国になるという趨勢に直面し、我々も覚悟をしなければならない。日本が正常な国家の軍事状態に戻りたいという願いと、軍国主義復活の道とを区別して扱わなければならない。これこそが時代と共に進む新思考であろう。 中国の現在の実力と内外の環境から見て、二十世紀のような列強の侵略を受ける危険はもはや存在しない。中国が直面する課題の多くは国内からのものだ。これらの問題をア帰結するため中国の指導者は知恵を絞り、最大の努力をしなければならない。 将来の中日関係は各種の選択肢がある。一つは、日本がより米国との同盟関係を強め、中国と対立すること。第二は付かず離れずの状態で互いに疑心暗鬼になりながら、警戒していくこと。第三は両国が協力し、共同で東アジアの繁栄を促進すること。いずれが中国にとって有利なのかは言うまでもない。江沢民は「中日友好は唯一の正確な選択だ」と言ったが、その通りだ。インターネット上には数万件もの評論が掲載され、日本に対してはそろって「東洋鬼子」「倭遣」「小日本」などと罵り、良い部分にまったく触れていない。感情的になりがちで、前を見るという態度に欠けている。戦勝国は敗戦国に対してより寛大な態度をとって和解の環境を創造するべきであり、その方が厳しい態度をとり続けるよりも自国の安全を守ることになる。 日本の総理府(現内閣府)が実施した世論調査で、「中国に親近感を感じる」という人の割合は一九八〇年に七八・六%もあったのに、八九年には有二・六%に急落、二〇〇〇年には四八・八%まで下がった。 どうしてこうなったのか。日本国民の一部中国人の行為に対する印象が極めて悪いからだ。例えば、密入国者が非常に多い。福建省の、ある蛇頭(スネークヘッド)は、二年間に七百三十人余の中国人を日本へ密入国させた。現在、東京だけでも十万人の中国人密入国者がいる。彼らは日本でマフィアを組織し、窃盗や強盗、殺人、通貨偽造、中国女性の売春などを組織している。二〇〇一年には毎日二十五人の中国人が犯罪で日本警察に逮捕された。こうした問題は香港や外国メディアではいずれも取り上げられている。我々も目を背けるべきではない。自身の弱点を正視してこそ、自信ある民族になれる。」以上引用。
     ■「中国農民調査」 陳桂棣(ちんけいてい) 呉春桃(ごしゅんとう)

     「われわれには権力も金もない。でもペンがある。」。中国安徽省の農民作家夫婦。現地中国農民を取材し、ルポルタージュ「中国農民調査」が完成する。この出版が中国当局を震撼させた。
    壮大な中国農民の記録。学校維持費や道路の補修など、さまざまな名目で農民からカネを搾り取る地方官僚。不正を告発しようと立ち上がった農民を捕らえ、口封じのために殴り殺す警官。地方視察に訪れた江沢民総書記や朱鉾基首相までも騙し、順調な発展をPRする農村指導者ら。地方農村から中央のトップまで、百人余の共産党・政府当局者を実名で登場させ、その不正や横暴、失態をことごとく暴いた。中国人の多くが感じていながら、だれも書けなかった真実を、精密な取材に基づいて暴露した。」

    2005年6月26日、中華人民共和国中部の安徽省池州市で1万人規模の農民の暴動があった。安徽省は、サーチナによると<概況:「四面楚歌」の舞台となった安徽省には古くから英雄豪傑たちが覇権争いに加わり、古代ロマンの華が開いたところでもある。「陳勝・呉広の乱」を皮切りに以来数々の蜂起があり、「天下は安徽から乱れる」といわれている。><>内引用。

    ■毛沢東の再来を許すな  元毛沢東秘書 李鋭(りえい) 

    「老いても記憶や思考は極めて鮮明。時に身ぶり手ぶりを交え、声を張り上げてエネルギッシュに話す。実体験に基づく毛沢東研究家でもある李は、二〇〇三年十二月、毛沢東の生誕百十周年に合わせて『毛沢東をどう見るか』という論文を発表している。 毛沢東の死から四年後、■全党の四千人の高級幹部による議論を経て、一九八一年の第十一期六中全会で毛沢東の功罪を歴史的に評価する「歴史決議」が可決された。決議は文革を「重大な誤り」としつつも、毛については「功績を第一、過ちを第二」とした。 李は「毛沢東晩年の過ちについて研究を開始したのはこの決議がきっかけだった」と書いている。毛が発動した文化大革命は中国に余りに大きな災難と後遺症をもたらした。毛の誤りはすでにその輝かしい功績を上回っている、と李は考えた。 毛自身は生前、生涯で二つの大事を成し遂げたと語っていたといわれる。一つは(革命によって)政権を奪取したことと、もう一つは(共産党内で)権力基盤を固め政権を掌握したことだ。元党宣伝部長の陸定一はかつて、「毛は政権奪取段階で七分の功績と三分の過ちを残した。政権掌握の段階では三分の功績と七分の過ちを犯した」と分析した。 それに加えて李鋭が出した結論は、毛の一生の功罪については、「革命有功、執政有錯、文革有罪」(革命には功があり、執政には過ちがあり、文革には罪がある)というものであった。「暴力をもって革命に勝利して政権を奪取したとしても、その後も階級闘争という暴力をもって政権を掌撞したのは許されないことだった」と李は言う。「暴力とは人の死を伴う問題。毛は人の死を恐れない人間。自身の目的のためなら仲間が何人死のうと関係ない。一九二〇年代末期以後、反共集団のAB団(アンチ・ボルシェビキ団)の討伐と称して多くの仲間を粛清し、抗日戦争に至るまで自分と異なる意見を持つ同志ら十万人余を死に追いやった。こうした教訓は何も総括されず、″整風運動″の粛清でもまた繰り返された。毛は核戦争をも恐れない。″中国では数億人が死んでもまだ数億人がいる″と豪語していた」 文化大革命では二千万人が死んだ。大躍進では四千万人が餓死した、と言われている。毛沢東時代に発動された幾多の政治運動で迫害された人々を合わせれば、「犠牲者は全部で一億人くらいになるだろう」と李は言う。日中戦争当時、旧日本軍との戦闘によって中国内で約三千万人が死亡したとも言われるが、それをはるかに上回る犠牲者を生んだ悲劇を共産党の最高指導者がもたらしていた。「この数字は何を意味するのか。こんなに恐ろしいことが、きちんと総括され、教訓として生かされているだろうか。我々はすでに明確にしたのだろうか」と李は疑問を投げかける。」

     ■李鋭(りえい) 1917年生まれ。34年武漢大学入学。抗日組織12・9運動などに参加。37年共産党入党。
     毛沢東の秘書だっただけに、その舌鋒には、深さがある。そして、当時の屈折してはいるが、深い知恵と経験がある。87歳とは思えない記憶の正確さも併せ持っている。

  • 中国であまりおおっぴらに言えない事をあえて書いて発禁になった本を紹介したもの。
    筆者がインタビューを通して、発禁処分になった作者達に話を聞いているので、今まで見えなかった事が見えてきて読みがいがあった。
     ただ最後にもう少し筆者がこのインタビューを通じての考え、意見何度が聞けたらと思った。

  • 中国農民調査の作者の硬骨さ、中宣部討伐の筆者の純粋さに感動する。

  • 今の中国で権力に敢然と立ち向かう勇気ある人々を紹介したもの。といってもすべてが反体制行動ではない。国のため人民のためにものを言うことが、権力の気に入らない行動になることもあるということだ。権力の交代の狭間をぬって、ほんの一時の自由な間隙ができるというのも興味深い。文章はあんまりメリハリがない。

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