妻を愛する技術 ――スローセックスから日常の会話まで (講談社+α新書)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062724784

感想・レビュー・書評

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  • 2016/10/01

  • 今まで知らなかった!あなたの世界観が大きく変わる真実の愛と性!!

    「夫婦で歩む人生」「男としての幸せ」とは何か?
    超ベストセラー『スローセックス実践入門』の著者が世の男性に問う!

    ●妻の愛し方を知らない夫
    ●幸せな夫婦生活が築けない理由
    ●夫婦の絆を強くする根源
    ●危険な“友達夫婦”
    ●従順な妻が鬼嫁になる原因
    ●愛の法則の基礎知識
    ●愛は細胞分裂を繰り返す
    ●妻の心に届く“愛の言葉”
    ●妻の本音を聞き出す裏技
    ●夫の株を上げる方法

  • 愛の本質を喝破した愛についてのバイブル。
    当たり前のことをやるために大切なことは何かがわかる。

  • いっしょにお風呂に入りましょう。
    手をつなぎましょうなど自分たちが実践している内容が多かったのですが、うんうんとうなづける内容が多く、うまくいってない夫婦には大変お勧めな本です。

  • テクニカルなことはほとんど書いておらず、
    あくまでも思考方法について論じている。

    とはいえ、とても大事なことが書いてあり、
    それは男女関係のみならず、一般的な人間関係に通じることだと思う。

    自分が変われば、相手も変わるというのはその通りかもしれない。

  • 自分なりに愛の定義は持っているが、他の人はどのように愛をとらえているのか知りたくて購入。第1章~3章までの内容に関しては同意する部分や学ぶべき点があった。愛する人を幸せにするには、愛の法則に逆らうなかれ。

  • 妻(人)を愛し続ける努力が必要。

  • [ 内容 ]
    「夫婦で歩む人生」「男としての幸せ」とは何か?
    超ベストセラー『スローセックス実践入門』の著者が世の男性に問う。

    [ 目次 ]
    第1章 すべては妻を愛することから始まる(妻の愛し方を知らない夫 セックス以前に問題があった ほか)
    第2章 妻を愛する法則(愛の法則の基礎知識 愛は細胞分裂を繰り返す ほか)
    第3章 妻を愛する日常(「パパ、ママ」と呼び合う落とし穴 カッコイイ男であり続けよう ほか)
    第4章 セックスでしか伝えられない愛がある(ジャンクセックスの罪 セックスレスにならないために ほか)

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • こんな風に愛されたら・・・女性として最高の幸せですね。

  • 幸せな夫婦になるために、夫がとるべきリーダーシップとは、妻に対して自分が考える幸せのビジョンを提示することです。それは完全なものでなくてもかまいません。完成形でなくてもいいから、持てる知恵を絞って、愛する妻と家族のために、全力で、幸せについて考えることが何より重要です。それを基に、夫婦で一緒に考えて、幸せのビジョンを構築していけばいいのです。

    、幸せな人生を過ごすために最低限必要なものは、目の前にある小さな幸せを、ちゃんと幸せだと感じられる豊かな感受性です。もっと具体的に言えば「平凡なことに感謝できる」ということです。実はこの能力こそ本当にすばらしいことなのです。

    はっきりさせておきますが、自己中心的な生き方では、決して幸せにはなれません。「自由気ままでいたいから結婚しない」という人がいます。自由気ままは、確かに楽でしょう。好きな時に起きて、好きな時にご飯を食べて、好きな時に寝る。私も、もし可能ならば、誰かそんな日を一日でもいいからプレゼントしてくれないかしらと思います。でもそんな日は一日あれば十分なのです。心のリフレッシュがしたいなら、たまに温泉にでも行けば済む話です。肝心なことは、"楽"の延長線上に"幸"はないということです。あなたが認めようが認めまいが、これが世の中の法則なのです。

    。私は私で、この30年間、妻が私のために飲み物を運んでくれるたびにずっと変わらず実行してきたことがあるのです。それが、「ありがとう」といった感謝の言葉を述べるコミュニケーションと、戻り際に"お尻をペロンと触る"といったスキンシップです。
    たった一杯のお茶ですが、そのたった一杯のお茶が、出てくるか出てこないかは、夫にとって"癒しの空間"である家庭では非常に大切なことです。それと同じように、"愛に満ち溢れた空間"を家庭に求める妻にとって、夫からの労いの言葉やスキンシップがあるかないかは、夫が考える以上に重大な問題なのです。

    反論があることを承知で言えば、映画や音楽の趣味や、料理の味付け、笑いのツボといった、いわば"好きなもの"的価値観など、合おうが合うまいがどうでもいいことです。違っていても、それこそ愛があれば何の問題もありません。夫婦は、愛を築きながら、互いに人間として成長していく場所です。その関係を続けていくためには、二人が同じ方向を向いて歩いていくための基礎となる価値観が必要なのです。それが"幸せの価値観"です。

    大切なのは、コミュニケーションです。とにかく腰を据えて話し合うことでしか"幸せの
    価値観"を一致させることはできません。「こんな夫婦になりたいね」とか「年をとったら、あんなおじいちゃん、おばあちゃんになりたいね」でも何でもいいんです。大切なことは、剰那的な幸せではなく、長い人生をトータルで考えることです。

    夫が妻を愛する喜びを知らずして、時間経過とともにブクブク太っていく妻や、化粧もしないで家の中をジャージで歩きまわる妻に、不満を言うのは、あまりにも身勝手です。空前のダイエットブームを持ち出すまでもなく、女性は男性のために美しくあろうと懸命の努力をしています。けれどもそれは、美を美と評価してくれる男性があっての話です。久しぶりに美容院に行ってきたのに気がついてくれない夫や、買ったばかりの洋服を着ても一言もかけてくれない夫では、妻が美しさを保つことをどこかで放棄してしまっても仕方のないことです。甲斐のない努力は虚しいのです。女性とは"美"の存在です。「最近ウチのカミサン、ブクブク太ってきちゃってさ」と、外で不満を口にすることは、あなた自身が"愛の本質"を知らない不幸な人間であることを自白しているのと同じことだと、肝に銘じましよう。

    逆に、妻に愛を与えないとどうなるか?その顛末をお話しする前に、赤ちゃんを例に出しましょう。赤ちゃんは泣きます。泣く理由はおもに二つ。お腹が減っているか、抱っこして欲しいかです。お腹が減って泣く時は、ミルクを与えれば泣きやみます。ミルクをいっぱい飲んでもまだ泣いている時は、とにかく抱っこしてくれ、愛をくれと泣くのです。だから抱っこすれば、だいたいの場合は泣きやむものです。それを、忙しいからとか、面倒くさいからとか、自分のしたいことをしたいからといった、親の自分勝手な都合で、別の部屋に置いて放っておいたらどうなるか。最初のうちはひどくギャーギャー泣きます。それはもう一所懸命に、あらんかぎりの力を振り絞って「愛をくれ」と要求します。それでも親は来てくれない。すると、やがて赤ちゃんは泣かなくなります。これは間違っても、赤ちゃんの心が鍛えられ、自立心が養われたためではありません。どんなに泣いても、心からの要求に応えてもらえないことで、諦めて、無気力、無関心になるのです。人生に対しても、他人に対しても、無気力、無関心な人格が形成されてしまうのです。赤ちゃんは、親からの愛をいっぱいもらって、愛される喜び、愛する喜びを知ります。それが泣いても泣いても、親が愛をくれないと、成長した時、愛されること、愛することがわからない、愛という感覚が麻癖した人間になってしまうのです。
    夫から愛されない妻も同じです。夫に「あなた、今日はね」と話しかけても、「仕事で疲れてるんだ、明日にしてくれ」と相手にしてもらえない。セックスをねだっても「明日早いんだ。もう寝る」とセックスしてもらえない。夫に愛してもらいたいのに愛されない欲求不満な日常生活が繰り返されると、ある時、プッッと回路が切断されたように、夫に対して何も要求しなくなるのです。あんなに愛して欲しがっていた妻が、もう愛して欲しいとも思わないし、かまって欲しいとも思わないし、話を聞いて欲しいとも思わない、ましてやセックスなど……。要求は叶わないのだと諦め、無気力になり、愛に鈍感になっていくのです。夫から愛されるための努力を放棄してしまうのです。自家発電だけでは、いつかエネルギー切れになるのは自明です。なぜ自分は生きているのかわからないという疑問の迷路にはまっていくのです。しかしそれでは、人生はつまらない。生きていけない。やがて妻は、エネルギーのマイナス面を、夫からの愛以外の何かで補充しようとするのです。食べ物に走る、ブランド品に走る、ヨン様に走る、ハンカチ王子に走る……。典型的なのは、我が子に走るケースです。

    妻をちゃんと愛していない夫が知るべきなのは、妻の心が、自分から離れて、何か他のものに移り変わろうとする瀬戸際でさえ、そのサインをほとんど見抜けないということです。ある日突然、ご飯のおかずが一品減るといった、わかりやすい危険信号など妻は出してくれません。いつもと同じように、食事も作ってくれるし、家の掃除もするし、お風呂も沸かしてくれるし、場合によっては、ちゃんと週1回のセックスにもいつもと変わらず応じてくれる妻もいるでしょう。しかし、彼女たちは、夫ではない別の何かを守るために、粛々と義務的な行為をしているに過ぎないのです。夫が気付いていないだけで、実は形だけの夫婦生活。そうならないためにも、一日一日が大切なのです。日々の積み重ねの中にしか、妻を愛する手立ては存在しないのです。

    多いのが"父親と母親"の固定化。愛する子供のために、男が"父親"の責任を果たすのは当然ですが、そのことと、固定化は別問題です。子供を寝かしつけた奥さんが、"夫″に
    "男"を求めているのに、「明日は朝から会議があるから、もう寝る」と、仕事をがんばるかたく"夫"を頑なに貫いては"妻"は"女"になりたくてもなれないのです。「毎日クタクタになるまで働いて、家族を養っているオレに何の不満があるんだ」と夫たちは言いますが、妻は"夫"に不満があるのではなく、「私を"女"にしてくれない」ことに、不満があるのです。

    男性は仕事や趣味に生きがいを感じれば、そこに目標を置いて、それなりに充実した人生を送ることもできます。けれども、女性は愛なしでは生きていけません。この男女の、性質の違いを夫はもっと知る必要があります。

    女は愛されるために生まれてきた生命体であるという認識に立って夫婦関係がスタートすれば、そうそうおかしなことにはならないのです。男はいかなる生命体か。男女はコインの裏表、火と水、凸と凹…。そうです。男は"愛するために生まれてきた生命体"なのです。これが男性の本質的性質です。しかし、わかっていない夫、男が多過ぎます。

    家族の秩序を維持するのは妻の役割。子供に向かって自分で「お父さんは偉いんだからな」と言っても、子供はシラッとするだけです。しかし母親の「お父さんは偉いのよ」という言葉は、子供の細胞にまで浸透していくのです。

    愛のエネルギーとは、プラスのエネルギーです。プラスのエネルギーは相手を幸せにします。これは夫婦や恋人だけの話ではありません。
    プラスのエネルギーは、出そうと思ってもなかなか上手には出せないという性質を持っていることを説明したかったからです。ちゃんとプラスのエネルギーを出せるようになるには、経験と訓練がとても大切です。一方で、不満、不機嫌、イライラ、中傷、嫌悪、憎悪といった"マイナスのエネルギー"はどうか。このエネルギーは、愛のエネルギーに勝るとも劣らないほど強力です。しかも、なかなか上手には出せないプラスとは反対に、誰もが何の訓練もなしに簡単に出せてしまう。たとえば、レストランで食事している時に、隣のテーブルの男性が店員に向かって「ふざけてんのか、コラ!」と怒鳴りつけたとします。このマイナスのエネルギーは怒鳴られた店員のみならず、そのレストランで食事しているお客さん全員の気分を害するのです。さっきまでおいしかった料理が途端にまずくなる。表現が矛盾するかもしれませんが、凡人でもマイナスのエネルギーにかけては天才的なのです。
    さらに付け加えれば、人間というのはやはり弱いものであって、つい気を抜くと、自分でも気がつかないうちにマイナスのエネルギーを出してしまいやすい。仕事のことでイライラしている時など、うっかりマイナスのエネルギーを発生させてしまう代表例でしょう。

    。結局、相手を喜ばせるためには、知性が必要なのです。でも知性だけあればいいというものでもありません。時には愚直さが求められる場合もあるでしょう。体力が必要なこともあるかもしれない。もちろん経済力は妻にとって魅力ですし、妻の本心を読み取る洞察力や、記念日を盛り上げる演出力も、頼りがいのある決断力や行動力も欠かせない要素です。

    「パパ、ママ」「お父さん、お母さん」という呼称の定着は、役割分担の固定化に直結します。。もっとも危険なことは、夫婦の関係性のなかで、夫婦が愛を育んでいくためには絶対に不可欠な"男と女"という要素を、知らず知らずのうちに喪失させてしまうということです。

    もっと賢く、バランスよくTPOで使い分ければいいのです。子供の前であっても、妻を妻として呼ぶ時は、名前や愛称を使うべきです。アメリカでは、子供がいても夫婦はリビングルームのソファで肩を組んで愛を語ります。これは麗しい光景です。けれども日本人には、「子供の教育上よろしくない」と考える人が多い。これは間違いです。性はオープンでいいのです。親が不自然に性や愛を隠蔽しようとするから、子供たちが性や愛について「汚らしいもの」「不潔なもの」といった誤った捉え方をしてしまうのです。

    妻から愛される夫になるためには、身だしなみはとても大切です。自分は、ステテコ姿でゴロゴロしているのに、妻に「化粧をしろ」「最近、太ったんじゃないか」と言っても何の説得力もありません。まだ、家の中では許しましょう。普段ネクタイで縛られていれば、せめて家に帰ったらパンツ一丁、ステテコ一丁でいたいと思うのも無理ありません。家は、夫がリラックスできる最高の場所であるべきです。寝巻きのままでも、ヨレョレのトレーナーでも、目をつむることにします。正直に言えば、私も家の中では、とても皆さんにはお見せできない格好でウロウロしてます。
    では、外出の際はどうか。私の生活圏は、一応お酒落な街と言われる六本木ですので、さすがに小奇麗な格好で歩いている方が多いのですが、同じ東京でも、ちょっと郊外に行けば、いい年をした大人の男性が、平気でジャージ姿で歩いています。もはや日常風景です。妻は思うでしょう。「恋に落ちた頃の、私がカッコイイと思った男性は、どこに行ったの?」と。妻は愛する対象がいなくなったことに絶望し、女を続ける意味をなくし、ブクブク太っていくのです。夫の前でも平気でお尻をポリポリかくのです。妻を愛することは、日常生活の中で努力を継続するということです。結婚して何年経とうが、お互いいくつになろうが、夫はカッコイイ男であり続ける努力をしなければなりません。年を取れば、髪の毛も次第に薄くなってくるでしょう。お腹も出てくるし、加齢臭も漂ってきます。外見的に美が後退していくのはいかんともしがたいことです。だからこそ、若い時の何倍もファッションに気を使うことが大切なのです。

    身だしなみといえば、夫が見落としがちなのが爪です。男性の指先は、女性が性的なイメージを持つパーツです。セックスの時、妻を愛撫し、妻の内部に侵入する指先の爪が、伸びていたり、垢が溜まっていたりすると、もうそれだけで妻は、夫とセックスしたいなどとは思えなくなります。

    妻を愛するうえで、肝に銘じていなければならない鉄則が「ホームランよりも、アウトにならないことが重要」ということです。男は愛を、野球の得点のように考えがちです。つまり、どこかで大きな得点を稼いでおけば、多少の失点があっても、差し引きして得点がプラスになるからいいだろうと思っています。これは女性の性質をわかっていない考え方です。残念ながら、この足し算引き算方式は、女性には通用しないのです。男性がどんなに愛の足し算をしたつもりでも、たった一つの引き算で、それも男性にしてみれば「エッ、そんなことで?」と思うような些細な失点で、一気にすべてが無に帰してしまうのが、愛の怖さです。

    絶妙な食事に舌鼓を打ったとします。ちょっと無理して買った指輪もプレゼントしました。もう男性にしてみれば、場外ホームラン間違いなしという感じ。けれども、その帰り道、妻をおいてさっさと自分だけ先にタクシーに乗り込んだりしたら、それだけでパー。プラマイゼロどころか、マイナスになる。心して聞いてください。女性は、男性のたった一つの失点を「×ゼロ」に変換してさらに直近のマイナスを引きずるという、身の毛もよだっ必殺技を常備しているのです。
    夕食の後は「おいしかったよ、いつもありがとう」と毎日感謝の言葉を忘れない。メール好きな奥さんなら、忙しい仕事中でも暇を見つけてメールを送ってあげる。妻が話しかけてきたら、大好きなテレビ番組の途中でも、ちゃんと妻の方を向いて話を聞いてあげる。夫婦円満のためには、ゴジラ松井よりも、イチローの方が断然優位と心得ましょう。

    。私は、謝るのは夫の役割だと考えます。ケンカには必ず双方に言い分があります。だから自分からはなかなか謝れない。謝しやくったら自分の負けを認めるような感じがして悔しい。癪(しゃく)に障る。悪いのは絶対に相手の方だ。いろいろな感情が渦巻くでしょう。けれどもこれらの感情の元になっているのは、すべて幸せとは正反対に位置するマイナスのエネルギーです。夫がマイナスなら妻もマイナスです。どちらかが謝るまで、マイナスのエネルギーは増幅し続けるのです。
    私など、、最長で丸1週間も妻と口をきかなかったこともあります。けれども、早くケンカを終結させることの意味と意義を認識できるようになってからは、1週間が3日になり、1日になり、半日になりと、今ではケンカがエスカレートしそうになった瞬間に、お互いに吹き出してしまえるような関係にまでこぎつけました。

    妻をちゃんと愛していれば、たいがいのことは「ごめんね」の一言で済むのです。めでたく仲直りできたら、お互いへの最高のギフトとしてセックスで愛を確かめ合うことができます。

    私など、妻がお茶を運んできてくれた時、家の中ですれ違う時、妻が台所に立っている時…、とにかく一緒に家にいる時は、お尻や腕や腰や背中を触りまくっています。本当に日常的なことです。しかし、考えてもみてください。こんなことを妻以外の女性にやったらどうなりますか?完全にセクハラです。訴えられても文句は言えません。妻だからできるのです。いえ、日常的なスキンシップは妻にしかできないのです。夫婦にしかできないことをしない夫というのは、この一点をもってしても、やはり、無知と怠慢以外の何物でもないといえるでしょう。

    「話せばわかる」という、まさに夫婦仲がうまくいっていないご夫婦に、額に入れて私のサイン付きでプレゼントしたい言葉がありますが、世の中も夫婦仲も、話せばわかることだらけなのです。裏を返せば、「話さなければわからない」ことが、いっぱいあるということです。夫婦円満のコツを聞かれて、悟ったような顔で「我慢と忍耐」などと言う人がいますが、まったく本質が理解できていない。もちろん、忍耐力が要求される場面もあるでしょう。けれども、夫婦円満に本当に必要なものは、「愛と会話」です。そしてその一一つを継続していく「努力」です。

    今、妻が、楽しいのか、悲しいのか、落ち込んでいるのか、困っているのか、悩んでいるのか…、そのようなことは、新婚ホャホャの夫でもわかります。それは日本人に、相手の感情を敏感にキャッチする優れた能力があるからです。夫の愛が試されるのは、妻の感情をキャッチした後、何をしてあげるかなのです。そして、この時の「何」の中身を知るには、やはり夫婦のコミュニケーションを積み重ねていくしか方法はないということです。

    スローセックスの中に、"ペニスキス"というキステクニックがあります。舌をペニスに、口を膣に見立てて、舌を口に挿入して男女が交互に舌を吸い合う、舌と口で行うバーチャルセックスです。もう、本当にエロティックで、とろけそうなほど気持ちいいんです。でも、ペニスキスをしようと思ったら、ちゃんと相手にペニスキスのやり方を教えて、挿入する時の舌の硬さは柔らかいほど気持ちいいんだよとか、本当に舌がペニスになったようにイメージしてねとか、細かなディテールを適時調整しつつ、相手に気を配って、息を合わせなければなりません。ちゃんと話さなければ、ペニスキスは成立しないのです。まさに阿吽の呼吸が要求されます。だからこそ、理想的なペニスキスができるようになると、成立したこと自体がうれしい。その喜びもまた快感に昇華されるのです。

    今でこそ私は、妻と意図的にもしも話をすることはありませんが、若い頃は頻繁にもしも話しをしました。芸能人の不倫スキャンダルのニュースを見れば「もしも、ボクが若い子と不倫したらどうする?」「もしも、同じ立場だったら、夫と妻のどっちの肩を持つ?」「そもそも、どこからが不倫だと思う?」、恋愛バラエティ番組を見れば「もしも、ボクが黙ってキミの携帯電話をチェックしてたらどうする?」「もしも、合コンに行ったら怒る?」、料理番組を見れば…と、テレビはもしもネタの宝庫です。その時の会話を通じて、私は、いえ私たちは、お互いの価値観の共通点や相違点をずいぶんと確認し合えたように思います。そしてもしも話で得られた相手への理解は、現実の夫婦生活のさまざまな場面にフィードバックされてきました。

    そこで私が提案するのが、「僕は夫として何点?」と、自分から妻に聞いてみるということです。「何か不満はない?」という聞き方では、本当はあっても「ないわ」としか言えないような奥ゆかしき妻たちも「何点?」だと、結構答えてくれるものです。
    妻の答えが「う~ん、85点かな」だったとします。今度は、夫は「減点された15点は何?」と聞けばいいのです。実はこれは言葉のマジックで、「何か不満はない?」と聞いているのと同じことなのですが、夫を採点してしまった妻には、採点者の責任として、ちやんと減点の理由を答える義務が生じてくるのです。

    。言い方を換えれば、不満を言ってもいい言い訳を、夫が妻に与えてあげることができるのです。「もう少し早く帰ってきて欲しい」「もっと話がしたい」「たまには二人でデートしたい」「作った料理を、おいしいと言って食べて欲しい」「もっとセックスして欲しい」…。夫にしてみれば、健気でかわいい、本当に些細なお願い事がいっぱい出てくるはずです。夫はこう思うでしょう。「なんでそんなことを、今まで言ってくれなかったの?」と。答えは簡潔にして明瞭。夫が聞かなかったからです。始まりは、いつもほんの些細なすれ違いから起こるのです。

    さて、夫婦で会話をするとき、厳守しなければならないことがあります。それは、会話中は、話す時も聞く時も、奥さんの目をちゃんと見るということです。話しかけてもテレビに夢中でで返事もしてくれない。たまに返事をしてくれたと思っても、顔はテレビを向いたまま」妻たちからよく聞く話です。心当たりはありませんか?

    日本の男性は、記念日を軽視しがちです。

    "無関心ほど大きな罪はない"のです。夫が妻に無関心では、愛のエネルギーは交流しようもありません。適切な例えではないかもしれませんが、男性からどんなに暴力を振るわれても、その男性から離れられないという女性がいます。一般的には理解し難い話ですが、女性に暴力を振るうタイプの男性は概して、女性を殴った後で、人が変わったように、徹底的に反省し、徹底的に彼女に甘え「お願いだからボクを見捨てないでくれ」と、すがりつくように女性を愛します。人生を幸福に導く"静かな幸せ"とは正反対ですが、この二人の間には、刹那的ではあっても、爆発するような愛のエネルギーの交流が発生しているのです。うわっ面だけ優しくて無関心な男に比べれば、DV男の方が、何十倍、何百倍も、魅力的に映ってしまうのです。

    当たり前のことを当たり前のこととしてやるための定石が、、愛情表現を習慣化するということです。毎日キスを欠かさないことが、その夫婦にとっては何の苦でもなく、微笑ましい日課になりえ一たことは、まさにキスの習慣化によるものです。いくつになっても、お風呂は夫婦で一緒に入ることを習慣化してもいいし、夕食は、必ず家族全員が揃ってからということを習慣化するのもいいでしょう。始める前にはすごく大変に思えることも、夫婦で話し合って、そのことを習慣にしてしまえば、小さな努力で妻を愛せるようになるのです。

    ぜひとも、妻を愛する技術として提言したいのが、"外食の習慣化"です。家の中で毎日顔を合わせる夫婦も、仕事に家事に育児にと、多忙な日常生活の中では、次第に会話が少なくなっていくものです。
    だから、月に一度でもいいですから、夫婦だけで外食する時間を作って欲しいのです。恋人時代のように映画を見たりショッピングを楽しんだ後で、食事を楽しんでください。外食には奥さんをを家事から解放してあげるという意味もあります。
    外食を、愛を育てる有意義な時間にするポイントは、その最大の目的が「会話」であることを、夫婦がお互いに了解することです。ただ会話をするのではなく、会話を楽しむ。そのための外食であることを、しっかりと認識してください

    アメリカ人だってファミリーを大切にします。家族を愛する気持ちには国境はありません。あるとすれば、価値観の差です。親の務めを果たすことと、夫婦が仲良くすることは別であるという考え方がアメリカ人にはあるのです。本来、。
    諸外国の良いところを取り入れるのが得意なはずの日本が、欧米化が大好きな日本人がこれほど合理的なシステムに無関心なのは「結婚したら、もう家族だから」と、夫婦の幸せと家族の幸せをごちゃまぜにしているからでしょう。かつての日本はそれでうまく機能していたのかもしれません。けれど今は、明らかに破綻が見えます。結婚は、男にとっての幸せの道であるのに"結婚=自由の喪失"というネガティブな側面だけがクローズアップされてしまう。

    、耳掃除は、夫のデリケートな耳の中に、妻が異物を挿入する行為です。日常であり非日常的な行為なのです。はっきり言えば、セックスとは男女が逆転した関係が生まれるのです。実際、耳掃除をしてもらっている夫の口から出る言葉は「あ、そこ気持ちいい、もっとやって」であり「あ、そこ、痛い。もっと優しくお願い」です。まさに男女逆転。夫は、「して欲しいことを言葉にするのはなかなか難しいものだな」と、挿入される側の気持ちがわかる。妻は「相手が気持ちいいことをしてあげるのは難しいのね」と、挿入する側の気持ちがわかると同時に「して欲しいことは口に出して言わなければ相手には伝わらないのね」と自分を振り返ることもできる。これを相互理解と言わず何を相互理解と呼ぶのでしょう。

    妻を褒めることは、妻を愛する技術における初歩の初歩です。褒められて嫌な気持ちがする女性はいません。ただ一つ補足させてもらうなら、夫が最も恩恵を得る"褒めどころ"は妻の手料理だということです。経験上、確実に言えることは、妻の手料理は"褒めれば褒めるほどおいしくなる"ということです。
    妻たちの不満の声を集めて見えてくるのは、おいしいとも言わず、特に会話も交わさず、黙々と食べ続ける日本の夫たちの貧しい食事風景です。酷いのになると、「いただきます」や「ごちそうさま」さえ言わない夫も少なくないと聞きます。「いただきます」「ごちそうさま」」「おいしかった」は、基本です。基本は絶対に省略されてはいけません。技術以前の問題です。

    親切にしてこなかった人にとって、親切にするというのは、勇気が必要です。勇気を出そうとしている間に、なかなか行動に移せないでタイミングを失ってしまう。お年寄りに席を譲る場合などはその典型です。そんな時は、お年寄りが近くに着たらサッと席を立つことを、自分の決め事にするのです。愛とか、親切とか、気配りとか、優しさとか、何も考えないでとにかくサッと立つ。"自分ルール"を作ると親切にすることがとても楽になります。

    妻を上手に愛せない夫たちの中にある、根本的な問題は、いかに我々男性にとって女性が大切な存在であるか、ということがわかっていないことです。問題は、妻への接し方にとどまらず、家の外でも、女性への言葉遣いや態度としてハッキリと顕在化しています。たとえば、レストランやコンビニエンスストア。店員さんが若い女性と見るや、急に偉そうな態度を取る男性はとても多いのです。「おい、早くしろッ」「おい、アレ取ってくれッ」一体、何様のつもりなのか。若い女性従業員に、命令口調になる必然性が、どこにあるといいうのでしょう.愛の人格のかけらもない、浅ましく卑しい行為です。品格を備えた紳士陸上質のサービスを望むのであれば、自らが上質な客であらねばならないことを当たり前のこととして、心得ています。客と店員と立場は違っても、お互い人と人です。ジェントルマンは、プラスのエネルギーはプラスのエネルギーを誘発し、さらなるプラスのエネルギーを生み出すことを経験則として知っているのです。マイナスのエネルギーは反発を買うだけで何も生み出しません。卑しい人間が、立場の差を勘違いし、その一瞬だけの意味不明な優越感に浸るのです。
    店員に偉そうな態度をとる男性というのは、得てして、自分より立場が上の人間の前に立つと、人が変わったように、へつらったりするものです。そもそも相手によって、態度を変えるということ自体、下劣で下品な行為なのです。

    配慮のなさが如実に表れるのが、ムード作りです。男性はムードなどお構いなしにペニスは勃起します。けれど女性はムードがとても大切なのです。テストの問題であれば、誰でも簡単に答えられる、基本的な女性心理です。だから結婚前の男性は、女性のハートを射止めようと、お金も労力もいとわず、せっせとムード作りに励みます。しかし、男は結婚して彼女が妻になった途端に、夫婦なんだからセックスするのは当たり前と、手抜きを始めるのです。つわりで苦しんでいる妊娠中の妻や、育児で疲れた顔をしている妻に、平気で、「ねえ、エッチしよ、なっなっ」と迫る夫たち。あまりの配慮のなさとアホ面に、妻の気持ちが冷めてしまうのは当然のことです。「もう、しょうがないわねえ」と笑って許してくれる妻ばかりではありません。下手をすると、「私はあなたにとって性欲処理の道具なの?」と誤解される恐れもあります。

    妊娠中の女性は不安に満ちています。妊娠線が醜く残るのではないか、ウエストのサイズが元には戻らないんじゃないか、どんどん黒ずんでいく乳首は夫に嫌がられるのではないか…。こんな時、夫に「何を言っているんだよ。だんだんお腹が大きくなっていくキミのカラダは、とても美しいよ」と言われると、女性はその言葉だけで、ものすごく安堵し、救われるのです。愛も深まります。

    二つの分子が合わさってできた"愛"という一つの分子の結合力を、より強固なものとし大きく育てていくには、夫婦の信頼関係が不可欠です。この信頼関係を一瞬で水泡に帰すのが"裏切り"という行為なのです。たった一度だからといって許されはしません。ほんの遊びのつもりも通用しない。裏切りほど、強烈なマイナスエネルギーを発する行為はないのです。もしもあなたが幸せになりたいと願うのならば、この認識を持たなければなりません。

    夫たちへの誘惑は多い。非常にリスキーな状態です。きれいな女性とセックスしたい、妻以外の若い女性と付き合ってみたい……。男なら誰もがそう考えます。その男性心理は、私にも理解できます。けれども、欲望があるからこそ、浮気をしないということは価値があるのです。夫は妻に「僕は絶対に浮気はしないから」と誓い、その言葉を守ってください。これだけで、夫婦は大きな信頼関係を手に入れることができます。

    まずは、温泉街の散策。夕食前に夫婦やカップルが浴衣姿で散歩する姿は、温泉街ではごくごく一般的な風景ですが、ここでアダム流ひと工夫。浴衣の下に下着をつけないで散歩するのです。浴衣の下は全裸という"夫婦だけの秘密"が、温泉街の街並みを、違う景色に見たててくれるはずです。名所方面に向かう一般客とは逆に道を辿って、あえて人気のない場所を探すのも一興。そこで何をするかはお任せしますが。

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著者プロフィール

(株)エヴァコミュニケーションズ代表。名古屋芸術大学を卒業後、画家をめざして渡米。イラストレーターとして活躍する。33歳のとき、自らの人生を大きく変革させる霊体験をしたことから、人間の真の幸福の探求をはじめる。幸せの根源は「男女bの愛」にあると確信し、その重要な要素であるセックスに関心を持ち研究を重ねる。帰国後、14年の歳月と1000人以上の女性との実践的フィールドワークを経て、最高の性の喜びをもたらすアダム性理論とメソッドを確立。これを”スローセックス”と命名する。以後、男女・夫婦の円滑なコミュニケーションをサポートすべく、啓蒙に従事。日本中の男女に多大な影響を与えている。

「2018年 『スローセックス 彼をその気にさせるテクニック』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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