夏のレプリカ (講談社文庫)

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  • 講談社
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レビュー : 437
  • Amazon.co.jp ・本 (520ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062730129

感想・レビュー・書評

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  • S&Mシリーズの第7弾です(間に短編もありますが)。
    前作『幻惑の死と使徒』と同時期の事件ということでついになってます。
    前作は奇数の章しかなくて章のタイトルも奇○の~だったんですが、今作は偶数の章しかなくてタイトルも偶○の~で統一されてます。しかも今回は全部韻を踏んでるようです。
    森氏のこういう言葉遊びみたいなことはすごく好きです。
    ちょっと気になったんですが前作と今作との時系列(時間の経過)の関係も1章、2章、3章、4章…と章の順番になってるんでしょうか?
    だとしたらすごいです!

    今回は萌絵ちゃんの親友の杜萌が巻き込まれた誘拐事件の謎です。
    前作の事件も同時に起こってるので残念ながら萌絵ちゃんと犀川先生はあんまり出てきません。
    後半からは出てくるけど事件そのものに関わってないから、やっぱり今までと比べて出番少なめな気がします。
    だからこその客観なんでしょうが。

    真相はすごい衝撃的でした。
    驚きで言ったら今まで読んだこのシリーズのなかで一番かもしれないです。
    そしてすごく切ないです。
    でもなんでそんなことになったのかがよく分からないからちょっと納得できないです。できればそうなるに至った過去の経緯とかも語ってほしかったです。
    最後もちょっと不思議。

  • 幻惑の死と使途と交互に読んだら、もっとおもしろかったかも…
    こんな切ない結末になるとは…
    おもしろかった
    2013年6月27日

  • (個人的には)S&Mシリーズの醍醐味である犀川先生の名言や二人の絡みはほぼなかったが、ストーリーとして面白かった。前作と繋がった構成で、今作も"名前"がキーになっていた。どちらのラストも物悲しく美しい。しかし受ける印象はまるで違う。まさに表と裏。 驚かされたという意味で、私は"夏のレプリカ"のが好みかな。S&Mシリーズで(恐らく)初めて涙が出た。

  • 『たとえば、「子供に夢を与える」と言いながら、本当に夢を見る者を徹底的に排斥しようとする社会。集団はいったい何を恐れているのだろう。多くの大人たちは怯えて何もできない。』

    「その金で、俺たちが武器を調達して、そのせいで人が死ぬかもしれないぜ」
    「そんなの同じことよ」
    「同じ?」
    「ええ、何をしたって、どこかで誰かが不幸になるんだから」

    「情報自体を取り上げてしまうというのは、少々、低俗な防衛手段ですけどね」
    「低俗?」
    「ええ、つまり動物並です。人間相手に、餌を取り上げるというのは、低俗な発想です。人権を無視しているといっても良い。銃が規制されているのと同じですね」
    「まあ…、銃を規制するのも、低俗…なんですか?」
    「低俗です。もっとも、低俗じゃなかったら、犯罪は起きません。銃が存在するから人が殺されるわけではありません。それを使うのは人間です。たとえ銃がなくても、人は殺せます…。」

    『人間の本質なんて、ずっと変わらないものなのかもしれない、と杜萌は思った。自分が変化したと思っているのも、実はそう錯覚しているだけのことか…。あるいは、錯覚したい、だけのこと。
    高校のときの洋服が似合わない、と錯覚したように。
    たぶん、本当は何も変化していないのだ。
    躰つきだって変わってない。顔も変わっていない。なのに、どうして自分が変化したなんて感じるのだろう。変化したいという願望が、その幻想を見せるのか。』

    『行き詰まったときに採る道は、一番険しく遠い道に限る。それが、西畑のこれまでの人生、その僅かな経験から導き出された教訓の一つだった。』

    「そんなことない。
    いつだって貴女は貴女らしいからね。
    心配しないでいいよ。」

    「まあ、お知り合いですか?」
    「ええ、知り合いもなにも… ー その、何というのか、いや、やっぱり、知り合いですけど、つまり…、ただの知り合いっていうよりも、もう少し、知り合いですか…」

    『「安心」という得体のしれない約束が、世の中には多い。
    何故か、皆、安心しようとして、必死なのだ。』

    『何かを嫌いだ、と主張することは簡単で、気持ちが良い。
    本当に嫌いだったわけではない。
    嫌いだと思い込むことで、自分を確保できる、そんな幻想があった。』

    『一つの細胞が二つに分裂し、それが四つになり、八つになる。
    どれくらい細胞の数が増加したときに、生命は意志を持つのだろう。単細胞であれば、いつまでも生きられるのに、意志を持つために、自らの寿命を縮めるのである。いや、寿命があることが、意志を作るのかもしれない。
    意志とは、消滅の自覚だ。』

    「君はどんな形が好き?」
    「形? ですか?」
    「そう、三角形とか、五角形とか、立体でも良いよ」
    「あの…、犀川先生は、どんな形がお好きなんですか?」
    「三対四対五くらいの直方体だよ、一番好きなのは ー 平面では、正七角形かな…。あるいは、一対一・三くらいの楕円も捨て難いけど」

    「その質問をする君が、興味深い ー 質問は、質問する人を表現するんだ。それに対する返答なんかとは無関係にね」

    『動いているだけで見ている者を安心させる機能がある。止まらないことだけが、生きている証拠なのだ。』

    『皆、仕事をして、疲れて、それでも何かを求めて、誰かを愛して、毎日、電車に乗り、階段を上り、汗をかいて、要求して、妥協して、喜んだり、怒ったり、それでも、忘れてしまう…、そう、最後には、全部忘れてしまうのだ。
    何も残らない。
    結局、スケッチブックは、真っ白のままで、終わってしまうに違いない。
    簑沢杜萌がしたことは、何かへの抵抗だったのだろう。
    たぶん…。
    いや、きっと…。
    きっと彼女は立ち止まっただけだった。
    雑踏の無秩序な人の流れの中で、彼女は一瞬立ち止まっただけ。そんな些細な抵抗だったのではないか。』

  • 今回は今までと違って、時間の幅が広かった。
    それはきっと同時進行している作品『幻惑の死と使途』の存在があるからなんだろうなと思う。

    先にこちらを読んでしまったけど、内容は面白かった。
    ただ、最初の頃と比べても軽くなった気はする。

    読み慣れたせいなのか、実際の作品傾向がそうなのか…。
    それでもやっぱり惹きこまれてはしまうのだけど。


    私はたぶん犀川先生は好きなタイプではないな、と
    なぜか今回の話で気付いた。

    最初の頃のような登場人物の魅力がなかなか見出だせなくなってきた…。

    これから読む『幻惑の死と使途』に期待。

  • これもタイトルが好きです。

    夏が嫌いなのに、舞台の季節が夏だったり、タイトルに夏が入っていると、何だかノスタルジーに浸れる気がします。

    良い叙述トリックです。
    これはやられたと思いました。幻惑~と繋がっていたことや、犯人があの子だったことや、色々驚かされました。

    あと、オシャレ!って印象が強い。
    どこがどうオシャレなのかはシラネ。

  • 確かに同時に起こったもう1つの事件と比較すると地味かもしれませんが・・・いや、十分とんでもない。

  • 読みごたえがあったけれど、終わりはあっさり。

  • 悲しい最後だった。ちょこっとだけ光を残して。
    この本はそれまでの他の本と少しだけ違う気がした。

    スカイクロラで見たあのリズムが、ここでもほんの少し見ることができた。

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    読了後の感覚が残ったまま、ぼーっと考え事をしていたらいろんなことが浮かんで、整いそうでまだ整っていなかったことの整理がついた。
    だから★の数を変えちゃったよ。

    最後のシーンを振り返っていた。3冊目の最後が浮かんでくる。綺麗で余韻が残るものだった。この本はその3冊目の綺麗な余韻とはまた違うけど、残る。だから振り返っていたんだと思う。

    何事においても、すべて今直面している問題に関連があるって思ってしまうのは、自分自身による強烈なバイアスのためだろう。それを示唆してくれている気がした。素生の存在がそれだ。
    事実・可能不可能だけを考える。その範囲内で。そうすれば導かれるものがある。けど、機械じゃないから、それを最初から完全にはできないんだよね。分けて考えるってわかっていてもそれができないことってある。そんな姿を萌絵に見た。
    それは自分も同じ。
    全部関連するってどこかでそう思い込んでいる。今のXXに関連するかもしれないって。
    なんだかこれって自分で勝手に寄せて考えているだけ。それは目の前のものをありのままの姿で見ていないこととイコールなんだろうな。インタビューの教室で痛感したあの痛みを思い出す。
    自分で目にバイアスをかけてしまったら、見えるものも見えなくなっちゃうだろうし、ないものを見ようとしちゃうのかもしれない。

    「旅」を語ると、たいてい「自分探し」というキーワードがついてくる。これは嫌いだった。違和感があった。そんなことしてないし、純粋に旅が楽しかった。自分探しなんてしてたら現地をそのまま、ありのまま受けとめられない。あ、私の違和感はそこに反応していたんだな、ってわかった。

    理系で、マーケティングの仕事をしていて、ものすっごく合うって思った。ドライだったから、感情論を置いておいて状況の整理、人の行動の分析ができた。そこそこの切れ味だったような気がする。
    年月を経て、数々の仕事を通して、感情面への興味も強くなっていった。同時に、いつの間にか整理や分析の切れ味が悪くなっていった感覚があった。いろんなことを知ったからかなって思っていたけど、きっとバランスの取り方が、切り替えの仕方がわかっていなかったんだろうな。
    ドライに分ける。感情を乗せる。一緒に考えないとダメなんて思いそうだけど、ここをあえて別々に考えを走らせる必要がありそうだ。これからは意識してみよう。

    証。キロク。
    こういう考えを書き留めたい。
    それは自分のためでもある。でもそれ以外もある。自分のためだけだったら秘密のノートでいい。あえて公開で書きたくなるのはどうしてだろう?
    それはずっと前からぼんやり考えていた疑問。9月、きょうこちゃんからももらった問い。そしてそのときは答えは生まれなかった。
    それがわかったよ。
    ただ、単に共有して、共感者に出会いたいだけ。そうなんだなってわかった。どんなに確率が低くても、誰かが共感してくれたらそれはすごくうれしいんだろうな。会話してみたくなるんだろうな。知人じゃなくてもいいんだ。むしろその方がわくわくしていいのかもしれない。
    最近、twitterやfacebookに書きづらくなって、やっぱりblogかなーってなんとなく頭に浮かんでいたんだけど、それはこういう感覚からきていたんだろう。私を記号で見ない誰かと会話する楽しさが欲しかったんだろうな。(その点でいうと、西村さんのワークショップでの自己紹介禁止ルールって本当に素晴らしいと思う。)

    パーソナルブランディング、という言葉が嫌いである。有名になりたいって何?って思う。いったい誰の有名に、特別に、なろうとしているのか?それを考えているのだろうか?って思っていた。
    人はそもそも相対でしか評価できない。絶対評価だなんて厳密には無理だ。
    じゃぁ、誰の特別になるの?
    それを考えずに、ブランディングだなんて・・・有名だなんて・・・
    (正直、いわゆる有名人って私にとっては無名人だもんな。興味ないもん)
    おかしくない?って思っていた。でも自分のキロクの公開についての答えが見当たらない。なんとなくそうしたい、の感覚だけ。その感覚の根っこはちょっとした期待だった。
    自分の思考を書いているのは、どこかにいる共感者がいてお話しできたらいいなっていうそんな想いがあったのだった。それらしきことは多々多々語っているけど、ようやくすっきりした。
    だから有名になりたいとかそういうのはないんだよね。名前を知られていなくっていい。そういう記号的なものは外して、ただ純粋に思考や思想を交流させたい。

    さて、これまでの長いメモは、30分くらいのシャワータイムに派生して思いふけっていたこと。順番はこのとおりだったかはわかんない。
    書くのには時間がかかるなぁ。頭のスピードに、文字も手もついていけないや。当たり前だけど。

    今日はとっても清々しい。
    いろんな靄が消えた感じがした。
    こんなにすっきり思考が開けた、というか通ったのは久しぶりかも。


    ♯私はいつくらいから感情の種類が増えたんだろう?ふと疑問に思った。社会人4年目くらいからだいぶ変化はあっただろうけど、大学生のときってどうだったんだろう?記憶が・・・

    ♯さて、私の思考は、ランダムなのか?シーケンシャルなのか?あはは、愚問かな。

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著者プロフィール

森 博嗣(もり ひろし)
1957年、愛知県生まれ。作家、元研究者。名古屋大学工学部建築学科、同大学大学院修士課程修了を経て、三重大学工学部助手、名古屋大学助教授。名古屋大学で工学博士を取得し、2005年退職。学会で数々の受賞歴がある。
作家として、1996年に『すべてがFになる』で第1回メフィスト賞を受賞し、同作で作家デビュー。S&Mシリーズとして代表作の一つに。『スカイ・クロラ』シリーズは本人も認める代表作で、2008年アニメ映画化された。その他にも非常に多くの著作がある。

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