スプートニクの恋人 (講談社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062731294

感想・レビュー・書評

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  • 「スプートニクの恋人」村上春樹。
    読み始めてすぐに「もしかして?」。
    中盤でハッキリ言及され「やっぱり!」。
    この小説、舞台が、東京都国立市なんです。主に。いや、一部が、かな…。
    だからなに? と言われると、何でもないんですけど。自分が若い頃に寝起きしていた街なので、懐かしいなあ、というだけで。この本の魅力なり本質と言うものとは、関わりはありません。いや、無くもないのか…
    どことなく浮世離れした、と言っても所詮は多摩地方である、という小奇麗でサバーバンで文教地区で山口百恵な感じが、ムラカミハルキワールドにけっこうイケるんぢゃないかなって思いました。間違っているかも知れませんが。(村上春樹ワールドについてと、国立市についての両方とも)
    たしか、「ぼく」が国立市に住んでいて、「すみれ」が吉祥寺の設定だったと思います。中央線コネクションですね。
    #
    1999年に発表になった村上春樹さんの小説。
    らしいと言えばらしい、そして村上さんの小説の中では、長編というよりも、「長い短編」と言うべき系譜に所属する気がしました。
    「羊をめぐる冒険」「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」「海辺のカフカ」「ねじまき鳥クロニクル」などのような、なんていうか複数の断層があるような感じではなかった、というだけの意味ですが。
    #
    語り部は「ぼく」で、日本の都市部で暮らす20代の男性。仕事は小学校の教員。
    その「ぼく」が恐らく大学生時代からなのか、付き合いである女友達が「すみれ」。
    簡単に言っちゃうと、すみれちゃんは小説家になることを信じて疑わず、親が開業医で金があるために仕送りで暮らし、ロックでアウトローな雰囲気と外観で朝寝て昼起きてタバコを吸って小説を書くのだけど一つも書き上げることなく暮らしている。
    そして、ほとんど依存の関係のように「ぼく」に深夜電話をかけてきたり、とにかく絡んでくる。
    「ぼく」はずうっとそんな「すみれ」のことが大好きなんだけど、男女としては相手にされないであろうことを感じていて、タダの友人関係に甘んじている。仕方なく別に男女関係の相手を作ったりしているのだけれど、やっぱり好きなのはすみれちゃんだった。
    そんなすみれちゃんが22歳のときか、強烈な一目惚れ、運命の恋に落ちます。相手は、かなり年上で、相当なお金持ちの実業家で、韓国籍の人で、既婚者で、そして女性だった。物語の中ではミュウという呼び名。そして、このミュウさんは別段同性愛者ではない。
    ミュウを求めるすみれ、すみれを求める「ぼく」。三人の物語は東京からギリシャの島へと移り、すみれは失踪した…。
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    と、言うようなお話。
    すみれちゃんの、ミュウさんへの恋心の経緯を追っていく物語は、起承転結で言うと「転」のあたりで、「えっ?」という急展開を見せます。言ってみればそれまで、洒落た心理描写と語り口の一風変わったよろめき恋愛物語みたいだったのが、突然、カフカ的な不条理のるつぼに叩き込まれる感じ。
    なんだけど、そんな中にもしっとりとロマンチックが止まらないのが村上春樹さんの暴走する恥ずかしさ。素晴らしさ。
    ちょっと途中で「分かったからもう次に展開してください」と訴えたくなる思わせぶりな生殺しの時期もありましたが、総じて憎らしいくらいに先を焦らして意外に転がして、どきどきわくわく読ませてしまう。
    そんなカッパエビセン風味も、「長めの短編」感がありました。「多崎つくる」とかと似ています。
    で、まあ、相変わらず恋愛なんです(笑)。でもそれでいいんです。恋愛について描かれているけれど、その向こうに伝えたいことってきっと恋愛性愛ぢゃ、ないんだなあ、って言う気がします。
    なんでも上手く書ける人は居ません。
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    読後に後味として僕が感じたのは、「社会に出る。世界と対面する」みたいなことの、とても孤独な風景でした。
    素敵な仕事をしていたり、恋愛やセックスの相手がいたりするのだけど、結局のところ語り部の「ぼく」には「すみれ」しか居ないのです。だから「すみれ」を失うことになって、どうしてこんなにも人がいるのに、こんなにも孤独なんだろう、みたいな感情がやってくるんです。
    (そして、そんなことにもいつか慣れてしまうのだろうということと、それだからと言って寂しくなくなったのかというとそんな事はないということと。)
    そんな風情をくっきりと感じました。
    もともと、作家志望のすみれちゃんは、作られた人物として確信犯的にお嬢ちゃんでスタイルから入っているヒッピーもどき的な甘ちゃん半ちくオメデタひとなんです。ある現実的な見方からすれば。
    つまりなんというか、恐ろしく「か弱い」んだと思います。その「か弱さ」を描いて、そこにしか「ぼく」が安らぎがないとすれば、社会や世界みたいな巨大なものを前にしたときに、ぼくらはゴリアテを前にした少年ダビデのように非力だ、という気がしました。かなり論理的ではなくて恐縮ですが。
    なんだかそんな、ひ弱さと腕の細さをしみじみと ギリシャで夜で裸足の浜辺 寄せては返す月光を 冷たく湿ったキッチンで ワイン片手に待ちぼうけ…
    と、言うような一幅の油絵を眺めたよう。なんだか「青の時代」。
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    村上春樹さんのこの手の小説の面白さというのは、そこからどういう読み取り方をして解釈をして、…ということへの、手がかりや階段やヒントが、バッサリ存在しないことだと思います。
    書いた村上さんにはもちろん書く上での動機や思いがあるわけですが、それが簡単にまとめられちゃうような書かれ方をされていない。
    だから、そこには結局、テーマや解釈とか狙いとか、そういうものを小説が媒介するのではなくて、「小説」しかありません、みたいな。
    だからああ、愉しめば良いのだし、何を感じるのかというのは、僕次第なんだなあ、といつも思います。その「僕」だって、違う日に、違う年に読んだら、また違った味わいになるのでしょう。
    なんだカンダと思いはしますが、面白かったことだけは否めません。パチパチ。
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    そして、やっぱり村上春樹さんって、「つかみ」のキャッチーさみたいなものを、アザトイくらいに意識してるのではなかろうか…と思いました。
    なんていうか、そこンところは凄く通俗(笑)。
    「小説家志望のヒッピーな女の子が、年上で既婚でリッチで韓国籍の女性と運命の恋に落ちた。さあどうなるどうなる…」
    うーん。
    うまい。
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    更に最後に感想として。
    村上春樹さん自身もどこかで書いていたと思うのだけど、
    「彼女は決して美人というのではなかったが〜〜〜」
    と、言う文章的設定って、なんとかならないものなんだろうか?
    ここのところ小説みたいなものを読むたびに、このフレーズにぶつかっている気がします。もう、その度に爆笑してしまいます。
    とどのつまり、個性的で魅力的な女だった、ってことに必ずなるわけです。
    なんだかこう…言い訳がましいっていうか…
    もういいぢゃないか!「彼女は美人だった!個性的な!」で…
    ####
    以下、物語のあらすじというか、段取り。自分のための備忘録。
    別段それまで同性愛者だとか全く自覚していなかったすみれちゃん。だけどとにかく恋に落ちちゃった。
    そこから夢物語みたいな展開で、すみれちゃんはミュウさんに気に入られます(同性愛者という意味ではなくて)。ワインの輸入なんかの優雅なビジネスをしているのだけど、その会社に雇われます。ちゃんとした服を買ってもらい、いい給料を貰います。
    そうやって、段々とすみれちゃんはまともな社会人に近い感じになっていく。「ぼく」との時間も減っていく。
    すみれちゃんとミュウさんはビジネスでヨーロッパ旅行。優雅。そして、そのままギリシャの素敵な島でバカンス。
    と、その頃に「ぼく」のところにミュウさんから国際電話。すみれちゃんが大変なことになったからすぐに来て、と。
    どういうことになったのかも分からないままにギリシャに向かう「ぼく」。小学校は夏休み中。
    ギリシャに着く。ミュウと会う。なんだか空虚な焦らしみたいになかなか何があったのか言わない。
    要はとにかくすみれちゃんは失踪してしまった。
    語り合ううちに、ふたつの内緒話を知る。
    ①失踪する前の晩、すみれは同性愛行為的にミュウさんに言い寄った。ミュウさんは拒まなかったけど応えられず。それを感じたすみれちゃんは引き下がった。
    ②ミュウさんは、十年以上前に、観覧車に乗っていたら遠くに「もうひとりの自分」が見えた、という恐怖体験をして以来、髪の毛が真っ白になって、誰ともHが出来ない人間になった、という。
    そのふたつを知っただけで、すみれちゃんは戻らない。
    仕方ないので、「ぼく」は日本に帰国。
    「ぼく」は、実は小学校の教え子の母親と不倫Hをする関係だった。ところがその教え子が万引きで捕まった。何かしら子供に悪影響があるんだろうな、と察した「ぼく」は別れることにする。
    そんなこんながあったりしてしばらく。
    突然、「ぼく」に、すみれから電話がかかってくる。
    「いろいろあったけど戻ってきた」と。
    終わり

  • 久しぶりの再読。こんないい本だったとは。前読んだときより響いた。やっぱりタイミングってあるんだな。村上春樹はとくにそう思う。

  • この小説が好きで4回目の読了。
    登場人物が少なく、物語の世界も限定的。
    ひどく孤独な恋の物語。
    一人の人生がどんなに豊かでもやはりその活動できる範囲は限界が有り、ほとんどの人は狭い世界を限定的に生きる。
    大切な人も絞ってみると非常に少ない。
    そんな限定的な人生で出会う人達はやはりそれだけで物語が完結してしまえる程、存在感がある。
    どんな人生が良いのかわからないけれど、こんなスモールワールドでも充分幸せに物語を紡いで行ける。

  • 村上春樹は文章が気に障るっていう話でとある人と盛り上がった。そうなの?あるいは。みたいなやりとりとか。言葉の選び方が、ひとつひとつひっかかる。良い意味でも悪い意味でも。だからずっと違和感を抱きつつ、でも読んでしまう。

  • 遡って、今読むと村上春樹的な小説の全てが含まれているように感じる。中編の分量であるが故に、余計に村上春樹的な部分が色濃く出ている。

  • 苦しい。相変わらずすんなりと読ませてくれない。ノルウェーの森よりはかなりマシだけれど。村上春樹を読むのってどうしてこんなにしんどいんだろう。内容はそんなに悪くなかった。いや、かなり良かったのかもしれない。感情移入も、共感もそれなりにできたし、いろいろと考えることもできた。

  • これは面白かった。あちこちにとぶ妄想のような世界と、スピード感あふれる世界に惹きこまれた作品。
    今のところ、村上春樹の作品では唯一肌のあった本。

  • 村上春樹の本は、海辺のカフカが初めて。
    その時は、読みづらいし、内容も上手く入ってこなくてなんで、こんなに評価されている本なのかわからなかった。

    でもスプートニクの恋人は、何気なく喫茶店で、手にとってみると、数ページ読んだだけで引き込まれた。
    綺麗な文章だと思った。恋愛感情の表現が誠実な感じがして、好きだなーと思った。
    小説家を目指すすみれが、青春してるなーって感じで輝いてみえたし、主人公とすみれのやりとりが、温かく思えて良かった。

    すみれがいなくなったあたりから、なんか海辺のカフカっぽいファンタジー要素が出てきた気がする。
    でもファンタジーって言っても、ゲームみたいなファンタジー性じゃなくて、「あぁなんか、あるあるこの感覚。もしくは、憧れている現実性のある非日常みたいな感じ。」と、とにかく親近感がわく、ファンタジー性がとても素敵だった。

    ストーリーとしては、説明しづらくて、なにがどうだったからハッピーエンド、みないたわかりやすさはないんだけど、個人的には後味がいい、お話でした。

  • 春樹の作品の中の登場人物にはいつも多少いらいらとさせられるけれど、
    スプートニクは素敵な登場人物ばかりだと思う。

    1年くらい前に読んだけれど、たまに小説の中の些細な情景を思い出す。
    あいまいなエンディングが氾濫しまくる世の中で(そこがいいこともあるんだけれど)、さっぱりと分かりやすいハッピーエンド(恐らく)でほっとした。

    がむしゃらな小動物みたいな「すみれ」とぜひとも友達になってみたい。

  • 久しぶりの村上春樹。
    再読。

    一言で言うと、とても良かった。
    この本はあまり印象が残っておらず、あんまり面白くないかもな、と思いながら読んでいたのですが、中盤から引き込まれ、一気に読まされてしまいました。
    色々自分に置き換えてしまいますね。
    深い余韻が残ります。

    やはり、村上春樹の文章は美しい。

    どうか希望を捨てずに。

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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