スプートニクの恋人 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 13702
レビュー : 1249
  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062731294

感想・レビュー・書評

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  • 再読。尻切れ蜻蛉な気がしないでもないが、基本的には好きな作品。それはたぶん作家志望の若者について描かれているからだろう。すみれのような若者が発揮するイタさは決して他人事だと笑ってはいられない。
    また、語り手の「ぼく」が自己というものについて言及する箇所が多くある。特に、自分が自分について語ることにまつわる古典的なパラドクスに対する考察(85-6)と、生身の身体を外の世界から守るために駆動されるフィクションをトランスミッションに喩えている箇所(96-7)が興味深い。ちなみに『若い読者のための短編小説案内』において、著者はエゴと外界の間でバランスを取る自己(self)というものに注目して、日本の短編小説についての話を進めている。その本の中で示された図式がちょうどここのトランスミッションの喩えで伝えようとしているイメージだと思われる。
    それからこの小説では実生活とフィクション、ないしは現実と夢というような話も頻発する。おまけに小説内小説のようなものまで出て来て、後半は何度読み返してもいまいち釈然としない。それはおそらくこの話を語っている「ぼく」自身が自分が今見たり聞いたりしているものを現実のものとして断言できないでいることに原因があるように思う。なればこそ、そうした曖昧さの中で「にんじんの手の温もり」をとりあえずの手掛かりにして日常に帰って行く「ぼく」の姿にひどく心を打つものを私は感じたし、すみれからの電話を夢想したかもしれない「ぼく」の姿にやるせない気持ちになった。

    ギリシャでタクシーの運転手からEUの通貨統合に関する話を「ぼく」が聞かされるくだりがあるが、2012年現在においてこのエピソードを読んでいると色々と考えさせられる。

  • 発売当初以来の再読.当時ジャック・ケルアックが好きだったの「路上」からの引用など結構ワクワクして読んだ記憶があるが,再読はあまりときめかなかったな.

  • 『スプートニクの恋人』は村上春樹流ギリシャ神話だ。ある夜に「ムコウガワ」に閉じこもったすみれ、永遠にまぐわうことなきミュウと、電話線でつながる主人公。主人公とすみれ、ミュウが各々抱える決して交差するない絶対的孤独と溢れ出る精神的枯渇感。村上春樹氏が描くいつもと一味違うパラレルワールドは切なくも美しい物語である。

  • 歳を重ねても『スマートでチャーミング』と形容される人になりたいものです

  • ★4.1(3.48) 1999年4月初版。ついに著者の長編小説14冊のうち13冊を制覇(あとは「羊をめぐる冒険」のみ)。この小説も著者らしさが至る所に出てきますね。ミュウとすみれとぼく。色んな事が展開されるが、結局最後、皆どうだったのかというのはよくわからない。ただ、他の小説にも出てくるように、現実の世界とパラレルワールドを登場人物が行き来すると考えると良いのだろう。それにしても、この小説も日ごろ著者が考えている頭の中について第三者を通して言わせているような内容ですね。今後著者研究の本も読むと面白いかも。

  • 2018/08/08

  • 久しぶりに村上春樹を手にした。
    以前読んだ「ねじまき鳥・・」のちょっとしたノスタルジックでファンタジックな心地よい感覚が読みながら何故か蘇ってきた。小学校の先生である僕と大切な友人である22歳のすみれ、そしてすみれが恋に落ちたミュウについて、様々なストーリーが彼女の部屋からギリシャの小さな島まで村上春樹らしく広がっていく。

  • 読後感の良い詩的な作品。
    「ぼく」とすみれとの関係の描写はもちろん、にんじん親子との交流の場面も良かった。
    今まで読んだ作品の中で個人的に1番この作品の主人公が好きだった。

  • とても不思議な物語でした。うん。凄くこう、不思議です。一応、ジャンルとしては、恋愛もの?ラブストーリー?になるらしい?あらすじによると。ただし、「とても奇妙な、この世のものとはおもえないラブ・ストーリー!!」という注釈も書かれております。

    途中までは、風変りながらも、「ああ、現実世界の話やなあ」という感じで読み進めることができるのですが、途中から、まさにファンタジーになりますね。村上さん的な感じでいいますと「あちら側」の登場、ということになりますでしょうか。ミュウが、スイスの町の遊園地の観覧車に閉じ込められて、双眼鏡で自分の部屋を覗いて、そこで、フェルディナンドと「もう一人の自分」が、「あらゆること」のセックス?をする場面を見ることの描写。ここから、なんといいますか、世界は決定的に変わる、といいますか。ああ、ファンタジーになったね、と言う感じがしました。個人的に。「回転木馬のデッドヒート」のなかの短編の一つに、これに似たテイストの話、あった気がしました。あれも好きでした。男性が、好きな女性の部屋を、双眼鏡でのぞき見る話。彼女の生活を覗き見る話。ベタベタする嫌な汗を書く話。確か、あった気がします。

    この部分以外は、基本的には、現実な話だと思います。失踪していた、すみれが、なにはともあれ現実世界?に戻ってきたところも、百歩譲って?なんとか合理的に説明はつく気が?する?のですが、あのミュウが二つに引き裂かれる?エピソードだけは、完璧に不条理、というか不合理、というか、ファンタジーですよねえ。だって、自分はここにいるのに、もう一人の自分が、遠く離れた場所から覗き見る先の自宅で、男とセックスするのを、まさに、見ることとなる、なんて、ありえへんやん。無茶でっせ。

    とか思いつつ、それを、全然こう、納得いかん、ふざけるな。意味わかんねえ。とは、一切ならない。そこが村上春樹マジック。「くうう、、、むう、、、不思議だなあ、、、(不謹慎な表現ですが)おもしろいなあ、、、」と、思えてしまう事の不思議さよ。本当にまあ、これは、不謹慎ですが、魅力的なお話なのです。なにがどう、魅力的なのかは、全く説明できませんが。

    文章も、「これぞ村上春樹」という感じの、村上節大炸裂の文章ですよね。特に前半部分に、そう感じました。個人的には良い意味で、すっごく肩の力を抜いて、作品を読み進めることができたのです。前半部分は。後半は、ちょっとこう、ヘヴィーな展開になってきたので、「うう、、、辛いなあ人生って」とか変な事思いつつ読んだので、なにしろ前半の雰囲気が、すっごく好きですね。変な表現ですが「村上春樹が村上春樹を演じている」みたいな雰囲気すら、感じた。「これこそが、皆さんの望んでいる、僕の文章でしょう?どうぞ。お受け取りください。ご堪能ください」って、余裕綽々で差し出されている感じで。いやもう、村上さん、すっごい力を振り絞って、こうした作品を書き上げておられるはずなのに、凄いこう、大ベテランの手練手管、というか、余裕綽々さを、感じたのです。僕は。あくまでも個人的に、です。

    まあ、はっきり言って、大好きですね。何故こんな作品を、創造することができるのだろうなあ。凄いなあ。これ、1999年に刊行されているんですよね。2018年現在からすると、19年前。もう、いやんなっちゃう。19年前に、既に、こんなに凄かったのか。いやんなっちゃう。やっぱもう、どうしても、どないもならんくらい凄いですなあ。村上春樹の小説を読むことができる、ということは、そらもう稀有な体験ですね。ちゃんと理解はできないが、それでも、それでも。読みたいんですよねえ。

  • 2018年5月23日読了

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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