スプートニクの恋人 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 13704
レビュー : 1250
  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062731294

感想・レビュー・書評

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  • 2018年5月23日読了

  • ずいぶん昔に読んで再読。

    この頃にはまだあちらの世界にはいかないのか、とあらかたハルキさん読んできて思うのであった。

    魅力的な地中海よ、やれやれ。

  • 同性に恋をした20代女性と、その彼女に恋心を抱きながら支え続ける男性。ギリシャで失踪した女性を探すうちに、現実と幻との境目が曖昧になっていく。

    人付き合いが苦手で自分の世界に閉じこもりがちな女性が、自分を認め新しい世界に引っ張り上げてくれた大人に恋をするというのは、たとえそれが同性相手であろうとあり得る話だ。
    その一部始終を相談をされる主人公も辛いが、彼もまたバランスを取るかのようにほかの女性(しかも教え子の母親)と体だけの関係を持ち続けている。こんなふうに、村上春樹の作品には倫理観に欠ける主人公がしばしば登場する。

    初読かどうか定かではなかったのだが、部分的におぼろ気な記憶もあり、おそらくは再読。
    月や井戸のようなもの、異世界とのつながりなど、他の作品にも頻繁に出てくるキーワードが散りばめられ、作者らしさがさらりと味わえる作品だ。

  • 小説家を見つけたら、では、本のページ折るのは失礼だって言ってたけど、好きなページは無意識に折っちゃう
    これは折り目だらけ

  • 保護者と不倫する教師なんているんだろうか?

  • すみれ、ミュウ、そして小学生の男の子「にんじん」。彼らは一種の精神病を患っている状態なのではないかと感じた。
    考えれば考えるほど分からなくなった時、または本人はそのつもりはなくても孤独で閉鎖的な生活を送っている時、傍で支え安心感を与えてもらえるような他人との繋がりを、人は精神的にも、肉体的においても必要とするものである。
    喪失を感じながらも人はそれに惹かれ、いずれ離れることが分かっていても大事に傍に置いておきたがる。
    長い人生において、短期間のみ交り合う出会いもあれば、長期間寄り添うような出会いもある。
    個人が必要としているものを満たせる相手とタイミング、はたまた宿命的な何かを感じた。

  •  読み終わってからずっと、この本へ思いを巡らせている。読書そのものを楽しめる本も良い本だが、心のひだに何かを残してくる本こそ、大切にすべき本なのだと思う。そして、村上春樹はそういう文章を書くからこそ、世界的作家になりえたのだろう。

     これは、すみれと「ぼく」の物語だ。すみれに恋をしている「ぼく」。ミュウという既婚女性に恋をしたすみれ(広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋)。あるとき、ギリシャの島をミュウと旅していたすみれが失踪する。手がかりを求めに「ぼく」はギリシャへ旅立つが、すみれは見つからないまま時が過ぎる…。

     さて、たくさんの謎が残る。
     フロッピーディスクに残された2つの文章がすみれの失踪の手がかりであることは間違いない。1つ目の〈人が撃たれたら、血は流れるものだ〉とはおそらく、真実と向き合おうというすみれの決意の表れだろう。そしてもう1つは、ミュウが「こちら側」と「あちら側」に分割したときの話である。すみれは、「あちら側」のミュウをも愛していると語る。すなわち、ミュウの半身を取り戻すために「あちら側」へ行ったのだという「ぼく」の予想は間違っていないだろう。しかし、「あちら側」で何が起こったのか、すみれはどうやって「こちら側」へ戻ってこれたのか、読者がもっとも知りたいことは書かれていない(「いろいろと大変だったけど、それでもなんとか帰ってきた」、それだけである!(いい意味で)不親切すぎる!)。
    「ぼく」が見かけたぬけがらのようなミュウは、すみれが「あちら側」のミュウを取り戻せなかったことを表しているのだろうが、あとのことはわからないままだ。

     一見物語の筋とは離れたところにある「ぼく」とガールフレンドの別れが、すみれの帰還に影響しているのだろう。にんじんが意味のない万引きを繰り返したのは、自分の母と、「ぼく」の関係を知り、何かを訴えたかったからだろう。その関係を清算したことで、にんじんは万引きをやめ、すみれは帰ってきた。一見脈絡のない〈原因〉と〈結果〉だが、そう考えればしっくりくる。

     久しぶりに村上春樹を読んで、あれ、やっぱこの人天才やなと再確認(「村上春樹の小説」=「村上春樹」と言ってしまうのは、やはり彼がそれだけ唯一無二で象徴的だからだろう)。ただの無機質な警備室も、人間の心のうちにある観念的なものも、ものすごい立体感と時間の積み重ねを伴ってこちらに迫ってくることに静かに感動してしまった。

  • This story belongs to love and sci-fi story, but as story goes on, you may find this is more enjoyable as a philosophical book about human beings. Have fun with fantastic expression and description of Haruki Murakami's world.
    (みずほさん)

  • 小学校教師の「僕」、小説家志望の「すみれ」、美女「ミュウ」の三人の込み入った人間関係を描く作品。
    僕はすみれに恋し、すみれはミュウに恋し、ミュウは既に夫がいる。ギリシャに行ったミュウとすみれ。突如すみれが行方不明になり、ミュウに助けを求められてギリシャに渡る僕。すみれのフロッピーから明かされる真実。
    どこまでが夢でどこまでが現実なのかわからなくなっていくが、ミュウは一人で観覧車に乗った夜、自分の半身がとある男性と性交渉を行っている姿を見てしまう。それ以来、ミュウは自分の半身を喪ったまま(「あちら側に行ってしまった」)で、誰にも性愛の情を持てなくなってしまったらしい。僕はすみれがミュウの半身を求めて「あちら側」に行ったと推理する。最後に、東京に帰ってきた僕にすみれから電話がかかってきた所で物語は終わる。(本当のすみれなのかは不明。僕の幻聴かも知れない)
    最初は中々ストーリーに入っていけなかったが、ギリシャに渡るあたりから一気に面白くなって、読み終えてしまった。
    村上さんは、謎のちりばめ方がうまくて舌を巻いてしまう。
    あと、ミュウの描写が好きだった。日に焼けて、ほっそりと締まった体をしていて、しぐさや身に着けている上品なアクセサリーや服装からもとても美しい女性であることがよく分かった。ミュウという名前も不思議な感じがした。すみれの小説が小説にならない理由も、なんだが分かる気がした。でも、そのすみれの小説も本当は村上さんが書いているのだから、凄い。
    あちら側の世界とこちら側の世界(あちら側に行けてしまうことが怖いのだが)。読み手に色々と考えさせてくれて、想像する楽しみが深まる作品だった。

  • 2018/01/15

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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