月は幽咽のデバイス (講談社文庫)

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  • 講談社
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本棚登録 : 3215
レビュー : 250
  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062736985

感想・レビュー・書評

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  • Vシリーズ3作目。
    狼男が出るという噂のある屋敷の中で衣服を引き裂かれた凄惨な死体が発見される。
    しかし、現場は密室、室内中に散った血、そして水槽の側には大量の水。
    事件の真相に瀬在丸紅子が挑む。

    *****

    『今はもうない』(S&Mシリーズ)を読んだ時もまんまと森博嗣さんに「ヤラレタ!」と思ったけれど、また「ヤラレタ!」。
    物語を読み進める時点で、いや、この本を読もうと思った時点でかもしれない。
    私の頭の隅にある概念がごとんと重い音をたててまるごとひっくり返されちゃう感じ。
    ミステリとはこーいうものだ、犯人やトリックはきっとこーいうことだ、という基本軸をぐるりと動かされてしまう感じ。
    森博嗣さんにはまってしまう要因でもあるのだけれど、またまんまとひっかかっちゃったなぁと。
    さぁ、次も読むぞ。

  • やはり、なんともスマートでオシャレなミステリー。
    意味があると思われていた、殺人現場の状況が、蓋を開けてみれば偶然の産物だったとは。
    まさか、密室だと思っていた空間が、あんな方法で密室ではなかったとは。ホーンテッドマンションを思い出した。
    何度か思い込みを覆された。

    結局、最後まで、事故だったのか殺人だったのかは判然としない。それがまた、ざらりとした気味の悪さを残して印象深い。

  • 推理小説を読む時、読み手と作家の戦いのようなものが始まる。
    作家の仕掛けたトリックを読み手は解きあかそうと、糸口を探そうと躍起になる。

    でも、この本を読むと犯人(作家とも言える)との対決という意味でなく、事実を一つ一つ考慮し筋道立てて考えるという工程を純粋に楽しむことができる。

    /瀬在丸紅子の探偵ぶりが楽しめる一冊

  • 再読。
    Vシリーズ面白くなってきた。
    保呂草と紅子の怪しい感じとか、人間関係の謎が積み重なってきた。
    で、結局ペットの獣はなんだったのだろうか??
    ただの事故だったのか?
    真相は闇の中で終わってしまっているが・・・満足感はある。

  • こんなん分かるわけないですやん……。   
    17年前の作品に先入観固定観念を利用されしてやられた。       
    人間の脳はこれくらいじゃあ変わらないらしい。     
    なんだか不完全燃焼な終わりですが、なんだかんだ面白い。   
    2000年くらいならそろそろ携帯電話が出てきそうなものですが、このシリーズの間に登場人物たちが携帯電話を持つようになるのか、気になるところですね。

  • 「月の光は、どこの里もまんべんなく照らす。でも、空を見上げて、それを眺める人だけが、月を知る。月は、その人たちの心の中に住む。」
    「このように、人がなした行為でさえ、無意識、無意図のものが存在する。人は常に理由を持って行動するのではない。それにもかかわらず、常に理由を探そうとする。」
    「意図がないものほど恐ろしいものはない。意識のないものからは、逃れられない。雷や大波に対しても、だから、何らかの意志が存在すると強引に解釈して、ひとまずは細やかな安心に縋りついた。」

  • 事件そのものには不満がないでもないけれど、登場人物達のやり取りはやっぱり面白い。非常に評価が難しいけれど、こういうものだということは理解してきました。

  • 「保呂草が瀬在丸紅子に対して持ったイメージは、実にカオスだった。」このシリーズを読んでいる時に感じる違和感は、この保呂草が持っているイメージに原因がある。

     誰だってカオスな?イメージを持つ人と友達になりたくないだろう。なぜならば、人は相手の価値観などを推察しながら話を合わせているわけであるから、たとえば人格がコロコロ変わる人とは、安心して話ができないでしょう?それと同じ意味で、ヒロインがカオスな?イメージを持つ人だったらどうだろう。読者は、何の手がかりもなく、物語の行方を推察しなければならなくなるわけであるが、そのような読書は楽しいのだろうか(・・?

     私は、森先生が、ミステリー作家としては、「Who、Why、Howの全てを謎とする無謀な小説家」だとばっかり思っていたのですが、この理解は、全く的外れであったことが、『月は幽咽のデバイス』を読むことによって、ようやく理解することができました。
     森先生は「そもそもミステリーには、Who、Why、Howなど存在しなくても良いのだ」と考えていらっしゃるわけです。エピローグに保呂草潤平の回想として「人はすべての現象に意図を見出そうとする」と記述されているように、私たちは、現象に意図を見出すことによって、再発を察知し、防止したり適切に対処できるような気になって安心しようとするのですが、それをミステリーの世界に持ち込むことが、既成概念にまみれていることを、この作品で示しているのです。

     仕掛けとしては、S&Mシリーズの3作目に当たる『笑わない数学者』との近似性が認められますが、そこにオカルト的な謎を加えたところが新しさなのかな?しかし、森先生が超常現象を信じていないのは、明確なので、オチがそれでないことも明確なのが惜しいです。掃除機まで導入して証拠を押収しようとする鑑識が、仕掛けを発見できなかったということが一番の謎かも^^;

  • 文庫本にて再読

  • 御屋敷の設定は好き

著者プロフィール

森 博嗣(もり ひろし)
1957年、愛知県生まれ。作家、元研究者。名古屋大学工学部建築学科、同大学大学院修士課程修了を経て、三重大学工学部助手、名古屋大学助教授。名古屋大学で工学博士を取得し、2005年退職。学会で数々の受賞歴がある。
作家として、1996年に『すべてがFになる』で第1回メフィスト賞を受賞し、同作で作家デビュー。S&Mシリーズとして代表作の一つに。『スカイ・クロラ』シリーズは本人も認める代表作で、2008年アニメ映画化された。その他にも非常に多くの著作がある。

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