- Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062737050
感想・レビュー・書評
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この作者が織りなす悲しみの雰囲気は、少しだけ癖になりそう。
ハッキリと書くことなく、ジワリと滲ませる感じ。
表題作の「夏の約束」について。
MtFの美容師がひょんなことから入院することになる。
友人らがお見舞いに行くと、同じ病室の男性から心無い言葉を聞いてしまう。
"隣のベッドに新しく入った中年男性が、白髪まじりの坊主あたまをなでまわしながら、あんた、おかまちゃんの友だち?とぎすぎすした声で訊いた"
酷い。あまりの無理解さに頭痛がする。
それでも、友人らは抗議することなく、当の本人が苦しむ描写も為されない。
だけど、一人のゲイとして、あえて描かれなかった部分が容易に想像できてしまう。
この他にも、マルオというゲイの登場人物に為された差別的なアクションがすらすらと書かれる。
決してドラマチックに書かないことで、こんな差別的な言動は日常茶飯事でありふれたものなのだ、ということがむしろ強調されていた。
そっか、1999年の作品。時代はまだ寛容への道すがら…。
同時収録の「主婦と交番」も悪くなかった。
電車恐怖症の主婦から見た世界は、マイノリティの生き方を感じさせて、夏の約束と同じエッセンスを持っていた。
話と登場人物がよりシンプルなだけに、こちらの方が読みやすいかもしれない。
さて、どちらの作品もある種の魅力的な囲気を持ってはいるのだけど、小説として秀でているかと言えば、凡庸さは否めない。ということは付記しておく。
芥川賞、やっぱりよくわからない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
夏の約束
著者:藤野千夜
発行:2003年2月15日
講談社文庫
「夏の約束」:初出「群像」1999年12月号、単行本2000年2月
「主婦と交番」:初出「東京小説」2000年4月(紀伊国屋書店刊)
3年前に単行本で出版された「じい散歩」が最近文庫化され、売れているらしい。僕は去年、「団地のふたり」という短めの長編小説を読んだが、なかなか面白かった。じい散歩を読むつもりだが、その前に藤野千夜という人がどういう小説を書く人なのか、四半世紀近く前に芥川賞を受賞した「夏の約束」を読みたくなった。
「夏の約束」
第122回(1999年下期)芥川賞受賞
たぶん、主人公は松井マルオ。29歳で新宿副都心の高層ビルに入る会社で働く。昭和の人気力士だった増位山似の男性で、身長175センチ、体重95キロ。なぜ太ったかという高校生の頃の経緯も書かれている。
それに対し、フリー編集者の三木橋ヒカルは小柄のようだ。2人はゲイカップルで、ヒカルが「おねえ」だという表現を使っている。20世紀末に書かれた小説、今とのLGBTに対する感覚の違いも少し感じられる。言うまでもないが、この小説はそうした問題について最先端の理解者でもある。
この2人、一緒には住んでいない。お互いの家に泊まったりするが、一緒に住むという話題もたまに出るけれど、「そんな気ないくせに」という言葉を返すなど、なんか距離感がすごくいいのである。ヘテロ(男女)の恋人カップルでも距離感のいいカップルがいるけれど、この2人は結構、心地良い。「好きだ」というのも、あっさりとたまにしか言わないが、それもほどよい感じ。
岩淵のぞみは24歳のOLで、会社での人間関係がうまくいかず、不満を持って暮らしている。田辺菊江と仲良し。彼女は25歳の売れない小説家で、三木橋ヒカルとは幼なじみ。この4人は、よく会っていて、今度キャンプに行こうという話になるが、マルオも行こう行こうといいつつ、いい加減にしか聞いていない。
岡野さんという女性は、マルオが住む家の1階に住んでいて、マルオとヒカルが手をつないで歩いているところを何度も見ており、マルオがゲイであることを知っている。岡野さんは会社の上司と不倫をしていたが、それがバレたら遠ざかられてしまった。
平田たま代は、男→女のトランスジェンダーで、オスなのにアポロンという名の犬を買っている。叔母さんが経営する美容院で美容師をしていて、ヒカルの髪を切っている。
こんなメンバーがなんということのない日々を過ごす。最後、少し事件はあるが、ストーリー的に大きな展開ではない。各人の人生の背景のようなものが語られていく、そちらが主題であり、性的マイノリティーとそうでない人との、表だった対立があるわけではないが、相容れない、不寛容な部分を柔らかくえぐっていくような、さらにいえば、菊江の兄の弱々しい幼少期の話などが語る障害者などのマイノリティーの問題なども意識させられる小説。一見、なんということのない短い話の中に、複雑に弱者やマイノリティーの問題をからめている文学作品だった。
主婦と交番
29歳のなつ美(専業主婦、夫はスポーツ新聞社に勤めて単身赴任中)は、小2の娘・美加から、ある日、どうして交番に女性がいないのか、という質問をされる。交番に興味などなく、まともに見たこともなかった彼女だったが、買い物のついでに見てみると、いろいろと見えてきた。ピーポくんというぬいぐるみが置いてあることを知る。彼女はそれを「ピーポーくん」だと思っていた。サイレンからとっているのだろうと。しかし、ピーポだと娘から指摘される。
杉並区に住む彼女は世田谷区の境界に近く、各2箇所ずつの交番に足を運び、観察するようになる。そして、娘から警視庁に行きたいといわれる。交番に張ってあるピーポくんが、ポスターで警視庁の見学ができると案内していた。
彼女は乗り物に乗れない。高校生の時に、人身事故の車両に乗り合わせ、人が轢かれた様子を勝手に想像し、満員電車の中で吐いてしまい、その体験が尾を引いていて狭い乗り物に入ると気分が悪くなった。警視庁の見学にいくと、エレベーターの中で吐きそうになり、緊急で降りることに。1階で乗り、5階へ行くのに、3階で緊急停止。階段で上がると言ったが、案内の警察官にそれはだめだと言われる。すべて団体行動で見学してもらう、と。見学辞退を申し出たが、それもだめだと。全員の見学が中止になる、とまで言われた。
そんな警視庁では、ピーポくんは、ピープルとポリスから命名していることを説明される。 -
うすーいカルピスみたいな本。唯一のアクションシーンは終盤、顔に銅製の片手鍋が直撃するところぐらい。顎を割って入院した知り合いがいる自分にとっては、被害者の入院シーンは実にリアルに情景が浮かんだ。
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2023 6/4 #6
ゼミの課題本として -
なんだこの独特な表紙は…???
と思ったけど、ある意味表紙そのまんまのテンションの内容だったんだな
しかし、厄介な彼氏のいる太ったゲイ主人公とはたまげたな… -
<2022年度男女共同参画推進センター推薦図書>
◎信州大学附属図書館OPACのリンクはこちら:
https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BA67470387 -
何でしょうかこれは。切ないような虚しいような。結局大いに馬鹿馬鹿しい!笑
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登場人物にはゲイカップルやトランスセクシャルな女性、養護学校に通った兄をもつ作家や、乗り物パニック症の主婦など、世間でいうところの少数派に属する人達が沢山出てくる。世間の人達から好奇の眼差しで見られたり侮蔑されたりしつつも、彼らは彼らの日常を送っている。そんな日々を淡々と描いており、劇的な展開はないのだけど、胸にざわめきが起こる読書だった。そして自分自身がこの物語でいう「世間の八割」として少数派の人々を心のどこかで笑ったりしていないか、そんなつもりは勿論ないけれど、ふと考えさせられるような一冊だった。