文庫版 塗仏の宴 宴の始末 (講談社文庫)

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  • 講談社
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本棚登録 : 4031
レビュー : 289
  • Amazon.co.jp ・本 (1088ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062738590

感想・レビュー・書評

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  • はああ、楽しかった。
    二周目でやっと全体像がぼんやり掴めた気がする。厚みに圧倒されて尻込みしてたけど、やっぱり読み始めるとするするいく。時間かかるわりに飽きなくて、どうなるのかな?と思ってるうちに支度が終わり、始末も終わる。

    後半の盛り上がりがやはりすごい。真っ暗な韮山山中を一心不乱に登っていく異形の集団。まさに百鬼夜行。それだけでどきどきする。

    一周目もそうだったけど、尾国さんがどうにも悲しくて……仕事で出会った人に情が湧いて匿って、あまつさえ復讐の真似事までして、本当に寂しかったんだろうなと思う。華仙姑を勝たせるためにそりゃあ悪いことしてるしね、可哀想と擁護しすぎるのもいけないんだろうけれど。

    ところで兵吉君はどうなったの?とか加藤さんちは大丈夫?とか山を降りることになった村上一族は?とかその後が気になる点もちらほら。陰摩羅鬼とかで触れられてたっけか?そっちも読んでみようかな…

  • 韮山でお祭り騒ぎ。まさに宴。
    これまでの事件と登場人物が錯綜し、暴れ回り、ひとつにまとまり、収束する。
    これがシリーズ最終巻かと思う程の収まりの良さ。
    京極堂が(榎木津曰くの)三馬鹿を騙さなかったのが知れる場面に、うるっときた。
    「許した女、癒した男、呪った男」ーでは、憑物落としは誰かを祝うのか?

  • ただひたすらに関口が心配 冤罪で捕まったの何回目...
    自分はない、と思っているので憑き物は憑いていないしもう犯人扱いはされなさそうだけれど、自分の根拠がない状態から這い上がるのは大変で、それは作中にある通り日常を反復するしかないらしいけど頑張れ関口。でもよく考えてみたら関口そういうこと考えている時いつもそう考えてる気がするような...と思ったら本人もそう言ってた。まあ頑張ってください。応援してます。


    京極堂のプチ解説で、技術は元々自然と同様利益と不幸を人為的にもたらすものであったため、技術者はそれを扱う者として神秘性を纏っていた。技術者が共同体に入り技術の神秘性が技術者から剥がれ、それが結実したのが妖怪、技術者はただの人間になった。そして人間として差別されるようになったとあった。これがもう うへえ.. て感じ
    理由ってあるところにはあるんですね....
    個々人に原因があるとする現代社会はある意味辛いと思う


    茜さんが煙に巻かれた富士山と石長比売問題私もよく分からなくなったので絡新婦読み返します


    ラスト(くふうん )可愛すぎる いや、私は作中で関口が一番好きなので! いやでもかわいい...




  • 宴の支度で壮大に広げた風呂敷を畳にかかる、塗仏の始末の後半となる本作。ミステリーというよりも冒険小説と呼ぶ方がふさわしい、敵味方入り乱れる「宴」が韮山の地で展開される。

    本作をミステリーというよりも冒険小説というのには2つの理由がある。
    1つには、本作では解くべき謎が明確に提示されるわけではないということだ。確かに「各人が目指す韮山には何があるのか」という大きな謎は存在するものの、物語全体の主題とはなっていない。


    もう1つには本作の黒幕とされる人物が使うことができる能力が、人の記憶を自由に操作することが出来るというものだからだ。


    狭義の謎解きミステリーにおいてはいくつかの「お作法」が暗黙の前提として置かれているが、犯人が記憶を捏造することが可能というのは、そのお作法などから外れてしまっている。とはいえ、ここでいうお作法はあくまで「狭義の謎解きミステリー」向けのものなので、それを理由として本作の価値が下がるわけではない。ただ、純粋な謎解きではなくなったというだけだ。

  •  『絡新婦の理』が静なら、こっちは動。
     占い師、霊感少年、気功道場、漢方薬局、風水経営指南、自己啓発講習、私設研究団体、新興宗教と怪しい面々が、住民の消えた「へびと村」を目指して、狂騒を繰り広げ、ついに乱闘騒ぎになっていく。霊感少年は京極堂に「出てくるな」という伝言を寄越す。
     京極堂が動かないのは、これが彼と関わりのある事件、旧陸軍研究所にかかわった事件だからである。そんな京極堂をプッシュするのは、その特殊な能力によって真相に到達している探偵・榎木津である。結局、京極堂も「へびと村」に乗り込んでいくのだが、今回、ケンカも強い榎木津の活躍は著しいので、榎木津ファンは喝采されよ。
     キーワードは本末転倒。塗仏はじめ「宴の支度」でタイトルに挙げられた妖怪は、名称と図像しか残っておらず、その内実がわからないものばかりである。

  •  やっと読み終わった…。今回は中々に曲者だった。今までの事件を振り返るようにオールスター感謝祭と言わんばかりに人が出てくるし、新しく出てくる人も本当に多かった。脳味噌が飽和状態になりそうだった。京極堂、今回はやりずらそうだったなー。因縁対決、的な感じで。
     京極堂シリーズを読むと、もう一回大学行けるなら、民俗学もやってみたいな、とか、妖怪学も良いかもしれない、と思ったりする。つくづく、お金にならないことが好きなのだと思う。

     榎木津礼次郎が激しく好きなんだけれど、何だかんだで、榎さん、良いとこあるな。そんなことを言ったら、何を言ってるんだ君は!とか言われそうだけど。探偵の裁量は絶対らしいので(笑)

     弁当箱並の本を持ち歩くってのもしんどいな。しかし、京極堂シリーズなら、そう簡単に読み終わっちゃう心配がないのである。

  • さながらそれは、モリアーティ教授のように、彼は《ゲーム》を心から愉しんでいる。

    塗仏、宴の始末。前巻宴の支度では逮捕された関口の被害者が明るみに出され、終わってしまった。
    そして始末をするべく焦点があたったのは、村上貫一と名乗る下田署の刑事。飛躍した物語は、彼の家庭環境の苦悩から始まる。
    隠された秘密、隠された村、隠された方法、隠された目的とまあ、混乱させるような事象が立て続けに起こった前巻につづいて、宴の始末ではさらにそれらがてんわやんわに絡まっていく。
    それでこそ、さなかの祭りのように。
    ワッショイワッショイと騒いでみんな浮足立っている。まさにその真っ只中から、収束までを描いた「始末」でした。

    ほとほと感心してしまうのが、常人を遥かに超えた記憶量だ。追いつかない。というか、辛うじておぼろげ程度にしか記憶にとどめられない私のキャパシティゆえだが、これは、シリーズ一巻にあたる「うぶめ」から「じょろうぐも」まで登場人物を、せめて主要人物だけでも網羅していないと少しわかりにくい。というか、わからない自分が口惜しい。

    さんざん広がった大風呂敷の中心には、中禅寺がひっそり立っていた。
    そもそもこのシリーズこそ、関口君が頑張ってはくれているがいつも始末をつけ終わりを作るのは中禅寺だ。
    京極堂が、堂島に背中をつつかれて矢面に立たされて、「私が主人公だッ!」と言わされているような巻、とも言えるかもしれない。

    それゆえなのか、関口君の影の薄さよ。本当に彼は傍観者であり、巻き込まれる側で、中心にはなれない人なのだというということがわかって、不幸でならない。
    波の中心が起こした大きな揺れよりも、とても弱くて儚い水面のそよぎに負けてしまっている彼は、無事なのか、いや、無事なんだろう。だって榎木津探偵も京極堂も、始めっから壊れているものが壊れようがないだなんて、なんて頼もしいことを言ってくれていたのだから。



    ひとつの家族を中心に多くの人を巻き込んで散々に壊して散り散りにして行われたあるひとつの《遊戯》。それを見てある男はほくそ笑む。
    射竦めるような眼、小豆色の羽織を被ったこの人は、観客で終わらせるつもりだったが主役となる全ての覚悟を決めた中禅寺と対峙する。

    種明かしの部分はあまりにもあっけなくて、これまでの長さと比べたらとてつもなくあっさりとして味気のないようにすら感じた。催眠も、言霊も、これまで散々練りに練って説明してくれたものは、たった一度シーンとして表出されてしまえば、あまりに歴然とした事実として横たえられて、それだけで理解できてしまう。

    全ては嘘だったのだと。
    幻だと。
    夢だったのだと。

    その簡潔さは、まるで記憶の上を揺らぐ船のような意識を、「不思議だ」と言い切って認めてしまったことのよう。日常の中で当たり前に安置されていると勘違いしている家族のよう。

    あまりに滑稽で単純明快な事柄にしてしまう。

    けれどその結末だけではなく、それまでの盛り上がりこそが祭りなのだ。
    夏祭りなんかも、全ての花火が打ち上がった後ほど味気なくそそくさと、これまでのことは全て嘘だと言いたげなよそよそしさはないだろう。
    あれほど多くの人が声をあげて喜んだものも、言ってしまえば物が燃えているだけなのだ。
    毎日見ている火や光となんら変わらないのだ。
    けれど、それに気付く前の高揚感、騒がしさ。その全てが、同じ根っこが枝分かれして毛先が一緒になった塗仏が作り出した「宴」に他ならない。
     

  •  家族に対して常日頃から不平不満を抱いている人に読んで欲しい作品。
     詳細をここでたらたらと書いても意味はないのでしないが、この作品にはいくつもの物語の骨があり、その中に家族の崩壊と再生という骨がある。
     家族というモノは主観的に観れば不思議でもおかしいことでもなんでもない。だが客観的視点で観ると、実は歪で異常なモノであり、かつそれが正常である。ただそう認識していないだけであり、おかしい、と認識した途端に溜まっていた不平不満が爆発し、家族は崩壊する。

     人間誰しも家族に不平不満を抱いている。ソレを自認しつつ上手に解消する術を身につけることが、良き家族関係を築き続ける方法なのだ、とこの作品を読んで私は思った。

     今も、家族に対しよくない感情が強くなったり疑問を抱いたりしたときは、これを読んで、そのような気持ちを抱くのは当たり前である、と再確認することで自制を保っている。

  •  もう何度も何度も読みました。関口くんが大好きになるきっかけになった作品です。
     読了したときの率直の感想は「疲れた・・・。」です。
     とにかく疲れました。楽しかったですが、ぐったりです。 関口くんのことが心配でしたが、思ったよりいつも通りな感じがしました。細かな内容をかなり忘れていたので、面白かったです。
     茜さん、殺されたのは哀れだとは思いました。でも、それでも、前作を読んでいたからどうしても嫌だなこの人、と思ってしまいました。
     それにしても相変わらすこの作品の登場人物は魅力的な人ばかりです。十人十色という言葉のとおり、人の考え方はさまざまで、自分にとってなんでもないことが人にとっては違っていることがある。京極堂の話を聞くたびにそれを尊重することの大切さを認識します。

  •  動きたくても動けない京極堂とか、それを唆す榎木津とか、独自の方法で進んでいく木場さんとか、何も言わないでも枝分かれして一本の毛先に向かっているのが大変ぐっときた。
     関口君が壊れないことを祈るしかないって言う京極堂がいじらしい。あと京極堂がよく怒っていたのでそれもなんだか思い浮かべる度に胸がいっぱいになる。
     覚悟を決めて啖呵を切る様子はとても格好良かったし、ただ突き出すのでなく本人に納得させたのは彼らしく上手いやり方だなあと思った。
     京極堂にだって嫌なことはあるし嫌いな奴はいるんだ。始末が済んでとりあえずよかった。
     関口君と京極堂がじゃれあってる様子をまた見たい。

  • だいぶ昔に読みました。
    のめりこみ上下巻合わせて2日で読んだ記憶があるので
    内容は覚えてませんが面白かったです。

  • いやはや「すごい」の一言です。
    合計2000ページ近くあるし、登場人物も多いから大変です。おかげで1ヶ月近く、宴に参加できました。あぁ楽しかった。

  • 読了。

  • いや、すげぇよこれは
    やっと薄くなったかと思いきや、分冊で実際は増量というね
    それに値する内容ですな

    人を操る方法のリアリティとかはまぁこのシリーズにとっては許容範囲

    そういえば、木場がこの後もシリーズで登場するけど
    アンフェアじゃねぇのかなぁ?

  • オールスターズ。そして、いままで語られることがなかった京極堂の話だった。動かなければしぬことはない、でもそれじゃ京極堂はどうなるんだ?あまりにも京極堂の立場がつらすぎる。6作も読んできて、京極堂の立場を考えてはみたりしたけども、わたしも青木さんのように気付くことがなかった。なんだかなー、ちょっとショックだった。
    トリックに無理があるような気がするけども(それはなんでもできちゃうじゃないか)それでも集束していくのはあいかわらずうまいなあと。自分というものを作り上げているものが揺らぐだけで、人間は簡単に自分を見失ってしまうのだなあ。村上氏や青木さんの描写で、いろいろと感じてしまった。引っ張られてしまった。
    今作は、京極堂と榎さんの関係性が垣間見れる会話がちりばめられているのだけど、そこがすごくよかった。言葉にするにはなんかすごくもったいない関係。
    京極堂とあの子は同じ部類の人間なんだろうけど、人間に対しての在り方に少し希望、というか否定的ではないところで、こちら側の人間なんだろうな。
    下僕がこれまた活躍してくれてうれしい。雪絵さんはほんとにできたひとだなあ。泣けてきた。

    (1088P)

  • 結局,マインドコントロールにまつわる話でした.誰が誰を操っている
    という支配従属関係が前作の絡新婦の時よりもずっとややこしく,
    登場人物もとても多いので読むのが大変です.読み終わって,たった
    これだけのことのために大勢の人が人生を狂わされたのかと愕然と
    しました.百鬼夜行シリーズのこれまで出てきた作品ほど猟奇的な
    要素はないですが,えげつなさという点では格段です.

  • 前作「宴の支度」が一冊まるまる前振りだったが、この「宴の始末」は解決編。複雑に絡み合った事件(一つ一つは大きな事件ではない)の真相が明かされる。まあ結末を知ってしまうと、まさにゲーム。結末に至る過程が厚く表現されている感じかな。京極堂も謎を解くというよりは、知っている秘密を開示するだけだった。でもこれまでの登場人物が総登場、シリーズのおさらいとして面白い一冊。

  • いやーすごい。
    支度をずいぶん前に読み終わっていたんだけど、始末のこの分厚さを見ると躊躇しちゃって。
    読み始めたらガンガンに読んじゃうのはわかってるんですけどね・・・。
    事実ガンガン読んじゃったし(笑

    ここまで序章から色んなことが絡んでくるとは。
    言葉も文も内容も難しいから一度で全てなんて全然理解出来ないんだけどそれでも面白い。グイグイひきこまれてしまう。やっぱりすげぇなぁ。

  • 今までとは一味違った事件でした。消えた村やら謎の新興宗教やらの話で序盤から引き込まれました。
    それにしても今回は一段と登場人物が多いですね。

    今回ばっかりはこの世には不思議な事もあるもんなんだ、なんて思っちゃったり…いやいや、やっぱりこの世に不思議な事なんてないのだよ!

  • 「塗仏の宴」と「魍魎の匣」と「絡新婦の理」が京極堂シリーズでは面白い。
    早く続きでないかな。

  • 最初、関口が出てきたから今回は出番多いのかな、と思ったら始末の方はもう全然出てこないじゃないの。語りはやっぱり関口がいいなぁと思う。関口関口言ってるけど私は中禅寺が好きなのでまあいいんだけどさ(笑)。

    それにしても今回は中禅寺の過去やらが出て来て良かった。この後、あの大佐は出てくるのかな。是非出て来ていただきたいですが。中禅寺とでももいいけど大佐&明石先生のやりとりが見てみたい。

    あと青木や鳥口や益田、敦子の内面が今回はよく見れた気がしますね。

  • 『言葉に傷付くのは言葉を発した相手の所為ではなく、普く言葉を受け取る自分の所為なのである。』

    『眼を閉じてしまえば闇の中に居ても光の中に居ても同じことではないか。』

    『それは、向かいの家の火事にバケツで水をかけるような努力だからである。火の中に飛び込むような無謀さを決して伴わぬ、常識的な努力だからである。誠意を以て努力したのは事実だが、何の役にも立たぬのも事実で、役に立たぬのに感謝はされる。』

    『心配ねェよ。家がなくなろうが職を失おうが、どんな目に遭っても命がありゃあなンとかならァ』

    『鏡には色色なモノが映るでしょう。花でも、誰かの顔でも、鏡の前に立つモノは全部映る。鏡を見る時、誰も、誰ひとり鏡自体は見ていないんです。なのに誰もが、鏡を見ると平気で云うのです』

    『強く林檎を食べて欲しいと願っている者が傍に居て ー しかもそれは悪意から出た発言ではないと解ってもいて、それでも尚、その気持ちを捻じ伏せてまで別の選択をする程好きなモノって、そうそうあるのでしょうか? 反対に、本当は蜜柑が食べたかったのだけれど、薦めてくれる人の気持ちを慮って、それで蜜柑を選んだとして ー それは強制された、自分を曲げたと云うことになるのでしょうか』

    『でも ー 信頼とか云ってしまうと、それも少し違うように思います。信頼と云う言葉の裏には期待がありますでしょう。期待と云うのは無言の脅迫ですから』

    『どんな勝負も、先に怖がった方が負けである。』

    『僕が起きた時が朝じゃないか馬鹿者。僕が寝たら夜だ。昔からずっとそうだ』

    『種が滅ぶのは環境に順応出来ないからなのです。人の所為ではない。自然は人も含めて自然なのです。人は地球の一部だ。それを恰も自分が神になったかのように覚え違って、滅ぶ獣は保護すべきだと嘯いたり、人が地球を護るのだと大法螺を吹いたりするのは如何なものか。本気で憂えるならば、先ず己が滅びれば良いのに、それはしない。ですからね、このままでは我我人類が困る、一分一秒でも長生きがしたい贅沢がしたいから木を伐るのを止めろ ー と、正直に云うのなら解るのですがねえ。』

    『あなたにとってのあなた。そして私にとってのあなた。よね子さんにとってのあなた。麻美子さんにとってのあなた。ー それらは全部違うモノです。あなたの会社の社員にしてみればあなたは尊敬に値する役員かもしれない。しかし道で擦れ違っただけの人間にしてみれば、あなたは単なる老いた男性に過ぎない。これは ー どちらも真実です。ならばあなたとは何です。あなたなどと云う確固としたモノなんかないじゃないですか。』

    『存在は存在するだけで充分なのだ。存在していることを自覚する必要も存在理由を詮索したり理解したりする必要もない。ただ在れば良いと云うことが解らぬか。』

    『大変だから取り乱しているんだ。普段取り乱さない紳士的な私が取り乱す程大変だと云う認識をしたらどうだね』

    『だがな青木、善く覚えとけ ー 死ぬンじゃねえかと思うくらいじゃなくッちゃ、面白ェことも出来ねぇんだよ。』

  • 役者が集って、宴が繰り広げられる。ある人物が登場した瞬間、背筋が凍りついた。

  • 「僕は石橋を叩いて渡らない本屋とは違うぞ」
    「勿論石橋を叩いて落ちる関や石橋を叩き壊す馬鹿修とも違うぞ。石橋なんぞ叩きもしないで飛び越える。それが探偵だ」
    このシーンの榎木津さんがすごくカッコイイ。メインの4人の性格をうまく表してます。


    事件の真実については気づいてたところもあれば、まったく気づいてなかったところもと言う感じ。くんほう様。。塗仏。。

    とりあえず、大佐がやばいですね、いずれまた登場するのかな…。

    最後、関口さんがこの後どうなったのかがわからないのが気になる…。

  • なんというスケール。
    榎さんと木場さんよかった!!笑
    薔薇十字団もいい感じで…本当に登場人物が魅力的です。

  • 前巻とはうってかわって、関口くんが全く出てきません。あのあと彼がどうなったのか…まあそれは陰摩羅鬼の冒頭で分かるのですが、この巻では全く分からないのでヒヤヒヤします。
    三分の二ほどでようやく、増岡弁護士により関口の誤認逮捕をメンバーが知るのですが、それを知った雪絵さんが登場します。「犯罪を犯したから夫婦じゃない、犯してないから夫婦という問題ではありません」という雪絵さんを見て、本当に関くん雪絵さんを大事にしてあげて!となります。
    雪絵さんは本当に、素敵な女性だなあ。

    堂島。彼が全ての元凶。
    「この世には不思議じゃないものなどないのですよ」
    彼の言葉は京極堂の真逆であり、それなのに手口は、京極堂のものと酷似しています。
    藍童子という京極堂Jr.がいるのですが、堂島が京極堂のやり方を丸きり模倣させているようにしか見えません。
    「もう止めましょう――お父さん」、この言葉は彼の、尾国への呪いです。呪いの結果、この言葉に――藍童子の父であることにすがった尾国は死んでしまいました。
    京極堂はこれを見てどう思ったのでしょうね。
    今回は藍童子がまだ幼かったため京極堂がリードしましたが、このまま世界の見方が違う京極堂Jr.が育ったらどうなるのでしょうか。他の人間を見下している分、藍童子の方が上になってしまう気がして怖いです。
    これだから堂島大佐は…。


    嬉しかったことといえば、尾国の「関口が出られなくなるぞ」に対する即答の「出すよ」。それと、藍童子の「なぜあんな劣った人間を救うのです」という言葉。劣った人間、それでも京極堂は関口を救うんです。織作姉妹とは違う理由で、役にも立たない関口を助ける。
    ただの知人だのなんだの言ってますが、なんだかんだ京極堂にとって関口は大切な友人なんだと思うと、すこし嬉しくなります。

  • 6/29 再読。笙君が大好きです。お潤さんも素敵。あと、この話に於けるエノさんの立ち位置が好き。

  • 文庫本でこれだけ分厚いのは?しかも上下巻あるのは?でも読んでしまう。

  • 長かった。支度からなかなか読み進めなく必死に読みました。内容的に閉塞感あふれ鬱々とした感じがあったのですが、京極堂が立ち上がるシーンの格好良さと共に一気にラストまで読み上げました。京極作品に於けるエンターテインメント性に酔いしれましたよ。
    広がるだけ広がった出来事が収束していく様が見事です。ミステリ的ネタとしては使い古さものでも、ここまで装飾されると圧巻ですね。

  • 京極堂シリーズ第六作。
    2000頁に及ぶ大作。遂に分冊です。
    今回は6つの宗教団体が入り組む、とてもスケールの大きなお話。
    やはり圧倒的に面白い! 読みだすと止まらない。



    後半、警察や街を覆う不明瞭な苛立ち。
    独房の中の不自由な安心感。
    京極堂の言葉が場にもたらす鮮やかな秩序。
    ひとつひとつの状況の描写がすごいと思った。 読んでいてここまで場の雰囲気が伝わってくるなんて。

    そしてなにより、師匠と堂島さんの世界観!
    確かなもの、客観性の担保となるものなんてどこにも存在しないのだと。
    だから眼前の事象に依存するのは馬鹿げたこと?
    だから壊してしまってもよい?
    そうじゃない、という。
    すべてどちらでもいいことで、だから自分の判断がすべてだ、というのは正しいかもしれない。
    それでも信じているもの、たとえば家族という関係は信じている間は確実にそこに存在しているもので。
    だから人が手を加えるべきではない。

    天の意思には従いますよ。でも、あなたの意思に従うつもりはない。

    うん、京極堂はかっこいいね。 さすがだ。



    そして私はただひたすらに、関君の精神の回復を祈ります。

著者プロフィール

京極 夏彦(きょうごく なつひこ)
1963年、北海道小樽市生まれ。小説家としてだけでなく、世界妖怪協会・世界妖怪会議評議員(肝煎)など妖怪研究家であり、他にも装幀家、アートディレクター、俳優など様々な顔を持つ。
広告代理店を経てデザイン会社を設立。1994年、そこで暇つぶしに書いた『姑獲鳥の夏』を講談社に送ったところ極めて評価を受け、同年、即出版・デビューに至る。瞬く間に執筆依頼が殺到する人気作家に上り詰めた。
1996年に『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞、1997年『嗤う伊右衛門』で第25回泉鏡花文学賞、2002年『覘き小平次』で第16回山本周五郎賞、2004年『後巷説百物語』で第130回直木三十五賞、2011年『西巷説百物語』で第24回柴田錬三郎賞など、数多くの受賞歴がある。
代表作に「百鬼夜行シリーズ」「巷説百物語シリーズ」「豆腐小僧シリーズ」など。

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