ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 32498
レビュー : 2234
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062748698

感想・レビュー・書評

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  • みどりの父が入院する病院で、キュウリに海苔を巻き、ただ醤油を着けて食べる場面があるのですが、これがなぜだかすごく美味しそうに思えます。読んだ後、すぐに家にあったキュウリに海苔を巻いて食べました笑

  • 恋愛が物語を駆動する関係の軸には違いないが、死者が常に背後に存在していて、その死者とどう向き合うかを常に問うているような鎮魂の物語。

  • 本当に感情移入出来て読めたなら最後の1ページで死ぬほど共感する

  •  安保闘争へのアンチテーゼ……と思ったけれども、この本はバブル期に出ている。バブル期の時に、1960年付近に生まれた人は20代から30代である。1950年付近に生まれた人は40代である。安保闘争をなんとなく見て育ったのは1950年代であり、だから最後にギター弾きの熟女レイコ(受けレズビアンで、ピアノのプロの脱落者)とセックスさせたのではないか。読者のことを考えて書いたのではないかとか思ったが、別にそうではないと思った。
     というのも、最後に「4回性交した」とか書かれてあるのだが、この感じの書き方、ノルウェイの森の前半の最初のほうとまったく同じだ。
     物語の「行って帰る」という型でいえば、最初にセックスだらけの大学生活。そこからセックスをしない恋愛状態、直子との純愛っぽいの。最後に熟女とセックスしまくる終わり。と言う風に、「する、しない、する」で元の世界に帰ってきている。だからここで読者は、ああ終わりなんだなと、戻ってきたんだなと思うのである。
     そして、結局戻ってきて、物事が進んだのか、整理されたのかどうかはわからないけれど、僕はどこにいるのかわからない、ただ緑を求めていたという、「普通の恋愛の青年」になった。「やれやれ」とかいいながら知り合った女とすぐヤれる青春は終わりましたよということになる。なので、このノルウェイの森は、「最後の一行こそ始まりだ」という感じはなく、「ここでこいつは終わった」となっているのだ。純文学は「最後の一行こそ始まり」な感じがするのだが、ノルウェイの森はそうではなかった。
     緑が父親の介護をして、安保闘争のサークルでおにぎり作らされる話とか、その辺は妙に具体的で面白かった。それ以外の緑は、SM好きであったり、お父さんの前で生まれた姿を見せたり、よくわからない変態で、主人公にずっとゾッコンである。
     で、その緑への愛の手紙と、直子への愛の手紙と、その使い分けは、読者をとてもえぐる所だと思う。
     いまもラインやらSNSでいろんな人がこの使い分けをやっているわけで、「デジタル社会によって人間が分裂され、かつては人は自分=自分であったが、分人っぽくなってきた」みたいな分析は、ここで断たれるということになる。むかし、「子どもとニューメディア」みたいな本とか、大澤真幸の「電子メディア論」とかで、なんかこう「分裂してまっせ!」みたいなことが書かれていたが、別に手紙でも分裂するのだと思う。昔からずっと分裂していたやつは江戸時代くらいからもいただろう。もし、この直子と緑への気持ちの分裂っぷりがいまのSNSと違うというのなら、それは主人公が真剣に悩んだ結果なのだから、そう見えるのであって、この「僕」がやっていることはオタサー姫のようなことである。ただ、「ものすごく真剣に悩み苦しむオタサー姫」といったところである。
     最後に問題がある。
     この「僕」であるが、ギター熟女の素晴らしい説得と慰めと方向性の示しについて、それでも「ちょっと待ってください。あれは寂しい葬式だった」みたいな、意味不明の言葉でのらりくらりと結論をかわすのだ。緑と結婚して彼女と幸せになるということはなく、ただ、「好きです」「大好きです」なだけである。やっぱり、決めないのだ。
     主人公がクソ過ぎて読者が離れないように、謎の放浪の旅をさせたり、苦しませてはいるが、でも結局は熟女と濃厚セックスなう、である。また、ノルウェイの森で描かれる女も、リアルにこういう女がいる、というわけではなく、「こういう女を演じている女はいる」という方に近い。たまに女性のなかで、ずっと「何を演じているのかわからないが演じている人」がいるのだが、登場人物はみなそれに近い。
     ノルウェイの森は異世界転生でいえば、文化系男子が肉食女子ばかりの土地でなぜかもてまくってる、というライトノベルハーレムものにも近い。
     そういった、「大衆」「ライトノベル」的な感じをとことん前半やらに積み立てておいたので、最後の葬式でビートルズをひきまくってセックスに持ち込んでも「クソやな」という感情にはならず、むしろ、「二人ともどこに落ち着くんだろう」と慣れた感覚で見守ってしまう。最後の葬式セックスイベントは、もうエンターテイメントである。というか「前々からヤるやろなと思ってたけど、やっとセックスしたかこの二人!」とも思う。また、このギター熟女は30代だと思うのだが、そんなシワができるものだろうか。当時の30代はシワが多かったのかもしれない。
     デブもブスもオタクも悪人もバカも笑いものとして排除された文学で、まるで椎名林檎の描く世界のような耽美さがある。上流階級っぽさがあるのだ。でも巧妙に大衆化している気がする。ゆえに、村上春樹のおかげで、セックスにありつけた男性は多いだろう、と僕は思ったが、バーでビールを二杯飲み、水商売の女はかならずモヒートを飲み、そしてそれはどうでもいいことだった。

  • 10代か20代前半に読んでいたらもっと感情移入出来たかな?でも面白かったです。ノルウェーの森が舞台ではないけれど、早朝の朝霧漂う深い森の中を歩いているような、空気は澄んでいるのに前も後ろも見えなくて、不安を感じつつでも立ち止まる事も出来ずにさまよっているようなそんな気持ちにさせられる作品でした。この空気感は、ちょっと繊細なところのある若い人に受けそうなだな。著者が男性なので当然なのだけれど、女性の描き方が男の人目線だなと思いました。最後1

  • 少し暑いくらいの3連休。仕事をするか競馬に行くしかやることもなく、腰も痛くなってきたので寝転がって本を読むしかなく。
    これが「ノルウェイの森」ですか。正直なところ、よく理解出来ず、残念。若い時に読めば多少は感慨みたいなものが湧き出たのかもしれないなぁといった程度。
    ただ、緑には惹かれたな。強くて脆くてかわいくて、少し変わっているけど、とってもいい娘。
    私の手には負えないような気はするけど、若い頃に会ったとしたら、きっと恋しちゃうな。ワタナベ君には勿体ない。
    くさしているけど、それでも「グレート・ギャッビー」を、なんとなく読みたくなった。

  • 純愛に生きたいが性欲に翻弄される大学生の話( ´ ▽ ` )ノ

    主人公に限らず、なんでこの小説の登場人物たちはセックスのことばかり考え続けているんだろう?( ´ ▽ ` )ノ
    男も女も老いも若きも、みんなスケベ( ´ ▽ ` )ノ
    西村寿行ワールドも大概だけど、ハルキワールドはそれ以上かもしれない( ´ ▽ ` )ノ
    他に熱中できることはないのか?( ´ ▽ ` )ノ
    だれもかれも道に迷って、中には病院送りにされもしてるけど、根本的問題は明々白々( ´ ▽ ` )ノ
    人間ドラマというより、進化したボノボの物語を読まされた感じだった( ´ ▽ ` )ノ

    たしかに面白く読めはしたけど、二度三度読みたいとは思わないな( ´ ▽ ` )ノ

    3作読んでみてはっきりわかった( ´ ▽ ` )ノ
    自分にハルキは合わない( ´ ▽ ` )ノ
    まあ、買いためた分があるから、あと4作は読むけど、それでおしまいだな( ´ ▽ ` )ノ

    2017/04/17

  • 上巻、下巻まとめて読んだ。この前に読んだ「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」と若干台詞や設定など似てる部分があって、個人的には読みやすく感じたけれど、反面、最後まで物語を理解出来ずに(いや、今も理解出来てないんだけど)いた。

    最初は簡単に言えば「壮大な恋愛物」という勝手な印象を持ってたんだが、恋愛物だとかそんな枠ではくくれないような話しで、かと言ってじゃあどんなの?なんて聞かれても、自分はまだ上手く説明も出来ないなぁこれは

    でも、きっとこれは解釈が人によって様々なんだと思う(まぁ、これに限らない話しでもあるけど)

    恋愛物として好きという人も、または青春物、人生論的と捉えてる人とか、自分みたいに単純に性描写がエロいというのを主に感じた人もいると思う 笑 何にせよ、自分がこの物語を理解するのにまだちょっとかかりそう

    あと女性達の台詞で気になったのが、何か所々「本当よ」「本当だよ」ってのが入ってるのは、一体何だろうか?この主人公の疑い深い顔だとかを表してるのかなぁ

    個人的に緑に「この次教室で会っても話しかけないで下さい」って言われたあたりから、「あれ?何だかこの感覚経験あるかも」となり、そこからもう主人公と自分が重なり始めて、地味に辛かったような、またちょっとだけ懐かしいような、そんな気持ちになった

    そうは言っても、読んでいて際立って悶々とする事はなかったなぁ。むしろ自分は全体的に瑞々しさすら感じた方でした。

    自分は如何せんやっぱりその性描写にばっか捉えられちゃってて、正直そこばっか頭に浮かんでて、う〜ん、もっかい読まなきゃ駄目だなぁ 笑

    ちなみに、この女性達の中から選ぶとするなら、断然緑を選ぶと思う自分は

  • 上下共読み終えて初めに感じたのは、世間での知名度とこの作品の内容は本当に見合っているのかという疑問だった。自分はこの作品を好んでいるしこきおろすつもりもないけれど大衆小説として人々に読まれるにはちょっとアクが強いんじゃないか。
    後はこの作品は何か教訓的なものを含んでいるとも言い難い。読後にメッセ―ジを感じるわけでなくなんとなくの達成感があるだけだ。この作品は何より村上春樹自身が自分の体験と考えを消化するためのプロセスだったのだと思う。
    わけもわからず人が死んだ。それも自ら選んだ選択であったこと。それが本人にとっても自分にとっても正しかったのか、そしてその事実が自分やその人や周りの世界にどういう意味をもたらしているのか。愛した人が死んだことをいつまでも悔やみ続けている方が正しいのか、ほかの女を愛することは間違っていて裏切りでしかないのか。
    自分の生き方を、悪い言い方かもしれないが正当化するためにこうして物語を作り完結させたのかなというのが自分の推測。

  • あまりにも退屈で難解な小説でした。
    でもなんとか最後まで読みました。
    それはまるで苦行のような長く苦しい戦いでした。
    それでも最後まで読ませてしまうのが村上春樹作品なのでしょう。
    何年かしたらもう一度読んでみたいと思います。

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。2019年8月7日発売の『文学界』でロングインタビュー「暗闇の中のランタンのように」掲載。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月末に刊行予定。

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