ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 2385
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062748698

作品紹介・あらすじ

あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること、あらゆる物事と自分の間にしかるべき距離を置くこと-。あたらしい僕の大学生活はこうしてはじまった。自殺した親友キズキ、その恋人の直子、同じ学部の緑。等身大の人物を登場させ、心の震えや感動、そして哀しみを淡々とせつないまでに描いた作品。

感想・レビュー・書評

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  • 〜粗筋〜
    ⑥直子のルームメイトであるレイコがレズビアンの教え子から受けた性的な体験と、それを拒んだ後に悪い噂を流され精神異常になり離婚した事をワタナベに打ち明ける。
    ⑦緑は、ワタナベに相手がいると知りつつも好意を寄せ、積極的に理解し合おうと努める。そして、父親が入院している病院に連れて行く。脳腫瘍の術後で、容体があまり良くない父親は、「切符・緑・頼む・上野駅」とワタナベに伝え、後日亡くなった。
    ⑧永沢さんの就職祝いに、彼女のハツミさんと3人でフランス料理を食べに行くが、永沢の傲慢さから険悪な雰囲気に。ワタナベはハツミと2人でビリヤード店に行き、別れるべきだと伝える。もう少しまともな相手と結婚して幸せに暮らすべきだと。しかしハツミは、それでも永沢のことが好きで、自分ではどうしようもないことだと言う。結局、永沢がドイツに行った2年後にハツミは他の男と結婚し、その2年後に自殺した。
    ⑨緑は父親の葬儀の後、彼氏と奈良へ旅行に行ったが、急に生理が始まったことで喧嘩になり、その後1人で青森の友だちのところに行っていたとワタナベに話し、2人でいやらしい成人映画を見に行こうと誘う。映画を見てからディスコで踊った後、誰もいなくなった実家(元小林書店)へ。ワタナベはベッドで緑を抱いて、彼女が眠ると1人本を読み、寮の自室に帰った。後日、直子とレイコから葡萄色の丸首のセーター(誕生日プレゼント)と手紙が届く。
    ⑩冬、阿美寮へ直子に会いに行く。夜に直子と触れ合いフェラしてもらうが、彼女自身はキズキとの時と同様に濡れなくなっていた。
    ワタナベは、借家に引越した後で緑に連絡するが、緑は3週間も放置されたことに怒り、その仕返しに返事を遅くしたが、結局仲直りする。緑と久々のデートをするが、レイコからの手紙で直子の状態が悪いことを知ったワタナベは上の空で、緑を再び怒らせてしまい、孤独になる。
    その後、なんとか緑と仲直りして、緑もワタナベと会えなくて辛かったこと、ワタナベのことが好きで彼氏と別れたことを聞かされる。初めは時間がほしいと言っていたワタナベだったが、彼女のアパートに招かれ、布団の中で触れ合うことで、2人が相思相愛だということを理解する。そして手紙の中でレイコに相談し、「残念に思いますが、遠慮しないで幸せになりなさい。」と励ましの返事をもらう。
    ⑪直子が首を吊って自殺。直子の葬儀の後、傷心のワタナベは1ヶ月ほど旅に出る。妄想での直子との会話で、死も悪くないものだなと考えることもあった。「死は生の対極にあるのではなく、我々の生のうちに潜んでいるのだ。」
    このままではいけないと、なんとか東京に戻った。
    電話で、レイコが阿美寮を出て旭川に移り住む前に、ワタナベに会いに来ることになり、住んでいる借家に案内し、2人で直子の葬式をした。ギターを弾いたり、お互いを励まし合うように言葉を交わしたりしながら過ごした後、セックスをした。次の日レイコは「幸せになりなさい」と言って、ワタナベと別れた。
    ❇︎緑に電話をかけて気持ちを伝えるが、沈黙の後で「あなた、今どこにいるの?」と言われ、電話ボックスのまわりを確認するか、自分がどこにいるのかわからなくなっていた。

    〜参考〜(コピペ)
    装丁の赤色と緑色は「死」と「生」を表し、直子は「死の象徴」で緑は「生の象徴」。
    レイコは霊魂と言う意味で、直子の分身としての幽霊です。彼女が旭川に行くのも霊的世界の入り口があるからです。彼女の元夫は四国出身。四国とは村上にとって「死国」なのです。そして、レイコは「棺桶みたいな電車」に乗って僕に会いに来る。
    最後に緑に電話をしたのは、直子=死の象徴から緑=生の象徴へと往還する物語のエンディングだからです。

    〜感想〜
    まるで現実の出来事のように、読み手の解釈の仕方によって大きく変化する一種のリアリズム小説だと感じた。村上春樹の作品には、元々答えがなく読者に自分なりの答えを見つけ出させるような節が多くあり、その点が賛否が分かれる要因になっているようだが、愛や死という不条理な事柄をテーマにした本作にとっては非常に効果的で、物語の空白を自分の想像が埋めていく感覚を覚えた。

    個人的な解釈を述べさせてもらうと、冒頭で直子が話したという井戸(草原と雑木林の境目にある深く暗い穴)というのは、直子が患っていた精神病のことで、草原と雑木林は生と死を意味しており(穴は生と死の狭間)、何処にあるか誰にも分からず、落ちたらどうしようもなくて、そしてそれはときどき(2・3年に1度くらい)起きると書かれている。つまり、直子の姉の自殺も、キズキの自殺も、直子の自殺も、ハツミの自殺も穴に落ちてしまったということだと思う。思い返すと間隔も丁度合致している。

    そして、直子を失ったことでワタナベもおそらく穴に落ちたが、最後にレイコが会いに来て、まるで直子の代わりのように、当たり前のように2人は抱き合い、直子と同じセリフ「私のこと忘れないでね」と彼女は言う。最後に「幸せになりなさい」とレイコは言う。

    レイコを通して、直子とのお別れをすることができたワタナベは、緑に電話をかけるが、何処にいるのか訊かれ、自分が何処にいるのか分からず混乱して物語は終わる。
    このシーンが冒頭の37歳のワタナベか、レイコと別れた直後なのか意見が分かれるところだが、個人的には前者だと思う。

    冒頭で、「10月の草原の風景だけが象徴的なシーンみたいに繰り返し頭の中に浮かび、その風景は頭のある部分を執拗に蹴り続けている。」とある。多くの読者は、作中にある10月に直子と歩いていた草原のシーンだというが、個人的には草原は「生」の象徴である小林緑を表していると解釈し、10月は直子のいる阿美寮から戻って、入院している緑の父親に会い、「緑・頼む」と託された月だと思った。
    冒頭に緑が出てこないことも、直子を失ったワタナベが精神的ショックで緑のことを忘れてしまっているのではないかと考える。また、冒頭でワタナベは、ひょっとして自分はいちばん肝心な部分の記憶を失ってしまっているんじゃないかと考えており「記憶の辺土」という表現を使っているが、これが緑の存在、あるいは緑の父親との約束なのではないかと思う。

    そして37歳のワタナベは、過去の記憶を文章にして辿ることで物事や忘れていた記憶を思い出し、最終的にレイコとの別れまでリンクした後で、「生」の象徴である緑に電話する。つまり十数年経ってから穴から生還する。そういう風に自分は解釈した。

    他に、緑の父親が発した言葉「キップ・ミドリ・タノム・ウエノエキ」が「ノルウェイノモリ」に似ている気がしたため、何かに関係するアナグラムじゃないかと疑ってみたが全く分からなかった。

    感想が長くなってしまったが、キズキを愛した直子はワタナベとの関係に罪悪感を抱き、直子を愛したワタナベもまた緑との関係に罪悪感を抱くという風に、様々な人物と出来事がリンクしていて、まだまだ想像の余地がありそうな深い作品だった。以前、村上春樹は自分には合わないと思っていたが、人気作のハードボイルドやねじまき島も読んでみようと思った。

  • 30年ぶりの再読です。
    文章の美しさに驚かされます。
    50になろうかとするオヤジが読めば、ウジウジと悩み、しかしヤリまくる主人公に辟易しそうなストーリーであるのだが、なぜかその苦しみを分かち合い、初々しさに嫉妬してしまう。
    女性陣がなんとも魅力的でいい。
    軽快で哲学的、生きていくための教訓をなんと多く含んでいることか。
    感受性の鋭さゆえに苦しみ、必死で生きようとする若者たちには、覚めた目で見つつも感情移入してしまう。
    こぼれ落ちる者が悲しいが、生き残ろうともがく者への救いにホッとする。
    村上さんを青春期にもっと読んでおけばよかったな。
    オヤジは永沢が一番好きだな。
    「自分に同情するな」は、30年来心にとめている。

  • 高校生のときに初めて読んだ村上春樹。
    その時の印象は暗くて静か(そういうのは好きなのだけど)、あまりの性描写の多さに村上春樹は苦手だとおもうきっかけになってしまった。いみのない性描写はきらい。官能小説みたいでなんか嫌だ。
    でも今回改めてきちんと考えながら読んで、この作品に於いての性というのは"生"のことなのかなという考えに至ったら、一気にすっきりとした。

    生を受け入れられない直子と、まっすぐに生と向き合おうとする緑と、生の世界にありながらも直子のもつ死を見つめざるを得ないワタナベくん、死に近いけれどまだ選択の余地のあるレイコさん
    全力で正直な緑が好き。死に影響されつづけるワタナベくんが生をわすれなかったのは、生命力にあふれている緑との関わりがあったからだと思う。

    結局はまだまだ生きなければならないけど、生きてゆく限りは多くのものを失うことになるし、世界にはきれいじゃないものが沢山あるし、自分のかなしみのことだけ考えていく訳にもいかないし、でもそれに向き合うのが生きるということだから。
    4年ぶりに読んだノルウェイの森は、生きるパワーやあたたかさを感じる作品だった。
    すごくうまく組み立てられた作品。村上春樹がすごいと言われる理由が分かり始めたかもしれない。

  • 本当に読んで良かった。長い間、イメージから読むのを避けてたのが悔やまれる。大切な人を急に失った経験があって、その事を頻繁に思い出しては言葉に出来ない感傷に浸ってだけど今作を読んで失った経験を肯定的に捉えられた。まさかこの本を読んで自己肯定感が上がるような体験ができるとは思わなかった。長沢さんの「自分に同情するな」「自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」というセリフが胸に刺さった。でもそれをしないで生きていくのはまだ私には難しそうだけど。
    これからも落ち込むような気持ちになった時は読み返していきたい。

  • 3回目。今まではラストのレイコさんとの件がどうにも解せなかったのだけど、あれは二人を死の世界から生の世界へと引き戻す為に必要な行為だったんじゃないかと思えてきた。その前の二人ですき焼きを食べるシーンは、肉を食らうということは生へのどうしようもない衝動なんじゃないかと。死の世界にいる直子ではなく生の世界の象徴たる緑にワタナベが惹かれてしまうのはどうしようもない生への渇望なんだろうなと。「死は生の対極にあるのではなく、我々の生のうちに潜んでいるのだ」蓋し名言。これは生(性)と死の物語なのだ。2011/512

  • 一体何年ぶりに読んだんだ?
    1987年だったんだ。22歳か・・・若かったな〜
    この緑と赤の装丁が本屋に山積みにされていて・・・
    それまでも村上ファンだったから、何かこの作品で一気にファンが増えて、社会現象的な作品になったことを記憶しています。

    改めて読むと・・・軽くて重い、青春小説だったのかな
    もはやどうすることもできない純然たる「死」と、どう向き合って生きていくのか・・・
    やっぱりヘビーな作品です。

    女の子は、できる限り奔放で、キュートで
    男は、ストイックであり、主体性はないが、一風変わった我が有り、
    気分は軽やかであり、しかし死を哀しいまでに内包している。

    やはりいい作品だと思います

  • この本は私の大好きな本で、年に1回は読んでいる…私の人生の半分近くを共にしてきた。

    ノルウェイの森を読むとき、いつも外は雨が降っている。何故だか、晴れている日に読もうとは思わない。

    評価が分かれる作品だよねこれは
    性描写がどうとか、村上春樹の言い回しがどうとか。
    でも私は好き。星5つ。

    好きすぎて感想がちゃんと書けない、だから思ったことを書く。

    生に内包される死と言うのが、大枠のテーマではあると思うけど(本文中でも、ワタナベくんが言ってる)、喪失と獲得って言うのもあると思う。
    死者との距離が段々離れていく、思い出すのに時間がかかると言うのは、生きている以上どうしても仕方のないことだと思う。
    だからレイコさんも言ってたけど、忘れる必要はないけど幸せになれってのは、そういうことなんだろう

    上巻の冒頭で、飛行機の中でノルウェイの森を聴いて、大人になったワタナベくんが激しく気持ちを揺さぶられた様に、生きていれば何かしら死者を思い出すきっかけになるものってある訳だし

    直子が死んで、ワタナベくんが一人旅をするシーンは、いつも哀しくなってしまう。

  • この本を読んで、一気に色んな人生経験した気分になった。ワタナベの周りには深く悩み、自殺する人が多すぎる。私はワタナベのように哀しみの乗り越え方は見つけられない気がする。ワタナベの哀しみや欲に向き合って生きていく様子が、人間味があってよかった。深いのに、それに対して自分の言葉で感想を書くと薄くなってしまう〜、、

  • この本が刊行された頃に一度読んだきりで、内容を殆ど忘れてしまったので再読。
    忘れていたにもかかわらず、私の中で圧倒的な存在感を誇っていた。
    「私のことをいつまでも忘れないで。私が存在していたことを覚えていて。」
    ストーリーを噛みしめながら読んでいった。
    死に向かう人間と、生身の人間…
    誰かに心魅かれるというのは、罪でも何でもありません。
    何度読んでも伝わるものがあるし、また何年か後にも読みたいと思う。

  • 久しぶりに読んだら、すっかり忘れていて、新たな気持ちで読むことができました。
    自分も歳を重ねることで、昔読んだ時より、より一層深く理解できた部分もあったように思われます。

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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