1973年のピンボール (講談社文庫)

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  • 講談社
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レビュー : 722
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062749114

感想・レビュー・書評

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  • 作中に多く登場するビール。ビールは喉越しだ。口の中で転がしてゆっくりと舌で味わうものではない。そういう事だろう。

  • 鼠の感じてる焦りとか不安とか悲しさとか息苦しさとかわかるようなわかんないような
    彼女に何も言わずにさよならしちゃうような心境なんだろうね

    双子ちゃんがなごみでした
    配電盤のお葬式とかかわいいなー
    僕は相変わらずですね
    朝起きたらベッドに双子の女の子がいたら!いいなぁー

    20140102

  • 雰囲気が、とてつもなく好き。
    この小説の時代に行ってみたい。

    流れていく時代と、
    おいつけない自分。

    まだ捉えきれない、すべて。
    ただ、雰囲気が、凄く良い。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「この小説の時代に行ってみたい」
      ジェネレーションギャップを感じるなぁ~
      「1Q84」読んだので、急に色々読み返したくなってます。。。
      19...
      「この小説の時代に行ってみたい」
      ジェネレーションギャップを感じるなぁ~
      「1Q84」読んだので、急に色々読み返したくなってます。。。
      1973の私は思いっ切り背伸びした半大人で、世間をナメテました。今やっと2/3くらいになったかな(成長してません)
      2012/08/21
  • 読み心地や、心象風景がいい感じの作品。つづき。といった感じ。芥川賞に関しては前作で駄目なら今作でも駄目だったはずだ。つづきの作品。って感じ。なので、賞を逃しているから面白くないとかはない。これはこれで十分にワールドに浸れる。

  • 文章をただ読むのではなく、味わうことを教えてくれた作品。
    平凡なひとつひとつの出来事が、オリジナリティ溢れる描写で表現されており、これぞ芸術と思わせてくれるような1冊であった。

  • デビュー作「風の歌を聴け」から「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」までの初期三部作は語り手である<僕>と友人の<鼠>の 『三部作』および「ダンス・ダンス・ダンス」を加えて『四部作』と呼ばれている。
    この本では<僕>の話しと友人の<鼠>話しがパラレルに進行している。
    <僕>のガールフレンドの直子は3年前に自殺した。
    『スペースシップ』で<僕>がハイスコアを出して3年。
    『スペースシップ』はなくなり、<僕>は直子の死に捉えられている。

  • 筆者の言葉を借りれば、この作品は出口のない物語かもしれない。俊逸なテーマ性や出来事が起こるわけではない。静謐でただ少し投げやりな退廃な世界が綴られる。小説としては良作とは言いにくい。

    しかし本作で使われる文章は美しい。小刻みで軽やかだけど深淵で哲学に富んでいる。一番にはならないがふとしたときに読みたくなる作品だ。

  • 内容紹介
    僕たちの終章はピンボールで始まった
    雨の匂い、古いスタン・ゲッツ、そしてピンボール……。青春の彷徨は、いま、終わりの時を迎える

    さようなら、3(スリー)フリッパーのスペースシップ。さようなら、ジェイズ・バー。双子の姉妹との<僕>の日々。女の温もりに沈む<鼠>の渇き。やがて来る1つの季節の終り――デビュー作『風の歌を聴け』で爽やかに80年代の文学を拓いた旗手が、ほろ苦い青春を描く3部作のうち、大いなる予感に満ちた第2弾。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    前作1970年から少し時間のたった世界。
    冒頭で、「僕」は29歳、「鼠」30歳と言うくだりがあるけれど、本文内ではたぶん「僕」24歳で「鼠」は25歳。

    この作品では「鼠」が自分の今後に立ち止まってしまっていて、もう25歳なのに、みたいな思いを巡らせるシーンもあるし。

    それに比べて「僕」は至極順調な生活を送っている。
    得体の知れない双子の女性を飼い(って表現はおかしいけどたぶんそのものだと思う)、翻訳の仕事をし、毎日淡々とながらやるべきことのある日常を送っている。

    双子と彼の会話がまた意味不明...
    まーったくかみ合ってないよね(苦笑
    いやもう、春樹さんじゃなかったら本投げてるわ(笑
    「なんじゃそりゃー」ってw

    メモってないのでどこって聞かないでねw
    読めば分かります、たぶんw

    にしても、前作が村上春樹の中でのご挨拶的作品とすると、今作はそこからいろいろと派生して今後のテーマやメタファーになりうるものがたくさん出て来たように思います。

    ノルウェイの森に出てくる「直子」さんも、ちら見せ。
    いや、この本でもすでにもう亡くなってるようなんです。
    ちゃんと読まないと因果関係がまだちょっと分からないのですが。

    「沼」とか「海」とか「川」とか水のメタファー、
    ピンボールに象徴される旧時代の輝き、
    出会いと別れ...

    この後の村上作品に通じるたくさんのものを見ることができる作品のように思います。

    双子の素性が気になるな~。
    どこかでまた出会うことがあるのでしょうか。

    物語の後半で、やっと?ピンボールの話が出てきます。
    この作品では「僕」と「鼠」の直接の関わりはなく、ピンボールの思い出として少し語られるくらい。

    ピンボールって正直パチンコ様のものしか浮かばないんですけどそれで正解ですかね?不安。

    でもピンボールと言う遊具が、このほんの少し前の時代のキラキラ感を象徴するアイテムだったんだろうな、と。

    そしてやっと求めたピンボールに出会えたとき、
    彼女らは暗く大きな倉庫にしまわれている...

    そのピンボールの行方も、作品に共通する退廃感と混じり合って全体の雰囲気を強調してる気がします。

    さて、次は大作と言われる「羊たちの冒険」。

    ピンボールを見つけた僕、旅に出た鼠。
    彼らがどのようになっているのか、再会を楽しみにしています^^

  • 物語としてはよくわからないけれど、僕も鼠も過去の思い出を失って、また新たな道を歩き始めたのかなと思う。
    こんな意味のわからない話を読ませられるのが、さすが村上春樹、という印象だった。

    僕とか鼠とかジェイに近い歳になれば、もっとわかるかも。

    • yuu1960さん
      「ノルウェイの森」が評判になった頃、作家の小林信彦さんが直子の死はピンボールで既に触れられていると指摘されて、吃驚した覚えがあります。

      ...
      「ノルウェイの森」が評判になった頃、作家の小林信彦さんが直子の死はピンボールで既に触れられていると指摘されて、吃驚した覚えがあります。

      直子の死を知り、僕は遠い駅に出かけ帰っていった。厚いオブラートの底にある深い哀しみと喪失の物語だと思います。
      村上さんは読者のためよりも、なによりご自身が物語を必要しているように思います。

      「羊をめぐる冒険」は村上さんにとっても転機になる作品。楽しんでくださいね。
      2015/02/23
  • 「僕」は「双子の姉妹」と出会い、そして別かれる。
    「鼠」は「女」と出会い、そして別れる。


    「僕」は「3フリップのスペースシップ」というピンボールマシンと再会し、そして別れる。
    「鼠」は「ジェイ」に別れを告げ、町を出る。

    3年前「風の音を聞け」で出会った「僕」と「鼠」は700km離れた場所で、それぞれに出会いと別れがあった。
    しかし、「僕」と「鼠」はジェイの店とピンボールマシンを通じて繋がっていた。この作品の中では二人の交差・接点はない。

    でも二人は間違いなく繋がっている。

    方や卒業、此方リタイアという違いはあるけれど、ともに学生を終え社会にでている。
    二人ともカチっとした正社員ではなく、今でいうところのフリーターに限りなく近い。
    そして、そのせいか、どこか大人になり切れない「青臭さ」を漂わせている。

    出会いと別れと、友人との交差.


    それがこの小説のモチーフだ。

    40年前の小説で、今、若い世代、中高生/大学生には「ピンボールマシン」などと言っても「?」ピンと来ないだろう。
    ゲームセンターと言っても、今のようなクレーンゲーム中心の世代には、ひょっとしたら想像もつかない遊具・プレイマシンかもしれない。
    アパートの「共有電話」もイメージしにくいのではないだろうか? そもそも「固定電話」を「共有」する間隔すらピンと来ないだろう。

    私は現役でピンボールマシンにハマった。友人たちと小さなゲームセンターで、小遣いが尽きるまでプレイしていた。
    時折、神がかったようなプレイができて、リプレイをゲットした時や、自分のハイスコアを更新出来たときなどは、得も言われぬ達成感を感じたものだ。

    だから「僕」や「鼠」がピンボールにハマった気持ちはリアルタイムで共感できるのだけれど・・・

    今の若い人たちにも、この本が受け入れられるのはなぜなのだろう?
    古臭さを感じさせず、今もどこか、みずみずしさを漂わせてくれるのはどうしてなのだろう?

    何度読み返しても引き付けられる魅力がある。

    それはやっぱり「青春の葛藤」がここに描かれているからなのだと思う。

    どこか孤独癖とも思える主人公の内に向かい、自己を見つめる目、どこにも持っていき場の無い孤独や、やるせなさ・・・

    そういったところが随所にちりばめられているあたりが共感につながっているのかなとも思う。


    そして、さらに続編の「羊をめぐる冒険」も次の出張には従えてしまうのだろう(笑

著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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