最後の言葉 戦場に遺された二十四万字の届かなかった手紙 (講談社文庫)

  • 講談社 (2007年7月13日発売)
3.95
  • (30)
  • (21)
  • (23)
  • (4)
  • (1)
本棚登録 : 292
感想 : 24
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784062757874

作品紹介・あらすじ

妻に、子どもに、父母に、恋人に――最後に伝えたかった大切なこと
激戦地で日本軍将兵が書き遺した「小さな言葉」が60年の時を越えて、あなたに語りかける

第2次世界大戦の激戦地に日本軍将兵が遺した膨大な手紙や日記、手帳が見つかった。60年の時を越え、彼らが伝えたかった言葉は遺族のもとに届くのか?僕たちは間に合ったのだろうか? NHKハイビジョンスペシャル『最後の言葉~作家・重松清が見つめた戦争~』で話題を呼んだ感動ドキュメンタリー。

私は困惑した。当然、喜んでもらえると思っていたからである。戦争を知らない若造の出過ぎた行為だったのか。「ハイって渡されて感動する、そんな簡単なものじゃなかと。何せあれから60年もたっているけんね」――<第1章より>

みんなの感想まとめ

戦争という過酷な状況下で、兵士たちが遺した手紙や日記は、彼らの最後の思いを伝える貴重な証言です。60年の時を経て、これらの「小さな言葉」が遺族のもとに届くことは、過去の記憶を呼び覚まし、今を生きる私た...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 明後日、15日は終戦記念日。
    最期を覚悟して書かれた手紙。
    尊い命を犠牲にしてたどりついた今なのに…
    2014年の今、平和だ!と何の迷いもなく言えるだろうか…

  •  単行本は2004年7月、講談社より刊行。2003年のNHKハイビジョンスペシャル「最後の言葉~作家・重松清が見つめた戦争~」の取材記録と合わせてまとめられた一冊。米国議会図書館、オーストラリア国立戦争博物館が所蔵していた日本軍兵士の手帳・日記を遺族のもとに返却する、というコンセプトで作られた番組で、いまから20年前にはこうした戦死した兵士の記憶を持つ遺族を探すプロジェクトも可能だったのだ、と思わせられる。重松清がガダルカナルやニューギニアの現地をしっかり訪れているのも立派だと思う。
     だが、最後の定時制高校での授業のくだりは蛇足だったのではないか。番組としての
    「絵」としてのドラマ性はあったのかもしれないが、文字で読むととても作為的で、「しつこさ」「わざとらしさ」の方が先に立ってしまう気がする。このあたり、重松のサービス精神が裏目に出てしまった感は否めない。

  • 2003年にNHKで放送されたドキュメンタリーの書籍化。日本を遠く離れた戦地で命を落とし、歴史の中へと埋もれていった兵士たちの「言葉」を追いかける。
    ここでサルベージされた言葉たちの他に、どれほど多くの言葉が塵芥と化して消えていったのかを思うと、何ともやるせない気持ちになる。

    「悲しい時に悲しいって言えないような、悲しむ余裕も与えられない死に方なんて悲しすぎるよ」というシゲマツさんの言葉に、深く頷くしかない。

  • 戦争を体験していない世代の二人… 作家「重松清」とNHKディレクター「渡辺考 」が戦争と向き合った旅の記録『最後の言葉 戦場に遺された二十四万字の届かなかった手紙』を読みました。

    「城山三郎」の『一歩の距離 小説 予科練』に続き太平洋戦争関連の作品です。

    -----story-------------
    第二次世界大戦の激戦地に日本軍将兵が遺した膨大な手紙や日記、手帳が見つかった。
    六十年の時を越え、彼らが伝えたかった言葉は遺族のもとに届くのか?
    僕たちは間に合ったのだろうか?
    NHKハイビジョンスペシャル『最後の言葉―作家・重松清が見つめた戦争』で話題を呼んだ感動ドキュメンタリー。
    -----------------------

    太平洋戦争に従軍した日本兵の手紙や日記、遺書を60余年の長い時を経て遺族に届けるという企画のドキュメンタリー番組『最後の言葉―作家・重松清が見つめた戦争』、、、

    その番組が制作される過程に沿って、遺された小さな言葉を通して戦争と向き合おうとする姿を描いたドキュメンタリー作品で、以下の構成となっています。

     ■序章 二〇〇二年夏の出会い
     ■第1章 「わが妻、シズエへ」
       ―サイパン島で戦死した海軍将校が家族に遺したメッセージ
     ■第2章 「節子の肌、恋し」
       ―飢餓と疫病のガダルカナル島から恋人を想う
     ■第3章 「雨宿り虫も一緒で椰子の蔭」
       ―ニューギニアにユーモラスな詩人がいた
     ■第4章 「戦争は、悲しい」
       ―死にたくないとソロモン戦線で念じ続けた二十三歳の無念
     ■終章 次の世代に伝えたい

    戦争って、知識としては知っていますが、実体験がなくわからないもの… なんですよね、、、

    それを、きっちりとわかろうとした「重松清」の考えや行動に共感しながら読み進めました。


    戦争が終わって70年近くが経過し、戦争はニュース番組や新聞記事の中で遠い世界でしか感じられず、銃を触ったこともない自分たちの世代が、きっちりわかることはできないと思うけど… わかろうとする努力は続けたいと感じましたね。

    残された言葉は小さい言葉かもしれませんが、その言葉の一つひとつは、魂が込められた、とても重たい言葉だと思うので。

  • 太平洋戦争の激戦地を辿るNHKのドキュメンタリー番組を
    作成する過程で、アメリカ・ワシントンの国立公文書館で
    20余りの文書が発見された。

    それはアメリカが日本と日本人を分析する為に、戦場に残され
    た日本軍将兵の日記や手紙を翻訳した文書だった。

    日本に残して来た家族に届かなかった言葉。戦後60年近くを
    経て、戦場に遺されていた思いを家族に届けることは出来ない
    だろうか。

    作家・重松清をナビゲーターとして放送されたテレビ番組の
    書籍版である。

    サイパンで、ガダルカナルで、ニューギニアで、ソロモン戦線
    で。それぞれに命を落とす寸前まで、極限状態に置かれてなが
    ら家族への、想い人への、戦争への思いを綴った人たちがいた。

    「この戦争は間違っている」「死にたくない」。アメリカ軍の
    物量作戦に圧倒され、補給も経たれ、劣悪な環境に捨て石にさ
    れた人々の、正直な思いが溢れている。

    そうして、遺骨さえ還って来なかった家族の元に届けられる
    「最後の言葉」たち。

    このように書くと非常に感動的なのだが、いかんせん、私には
    ナビゲーター役の作家・重松清の視点が邪魔だった。「ほら、
    感動しなさい」と言われているようで興ざめ。発見された日記や
    手紙の内容に思いを馳せる気持ちが分断された。

    多くの将校や兵士が、祖国へ帰れぬだろうと思いながら日記や
    手紙を綴り続けたのだろう。本書に取り上げられている4人は
    ほんの一部だと思う。

    たまたま、遺族を探す手がかりがあったから、家族の元へ届ける
    ことが成功し、番組として成立したのだよね。

    公文書館に英訳が保存されていた文書以外に、戦場で連合軍兵士
    が個人的に持ち帰ったものもあっただろうし、それは今でもどこ
    かの家庭で眠っているのかもしれない。

    「グンイドノハヤクアゴヲ/ツケテ下サイ、ミンナト一ッシ/
    ョニゴハンヲタベラレル/ヨウニシテ下サイ/グンイドノフネハイツ/
    クルデスカ/ゴハンガタベタイナ/タンヲトッテ下サイ/ダンヲトッテ
    下サイ/クチノナカノチヲフイテ/下サイ/モウネリタクナイ/ヒトリデ
    小便マリマス/デ/ベンキカシテ下サイ/スマナイカ角ザトウ一ツ二ツ
    モラ/ッテクレナイカネ」

    これは『昭和の遺書 55人の魂の記録』(梯久美子 文春新書)に
    収録されている筆者不明の文書である。軍医が持ち帰ったものだが、
    このように文書が残されていても誰が書いたかが分からず、遺族へ
    届かなかった文書も多くあるのだろう。

    せめて言葉だけでも、想いだけでも、家族の元に帰れたらいいの
    にね。

  • 予想したほどの感動は得られなかった。もっと涙ボロボロかと思ってたのに拍子抜けした。その理由が何故かはっきりしないけれど、どこか遠い過去の話のような冷めた印象は受けた。風化させてはいけないのだが、時の流れの無情さみたいなものか。

  • 太平洋戦争で戦死した将校下士官兵士の日記メモ類を遺族に届けるNHKの番組。過酷な戦場で何を考えていたのか。その考えを知ることもなく残された遺族に届く日記はまさに帰還という言葉が当てはまる。過酷な状況の中で生きて行くには親しき人の表象か。親しき人,ふるさと,それらを含めた思い出。大きな力の前に生はあっけない存在だけれど,その生をいかに意味づけるかは生きるものの意思によると思った。

  • いろんなことを我慢して、我慢して、
    話したい事も語りたいことも本音も弱音も、涙と共に飲み込んでいた時代。

    ハタチそこそこの青年たちが、命を賭して守ろうとしていたものは、
    日本という言葉で表現すべきものではなく、
    それは故郷であり、山河であり、家族であり、恋人であり。

    届かぬ想いを、生きている限りひっそりと綴り続けた若者たち。

    守りたかったのは、天子様の大日本帝国ではなく、
    幸せな未来であったのだと思う。

    帰りたい、そんな言葉を紡げなかった若者たち。

    あなたたちが苦しみもがき死んでいったために滅び去った大日本帝国は、
    今や弱音を垂れ流しにできる場所になってしまいました。

  • 直筆の持つチカラ。
    あの時言えなかった「ただいま。」
    現在から過去を写実に追うシーンに
    リアルさを感じた。
    届くはずがなかった手紙が
    タイムマシンに乗って届くよな奇跡。
    そこに居合わせる感慨。
    スタッフはドキュメンタリー冥利に尽きたのでは。

  • 海外に保存されていて、遺族に届くことのなかった兵士たちの手記。
    遺族を探し、重松清が手記を届け、また兵士たちの辿った道を
    追体験した、NHKのドキュメンタリーを書籍化したもの。
    英文で残されていたものを再翻訳したものなので必ずしも彼らの言葉そのままという訳ではないが、感情がひしひしと伝わってくる。
    取材の苦労や追体験の感想なども語られていて、それがドキュメンタリーなのだけれど、そのせいで全体が薄まっていしまっているように感じてしまった。

  • 言葉を残さねば
    死と隣り合わせとなった人の言葉が、何とも言えず、心に突き刺さる。
    今の自分が何と幸せなんだろう。

  • 「ただいま。」
    「おかえり。」
    生きている人どうしでこの言葉が交わされることの価値が再認識できます。


    戦地から帰ることのできなかった人達の遺品(日記)が、
    連合国側の日本分析のために回収収集利用され、
    そして戦後何十年もたってから遺族のもとに突然帰ってくるという話。
    筆者たちは、
    日記に書いてあることをたどり現地に赴き、
    少ない手がかりから遺族を探して見つけ、
    遺品である日記を渡します。
    そして日記を渡された遺族が、想いを語ります。


    時間と空間を越えて伝わってくる(日記に書かれた)言葉の想いをうけとめ、
    その想いを読者に伝えようとする筆者たち。

     どんなに家族のもとに帰りたいか。
     どんなに好きな人に触れたいか。
     どんなにこどもの成長を感じたいか。
     死がすぐにとなりにある状況で、なにを感じていたのか。

    読みすすめるうちに、
    それぞれの日記を書いた人の生き様がくっきり見えてくることから、
    筆者たちの意図は成功しているように思います。


    最後に、いまどきの高校生にこれら戦死した人の日記をよんでもらい、
    作文をかいてもらいます。
    これは、単純に戦争反対ですべて丸くおわらせないための仕掛け、
    のように感じます。

    読後感ですが、
    自分が家に帰ってただいまといえること、
    おかえりと迎えてくれる家族がいること、
    そのことに心から感謝せずにはいられない気持ちになります。
    なんか重松さんと渡辺さんがねらったところに落とされた感じがしますが。

    2011/04/30

  • 「言葉ではなく本人が帰ってきてほしかった」

    NHKのドキュメンタリーの書籍です。
    手紙や日記は、
    精神分析のためにアメリカ軍に押収されていたり、
    拾われていたり、あちこち点在していたようです。

    その中のいくつかの手紙や日記たちを、
    本人を調べ消息をたどり、
    遺族に届けるまでを描いています。

    重松清さんの
    「誰もが納得する“正義”をふりかざしながら、
     僕はしだいに疲れてきた。
     違うんだよなあ、違うんだよなあ、
     というつぶやきが始終漏れるようになった。」

    この、違うんだよなあって言葉、とても残ってます。

    重松さんが登場することで、
    作品の中の現代と当時がうまく重なります。

    優しい父、
    愛しい息子、
    弟思いだった兄ちゃん、
    離れ離れになった兄弟、

    言葉、言葉、言葉、言葉、言葉、言葉、

    とにかく、言葉です。

    「我慢したんだ、話したいことも。
     みんな腹の中、私と同じだろうけど表向きは
     お国のためだがね。
     しゃべれねえよ。
     私だけじゃないんだよ」

    お国のために働いてくれれば嬉しいと言った、つぎさん。
    でも、

    「戦争で命落としたら、嬉しくねえよ。
     嬉しいわけねえよ・・・・・・」


    検閲にひっかかることなく、
    当時の本当のたった一人の日本人としての言葉が
    そこには並べられています。

    父親、母親、兄、弟、姉、妹、妻、恋人、息子、娘、

    大切な愛しい人たちのために、
    それがお国のために繋がっていく。

    「この人類の戦争には、楽しいことなど何もない。」
    「戦争は、悲しい」

    「ただいま」
    「おかえり」

  • 確かに戦争はいけない。
    けれどなぜ日本という小国が超大国と戦争をしなければならなかったのかを最近になりやっと知りました。それは、学校でなんとなく教えられたものとは全く違うものでした。
    お国のため、家族のため、アジアの独立のために勇気をもって立ち上がり最後まで戦ってくださった方々がいたことをわすれてはいけない。
    これからも愛国心や周囲の方々への感謝の気持ちを忘れずに生きていこうと思わせてくれる本でした。ありがとうございます。

  • 深い内容だった。言葉を後世に伝える義務、素晴らしさ、難しさを感じた。

  • 戦争で亡くなった方が,戦場で綴った日記や手紙にまつわるドキュメンタリー。
    戦争というと戦略等の大きな話しかハイライトされないけど,実はこういう小さな力が支えていたんだなと痛感する。その小さな声にスポットをあてた一冊。

    最後の章の若者たちの言葉もよい。

  • 本編の内容としては南洋の島でなくなられた日本兵の手記や日記を遺族の方に届ける、と言うNHKのドキュメンタリーがあり、その単行本化、と言うことです。自分はTVプログラムは見ていませんが興味を持ったので買ってみました。

    まず見開きに地図があり、ああ、日本はこんなところまで侵略したんだ、と言うなんとも言えない哀しさがあります。日本から遠く離れて亡くなられた兵士の無念さ、戦争の哀しさ、生き抜くことの残酷さをしみじみと語る本だと思います。

    が。正直自分はテレビ構成に慣れていないので。悲劇を見世物にしてしまうのではないか、と言う恐れを持ちつつも製作した側には悪いのですが、見世物にしてるんじゃあないのかなあ?と言う疑問を感じざる得ませんでした。特に最後の高校生の読書感想文の件とか。
    確かに遠い南の島で亡くなられた方のほとんどがこの戦争に疑問を抱いていただろうし、何のために戦っているのかそんな疑惑や不安をずっと心に抱いていたと思うのです。でもそれは侵略されたその土地の人にも言えることだと思うのです。だって勝手に攻め入ってきて、施設建設だなんだ強制労働を強いて、おまけに敵軍(日本軍にとって)が反撃を開始した際には絶対巻き添えを食っているはずなのです。その方たちの無念は?

    折角心に残るエピソードなのに終始『日本』に徹してしまったのが哀しい。色々戦争で哀しい、悲惨なことは起こったと思いますが加害者にならなくては生き延びられないこと。それこそが一番哀しいことなのではなかったのかなあ。日本は他国にとっては加害者だというそういう教育こそが戦争をもっと身近にしていく教育だと自分は思うのですが。

  • ■重松清さんの全作品を感想文にしてブログで挑戦中です。
    重松清ファン必見!
    http://wwjdkan01.blog68.fc2.com/

  • 言葉が持つ力というのもを強く感じた気がする。戦場に散った人々が残した言葉たち。とても特別なものに感じるが、どれもが彼らの生々しい声であり、何一つ飾ったものでもなかった。伝えたいという気持ちとそれが叶わない事実。それが分かっているものの書かずにはいられない・・・。言葉は力を持つ。そんな気がする。

  • 「戦地に赴いた若き兵士たちは遠き地で何を思い、何を感じていたか」
    お国のために――赤紙一枚で召集され、様々な形で戦死し、ついに再び故郷の地を踏むことのなかった兵士の、最期の地で見つかった日記が作者たちによって故郷へと還される。遺族は何を思うのか。

    なんともいえない思いがこみ上げてくる。初めて電車の中で涙が出そうになった。「悲しい」のか、「感動」なのか。いや、それらとは違う。重いメッセージに胸を打たれた。

    戦後60年以上が過ぎ、日本史でしか学ぶことのできない「戦争」。現在も世界のどこかで起きている「戦争」。平和な国に育ってる僕らに、決してその思いを汲み取ることはできないだろう。それでもやはり考え続けなければならない。

    いや、本当に平和なのか?そもそも平和とはなんなんだ?
    答えは見つからない。

    ただひとつ、「戦争は、悲しい」
    このメッセージはどこかにおいておかなければいけないし、今を「戦前」にしてはいけないのだ。

全22件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

重松清
1963年岡山県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。91年『ビフォア・ラン』でデビュー。99年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、『エイジ』で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』で直木三十五賞、10年『十字架』で吉川英治文学賞を受賞。著書に『流星ワゴン』『疾走』『その日のまえに』『カシオペアの丘で』『とんび』『ステップ』『きみ去りしのち』『峠うどん物語』など多数。

「2023年 『カモナマイハウス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

重松清の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×