旅をする裸の眼 (講談社文庫)

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  • 講談社
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レビュー : 18
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062759427

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  • 著者:多和田葉子(1960-、中野区、小説家)

  • ベトナムからの少女がロシアで酒を飲まされ、ベルリン、パリと生活していて、さらに、というところで終わる。

  • 相変わらず独特の浮遊感。
    根なし草のような成り行き任せの日々を送る女性が唯一心を傾けたのは、映画の中の「あなた」。
    次第に主人公の現実世界は遠い物語のように薄らぎ、映画の中の「あなた」への語りかけだけが生気を帯びる。

    よく分からないけど好き。

  • まるでカメラアングルが語りかけているかのような視覚の小説。現実の場面とスクリーンの場面がどんどんリンクしていきながらラストで突き放される。ハッとした戦慄のあと映画のエンドロールのような余韻が続く。情報の取得手段が視覚のみという状態で人は何を見出すことができるのだろうか。まざりけない結晶のようなものか。ドヌーヴの映画を全部おさらいしたくなった。

  • 「わたし」(物語の語り手)の眼は現実の光景を見る以上に、スクリーンの中の「あなた」(ドヌーヴの演じる女)に注がれる。現実の「わたし」自身も運命に翻弄されるのだが、「わたし」のアイデンティティは、あくまでも「トリスターナ」の、あるいは「インドシナ」の中で役柄を演じる「あなた」と共にある。しかし、フランス語を解しない「わたし」には言語による共感ではなく、「視る」ことにおいてのみ自己を「あなた」に投入していく。作中の「わたし」も、作者もそこに「歪み」があることを重々に承知しつつ。本当に見事な小説空間だった。

  • 国境を越えていく私が目で見たり、肌で感じたりしたことが、言葉により連なりとなっていく。
    しかし、最初の人拐いから、彼女は自分をどうとらえようと、映画にいきついたのか…不思議なことに、時も流れ…。でも、彼女は母語で思考している。フランス人になろうとはしないのだ。
    エトランジェという言葉を国境を越え、時間を越え、言葉を越え、感じる小説。

  • 主人公はベトナム人の少女。1988年、高校生のときに、東ドイツでおこなわれる弁論大会(青年の主張みたいなやつ?)に代表で参加するために一人でホテルに泊まっていたところ、レストランで酔っ払って偶然知り合った青年になぜか西ドイツへ連れ去られ同棲生活をせざるをえなくなり、そこから彼女の彷徨生活が始まります。

    その彷徨生活自体はなかなか波乱万丈で、望んだわけでもないのに、どんどん苦境に追いやられてゆく主人公に同情する反面、たまたま親切な人に助けられてばかりで、自らは抵抗をほとんど試みない彼女にイライラもしたり(本気出したら国に帰れたと思う)、最初に彼女を誘拐した男の身勝手さ(ただの犯罪です)にもイライラしたりするんですが、まあそういう表面上の紆余曲折はたぶんこの物語の主題ではないでしょう。でもその点については解説とか読んでも小難しすぎて私には説明できないので(苦笑)、個人的に琴線に触れた部分だけ以下。

    パスポートを失い、不法滞在のため仕事にも就けず、言葉の通じない人々のあいだで宙ぶらりんになってゆく彼女が唯一心の拠り所としたのが映画館と、女優カトリーヌ・ドヌーヴ。13章に分かれた物語の各章は、すべて主人公がそのとき見たカトリーヌ・ドヌーヴ出演映画のタイトルになっています。たぶん全部の映画を見ていたら、この小説に対する理解ももう少し深まるのかも。

    主人公がドヌーヴを崇拝する気持ちは、ある意味宗教。結局、どれだけ彼女の人生に現実の生身の男女が関わってこようとも、彼女に寄り添っていたのはいつもスクリーンの中のドヌーヴの存在だけで、それは最終章に集約されています。その象徴的なラストシーンはとても美しいと思いました。

    一応タイトルに使われていた映画の邦題を。
    「反撥」「恋のモンマルトル」「哀しみのトリスターナ」「ハンガー」「インドシナ」「夜のめぐり逢い」「昼顔」「愛よもう一度」「夜の子供たち」「終電車」「ヴァンドーム広場」「イースト/ウエスト」「ダンサー・イン・ザ・ダーク」

    予断ですがこの中で私が映画館で見たのは「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のみ。ビヨークとトム・ヨークのデュエットが素晴らしくってねえ。「反撥」「昼顔」「ハンガー」あたりは昔テレビで見た程度。吸血鬼映画好きなので「ハンガー」はデビットボウイが吸血鬼役というので楽しみに見ていたら序盤であっさり死んじゃったり、でもオープニングのバウハウスの曲が無闇にかっこよかったりと、無駄に細部を覚えています。

  • めくるめく、という恍惚感。

  • 異国へ迷い込み、流されていく女性の生を追う。

    眼差しには権力が宿る、という言葉があるように、人の視線には常に意味が込められます。「裸の目」という表題はそうした眼差しの意味を排した、あくまで説明的というか冷徹に出来事が語られていくこの本をよく表していると思います。
    過酷でドライな内容です。なかなか無い雰囲気の本なので戸惑いつつも、その独特さに惹かれました。

  • 原色と混沌の東洋からきた少女の「眼」が彷徨う、鬱屈と緊張に沈む欧州の都市。悪夢的といえばそうだが、そこから一切の感傷も恐怖も排除されている。まさに裸の眼。

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著者プロフィール

多和田葉子(たわだ ようこ)
1960年、東京都生まれの小説家、詩人。早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業後、西ドイツ・ハンブルクの書籍取次会社に入社。ハンブルク大学大学院修士課程修了。長年ドイツに暮らし日本語・ドイツ語で執筆する。著作は各国で翻訳されており、世界的に評価が高い。
’91年「かかとを失くして」で第’34回群像新人文学賞。’93年「犬婿入り」で芥川賞受賞。’96年、ドイツ語での文学活動に対しシャミッソー文学賞を授与される。’11年、『雪の練習生』で野間文芸賞、’13年、『雲をつかむ話』で読売文学賞と、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
世界的な賞も数々獲得している。2016年ドイツの文学賞「クライスト賞」を日本人として初めて受賞。そして2018年『献灯使』がアメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞」翻訳文学部門を受賞している。

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