酩酊混乱紀行 『恐怖の報酬』日記 (講談社文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062760201

作品紹介・あらすじ

なぜ「あんなもの」が飛ぶのか未だによく分からない。人間が存在していられないくらい高い高いところ。頭の中は、私の悲鳴と加速する「あれ」の音でいっぱいになるーー。イギリスとアイルランドにはとても行きたい、ビールも飲みたい。だが、飛行機には乗りたくない。番外編3本も収録、初の紀行エッセイ。

感想・レビュー・書評

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  • 『海外旅行処女』??? なんでしょ、この怪しい言葉。『私の仲のよい友人たちは、しょっちゅう海外旅行に行っている』という彼らから、こんな『ありがたくない異名』を2003年9月まで頂戴していたという恩田陸さん。『これまでに飛行機に乗ったのは生涯でたった一回。そのたった一回乗った飛行機が、それはそれは恐ろしかった。お陰さまでますます飛行機が怖くなってしまった』という恩田さん。これはそんな恩田さんがイギリスとアイルランドに取材旅に行くことになったドタバタ旅をまとめた初の紀行文、いやいや、旅行エッセイであります!いや〜これ、たまらなく面白い本です。レビュー冒頭ですが、もうとってもおすすめーって言わせてください。

    『行きたくないわけではない。行きたいところはいっぱいあるし、取材もしたい。しかし、飛行機にはどうしても乗りたくないのである』という恩田さん。もう徹底的に飛行機が大っ嫌いなようです。その理由が凄い。『事故にハイジャックにUFOの襲撃、サイコな乗客にマッド・パイロットにゾンビにガメラ。なにしろ空飛ぶ密室で、運命共同体。浮力と揚力について説明されても、なぜあんなものが飛ぶのか未だによく分からない』って、いやいや、そんな風に考え出したら、誰も飛行機なんて乗れないでしょ。一方で、『私がこんなにも恐ろしいことが、周囲の人は平気なのだ、ということがとても怖かった』となんだかかっこよく締めるところがやっぱり作家さんなんだなぁとも思いました。でも、何が凄いって、こんな感じでぐだぐたと飛行機が怖い!、乗りたくない!、ということをひたすら書く、そのぐだぐだ感が半端ないということです。『いつかは来ると知っていたが、ついにその日の朝が来てしまった』『これで日本のビールとうどんは食べ納めかもしれない』『あんたはこれからあの怖い怖い飛行機に乗るんだぴょん』ともう目的地のイギリスに着くまでに、な、なんと全体のページ数の三分の一を使っちゃったよ、なんだよ、これ。紀行文なの?これは?という呆れた展開。でも、何と言っても恩田さんは作家さんです。『飛行機の中というのは、今いち本格ミステリには向いていない。飛行機には死角がなさすぎるし、トイレだけでは雰囲気がなさすぎる。やっぱり、ミステリと相性がいいのは電車のほうだ』と冷静に飛行機の中を小説の題材に出来るかを分析されるところなんて流石だなぁと思いました。

    そんなこんなで無事にイギリスに着いた恩田さんはここから、普段の地の部分で勝負します。『列車といえばビールだ。これは世界共通の掟である。私はそそくさと駅の売店にビールを買いに出かけた』。恩田さんにはビールがよく似合います。ご自身も『私がいつからビール党になったのかは覚えていない。酒は何でも好きだし。実は、焼酎のうまさだけは私にはよく分からない』とビール党を自覚されています。でも、今回の旅はあんなに怖い飛行機での辛い時間を乗り越えた貴重な取材の機会のはず。でも、『日が傾いてきて、ビールの時間である』、そしてまた、『楽しく飲み食いをしてタクシーで宿に戻ったが、勢い飲み食いついてしまった私はホテル内のパブで更にビールを飲む』、ともう、ずうっとビールから離れない恩田さん。ストーンヘンジとかテート・モダンとか色々と巡った記述がすっかり霞んでしまって、ひたすらにビール、ビールという三文字ばかりが印象に残ります。そして、また帰りの飛行機が怖いの、乗りたくないの大騒ぎの挙げ句、ようやく日本に帰国した恩田さん。でも着いた早々、『成田エクスプレスを待つ駅のホームで、思わず缶ビールを一本買い、ほとんど条件反射のようにプルトップを開けて一気に飲む。ああ、日本のビール。このウエットな気候には、やはり日本のビールが一番だ』。ううううう。結局、最後までビールで終わってしまったぁ、という、いやいや、ある意味凄いなぁ、この作品。

    ところで、この作品ですが、最初に単行本で出た時にはこのイギリスとアイルランドの旅だけだったのが、文庫本になった際に、この後に更に『生麦のキリンビール』、『札幌のサッポロビール』、『沖縄のオリオンビール』のそれぞれの工場を巡る『線路は続くよどこまでも。宴会は個室で続くよ。「身体に悪い大人の修学旅行」というコンセプトに忠実な我々』というビール工場巡りの短編が三つ追加になって刊行されたという徹底ぶりなのです。もうこれは飛行機の怖さとビールの喜びを語る恩田さん、以上!、それでいいじゃないか!ハハハハハ!という印象の一冊を極めていただいた感じです。う〜ん、凄いなぁ、この作品。う〜ん、出版社も偉いよぉ。

    ということで終わりにしてしまうと、この作品、中身がスッカラカンのぐだぐだ作品に見えてしまうので補足をさせてください。我らが恩田さんは、読者のことも考えていてくれるのです。『物書きになって、旅行というものに対する考え方が一番変わったように思う。日常からの脱出であることは変わらないのだけれど、ゆっくり妄想しに行く、というのが主な目的になったのだ』とか、『私が鉄道を好きなのは、連続している感覚が好きだからだ。日頃、日常は続いているようでいて、実は続いていない。我々の生活は常に中断され、つぎはぎされ、誰かに時間を奪われている』などなど、なるほどなぁと思える記述がそこかしこに散りばめられているのです。そしてまた、「ライオンハート」や「月の裏側」、そして「ネクロポリス」など、自身の作品に関する言及もあちこちに登場して、これは興奮します、そうなんだ〜と嬉しくもなります。そう、ビール飲んでるだけじゃないのです。恩田さんは。

    ということで、とっても面白い作品、幸せな読書でした。恩田さんという作家さんの人となりがよく分かった気がします。そして、更に好きになりました。でも一番分かったのは、恩田さんにとってビールというのは、三食ご飯を食べるように当たり前の日常風景なんだということです。だからこそ、「ネバーランド」とか「蛇行する川のほとり」のような高校生が登場する青春ものであっても、あまりに当たり前に、彼ら、彼女らがビールをジュースのようにあまりに自然に飲む光景が出てくるんですね。なんてことはない、当たり前の日常の上に描かれていたからだと、それでもとっても変な気はしますが、まあ納得できました。もう、納得するしかないでしょう、あなた。いやあ、面白い方ですねぇ、恩田さんって。

    いずれにしても、この作品、とってもおすすめします。うん。これ、絶対面白いです。ビールのつまみに是非どうぞ!、でも、なんだか悪酔いして、ぐるぐるしそうなのがちょっと心配ですけど。まあ、小説家っていうのは、本当に何でも書けるんだなぁ、ととても感心させられた一冊でもありました。

    • さてさてさん
      goya626さん、こんにちは。
      おすすめありがとうございます。
      恩田さんのエッセイってとても面白いですね。最近、エッセイがとても好きになり...
      goya626さん、こんにちは。
      おすすめありがとうございます。
      恩田さんのエッセイってとても面白いですね。最近、エッセイがとても好きになりました。どんどん読んでいきたいと思います。
      2020/04/10
    • 5552さん
      さてさてさん、こんにちは!

      私の『夜の底』のレビューにコメントありがとうございました。
      『夜の底』はレビューにも書きましたが、恩田さ...
      さてさてさん、こんにちは!

      私の『夜の底』のレビューにコメントありがとうございました。
      『夜の底』はレビューにも書きましたが、恩田さんの描写力、表現力に自分の想像がついていかず、「えっ、これどうなってんの?」の連続でした。でも最後まで夢中で読みました。

      『終わりなき』はまだ読んでないのですよ。図書館にありそうなので、再開したら読んでみようかな、と考えています。

      それにしても、恩田さんといい、三浦さんといい、作家さんの想像力って凄まじいですよね。
      1回成り代わって体験してみたいです。作家さんの脳の中をダイレクトに。、、、たとえ飛行機が恐怖の対象になろうとも、、、!(笑)

      レビュー、楽しみにしていますね。
      これからもよろしくお願いします!
      2020/05/07
    • さてさてさん
      5552さん、コメントありがとうございます。

      確かに恩田さんの作品って、どんどん飛躍してしまって、どう落とすんだろうとおもったら、そのまま...
      5552さん、コメントありがとうございます。

      確かに恩田さんの作品って、どんどん飛躍してしまって、どう落とすんだろうとおもったら、そのままになってしまって、こちらが悶々としたりで、なかなかに捉え所がないものが多いように思います。特に「夜の底」はそうかもしれません。

      作家さんに負けないように、読者も想像力で対峙していけるように頑張りたいですね。

      こちらこそ、これからもよろしくお願いします。
      2020/05/07
  • 恩田陸さんがアイルランドとイギリスに旅をする。飛行機恐怖症で、盛んにそのことをうだらうだらと書いていて、鬱陶しいといえば鬱陶しいが、まあご愛敬。全体として、恩田さんの文は面白いし、旅行先の雰囲気がよく伝わって来る。行ってみたくはなるよ。ときどき、文学作品の話も出てきて、これもなんだか面白い。おまけのキリン、サッポロ、オリオンビールの話も酒飲みらしくてよかった。

  • 以前も伊坂幸太郎の仙台ぐらしで書いたが、私は小説家のエッセイのような作品はかなり好きだ。
    普段は私たちを、物語の世界という非現実的な所へ連れて行ってくれる作品を書く人たちの生活を見るとホッコリとするのだ。
    今回の作品では旅行記でやはり作家という職業柄なのか感性が研ぎ澄まされて私が感じないであろう所に感性が働いていて学びだった。
    他に作中で出てきた、本を読んでみようと思った。
    作品紹介。

  • 読んでみて、一番に思うのは
    「そんなに飛行機が怖いの⁉️」
    という素朴な疑問。次に感じるのは
    「どんだけビールが好きなの❓」
    という驚き。

    私はお酒が飲めないから、ビールやアルコールに酔う楽しさは理解できない。でも、楽しそう。
    反対に飛行機を怖いなんて思った事がないので、ここまで怖がる気持ちが不思議に感じられる。飛行機よりも遊園地のアトラクションのほうが、よっぽど怖いと思うけど‥‥

    好きな作家の書いたエッセイは、出来れば読まないようにしている。予めイメージした人物像が崩れるのが嫌だから‥‥本書を読んで、確かに思い描いていた恩田陸像は崩壊したけど、恩田陸さん自身にはもっと親近感を覚えた。面白い人だったんですね。そういえば、直木賞取った時の挨拶もフランクだったなぁ。

  • 大好きな恩田陸のエッセイ。
    何気に初エッセイ。いやー面白かった。飛行機嫌いの恩田さんが決死の覚悟で挑むイギリス&アイルランド。
    そこまで飲むかというくらいに飲んでいて羨ましい限り。
    イギリス&アイルランド話よりも、札幌の札幌落雪注意報のが好きだった。

  • 恩田本は結構好きですが、エッセイは初めて。そういえば若い頃はエッセイが大好きでしたが、最近ほとんど読まなくなりました。イギリス、アイルランドに日本がおまけ。あちこちで見聞し、呑んだくれるという話。私もたいがい飛行機が嫌いなので、ちょっと怖さがブーストして背中に変な汗がでました。飛行機の中では読みたくない(高所恐怖症、閉所恐怖症、飛行機恐怖症なら)。小説よりもさらに軽快な文章で、恐ろしいスピードで読めます。かなり気の散る環境でも楽しめる文庫本だと言えるでしょう。イギリスアイルランド札幌方向への旅行には良いチョイスだと思います。

  • にわか恩田ファンとしてこの紀行エッセイも読んでみたのだけれど、恩田さんの人となりがよくわかったような気が。ユーモアがあっていい人で一緒にいて楽しくてしかも博学で、チャーミングな人だなー、と。読んでて楽しかった。

    飛行機が心底こわい、ということで、そのこわがりっぷりが他人ごととして読んでるとすごくおかしいんだけど、でも、臆病なわたしも日々いろんな恐怖にふりまわされているので、なにかがこわいっていう気持ちにすごく共感した。そう、個人的な恐怖ってものすごく孤独なのだ。

    イギリス・アイルランド紀行はムア(荒地)の描写なんかが恩田さんのファンタジーに通じるものがあって。行ってみたくなる。あと「秘密の花園」を読もうと思った。

    わたしはお酒飲まないのだけど、それでもビールの話とかおもしろくておいしそうだった。

    恩田さんの小説もいいけどエッセイももっと読みたいなあーー。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/682339

  • 2021 10/29

  • 読みかけで放置していた恩田さんのエッセイ(エッセイって併読しがちでついつい読みかけ放置しちゃうんだよな……)をようやく読了。
    腰を据えて読んだら一気読みでした。いやぁ、楽しい(笑)
    恩田さんの作品は出版されたものはほぼ読んでいるので(連載中のものは未読)自作品の話をされるたびにニヤニヤ。『エアハート嬢の到着』の話に至っては感動したり。ライオンハートってそうやってうまれたのか!みたいな。
    月の裏側の話や、この取材で連載開始された理瀬シリーズの話とか、ほんまファンにはたまらん一冊。恩田さんが普段どういうふうにお話を考えられているのかもサラッと書かれていたのでまさに眼福。

    しかもビールが旨そう!!(ビール好き)ガツガツ飲んでがんがんインスピレーション働かせて、ほんとタフだなー。
    飛行機の下りはめちゃくちゃ笑った(らあかんか?(笑))
    確かに私も飛行機は苦手だけど、このエッセイを読んだら全然大丈夫なほうやわ、と思ったり。

    おまけ感覚のビール工場見学も楽しく読む。アサヒビールがないのが残念だけど。企業のカラーわかるなー。出版社ごとのカラーも教えてほしい(笑)

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著者プロフィール

1964年宮城県生まれ。92年『六番目の小夜子』で、「日本ファンタジーノベル大賞」の最終候補作となり、デビュー。2005年『夜のピクニック』で「吉川英治文学新人賞」および「本屋大賞」、06年『ユージニア』で「日本推理作家協会賞」、07年『中庭の出来事』で「山本周五郎賞」、17年『蜜蜂と遠雷』で「直木賞」「本屋大賞」を受賞する。その他著書に、『ブラック・ベルベット』『なんとかしなくちゃ。青雲編』『鈍色幻視行』等がある。

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