凍りのくじら (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
4.04
  • (1998)
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  • (40)
本棚登録 : 18241
感想 : 1876
  • Amazon.co.jp ・本 (576ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062762007

作品紹介・あらすじ

藤子・F・不二雄を「先生」と呼び、その作品を愛する父が失踪して5年。高校生の理帆子は、夏の図書館で「写真を撮らせてほしい」と言う一人の青年に出会う。戸惑いつつも、他とは違う内面を見せていく理帆子。そして同じ頃に始まった不思議な警告。皆が愛する素敵な"道具"が私たちを照らすとき-。

感想・レビュー・書評

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  • なぜ、自分はこの世に生まれてきたのだろうか。

    高校生の芦沢理帆子は尊敬する漫画家、藤子・F・不二雄先生の創作姿勢

    SF。Sukoshi Fushigi(少し・不思議)

    に、なぞらえて周囲の人間たちを「スコシ・ナントカ」で分類している。
    どこのグループにも所属でき、どんな場所や友達にも対応可。
    しかし心から他人とふれあうことはなく、自分自身を(少し・不在)と捉えている理帆子。
    そんな理帆子に昔の自分を重ねながら読んだ僕は(少し・不健全)だろう。

    生まれて初めて買った漫画は『ドラえもん』の5巻か8巻だったと思う。
    収録作品は覚えていないが、巻末に「ひみつ道具図鑑」が載っていて、それが目当てだった。
    小学校一年生のとき、母親に児童書を買うという名目で初めて小遣いをねだり本屋へ向かったが、目的の物が品切れで出来心で漫画を買ってしまった。
    後ろめたさもあり机の下に隠していたが、それが母に見つかり尋常じゃないくらい怒られた。

    欲しいひみつ道具は特になかった。
    僕はタイムマシンそのものよりも、そこにつながる机の引き出しに魅力を感じていた。
    「コーヤコーヤ星」に通じる畳の裏側や、単純に、ドラえもんが眠る押し入れの二段目に入りたかった。
    「どこでもドア」ではダメだった。
    現実に連なるどこかではない、ここではない夢の世界に行きたかった。

    (少し・不機嫌)な母と(少し・浮遊)な父は、おそらくその頃から(少し・不仲)で、僕らは(少し・フェイク)な家族だった。

    親の不仲や家族の断絶で、子供は自分の存在意義の危機に直面する。
    具体的に言語化できなくても、あるいはそうであると意識できなくても、深層心理で確実に感じるはずだ。

    なぜ、自分はこの世に生まれてきたのだろうか。

    (少し・不健全)な僕は、理帆子の「元カレ」若尾大紀にも少し気持ちが入ってしまった。
    理帆子に藤子先生がいたように、若尾にも『ドラえもん』がいてくれたら良かったのに。
    楽しい空想の世界に逃げ込めた僕は幸せだった。
    もし自分に『ドラえもん』がいなかったらと考えると、ぞっとする。

    美也のような存在に憧れる。

    一年に一度あるかないかくらいの飲み会で出会った、ひとつ年上の兄貴分がいる。
    何事にもまっすぐで、大いに笑い、大いに怒り、大いに泣く。
    いうなれば「きれいなジャイアン」だ。
    ある時、僕は酔いにまかせてこう言った。
    「◯◯さんと僕は全然タイプが違う。うらやましいですよ。◯◯さんと友達になれたらなぁ」
    そうしたら彼は何のてらいもなくこう言った。
    「あれ、俺たち友達だろ?」

    友達の定義についてあれこれ考え「自分には本当の友達はいない」と思っていた人間には、かなりの衝撃だった。
    こういう人にはやっぱりかなわない。
    僕が結婚する際には、友人知人をかき集め店を貸し切り、盛大なパーティーまで開いてもらった。
    みんなの前で一発芸をムチャぶりされ、もぞもぞやっていたら「なにやってんだ」と回し蹴りを喰らった。
    あとで「ちょっと盛り上げようと思っただけだから、ゴメンな」と謝られた。
    ジャイアンだった。

    『ドラえもん』で一番好きなエピソードは、昔から変わらず『のび太の結婚前夜』だ。
    この話を読んだり観たりするだけで目頭が熱くなる。
    未来の高層ビル群の狭間に残る「剛田雑貨店」の二階で酒を酌み交わす悪友たちの友情がいい。
    ちゃんと出来杉君がいるのもいい。
    そして、なんといっても普段は影の薄いしずかちゃんのパパが、娘に語りかける言葉にぐっとくるのだ。

    『凍りのくじら』は、父から娘へと「光」が受け継がれる物語でもあった。
    芦沢理帆子が浴びた光と同じものを、僕もいつの間にかいろんな人から照射され、いまここに存在している。

    この本は、もうすぐ三歳になる娘が昼寝をしている横で読み終えた。
    あどけなく、少し、いや「Sugoku・Fairy」な顔で寝息をたてているのを眺めていると、幼い頃から抱いていたあの疑問の答えを垣間見た気がした。

    • kwosaさん
      nico314さん!

      コメントありがとうございます。

      もう、まわりの人間が眩し過ぎて「俺はまだまだ修行が足りん!」と思うことがままありま...
      nico314さん!

      コメントありがとうございます。

      もう、まわりの人間が眩し過ぎて「俺はまだまだ修行が足りん!」と思うことがままありますよ。

      そして nico314さんのおっしゃる通り、子供のおかげで、いまの自分が肯定できますよね。
      愛されて素直になれる。
      過去のさまざまなことも、すべていまに繋がっていると思えれば、けっして無駄ではありませんよね。
      2013/05/19
    • HNGSKさん
      あああ、素敵なレビューです。kwosaさんのSugoku・Fairyにはやられました。
      あああ、素敵なレビューです。kwosaさんのSugoku・Fairyにはやられました。
      2013/05/20
    • kwosaさん
      ayakoo80000さん!

      コメントありがとうございます。

      なんだか感傷的な文章を書いてしまって恥ずかしいです。
      でも、もし『凍りのく...
      ayakoo80000さん!

      コメントありがとうございます。

      なんだか感傷的な文章を書いてしまって恥ずかしいです。
      でも、もし『凍りのくじら』に興味を持ってくださったなら、ぜひ読んでみてください。

      我が家の「妖精」は、目覚めている時はなかなか凶暴で苦労していますよ。
      2013/05/20
  • 藤子F不二雄をこよなく愛する女子高生の日常と事件を綴った「少し・不思議」な物語。
    彼女の取り巻く様々な出来事をドラえもんの道具に充てて。
    最初はこの物語に入りこめなかったけど。
    中盤以降の劇的な出来事から一気に読みふけりました。
    本当に大切な人との繋がりを見いだせた。
    読了後温かい気持ちになった。そんな1冊でした。

  • 「スロウハイツの神様」(下)に、この「凍りのくじら」の主人公が成長した姿で出てくる、と何かで読んだので、スロウハイツの下巻に行く前に読まねば、と図書館で予約。

    辻村深月さんのドラえもん愛が小説になったような感じだった。


    主人公の理帆子に藤子・F・不二雄先生とドラえもんの素晴らしさを教えてくれた写真家の父。その大好きな父が、末期癌を患い、小6の時に失踪した。
    今度は母が癌で倒れ、高2の今、別れの時が近づいている。

    心の拠り所である藤子・F・不二雄先生は、SFをサイエンスフィクションではなく、「少しふしぎ」と置き換えた。
    それに倣い、理帆子も自分や友人の個性を「少しナントカ」と例えている。
    自分の個性は、「少し不在」
    小さい頃から呼吸をするように読書をしてきた理帆子は、人生の擬似体験が豊富で、どうしても恋人や友人達を上から見てしまう。だから、皆と一緒にいてもどこか自分は冷めている。全てに現実味がない。
    そんな日々を送る理帆子の前に、写真のモデルになって欲しいという高3の別所あきらが現れた…。

    ドラえもんの未来の道具が、章のタイトルになっているが、話のスジにうまく載っているのが流石。
    頭が良く見た目にも恵まれていて、それを充分に理解した上でソツなく全てをこなす理帆子だが、この年で両親を癌で亡くすという大きな喪失も抱えていて、非常に危うい部分もある。

    終わりに近づくに従い、もしかして「少しファンタジー」?などと思ったりして。
    別れた彼が破綻していく姿が痛々しく、ちょっと残酷な気がする…しかし、理帆子が両親の深い愛に包まれていることが、最後に本人にきちんと伝わり、そこは良かったな。2020.8.11

  • 小さい頃からドラえもん大好きな私。
    そして芦田愛菜ちゃんがおすすめ本を語りまくる『まなの本棚』の中で「辻村深月作品をどれから読もうか迷っているならこれをおすすめします!」と明言していたこの作品。

    主人公である芦沢理帆子は女子高生。
    誰にも心を開かずに打算で行動する自分のことを「Sukoshi・Fuzai(少し・不在)」と自嘲しています。
    そんな理帆子が徐々に深く迷い込む、人の心の迷宮。
    堕ちるところまで堕ちて闇の中にいた彼女に差し込む、一条の、強い「光」。

    「Sukoshi・Fushigi(少し・ふしぎ)」な伏線が回収されていく様は素晴らしいなと思いました。
    前半で感じた疑問がするするとほどけていくようでした。

    小さい頃はドラえもんを「次はどんな道具が出てくるんだろう?のび太はどうやってそれを使うのかな?私だったら何に使うかな?」とワクワクドキドキしながら観ていた記憶があります。

    この作品の中で出てきたひみつ道具のドラえもんの話はほとんど覚えていますが、その時とは違うリアリティがあります。
    理帆子が人の個性を表現するときや、別所あきらとの対話という形の中で思い浮かべる。しっくり当てはまっているなと思います。

    母と理帆子とのやり取りでは何度も泣きそうになりました。長い間うまく心を通わせることができなかったけれど、お互いをどれだけ大事に思っているかが伝わってきて、とても切ない。

    豊富な語彙とその言葉選びのセンスがとても秀逸な辻村深月さんの作品。
    作品同士が少しずつ繋がっているということで、以下、覚書です。

    『凍りのくじら』
    『スロウハイツの神様』
    『冷たい校舎の時は止まる』
    『子どもたちは夜と遊ぶ』
    『ぼくのメジャースプーン』
    『名前探しの放課後』
    『ロードムービー』
    『光待つ場所へ』
    『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』

    • ゆうママさん
      初めまして、私は辻村深月さんが好きで、ほとんど読んでいるのですが、この本は読んでません。いつかと思いながら・・・いつか読みたいのですが。
      初めまして、私は辻村深月さんが好きで、ほとんど読んでいるのですが、この本は読んでません。いつかと思いながら・・・いつか読みたいのですが。
      2021/03/15
    • かりうささん
      コメントいただいてありがとうございます。そうなんですね。
      私はこの作品でとても辻村さんが好きになり、次は『かがみの孤城』を読む予定です。
      お...
      コメントいただいてありがとうございます。そうなんですね。
      私はこの作品でとても辻村さんが好きになり、次は『かがみの孤城』を読む予定です。
      お勧めがありましたら、是非教えてください
      2021/03/17
  • 昨今、あだ名をつけるという習慣がなくなってきたように思います。小学生なんかの会話を聞いていても、そのまま苗字で呼び合ったりしています。小学生でそうだから、その先に進学してもあだ名が登場する余地なんてありません。会社に入ってしまうと、今の時代下手な呼び方をしたらハラスメントにも繋がりかねません。あだ名は親しみの表現だと思いますが、理帆子のように一律に『スコシ・ナントカ』とつけるのは、レッテルであって親しみなんかじゃありません。しかもその人のマイナス面を鋭く突く表現は言葉の刃物にさえなりかねない。そんな表現を使えば使うほど、自身の存在がさらに高いところにあるように感じてしまい、結局人を見下すことになってしまう。こういう感覚って、増えてきているような気がします。でもヒトがヒトである限り、見下されている感覚ってどうしても伝わってしまうものだと思います。そしてそれは憎しみに変化して返ってくる。

    読み終わってすぐにプロローグを読み返しましたが、ここまでプロローグとエピローグが美しく繋がって、書名の存在が浮かび上がってくるものなのですね。読み終わって何とも言えない充足感に包まれました。すっかり見ることもなくなったドラえもんの世界、子供漫画、子供アニメと思っていた世界がこんなに深く、そして、子供の成長の課程に大切なものを絵と言葉を通して伝えていたんだ、自身の中にも刻まれていたんだということにとても感慨深くなりました。私が見た初めてのアドベンチャー映画って洋画のあの作品だとばかり思っていましたが、そうじゃなかった。もっと前にもっと純粋にワクワクする体験をしていたんだということ、そしてそれを見るために家族でいった映画館、その後の食事の光景なんかもあわせて思い出してしまいました。私もドラえもんには随分育ててもらったのだと思います。小説の内容的には小学生にはちょっと衝撃が大きすぎるかなと思いますが、ドラえもんに育ててもらったと感じる人は是非読むべき作品だと思いました。

    読書中は、中盤あたりまで今一つピンと来ないと感じていました。これは学園ものなのか、なんなのか。一方で、特に若尾の狂気には背筋がゾクッとする狂気漂う展開でした。ただ、そんな部分にも辻村さんはどんどん伏線を埋め込んでいたんだということに最後に気づかされました。そして、後半になって作品のテンポがどんどんあがって、バラバラだったパズルのピースが一気にそろっていく感覚にとても興奮しました。スッキリとした、それでいてあたたかい読後感。

    それにしても、残念なのは、ドラえもんが金曜夜7時に見れなくなってしまったこと、『タラララララ、タラララララ、タラララララ...』が聞けなくなってしまったこと、今後は本の最後に注意書きが欲しくなるかもしれません。

  • 当時、書店の平積み手書きPOPの煽りに見事釣られて買ってしまった一冊。
    かなりの長編ばかり書いている作家さんなのだなぁという印象はあったのだけれど、ご多分に漏れず本書もかなり長い。その長さに「ほんとうにこれだけの枚数必要なのかな?」とやや疑問に思いながら読み進めていったのも事実。

    しかしながら、物語が終盤になるにつれ、かなりの力技で読者を引き込んでいく。これはかなりの力を持った作家だなぁと感銘。支持されるのはやはりそれだけの実力があるということだね。

  • 女の子が自分の居場所を探す物語かな。
    主人公の心情が豊富な語彙で丁寧に描かれていて面白かった。10代なのに『達観している』と言われる主人公だけど、大切な人(母親や好きな人)に関しては理解できていない感じがして親近感が湧いた。


    最後の章ですべてが繋がって、不可解だった部分がすっきり。読後感も良かった。


    またドラえもんの道具が各章のタイトルになっていて、ドラえもん愛に溢れた作品になっている。
    読んでいてドラえもんの道具って思っていたより奥深いことに気づいた。現実世界を皮肉っていたりして…。
    ドラえもんを再読したくなった。

  • 表紙がかわいくてステキ♡が、号泣しながら読んでました。分厚い氷に阻まれて呼吸ができず、文明の利器をもっても救うことのできなかったクジラのニュースというのが、凍りのクジラ。ドラえもんを軸にお話が展開してゆきます。
    写真家 芦沢光の娘 理帆子が主人公。熱を伴うような衝突や情熱を避けて、どこか不在な日々を送っている理帆子。が、こころにはいつもドラえもんがいる。父は不在となってしまったけど、父がなにより大好きだったドラえもんが思い出と一緒に彼女のそばにいた。父、母の汐子、父母の友人である指揮者松永純也とその家族に大切にされ育ってゆく理帆子。30代なかばのお父さんを亡くし、最難関F高生になったばかりの年にお母さんともお別れしなければならなくなる。その過程でおこるいろいろなことのなかにはいくつかの大切なことが。
    ひとつは父親という存在の大切さ。こんな辛い別れで道具を必要とする前にお父さんは愛を子どもたちにちゃんと伝えてほしい。
    ふたつめは、どんなにぶあつくみえても愛は私たちの
    心の氷を溶かす。それが冷たくみえてもほんものの愛は暖かく強い。
    みっつめは、ストーカーの怖さ。

    ドラえもんは、私も大好きです。ただ、ドラちゃんは、昔はもっと厳しかった。それがとても好きだった。
    「僕はいつかは帰らなくちゃいけない。だから君は強くなるんだ。」って、いつものび太君を励まし、慰め、叱っていた。そして涙はいつも暖かかった。ライトを当てて照らしてたのは、いつも自立への道しるべだった。
    ドラえもんがどんなに愛を注いでも、成長の糧にして前に進むのか、気持ちのよいぬるま湯として甘えの言い訳にして留まるのかは、自分次第。
    どれだけみていても、いつまでも成長しないのび太君にイライラしてしまう時もあったけど、大切なのはそこじゃない。そこじゃないのです。
    凍りが解けて春になったラストの郁也くんの写真や、ピアノを聞いてみたいなぁ♡

  • このお話にとって、自分は少し老けてしまったのかも知れません。
    物語に入り込めないで読み進めた感じでした。
    自分自身、少し不在であまり感じたことの無い感覚でした。
    ドラえもん、久しぶりに読みたくなりました。

  • この本から何を学ぶのだろう、なんて思いながら読んでいたが、そんなことはどうでも良かった。受験の国語に毒されていたとよく判った。ただ、面白いから読めば良いと思った。好きに読書をしていきたい。

    印象的だったことを振り返ると、それは解説の文章かもしれない。そこには、「理帆子にシンパシー、そしてエンパシーをする」などとあった。自分の感覚を思い起こすと、シンパシーの感覚がとても大きかったように思う。頭が少し良いからと常に人を馬鹿にしてしまうこと、溶け込めてもそこは自分の場所ではないこと、すべて共感するものであった。読んでいて少し苦しかった。

    「Sukoshi-Fuan(少し–不安)」

    このまま読み進めていくと、理帆子はどうなってしまうのか、自分を重ねて考えてしまう。最初は少し不安だった。

    最終的に、理帆子は沢山の人に愛されていることを自覚する。「暗を照らす光」、このキーワードがどんどんと重い意味を持っていくのがとても面白かった。このキーワードに注意して再読したいなあ。

    ただ、現実離れし過ぎた展開に置いていかれることがしばしばあった。読書は共感だけに執着しない方が良いかもしれない。そんなので、読み方に問題ありかもしれないが、星3。

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著者プロフィール

1980年山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。『ふちなしのかがみ』『きのうの影ふみ』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』『噛みあわない会話と、ある過去について』『傲慢と善良』『琥珀の夏』など著書多数。

「2021年 『闇祓』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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