どうで死ぬ身の一踊り (講談社文庫)

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  • 講談社
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感想 : 79
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062762533

感想・レビュー・書評

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  • 再読。芥川賞を受賞した『苦役列車』よりこの『どうで死ぬ身の一踊り』のほうが文学性は高いように思う。美しく端正な日本語を操り純文学の香りを持ちながらも、内容はお下劣極まりない。東大卒のサラブレット作家には醸し出せない、余所行きの一張羅を誰よりも綺麗に着こなす下民といったところか。(すべて誉め言葉)

    主人公寛多は、所謂無敵の人で、無職のくせに借金を重ね大酒飲みで恋人に暴力を振るう最低な人物だ。不快な設定なのに面白おかしく読めるのは寛多が徹底して屑で、そのくせ文章に品があり且つ藤澤清造への熱意は物凄く純粋だからであろう。

    好き嫌いが相当別れる作家だが中毒性ある作家だ。

  • 女は逃げる死者は逃げない

  • 「墓前生活」
    藤澤清造の墓参りをする話。筋金入りのマニアで東京から能登の寺へ通い詰めて自費で法要まで行ってしまう。古くなった墓標を譲ってもらう場面は笑った。西村さんの氏への執念が伝わってきてとてもよかった。星5

    「どうで死ぬ身の一踊り」
    前半は藤澤清造に関わる話で良かったけど、後半はDV話で微妙だった。近代文学の蒐集者で研究家である一方で、同棲する女の気まぐれにはどうにも我慢がならない主人公。その対比が面白いところなのかもしれないが、DVということもあって少し冷めて読んでしまう。星3

    「一夜」
    これは短すぎるし、ただのDⅤ小説に成り下がっているのが残念。キレっぷりは凄いが、DVの話はやっぱり読んでいて楽しいものじゃないな… 星2

  • これは西村賢太の私小説だとわかりながらも痛すぎて痛すぎて読み終えたもののその感想すら述べられぬ。

  • 藤澤清造関連のやや文体が堅いものと、いつもの秋恵ものの2部構成的な内容。インパクトの強いタイトルと装丁に惹かれて読むのを楽しみにしてました。

    西村賢太の芥川賞授賞式ニコ生中継では「何というおれたち」「なかま!」的なコメが大量に流れてましたが、、、、、これはひどい\(^o^)/もちろん文章じゃなくて賢太のキレっぷりがひどい(笑)今回はいつもにも増してひでえので★みっつ!

    【備考】
    ベンチでスーパーのおにぎりを食べる賢太はセコ可愛い。

  • 576

    西村賢太の嫌われる勇気

    ここまで表現力が高いと、どんな最悪なことがあっても書くということで発散出来そう。ここまで自分の最低な人間さは普通の人間なら隠すだろうけど、さらけ出せるのもすごいし、さらけ出せたとしても言葉の表現力とか読む人をどんどん引き込むような書き方とかができるのが凄いから普通に鬼才だと思うよ。まさに自分の負の一面を高尚な純粋芸術として昇華させたって感じがかっこいい。

    西村賢太の才能を認めた人→石原慎太郎、久世光彦、坪内祐三、勝又浩

    西村賢太、大田区の萩中(羽田方面)にお墓があるらしいから、ほんとに東京の人なんだね。貫太の舞台も江戸川区だし、西村賢太の出身地も江戸川区。

    女性としか恋愛と性交したことないけど、精神的なホモの男性っていると思う。男と性交するわけじゃないけど、女を異常に見下してたり、男の世界に入るな的な人。なんとなくそういう人は精神的なホモっぽいと思ったことある。

    ダイエットには心拍数が大きく関係しています。運動時の心拍数には、脂肪を燃やすのに適した心拍数と、体力をつけるのに適した心拍数があります。1分あたり120~130が脂肪燃焼、140~150だと体力作りに効果的な心拍数です。

    西村 賢太
    1967年東京都江戸川区生まれ。中卒。2007年『暗渠の宿』で野間文芸新人賞、11年『苦役列車』で芥川賞を受賞。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『二度はゆけぬ町の地図』『小銭をかぞえる』『瘡瘢旅行』『人もいない春』『廃疾かかえて』『一私小説書きの日乗』等がある。

    坪内祐三
    東京都渋谷区本町に生まれる。兄弟は姉と二人の弟。隣家の住人は蘆原英了。1961年世田谷区赤堤に引っ越す。1965年世田谷区立赤堤小学校に入学。1971年世田谷区立松沢中学校に入学。1972年従大叔母である柳田冨美子(緑蔭館ギャラリーあるじ)の成城の邸宅で英語を習い始める。1974年早稲田高等学校に入学。1977年3月に早稲田高等学校を卒業。お茶の水の駿台予備校に通い始める。1978年早稲田大学第一文学部に入学。同級生の藤原昭広(「プレジデント」編集長)と同じサークルに入るため、ミニコミ誌「マイルストーン」に参加。大学の先輩の一志治夫(ノンフィクション作家)と知り合う。父は坪内嘉雄(1921〜2012)(元日経連専務理事、フィクサー、ダイヤモンド社元社長)[5]。母は坪内泰子。妻は佐久間文子(元朝日新聞社員)。前妻は神蔵美子(写真家)。父方の大叔父(父方祖母の弟)は織田正信(英文学者)。父方の祖先に手塚律蔵(別名瀬脇寿人、洋学者)。母方の曽祖父は井上通泰(国文学者・歌人・医師)、曾祖叔父は柳田國男(民俗学者)。母方の親戚に十代目市川團十郎がいる[7]。

    勝又 浩(かつまた ひろし、1938年7月24日 - )は、日本の文学者、文芸評論家。法政大学文学部名誉教授。神奈川県生まれ。法政大学文学部卒業。学部生時代に「山月記」を読んだことがきっかけで中島敦の研究に取り組み始める。卒論指導教官の小田切秀雄の薦めで大学院に進学し、研究者となる。「我を求めて―中島敦による私小説論の試み」で、1974年に群像新人文学賞評論部門を受賞する。2004年、『中島敦の遍歴』でやまなし文学賞を受賞する。法政大学文学部日本文学科教授を務め、『私小説研究』を刊行、2009年3月に退職し、名誉教授となる。2016年、『私小説千年史 日記文学から近代文学まで』(勉誠出版)により第28回和辻哲郎文化賞(一般部門)を受賞する[1]。虎井まさ衛、池田雄一は教え子にあたる。「季刊文科」鳥影社・発行の編集委員でもある。

    久世 光彦(くぜ てるひこ、1935年4月19日 - 2006年3月2日)は、日本の演出家、小説家、実業家、テレビプロデューサー。テレビ制作会社「株式会社カノックス」創業者。テレビドラマ、小説ともに受賞多数。歌謡曲作詞や脚本家としてのペンネームに市川 睦月(いちかわ むつき)、小谷 夏(こたに なつ)、林 紫乃(はやし しの)など。兄は元参院議員・金融再生委員長を務めた久世公堯。

    西村賢太の「どうで死ぬ身の一踊り」を読んだが、西村賢太言うほど非モテじゃねえな。ヒモみたいなことしているし。

    西村賢太「どうで死ぬ身の一踊り」石川県七尾市(写真で見る文学周遊) - 日本経済新聞

    どうで死ぬ身の一踊り
    いいタイトルすぎるな

    ブックオフで西村賢太の「どうで死ぬ身の一踊り」見つけてしまった。書店では見つからなく、絶版らしいので即購入した。

    どうで死ぬ身の一踊り、復読。
    雨滴は続くを読んでから復読すると、また違った感覚で楽しめる。
    初期の作品のシリアスな雰囲気というか、ギャグ要素が少なめで陰鬱な感じもこれはこれでいい。

    地味にすごい

    2004 同人雑誌優秀作 けがれなき酒のへど
    2005 芥川賞候補 どうで死ぬ身の一踊り
    2006 川端賞候補 一夜
    2006 三島賞候補 どうで死ぬ身の一踊り
    2007 野間新人賞受賞 暗渠の宿
    2007 芥川賞候補 小銭をかぞえる
    2009 川端賞候補 廃疾かかえて
    2011 芥川賞受賞 苦役列車

    #西村賢太

    「どうで死ぬ身の一踊り」、凄まじい完成度やな、、。これが商業誌第一弾なのか。まだ貫太が産まれる前の

    『どうで死ぬ身の一踊り (角川文庫)』西村 賢太
    ページを繰る手が止まらず、私は文学に取り憑かれた書き手の書く作品が好きなのだと再認識させられた。
    「所詮は個々の恣意的好みの累積にしか過ぎぬ、既成の“日本近代文学史”」というのは、全くもってその通りだ
    #読書メーター

    ちなみに次は『どうで死ぬ身の一踊り』を買ってある。否定されて然るべきダメ人間が否定しない(肯定もしない)のが好き。談志の言うところの「業の肯定」に似たものを感じた。

    #西村賢太 「どうで死ぬ身の一踊り」を読む。主人公の不器用さ(無駄なプライドの高さと他者性の無さ)は、全て幼少期の父の犯罪や学歴の低さに由来する。だからと言って許される訳ではないのだが、愛する女性に対する振る舞いがことごとく裏目に出て諍いの種となる姿は、笑いつつも、哀れを感じる。

    後の作品の元ネタのような短編集。好きな作家に対する執着、ようやく手に入れた恋人に対する執着と暴力は相変わらずなわけだが。フェミニストくそくらえな一冊。

    西村賢太『どうで死ぬ身の一踊り』読了。3編の作品を収めた作品集。同棲している女性に暴力を振るうなど、自分のまわりにいたら関わりたくもないくらいのクズ男ですが、藤澤清造さんに対する敬意と著者の文章力の賜物あってか、つい先を読まされてしまいます。見たくないけど見てしまう、そんな本です

    西村賢太さんの作品は不道徳に快感を覚えるためのものではない
    痛罵と不躾、世間のそれとはズレた情熱、作中の彼の姿はどうにも我々の内なる声である
    そして彼も我々も、こんなの望んじゃいなかった

    人は仕方のないまま生きるほかない
    ならせめてものと、どうで死ぬ身の一踊り

    西村賢太先生の『どうで死ぬ身の一踊り』を初めて読んでいるが
    「私は彼らの、そうした飽食の余裕が本当に口惜しかった。つくづく私も女が欲しかった。私のことを愛してくれる、優しい恋人が欲しかった。」(角川文庫 p.117)って箇所読んでマジで泣いた

    2月4日には西村賢太が通った鶯谷の信濃屋へ。
    かような場所で酔っ払った後を考えるが、そこは「どうで死ぬ身の一踊り」
    ローンウルフを気取ってみせるぜ。

    西村賢太と藤澤淸造の墓、並んで倒壊。石川県七尾の西光寺、三回忌は延期。住職「早く再建したい」mainichi.jp/articles/20240…胸の痛むニュース。お寺には折を見てお見舞いを送りたい。一方で、西村賢太は亡くなっても西村賢太なのだなという感懐もある。どうで死ぬ身の一踊りはまだ続いている。

    西村賢太「どうで死ぬ身の一踊り」を読みました
    自身の狂気すらある執念、苛烈さ、傲慢さ、甘え、すべてさらけ出して書ききる胆力。文章の巧みさもあり、すごい小説だった。しかし読んでいて頭の痛い場面も多く、読むのにかなりエネルギーを使った

  • どこか太宰感のある作品。太宰からレトリックを取り除いてストレートな物書きをしたらこんなふうになるのかもしれない。題材はダメ男とダメ婦の絡み合いで、テーマは感謝の念を覆いつくす暴力性。一市井の人間としては、女性の腹をけるという人類に対する宣戦布告ともとれる暴力性を発揮したいのなら軍事組織でトレーニングを積んだうえでスーダンなりガザなりウクライナの戦場で正義を振りかざして敵に向かえばいいものをと思えなくもないけど、そんなこと言ったら作家さん的には文学にならない。この国の行動規範の一つとして感謝の念を常に心がけるというものがあるが、この作品のテーマはこれに対するアンチテーゼともとれるし、暴力の結果に対するウジウジ観を執拗に描いていることから感謝の念はやはり大切だというメッセージにもとれる。そこのところがどんでん返し志向の大衆小説という枠をとらない作風なのだろう。

  • 著書の中でも一番面白く読める

  • 感情を抑えることができずDVするのは最低だが、それでも女とのやりとりは面白いと思わせる作品だった。

  • 解説:坪内祐三
    墓前生活◆どうで死ぬ身の一踊り◆一夜

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著者プロフィール

西村賢太(1967・7・12~2022・2・5)
小説家。東京都江戸川区生まれ。中卒。『暗渠の宿』で野間新人文芸賞、『苦役列車』で芥川賞を受賞。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『二度はゆけぬ町の地図』『小銭をかぞえる』『随筆集一私小説書きの弁』『人もいない春』『寒灯・腐泥の果実』『西村賢太対話集』『随筆集一私小説書きの日乗』『棺に跨がる』『形影相弔・歪んだ忌日』『けがれなき酒のへど 西村賢太自選短篇集』『薄明鬼語 西村賢太対談集』『随筆集一私小説書きの独語』『やまいだれの歌』『下手に居丈高』『無銭横町』『夢魔去りぬ』『風来鬼語 西村賢太対談集3』『蠕動で渉れ、汚泥の川を』『芝公園六角堂跡』『夜更けの川に落葉は流れて』『藤澤清造追影』『小説集 羅針盤は壊れても』など。新潮文庫版『根津権現裏』『藤澤清造短篇集』角川文庫版『田中英光傑作選 オリンポスの果実/さようなら他』を編集、校訂し解題を執筆。



「2022年 『根津権現前より 藤澤清造随筆集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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